第24話 アイテム取り引き
「ただいまー」
家に到着する。
だが家の中はどこも暗くて、いつも聞こえてくるテレビの音が一つも聞こえてこない。
見れば、玄関にはいつも置いてあるはずの沙羅の靴がなくなっていた。
どこかへ遊びに行っているのか、それとも買い物でもしているのか。それは分からない。
だが俺のスマホにはなにも連絡が入っていないため、ちょっとした用で外に出ていることに違いはなかった。
「それにしても⋯⋯まさか、こんな大金を手にする日が来るとはな⋯⋯」
いつも中身がスカスカで、小銭ばかり入っている俺の財布。
中学生の頃から使っているこの長財布は、使い込んだせいか、それとも経年劣化のせいか、表面がボロボロでチャックもたまに外れたりするオンボロ財布だ。
だがそんな財布の中にはなんと1万円札が10枚も入っており、いつもよりも重く厚みのある財布に、俺は少しだけ感動していた。
「ディーダイバー、すげぇな」
このお金は俺が今回配信で稼いだお金であり、しかもこれで全部ではなく、まだ半分にも満たないくらいの額だ。
本来、配信で稼いだお金というものは全額配信者に行くわけではなく、配信サイトを管理している会社に何割か持っていかれることが多い。
だが俺が配信しているサイトのDtubeは違うようで、配信内で稼いだお金は、全部配信者に送られる仕様らしいのだ。
そんなんで経営できるのか心配になってくるが、調べても会社名が『W.D.P』であることしか分からず、詳細がよく分からなかった。
だがそのおかげで、俺は視聴者の人たちが送ってくれたスーパーチャットで大金を稼ぐことができた。
今回俺は、たった一日──いや、正確には1時間半の配信で25.6万円ほど稼いだため、そう考えるとディーダイバーの人口が日に日に増えているのにも納得がいく。
そりゃあ、副業でディーダイバーを始めましたって人が増えるのも無理はない。
さすがに俺みたいに初回の配信で高卒の初任給を大きく上回る稼ぎをする人は少ないはずだ。
それでも、ダンジョン内のアイテムを売れば一気に何万も稼げたりするため、1日8時間のアルバイトを週3.4よりかは、遥かに効率がいいだろう。
「それにしても、まさかディーパッドに銀行情報とか口座番号とかを登録するだけでいいとはなぁ」
そう。配信で稼いだお金は、全てディーパッドに登録した通帳へと支払われることになっている。
その辺りも、謎が多い。金融機関と謎の会社『W.D.P』は、一体どういう関係なのだろうか。
そもそもの話、充電をしないでいつでも使えるこのディーパッドの存在自体が、謎そのものである。
ダンジョン内のアイテムを外に出すと朽ちたり効果を失ったりするのに、ディーパッドだけは正常に動いている。
本当に、考えれば考えるほど謎が出てきて仕方がない代物だ。
「⋯⋯まぁ、今はそんなことどうでもいいか」
今は謎を解明するより先に、やるべきことがある。
たった今配信で大金を稼いできた俺だが、これからもう少しだけ追加でお金を稼ぐ予定があるのだ。
だから俺は無駄なことを考えるのはやめて、玄関で靴を脱いでリビングへと向かう。
「さて、と」
帰宅中にコンビニで買った炭酸水を蓋をプシュッと開けながら、俺はパソコンが置いてある机の前に座る。
そして俺はディーパッドを取り出し、とあるアプリを開こうとするのだが。
「⋯⋯ん、なんだこれ。称号⋯⋯?」
ディーパッドの電源をつけた瞬間、画面に見慣れない文字が表示されていることに気づき、俺は首を傾げる。
そこには"称号【死神ヲ葬ル者】を獲得しました"と表示されていて、俺は試しに"称号"の文字をタップしてみた。
【称号】
【称号とは、とある特定の条件を達成した際に獲得することができるものです。称号を獲得することで、様々な恩恵を得ることができます】
「様々な恩恵⋯⋯?」
俺はその言葉が気になり、今度は俺が獲得したらしい【死神ヲ葬ル者】という称号を、タップしてみる。
するとすぐに、その称号についての説明文が画面に表示された。
【称号:死神ヲ葬ル者】
【取得条件1:発狂したデスリーパーの紅核を破壊し、成仏させる】
【取得条件2:『首断ツ死神ノ大鎌』『死神の黒纏衣』を装備する】
【恩恵1:スキル『死神流鎌術』の発動】
【恩恵2:Aスキル『クラス:死神』の取得】
【過去の怨念に囚われたデスリーパーを、苦しみから解放させ成仏させた者にのみ与えられる称号。他者の首を狩るには、相応の覚悟が伴う】
ここにきて、色々と訳の分からないものがたくさん出てきて頭の中がこんがらがってしまう。
「いや、落ち着け。一旦、落ち着いて情報を整理するんだ」
俺はまず最初に、恩恵1の【死神流鎌術】を調べることにした。
するとまた長々と文章が出てきたのだが、要約すると"鎌・大鎌を使用した際、ステータスに補正値がかかる"的なことが書いてあった。
つまるところ、このスキルがあれば俺は鎌や大鎌を他よりも上手く扱えることができて、通常よりも攻撃力上がり、急所を攻撃した際のダメージが伸びるというわけだ。
簡単に言えば【剣術】や【弓術】などの、武器を扱い続けることで獲得できるスキルの上位互換というわけだ。
そして次に、Aスキルの【クラス:死神】についてもディーパッドで調べようとしたのだが。
────────────────────
ERROR!!
情報を取得する条件を満たしていません!
────────────────────
と、調べる前に門前払いを食らってしまった。
まぁ、別に調べようと思えばパソコンで調べられるからいいのだが、とりあえずこの話はまた今度だ。
今は、こんな調べ物をしたいわけではない。これから、大事な大事な取り引きが始まるのである。
「えーっと⋯⋯おっ、あったあった。確か、このアプリでいいんだよな」
俺はディーパッド内から『トレード』というアプリを探し出し、そのアイコンをタップする。
すると掲示板のようなサイトに飛ばされ、そこにはズラっと、ディーダイバーや個人でダンジョンを探索している人たちの書き込みが並んでいた。
そう。この掲示板ではアイテムとアイテムのトレードしたり、アイテムをお金で買ったり、売ったりすることができるサイトなのだ。
試しに馴染み深い【首突きの短剣】と検索欄に入力してみると、そこには色々な価格で【首突きの短剣】が売られに売られていた。
「えーと⋯⋯相場は大体20,000円前後で、最安値が14,980円か。ちなみに最高値は──ははっ、やっぱりあった。999,999,999円とか、誰が買うんだよ」
通販サイトなどでよく見るバカ値段を見て鼻で笑いながらも、俺はそこから掲示板の書き込みのページへと飛ぶ。
そこには『○○というアイテムを探しています!』とか『○○と○○のトレードを希望します!』と言った書き込みがある掲示板であり、そこで俺はさらに検索を絞っていく。
そうすることで、俺はようやくお目当ての書き込みを見つけることができた。
「いたいた。ようやく見つけたぞ」
俺が見つけた人は【
そのため、俺はその人に一言コメントを送った。
「えーと⋯⋯"魔石が希望とのことで、お伺いしました"っと」
この兎リリって人はこれから探索するダンジョンを攻略するため、強力な魔石を求めているらしい。
魔石。とは、モンスターがドロップする魔力を有した石のことであり、主に魔法や魔術の触媒として扱われることが多い。
そして俺は【光苔の洞窟】最終階層のボスモンスターである【ラージアシッドスライム】がドロップした、レアリティがC+の【光々大魔石】をこの人に売るつもりなのである。
ちなみにこの【光々大魔石】はレアドロップらしく、俺は変なところで無駄な運を使ってしまったらしい。
本来なら割と貴重で、使用用途の多い優れた魔石らしいのだが。
「俺、どうも魔法とか魔術とは相性が悪いらしいんだよなぁ」
異世界に足を踏み入れた時、やはり誰しもが魔法や魔術に憧れるだろう。
手から火の玉を飛ばしたり、氷の槍を飛ばしたり、風の矢を放ったりと、魔法や魔術はまさにロマンの塊なのだ。
しかし俺は、異世界にいる魔術協会のお偉いさんから。
『うわ! キミ、魔術の才能が皆無だネ〜!これ、なにしたって無駄なくらい才能ないネ! 魔石とか使っても、多分火の粉を出すのも無理だネ〜!』
と、初対面で言われるくらい魔法や魔術の才能が欠片もないらしく、俺の持つ数多あるスキルの中には、魔法や魔術関連のスキルは一つもないのである。
いや、一つだけ。一つだけ例外はあるのだが、実質ないようなものである。
だからこそ俺にとって【光々大魔石】は、いくら【ラージアシッドスライム】のレアドロップアイテムだとしても、使い道のないゴミアイテムなのである。
それならいっそのこと売って金にしてやろうと思ったのだが。
「おっ、早速返信が来たな」
ディーパッドからピコン! と音がしたので画面を開くと、そこには兎リリからのメッセージが届いていた。
『アマツさん、メッセージありがとうございます! 一応レアリティE以上の魔石ならなんでもいいのですが、なにかいい魔石ありますか?』
と、早速取り引きについての話を兎リリ側から出してきてくれたため、俺は早速返信をする。
『レアリティはC+です。ラージアシッドスライムのレアドロップである【光々大魔石】なのですが』
『【光々大魔石】ですか!? それ、すっごく貴重な魔石ですよね!?!?』
『らしいですね。でもレアリティが低いので、レアドロップだとしても価値としてはそこまでだと思っていたのですが』
『とんでもないです! 魔石の価値はもちろんレアリティにも依存しますが、レアドロップか否かでも大きく変わるんですよ! レアドロップでのレアリティC+の魔石は、通常の魔石のレアリティB+に匹敵するほどの価値がありまして──』
そこから、兎リリによる魔石語りが始まってしまった。
一応無視はあれなため相槌として一言メッセージは送ってるが、あまりの熱意に少し引いてしまう。
だが、その空気を兎リリは察してくれたようで。
『あっ、すみません! 魔石のことになると、つい⋯⋯』
『大丈夫です。魔石、好きなんですね』
『好きといいますか、私たちのような魔術師や召喚士には必要不可欠なアイテムですから⋯⋯それで、早速金額のところなんですけど⋯⋯35万円ほどでいかがですか?』
まさかの提示金額に、俺は画面の前でぶっと炭酸水を噴き出しかけてしまう。
さ、35万円? それ、俺が今日スパチャで稼いだ額よりも多いじゃないか。
などと一人で戸惑っていると、すぐに兎リリから追加のメッセージが飛んできて。
『す、すみません! やっぱり安すぎますよね⋯⋯? それなら、40万円でいかがですか!?』
さらに釣り上がる値段に、頭が回らなくなる。
だが、ちょっと待て。俺は今、そこまでの大金が欲しいわけではない。
それにいくら兎リリがディーダイバーだとしても、魔石1個のためにそこまで払わせるのは、なんだか忍びないのである。
魔術師や召喚士に必須の魔石。たった一つの魔石でどれだけの恩恵を得られるかは分からないが、それでも消耗品であるのには間違いない。
ここは、今後のためを考えて行動した方が良さそうだ。
『兎リリさん。今回の取り引き、30万円で大丈夫ですよ。もちろん、条件付きですが』
『本当ですかっ!? ちなみに、その条件というのは一体⋯⋯?』
『1つ、今後も魔石の取り引きを優先的にしてくれること。2つ、限定型ダンジョンの情報共有。ですかね』
俺が今回兎リリに目をつけたのは、ただ偶然目に留まったからではない。
なんとこの兎リリという人は、チャンネル登録者が25万人を超える結構人気のあるディーダイバーなのだ。
しかもパーティーを組んでダンジョン探索しているらしく、そのパーティーメンバーの数も2桁を超えているらしい。
普段は地元の友人とダンジョン探索しているらしいが、県外のダンジョンに挑戦する時はその地方のパーティーメンバーと集まってダンジョンに挑戦しているとのこと。
これは俺が帰りの電車に乗っている時に、本人が更新しているSNSから得ることができた情報だ。
ちょうどそこに『魔石募集中です!』という呟きがあったため、こうしてこのトレードサイトでコンタクトをとったわけである。
兎リリは人気配信者のため、資金面は潤沢なはず。つまり、今後俺がレアリティの高い魔石を入手した際にも、今回のように話に応じてくれる可能性が高い。
それでいて国内を飛び回っている彼女は、きっとネットにあまり情報が出回らない限定型ダンジョンについての情報も多く知っているはずだ。
限定型ダンジョンは、どうもレアリティの高い珍しいアイテムが眠っていることが多いとのこと。
だが限定型ダンジョンは希少なため、火野のように優しく教えてくれる人は中々いない。
だから俺がここで兎リリとのコネクションを作ることは、今後のディーダイバー人生における大きなアドバンテージになりえるのである。
それに魔石を多く求める兎リリ側にとっても、こうしてレアドロップの魔石を持ってきた俺をそう易々と手放したくはないはずだ。
『その、個人的にはすごく受けたいお話です! ですが、2つ目はちょっと⋯⋯仲間と相談しないといけない部分もありまして⋯⋯』
『2つ目に関しては、無理にとは言いません。自分が持ってきた魔石の価値に見合う情報で充分です。それでいかがですか?』
と、少し妥協した風にメッセージを送るが、元々最初はこの程度の条件を提示する予定だった。
だが最初にあえて厳しい要求をすることで、あとから見せるこちらの妥協に見せかけた本命に乗せるのが、俺の目的だったのだ。
この手法を確か、ドアインザフェイスっていうんだったか。まぁ、今はそんなのどうでもいい話だが。
などと考えながら、しばらくメッセージを待っていると。
『分かりました! こちらとしても、アマツさんのような方と今後も取り引きできるのは願ったり叶ったりなので!』
『それでは、承諾ということでよろしいですか?』
『はい! アマツさん、今後ともよろしくお願いしますね!』
というメッセージのあとに、兎リリからトレード依頼の個別メッセージが届く。
その画面に【光々大魔石】をアイテム欄から送り、『OK』のアイコンを押すことで、晴れて取り引きが完了となった。
『アマツさん、ありがとうございました! それでは、今後も気持ちのいい取り引きができること願っております!』
『はい。兎リリさん、またよろしくお願いしますね』
と、最後に送って俺は兎リリさんとの会話を終わりにした。
試しにアイテム欄を見ると【光々の大魔石】がなくなっていて、ディーパッド経由で通帳を見ると、そこには確かに30万円が入金されていた。
なんだか、ちょっとしたお金持ちになった気分だ。
他にも【ラージアシッドスライム】を討伐した時に宝箱から出たアイテムも売ろうと思ったのだが、今日はもうやめだ。
ダンジョン帰りで疲れてるし、もう時間も19時前だ。それに、そろそろ沙羅も帰ってくる頃合である。
「さーて、今日は俺がご飯でも作ってやりますかな」
沙羅がいつ帰ってきてもいいように、俺はディーパッドの電源を落としてキッチンへと向かう。
そして俺は、とりあえず冷蔵庫の中を漁って食材を取りだし、今日の晩御飯であるカルボナーラを作るのであった──
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