第23話 光苔の洞窟-⑧

 【光苔の洞窟】にて配信を始めてから、時は既に1時間と20分が経過している。


 デスリーパーを討伐し終えた後、俺はすぐに8階層目へと向かう【転送陣】を発見したのだが、そこで問題が起きてしまった。


 どうも下の階層へ進めば進むほどこのダンジョンは広く、そして迷路のように道が多くなるようで、迷いに迷ってしまったのだ。


 そのせいで8階層目を突破するだけで15分ほどかかってしまい、そして今俺は9階層目にて、ゴブリンを討伐しているのだが。


「くそぉ⋯⋯早く使いてぇよぉ⋯⋯!」


 亡骸となったゴブリンの左胸から、俺は爪刃を引き抜いてそう独りごちる。


 そう。今俺が装備しているのは、デスリーパーがドロップした【首断ツ死神ノ大鎌】ではなく、オーガを討伐した時に宝箱から出た【黒鉄の爪刃手甲】なのである。


 だがその理由は実に単純であり、洞窟という狭い場所では、大鎌を振るうに向かないのである。


 1階層目や2階層目あたりならまだいいものの、下の階層へ進めば進むほど、このダンジョンは通路が狭くなっている。


 それはモンスターと接敵した際に逃げにくくするための設計だと思うのだが、そのせいで大鎌を使うことができないのだ。


 無理やり使うことは可能だが、この場で大鎌を使うのなら、爪付き手甲を使った方が何倍も強いし、取り回しも楽なのである。


 だから俺は、最下層である10階層目を目指し、9階層目を全力で駆け抜けている。


 この悩みは、ゲーム好きなら分かるだろう。


 せっかく強そうな武器をゲットしたのに職業が合ってなくて使えないとか、ステータスが足りなくて装備できないとか、レベルが足りなくて本来の力を引き出せないとか、そういう話だ。


 なんて考えながらも、俺は道中に現れるモンスターを全て出会い頭に急所を貫いて薙ぎ倒していき、先へ進んでいく。


 そして、がむしゃらに突き進見続けていると。


「⋯⋯っ! あ、あった⋯⋯!」


 俺は少し広めの空洞にまでたどり着くことができたのだが、そこには10階層目への片道切符である【転送陣】が用意されていた。


 すぐさま俺はその【転送陣】に飛び乗り、体が光に包まれていくと同時に装備を変更。


 武器を【首断ツ死神ノ大鎌】へと変更し、意気揚々と10階層目へと転移した。


 一体どんなモンスターが待っているのか、ワクワクが止まらない。


 5階層目にはオーガがいたから、10階層目にはオーガの進化系が待ち構えているかもしれない。


 ハイオーガ? オーガバトラー? オーガメイジ? レッドオーガ? オーガII?


 正直、どんなオーガでも大歓迎だ。というか、俺は【首断ツ死神ノ大鎌】の強さを知りたいだけなため、ぶっちゃけ首のあるモンスターだったらなんでもいいのである。


 いや、ちょっと待てよ。そもそもの話、このダンジョンは洞窟がベースのダンジョンになっている。


 それにスパイダーアントのような虫系のモンスターもいたため、ボスモンスターはもしかしたら大きな蜘蛛型のモンスターという可能性もあるだろう。


 もしくはこの洞窟を作ったであろうモンスター──例えばモグラとか、ヘビとか、ミミズとか、どんなモンスターでもきっと俺を楽しませてくれるに違いない。


 などなど、色々な可能性に胸を躍らせていると、真っ白に包まれた視界が次第に元通りになっていく。


 目の前にはオーガの時と同様広々とした大空洞が広がっていて、光苔の数も一際多く、地面もあまり凸凹していないため実に戦いやすいフィールドが整っていた。


 これだけ広ければどれだけ大鎌を振るったって事故は起きないし、伸び伸びと戦うことができる。


 さぁ、【光苔の洞窟】よ。ここで決着をつけようじゃないか!


『ぷる、ぷる!』


「⋯⋯⋯⋯え?」


 大鎌を構え、俺が顔を上げた先にいたのは。


 ぷるぷる、ぷるんぷるんとゼリー状の体を動かす、薄黄色をした大きいスライムであった。


『ぷるぷる、ぷる!』


 たっぽん、たっぽんと跳ねながら、こちらに向かってゆっくりと接近してくるスライム。


 スライムというモンスターは、ゲームでは最弱モンスターとよく呼ばれているが、実際のところは割と厄介なモンスターだったりする。


 物理攻撃はあまり効かず、個体によっては魔法も受け付けないスライムもいる。


 しかも一度取り込まれたら脱出が困難になって窒息死してしまったり、酸性の液体で溶かされたりと、侮ったら逆に殺されかねないモンスターなのだ。


 だが俺はスライムの対処法も、弱点も、あらゆる攻略法を異世界で知り尽くしている。


 しかしそれよりも、俺は許せないことがあった。


 最終階層のボスモンスターが、拍子抜けなスライムだから?


 いや、それは別にいい。スライムだって、中には街一つ喰らい尽くすほど凶暴な個体がいるからだ。


 道中にスライムなんて出てこなかったのに、急にボスモンスターとして出てきたから?


 いや、それも違う。正直、ここでどんなモンスターが出たって俺は文句は言わないし、正々堂々と戦うつもりだったからだ。


 では、なにが許せないのか?


 そんなの、決まってるじゃないか。


 だって、スライムだぞ? 全身がぷるぷるしていて、体全体で跳ね回って、転がったり伸びたりと自由自在に動ける万能な体で──


「いやお前、首どこだよっ!?」


『ぷ、ぷるっ!?』


 こちらに向かって飛びかかってくるスライムに向けて、俺は八つ当たり気味に大鎌を振るう。


 それにより、スライムの弱点──ゼリー状の体内にある黒い"核"が一撃で破壊され、スライムはそのまま溶けるように息絶えた。


「これで終わりってマジかよぉぉ⋯⋯!」


 聖属性特攻が乗るわけでもなく、首へのダメージ増加(特大)の効果を味わうわけでもなく、俺はたった一撃で【光苔の洞窟】最終階層のボスモンスター戦を終わらせてしまった。


 もしかしたらあの一撃に即死効果が乗っていたかもしれないが、多分あの感じだと、普通に核を破壊して倒しただけに見える。


 となると、結局俺はデスリーパーがドロップした【首断ツ死神ノ大鎌】を満足に振るうことなく、ダンジョンを踏破してしまったわけで。


 普通なら大喜びの展開のはずなのに、俺の気分は少しだけ、ほんの少しだけ落ち込んでしまっていた──




──────




 まぁ、それはさておき。


「えー⋯⋯こほん。色々と取り乱してすみませんでした。今回は、これにて配信を終わろうと思います」


 なんか1発で倒してしまったボスモンスターのスライムがドロップしたアイテムを回収し終えた俺は、目の前にあるカメラに向かって頭を下げる。


 最終的に同接数は3000人を突破しており、チャンネル登録者の数も2754人と、この配信を見に来てくれている人のほとんどがチャンネル登録をしてくれたらしい。


 そのおかげか、コメント欄に流れるコメントも目で追えないくらいの量になっていて。


────コメント────


・最高に面白かった!

・まさかのボスモンスター一撃は笑ったわ笑

・伝説の神配信になったな

・また配信してくれ、絶対見るからな

・SNSとかやってないのか? 告知してくれないと遅れちまうよ。

・また見に来るぜ、死神さん

・よっ、死神アマツ!

・次のダンジョンはどこに行く予定なんだ?

・1時間半とは思えないほどの密度で最高に面白かったです!

・今後も期待してるぜ!


────────────


 流れてくるコメントはどれも温かいコメントばかりで、その全部にお礼を言っていたら一日が終わってしまうほどの量だ。


 だから俺はとりあえず何度もお礼を言って、投げられてくるスーパーチャットにもお礼を言い、俺はディーパッドを取り出す。


 そして最後に深々とお辞儀をして、俺はディーパッドの画面にある【配信終了】のボタンを押して、人生初の配信を終えるのであった。


「ふはぁ〜⋯⋯疲れたぁ⋯⋯」


 肉体的な疲れはないのだが、気疲れというか、自分の一挙手一投足の全てが誰かに見られているという環境が、どうもやりづらいのだ。


 こればかりは慣れなため仕方がないとは思うが、あと何回かは配信しないと中々慣れそうにもないような気がする。


「それにしても⋯⋯なんかすごい盛り上がってたな」


 個人的にはただ好きなことを好き放題やってるだけなのだが、どうもそれが視聴者たちには大好評なようであった。


 特に1番盛り上がったのは、やっぱりデスリーパーを討伐した時だっただろうか。


 その次が、確か【首断ツ死神ノ大鎌】を紹介した時だったような気がする。


 やはり多くのディーダイバーたちが活躍している今、新鮮な絵を視聴者たちが求めていることが分かる。


 つまり今後もっと視聴者たちを満足させるためには、常に斬新で、常に革新的な方法でダンジョンを探索しないといけないわけであり。


「まぁ、斬新かつ革新的な方法なんて俺の頭じゃなにも思いつかないけどな⋯⋯」


 俺にできることは、ただ全力でダンジョンに挑戦し、その姿を配信で見せるだけだ。


 さすがに2日連続でやろうとは思わないが、それでもまた近いうちに配信しようと思えるくらいには、結構楽しいものであった。


 それに、スーパーチャットのおかげでお金だって結構入ってきた。これだけあれば、しばらくは沙羅の面倒を見ることだってできるだろう。


「⋯⋯よし、帰るか」


 俺は10階層目の大広間の中央に出現した【転送陣】の上に立ち、目をつぶる。


 そして俺は、長いようで短かった【光苔の洞窟】探索を終えるのであった──

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