第57話 お弁当

「ふわぁ〜⋯⋯いや、ねっむ⋯⋯」


 翌日の昼休み、俺はいつも通りの場所で菓子パンを食べてから、適当に寝転がってくつろいでいた。


 昨日は結局3時前くらいに寝たため睡眠時間は4時間くらいしかなく、それでいて昼休み前に体力テストの続きがあったため、もう眠たくて眠たくて仕方がなかった。


「天宮くんっ、こんなところで寝転がってたら制服が汚れてしまいますよ?」


 そんな俺の元に、ひょっこりと高峯さんがやって来る。


 そして俺の隣に座ったと思えば、手に持つ弁当箱を足の上に乗せて、ぐぐっと大きく背筋を伸ばしていた。


「高峯さん? どうしてこんなところに?」


「ほら、今日はいい天気じゃないですか。風もだんだん涼しくなってくる頃ですし、外でご飯が食べたくなったんですよ」


「一人で? 友達は一緒じゃないの?」


「友達なら、天宮くんがいるじゃないですか」


 真正面から"友達"と言われ、俺はつい高峯さんから目を逸らしてしまう。


 一方で高峯さんは小さく鼻歌を歌いながら弁当箱を開けており、そのせいで風に乗って漂ってくるソースの香りによって、腹の音がぐぅと鳴ってしまった。


「ふふっ、お腹の虫さんが鳴いてますね?」


「一応パンは食べたんだけどね。やっぱり、一個じゃ足りなかったか」


「それはいけませんね。天宮くんは育ち盛りな男の子なんですから、その時期に菓子パンばかり食べてたら大きくなれませんよ?」


「いや、身長はもう170後半あるからこれ以上大きくはならなくていいかな」


「そ、そういうことを言ってるわけじゃなくてですね⋯⋯?」


 俺の何気ない発言により、高峯さんが困ったようにあたふたとしている。


 少しだけからかおうと思っただけなのだが、どうやら高峯さんは俺の言葉を真に受けてしまったようだ。


「大丈夫、分かってるよ。菓子パンだけだと栄養が足りないから、不健康になるってことを言いたいんだよな?」


「も、もう⋯⋯分かってるのなら最初からそう言ってくださいっ」


「ごめんごめん。なんか、高峯さんが妹と同じようなことを言ったからさ。ついね」


 俺が家を出てアパートに住む前の頃、休日の昼飯を俺はよく菓子パンで済ませることが多かった。


 それに関して沙羅からは特になにも言われなかったものの、それが何週間、何ヶ月と続いていたある日、俺は沙羅に菓子パンを没収されてしまった。


 キッチンにある冷蔵庫の上に置いてあった俺の菓子パン入れの箱もなくなっており、その代わりに用意されたのが、沙羅が作ってくれた手料理だった。


『なんで沙羅が俺のために料理なんかするんだ?』


『だ、だって⋯⋯お兄ちゃん、いつもお昼にお菓子とかパンばかり食べてるじゃん。学校でそういう生活習慣をよくないって授業で習ったから、お兄ちゃんのためにご飯作ったんだけど⋯⋯』


 最初に沙羅が俺のためにご飯を作ってくれたのは、俺が中学三年生の頃だったためまだ中学一年生くらいの時だ。


 その時出てきたオムライスは、それはもうケチャップライスはベチャッてしてるし、タマゴも少し焦げたスクランブルエッグだったため、あまり美味しそうな見た目はしていなかった。


 だがいざ食べてみると意外と美味しくて、沙羅の想いがたっぷりと詰まった味であった。


 今思えば、沙羅が料理上手なのは俺があまりにも怠惰な生活を送っていたからかもしれない。


 今では毎日美味しい朝ごはんと夜ご飯を食べることができるため、本当に日々沙羅には感謝である。


「天宮くんって、妹さんがいるんですか?」


「まぁな。真面目で、強気で、しっかり者で⋯⋯甘えんぼで手のかかる、可愛い妹だよ。あ、俺は別にシスコンとかじゃないからな? そこは勘違いしないでくれよ?」


「ふふっ、大丈夫ですよ。妹さんの話をしている時の天宮くん、表情がいつもよりも優しかったので本当に大事にしてるんだなぁって伝わりましたから。ちなみに、私には姉がいるんですよ?」


「え、高峯さんにお姉さんが?」


「はいっ。私と違って賑やかで明るくて、いつも私を可愛がってくれる自慢の姉がいますよ」


 へぇ、高峯さんのお姉さんか。


 一体、どんな人なのだろうか。やっぱり高峯さんと同じで黒髪ロングのストレートで、清楚系な美人なのだろうか。


 でも賑やかで明るいってことは、もしかしたら案外金髪でギャルっぽい人なのかもしれない。


 どちらにせよ、高峯さんのお姉さんなんだからきっと美人なのは間違いないだろう。


「あれ? でも、天宮くんって確かアパートで一人暮らしをしてるんですよね? ということは、もう妹さんとはしばらく会ってないんですか?」


「それが、家庭の事情で今妹と一緒に暮らしてるんだよ。根が真面目だからか、家事とか全部一人でやっちゃってさ。朝ごはんや夜ご飯だって、妹が作ってくれるんだ」


「素敵な妹さんじゃないですか。それだけお兄ちゃん想いの妹さんなら、お弁当だって作ってくれるんじゃないですか?」


「作る気満々だったよ。でも妹はまだ中学生だし、三年生だから今年受験なんだ。だから朝早く起こして弁当を作らせるなんて、さすがにできなくてさ」


 俺の住んでる場所に住まわせもらっている。そして、お金の面も全て俺が賄っている。


 という理由で沙羅は家事をしたり、ご飯を作ったりしてくれているのだが、さすがに弁当までは作らせる気にはならなくて。


 だから沙羅には色々と文句を言われながらも、平日の昼だけは菓子パンで済ませるようにしているのである。


「それなら⋯⋯その、ご迷惑でなければ私が天宮くんの分のお弁当を作ってきましょうか?」


「⋯⋯え?」


 高峯さんの口から出たまさかの発言により、つい反応が遅れてしまう。


 だが今、なんて言った? 聞き間違えじゃなければ、高峯さんが俺の弁当を作ってくれる的なことを言ったような気がするのだが。


「私としても、毎日パンだけ食べてる天宮くんのことが少し心配なんです。だから、天宮くんさえ良ければ是非お弁当を作らせてくださいっ」


「えっ、いや、でもさすがに申し訳ないというか、なんというかさ⋯⋯」


「私、毎日自分と姉の分のお弁当を作ってるんです。でも二人共少食なので、少量の料理を作るのが結構大変なんですよ。でも天宮くんは男の子ですから、いっぱい食べてくれますよね? そっちの方が、私的には作りやすくて助かるんですよ」


 どうやら聞き間違えではなかったようで、高峯さんは俺の分の弁当を作る気でいるようだ。


 でも、本当にいいのだろうか。高峯さんの手作り弁当なんて、クラスの男子たちが聞けば多分皆が皆飛びついてくるくらい価値があるものだ。


 それをただの友達である俺なんかが、受け取ってもいいのだろうか。高峯さんのご厚意に、甘えてしまってもいいのだろうか。


 なんて迷っていると、高峯さんがぷくっと小さく頬を膨らませていて。


「⋯⋯もしかして、私の腕を疑ってます?」


 と、俺のことをじーっとジト目で見つめてきた。


「い、いや、そういうわけじゃなくて⋯⋯やっぱり、申し訳ない気がしてさ⋯⋯」


「む〜⋯⋯それなら、一回私の料理を食べてみてください。そしたらきっと、気持ちも変わると思いますからっ」


 そう言って、高峯さんが自分の箸で綺麗な焼き色の卵焼きを取り、俺にあーんと向けてくる。


 さすがに申し訳なくて断ろうとするのだが、高峯さんにじーっと見つめられているせいで、逃れることができず。


 俺は箸に口を付けないよう気をつけながら、高峯さんが差し出してくれる卵焼きをぱくっと一口で食べたのだが。


「⋯⋯え、うっま⋯⋯」


 あまりの美味しさに、素直な感想が口から出てしまう。


 口の中でふわっと広がる卵の香りと、少し甘めなダシでまとまったしっかりとした味わい。


 食感は卵焼きなのになぜかぷるっとしていて、半熟ではないはずなのに、まるで半熟の卵焼きを食べているかのようなまろやかさがあった。


「ふふーん。私、昔から料理だけは誰にも負けない自信があるんですっ。天宮くん、今度はハンバーグとかいかがですか?」


「⋯⋯い、いただきます」


 今度は小さな一口サイズのハンバーグを差し出されたため、俺は先ほどと同様高峯さんお手製のハンバーグを一口で頬張るのだが。


「こっちもうめぇ⋯⋯!」


 冷めているはずなのにふっくらと柔らかく、噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出てくる。


 少し酸味のあるソースとの相性も抜群であり、もし今目の前に炊きたてのご飯があったら、多分今頃口の中にかきこんでいるだろう。


 沙羅の料理も美味しくて最高なのだが、高峯さんの料理は沙羅の料理と同じ──いや、超えるくらいの美味しさがある。


 食えば食うほど腹が減る。とは、まさにこのことなのかもしれない。


「め、めちゃくちゃ美味しかったわ⋯⋯」


「ふふっ、天宮くんさえよければこれが毎日食べれるんですよ? 私としても、お弁当が作りやすくなっておかずのレパートリーも増えてありがたいんです。天宮くん、どうですか?」


「⋯⋯是非、よろしくお願いします」


 あまりにも美味しすぎてつい畏まってしまったが、それに対して高峯さんはクスッと笑っており、嬉しそうに頷いていた。


 そして、高峯さんは自分のお腹を満たすべく、おかずを箸で摘んでから自分の口へ運ぼうとするのだが。


「⋯⋯っ、こ、これって⋯⋯っ」


「⋯⋯高峯さん?」


「っ! な、なんでもありませんっ!」


 そう言って、少し顔を赤くしながら高峯さんはハンバーグを一口でぱくっと食べていた。


 それから俺たちは、昼休み終了のチャイムが鳴るまで、二人で何気ない会話を繰り広げていた。


 好きな食べ物や、嫌いな食べ物はなにか。得意な料理、不得意な料理はあるのか。体力テストの結果がどうだったなど、話題が尽きることはなく。


 俺と会話をしている時の高峯さんはいつもニコニコとしていて、俺の目を見ながら相槌をしてくれるのがなんだか嬉しくて。


 多分、高峯さんは聞き上手なのだろう。ついあれこれ、高峯さんに色々と聞いたり、質問したりしてしまう。


 だが高峯さんは嫌な顔せず答えてくれるため、俺も高峯さんからの質問には、嘘をつかず全て本当のことを話し続けた。


 なんて話していると、いつの間にか時間が経って昼休み終了のチャイムが鳴り。


 俺は高峯さんと一緒に肩を並べながら、五時間目の授業を受けるべく教室へと向かうのであった──




──────




 学校が終わり、時は既に夜の22時を迎えている。


 沙羅の作ってくれた美味しい肉じゃがを食べてゆっくりとお風呂に浸かったあと、俺は外出用の服に着替えて玄関で靴を履いていた。


 今日俺は、二回目の配信をする。


 それも、場所は火野が教えてくれた限定型ダンジョンである【深緑の大森林】である。


 なぜこのダンジョンを選んだのかと聞かれれば、理由は二つ。


 一つ目は、深夜帯の方が視聴者が増えやすい傾向があるからだ。


 もちろん明日が休日ならもっと効果的なのだが、平日でもゴールデンタイムより深夜帯の方が視聴者が増えるらしく、意外とこの時間から配信をするディーダイバーも多かったりする。


 人気になり、有名になるにはこういった時間帯を選ぶ必要がある。


 明日も学校なため多分明日は授業中睡魔と戦う羽目になるが、それくらいはまぁなんとかなるだろう。


 そして二つ目の理由は、ただ単純に【深緑の大森林】がどこまで続くダンジョンなのか気になるからである。


 今回の配信で、俺は【深緑の大森林】を踏破する予定だ。


 だがネットでいくら調べても【深緑の大森林】に関する情報はあまり出てこなくて、ディーパッドで調べてみても、ただダンジョンの詳細が分かるだけだった。


「⋯⋯こんなのを見たら、踏破したくなっちゃうよな」


 ディーパッドの画面を見ながら、俺はそう一人呟く。


 そこには、【深緑の大森林】の詳細が記載されているのだが──


────────────────────


【ダンジョン名:深緑の大森林】

【推奨人数:2人以上】

【推奨レベル:20以上】

【出現モンスター平均危険度:C】

【乱入モンスター:有】

【全プレイヤー合計死亡回数:54】

【最終階層到達者:0人】


────────────────────


 そう。このダンジョンは、未だに最終階層に到達した者が一人もいないのである。


 それが分かった時、俺の心が大きく動いた。


 どうせダンジョンに挑むなら、まだ誰も踏破していないダンジョンを攻略した方が面白いだろうと、そう思ったのである。


「⋯⋯お兄ちゃん、またこんな時間に出かけるの⋯⋯?」


 ディーパッドの画面を眺めていると、後ろから可愛らしいパジャマに着替えた沙羅が、心配そうな表情を浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。


 だから俺はそんな沙羅を安心させるべく、沙羅の頭に手をぽんと置いて、髪を崩さないように優しく撫でてやった。


「心配させてごめんな。でも、今日は久しぶりに配信をする大事な日なんだ。多分今日の帰りは遅くなると思うから、沙羅は早く寝るんだぞ?」


「⋯⋯⋯⋯っ、⋯⋯? わ、分かった。お兄ちゃん、頑張ってね⋯⋯?」


「あぁ。じゃ、行ってくるからな?」


 そう言って玄関の扉を開けると、沙羅がこちらに向かって小さく手を振ってくる。


 そんな沙羅に向かって手を振り返して玄関の扉を閉めた瞬間、突然扉の向こうからドタバタと、走り回るような音が聞こえてくる。


 だがなにか声が聞こえてくるわけではないため、もしかしたら沙羅はトイレに行きたかっただけなのかもしれない。


 だから俺は特に気にせず、少し急ぎ足で【深緑の大森林】のある浜辺へと、自転車を漕いで向かうのであった──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る