第64話 三度目の深緑の大森林-⑤
太い木の根の猛攻。細い木の根による執拗なまでの奇襲攻撃。四方八方から飛んでくる、弾丸のような歪な枝の嵐。
瞬きすら隙となる戦場で、俺は全速力で穴だらけの大地を駆け抜けながら、迫り来る木の根を大鎌で迎え撃っていた。
「ふっ!」
俺の振るう大鎌の一撃によって太い木の根を切断すると、一瞬だけだが木の根の動きが遅くなる。
その木の根の切断面を足場にして、俺は【空歩】の使用回数をリセットし、すぐにその場から退散する。
俺が木の根から足を離した瞬間、俺が足場にしていた木の根の切断面から木の枝が何十本と飛び出し、俺を串刺しにしようとしてくる。
地上も、木の根の上も、どこにも安全圏なんてものはない。
唯一の安全圏は空中であり、俺にもし【空歩】のスキルがなければ、ドライアドを倒すのはかなり難しくなっていたであろう。
だがドライアドがここまで凶暴になることで、ようやく俺も俺で少し本気を出すことができる。
俺は心の中で"ステータスオープン"と唱え、目の前に浮かび上がるホログラムのようなパネルの下にあるスキル欄に目を向ける。
そこにはいくつものスキルの名前が羅列しているのだが、どのスキルの名前にも銀色の鎖が巻かれていて、使用できないように封印されている。
そんな中で俺はとあるスキルに目を向け、現状を打破することができるスキルを一つ、解放した。
「さぁ、もう一段階ギアを上げようか!」
地面に降り立ち、俺は足に力を込める。
そして【豪脚】を使用し、俺は全力で地面を蹴り飛ばした。
『ァア゛ァァ、ア゛ァァア゛ァァッ!!』
そんなことしても無駄だと言わんばかりに、ドライアドが声を上げて俺に目掛けて太い木の根を飛ばしてくる。
瞬間加速は早い【豪脚】だが、ドライアドの操る木の根はあまりにも速く、【豪脚】を連続で使用しない限りはすぐに追いつかれてしまう。
追いつかれないために【豪脚】を連続使用してもいいが、使用すれば使用するほど地面がボコボコになっていくため、足場が悪くなり戦況がどんどん不利になっていく。
だが、それはもう終わりだ。
俺は風を切るように大地を駆け抜けていき、ドライアドへと接近していく。
後方から迫り来る木の根を引き離し、地中から突き出てくる細い木の根を置いてけぼりにし、速く、更に速く駆け抜けていく。
そして俺は、両腕と両足を地面と同化させているドライアドの顔面に目掛けて、渾身の蹴りを抜き放つべく足に力を込めた。
『ァア゛ァァァア゛ァァッ!!』
だがその瞬間、ドライアドが自身の正面に何層にも連なる細い木の根の壁を展開してくるため、道が阻まれてしまう。
このままでは、正面から激突してしまう。
それなら──と、俺はその場で細かくステップを踏んで急速に方向転換し、壁の横からドライアドの懐へと侵入した。
『ァア゛ァ、ァア゛ァァ⋯⋯!?』
動揺するドライアドの顔面に、一撃蹴りを叩き込む。
それによってドライアドは大きく体を仰け反らせるが、すぐに体勢を立て直しながら腕を動かし、空から枝の雨を振らせてくる。
だが俺はその降り注ぐ枝の雨の中、大鎌で迎え撃つこともその場から飛び退くこともせず、全ての枝を紙一重で回避して再びドライアドへと肉薄した。
『ア゛ァ、ァア゛ァァッ!!』
ドライアドが叫び声を上げることで、地中からまるで剣山のように細い木の根が飛び出してくる。
周囲の地面から細い木の根を無数に呼び出すことで、ドライアドは俺が接近できないように徹底してきた。
だが俺はそのタイミングで跳躍し、【空歩】による方向転換を繰り返してドライアドの視界の外へと翔んでいく。
目標、ドライアドの後ろ首。距離は二メートル。間合いに入るまで、0.1秒ジャスト。
俺は大鎌を大きく構え、ドライアドの後ろ首を真っ直ぐに見据える。
──捉えた。そう思った、その時。
『ァア゛ァァァア゛ァァッ!!』
微かに蠢いたドライアドの背中から、槍のように鋭く長い枝が俺の首や心臓を的確に貫こうと飛び出してきた。
だが、焦ることはない。
俺はすぐに大鎌を構えるのを止め、念の為に残しておいた残り1回の【空歩】を使用してその場から後退する。
ドライアドによる追撃はない。それを確認してから、俺はゆっくりと地面に着地した。
『ァア゛ァ⋯⋯ア゛ァァ⋯⋯!』
体を震わせて怒りを顕にしながら、バキ、パキと音を鳴らしながら、首だけをこちらに向けてくるドライアド。
俺はそんなドライアドを眺めながらも一息ついており、その場で軽く弾むように足踏みをしながら足の調子を確かめていた。
「んー⋯⋯やっぱり久しぶり使ったせいで足が鈍ってるな」
今俺は、新たに解放したスキルによってドライアドに怒涛の攻撃を仕掛けた。
その解放したスキルの名は【瞬脚】というものであり、【豪脚】とはまた違った風に足を強化する系のスキルである。
足の力による爆発力を生み出す【豪脚】と違って、【瞬脚】を発動させると緻密で繊細な動きが可能となるのだ。
他にも【瞬脚】を発動すると足が軽くなることから、短時間で地面を踏む回数が増えて【豪脚】による爆発的な超加速の速度維持や、細かな動きによる急激な方向転換等も可能となる。
普通なら追いつかれる木の根から逃げることができたのも、降り注ぐ枝の雨を寸分の狂いもなく躱すことができた繊細な動きも、全て【瞬脚】のおかげである。
だが、異世界にいた頃はもっと疾く、そしてもっと鋭く動くことができていた。
異世界から帰還し、のどかな日常を送ることでいつの間にか平和ボケしてしまったらしく、全盛期の半分ほどしか俺は【瞬脚】のポテンシャルを引き出すことができなかった。
「まぁ、今回で慣れていけばいいか」
悪いが、今の俺がドライアドに負けることはまずない。
手強い相手ではあるのだが、それでも今さっき披露した俺の【瞬脚】に反応が追いつけていない時点で、もう察しがつく。
ギリギリのところで自身の体からも枝を伸ばして反撃してきたドライアドだが、今の技は体力の消耗が激しいのか、ドライアドはこちらをキッと睨みつけながらも肩で呼吸を繰り返している。
わざわざあそこで体力の消耗が激しい技を披露したということは、今のがドライアドの奥の手ということなのだろう。
言わば、苦肉の策である。命の危険を感じたからこそ、ドライアドはあの場で体力を消耗してでも奥の手を出さざるを得なくなったのである。
つまりあそこで奥の手を出さなければ、あの瞬間で俺の勝ちが決まっていたということなのだ。
「いやいや⋯⋯まさか、この程度で終わりとか言うんじゃないよな?」
大鎌を肩に担ぎながらも、俺は一歩一歩地面を強く踏みしめながらドライアドへ向かって歩いていく。
奥の手を出したら終わり? それは困る。せっかく、長い時間をかけてようやくここまでたどり着くことができたんだ。
久しぶりに俺を楽しませてくれる相手が見つかったんだ。それなのにもう終わりだなんて、そんなのつまらないにもほどがある。
俺はドライアドに期待してるんだ。楽しい勝負を。心が熱く燃えるような戦いを。
「もっと⋯⋯もっと、俺を楽しませてくれるんだろ? なぁ、ドライアドさんよぉ!」
『ァア゛ァァァア゛ァァッ!!』
吠えるように俺が声を荒らげると同時に、ドライアドも悲鳴のような絶叫を響かせ、いくつもの木の根を操り攻撃してくる。
【豪脚】による爆発力に加えて、今の俺は【瞬脚】による精密性も兼ね備えている。
俺は地を蹴ってドライアドへと接近していき、うねりながら迫り来る太い木の根による波状攻撃を全て、【豪脚】と【瞬脚】による超加速でくぐり抜けていく。
地中から突き出してくる細い木の根も【危険予知】のおかげで、もう感覚だけで回避することができるようになっている。
躱し終えた太い木の根の表面から無数の枝が射出されるが、大鎌を振り回し、【瞬脚】による高速移動を続けていれば掠ることもない。
もう、全部見た。もう、全部見飽きてしまった攻撃パターンだ。
俺は頭がいいわけではないが、だからといってバカなわけでもない。
だから二度も三度も同じ攻撃を体験すれば勝手に体が覚えるし、考えるよりも先に体が動いてくれるようになるため、ドライアドの攻撃なんてもう当たる気がしない。
片手で大鎌を持ちながらも、姿勢を低くした状態で全速力で駆け抜けることで、正面を突っ切るだけでドライアドまでの距離が狭まっていく。
「⋯⋯やっぱり、この程度か」
小さくため息を吐きながら、必死な顔で木の根を操るドライアドの顔をじっと見つめる。
ドライアドには、大きな欠点があった。
それは、その場から一歩も動かない──いや、動けないことである。
これは俺が発狂させたせいかもしれないが、ドライアドは初めて出会ったその時から、1ミリたりともその場から移動していない。
もしドライアドがアグレッシブに移動するモンスターだったら、もっと俺といい勝負を繰り広げることができたかもしれない。
だが自身の能力を過信し、甘えきっているドライアドに俺がどれだけ攻めようが、その場から動く素振りを見せることもなかった。
今のドライアドは、まさに格好の的に過ぎず。
俺も俺で配信を垂れ流している都合上、いつまでもドライアドとイチャイチャし続けるつもりはない。
配信をしていないならもっとじっくりとドライアドと戦っていたのだが、今はもう、さっさとこの戦いを終わらせてしまいたかった。
「悪いが、正面突破させてもらうからな」
俺は心の中でもう一度"ステータスオープン"と唱え、また新たなスキルを解放する。
そのスキルは、自身の腕の筋力を瞬間的にだが大幅に増加させるスキルだ。
そのまま拳で殴れば大岩をも破壊し、武器に力を乗せれば相手に防御をものともせずに無理やり攻撃を通すことができる。
そのスキルの名は【豪腕】といい、【豪脚】と同じく局所的に身体能力を増加させるスキルの、最上位にあたる存在である。
このスキルさえあれば、あの鬼のように硬い木の根だって簡単に打ち砕くことができるだろう。
『ア゛ァァァア゛ァァッ!!』
地中から一気に20本を超える細い木の根を操り、全力で俺を殺すべくドライアドが声を上げながらも迎撃しようとしてくる。
だが俺は、その細くまるで金属のように硬い木の根を、大鎌による一振りで全て一刀両断した。
割ったとか、潰したとかではない。正真正銘、包丁で豆腐を切るようにスパッと切り伏せたのである。
「もう終わりにしようぜ、ドライアド」
『ア゛ァ、ァア゛ァァァア゛ァァッ!!』
ガムシャラになって太い木の根や細い木の根を暴れさせ、歪な枝を浴びせるように射出してくるドライアドだが、それはもはや無意味な行動だ。
全て大鎌の一振りで切り伏せ、視界の外から迫り来る木の根は身を翻して回避し、止まることなくドライアドへと肉薄していく。
短い間ではあったが、本当に楽しい時間であった。
俺は感謝の念を力として手に込めながら大鎌を構え、ドライアドの懐に潜り込んだ瞬間に【豪腕】を発動させる。
『ァア゛ァァア゛ァァァア゛ァッ!!』
最後の抵抗と言わんばかりに、ドライアドが自身の首を隠すように細い木の根の壁を何層にも重ねて展開する。
本来なら、あれだけの強度を誇る細い木の根を何層にも展開されたら、並のディーダイバーならこのドライアドの防御を突破することができないだろう。
そう。あくまでそれは、本来ならという話であり。
──そんな"本来"という範疇など、俺はとうに抜け出しているのだ。
「っ、らぁ!」
『ァガァ、ァ、ァア゛ァッ!?』
細い木の根の壁を一瞬で切り崩し、そして漆黒色に煌めく刃がドライアドの首筋へ。
岩石のように重く、剛鉄のように硬いドライアドの首。だが俺はその首にかかった刃を滑らせながら、問答無用で大鎌に力を入れていき。
『ァァ、ァア゛ァ──』
大鎌を振り抜いた刹那、ドライアドの首が宙を舞った。
切り口からは白い光の粒がキラキラと溢れ出しており、俺に襲いかかろうとしてきた木の根の動きが全て、一斉に停止する。
──終わったか。と、思ったその時。
『──ァァ、ァ、ア゛ァ、ァア゛ァァッ!!』
首を切断されたはずのドライアドの生首が、突然叫び声を上げ始める。
すると生首の切り口から小さな根がうにょうにょと生え始め、胴体と結合するべく物凄い速度で再生を始める。
気づけば胴体に残された首の切断面からも小さな根が生え始めており、このままですぐに再生されて元通りになってしまうだろう。
だが、それに対して特に驚くこともなく。
「植物系モンスターは再生能力が高い。これ、ゲームの鉄板だよな」
俺は宙に舞うドライアドの生首を上空に向かって蹴り上げ、そして【豪脚】と【空歩】を駆使して生首を追っていく。
『ァア゛ァ、ァァァァ⋯⋯!!』
やめろ。と言わんばかりに、歯のない口をギリギリと噛み締めながらこちらを睨みつけてくるドライアド。
根の再生速度は異常すぎるほど早いが、俺が生首を蹴り上げたこと胴体とかなり離れてしまい、再生が遅れてしまっている。
だから俺は、完全に無防備となったドライアドの生首に向け、大鎌を縦に振り上げ。
「これで、終いだ」
『────ッ』
声にもならないドライアドの断末魔が、穴だらけとなった荒廃した大地に響き渡る。
縦に一刀両断されたドライアドの生首はそのまま生気を失うように枯れていき、真っ二つになってからすぐに白い光の粒に包まれていく。
そして、俺が地面にふわっと降り立つ頃には。
まるで勝者となった俺を祝福するように、白い光の粒の雨が荒廃した大地に輝きを与えていた──
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