第56話 これが俺の"決意"
風呂から上がると、時刻は既に2時を迎えそうになっていた。
さすがの沙羅もリビングの隣にある部屋でスヤスヤと寝息を立てていて、俺は沙羅の部屋を少しだけ覗いてから、自分のベッドに音を立てないように寝転んだ。
「えーと⋯⋯とりあえず、レベルについて調べてみるか⋯⋯」
俺はスマホを手に取り、今回白銀とダンジョンを探索したことで初めて知った、レベルについてを調べていく。
そうすることで、少し調べただけなのに色々なことを情報を得ることができた。
「⋯⋯人によって必要な経験値が異なる場合がある、だと⋯⋯?」
とあるサイトにて、俺は興味深い記事を発見することができた。
それは、人によってレベルアップに必要な経験値に大きく差が生まれるということであった。
とあるダンジョンにて、一人の男子高校生がディーパッドを手にした時、レベル0から1に上げるために必要な経験値が50必要だと判明したとのこと。
だが後日、同じダンジョンにて空手の全国大会に出場してベスト4という成果を残した男子高校生は、レベル0から1に上げるために200の経験値が必要だったらしいのだ。
「⋯⋯え? ということは⋯⋯」
単純計算で、レベル0の時だと俺って空手の全国大会ベスト4の男子高校生8000人以上の力があるってことか⋯⋯?
と思ったのだが、更に調べていくとまた新たな情報を得ることができる。
どうやら次のレベルに必要な経験値は、個人の実力だけでなく取得しているスキルによって変わることもあるらしい。
レベル0から1までに必要な経験値が同じ者でも、持っているスキルの数や強さによって、次のレベルへの必要経験値が変わるとのこと。
そう聞くとレベルアップが早い方が得に聞こえてくるが、それもまた違うらしくて。
経験値とは、その言葉通り"経験"によって得ることができるものらしいのだ。
ゲームのようにモンスターを倒すだけでなく、ダンジョンを探索したり、アイテムを収集したりなど、あらゆる場所、場面で経験値を取得することができるのである。
そして得た経験値によって、レベルアップ時に獲得することができるスキルやクラスが変動することがあるらしいのだ。
剣を使ってモンスターを倒し続けると【剣士】のクラスを、白銀のように弓を使い続けると【弓士】のクラスを得られるように、扱う武器でそれに合ったクラスを獲得できるとのこと。
だがクラスにも取得難易度が難しいものがあって、桃葉さんの【魔道士】は【魔法使い】と【魔術師】のクラスを鍛えることで、ようやく獲得することができるらしいのだ。
言わば、上位クラスというものである。
だが【魔法使い】になるにはダンジョン内にある魔力を感知する必要があるらしく、その素質がなければ【魔法使い】のクラスを獲得するのが難しいらしい。
他にも精霊と対話することで獲得することができる【精霊術師】など、取得条件が難しかったり、謎が解明されてないクラスも多いともサイトには書いてあった。
「まぁ、俺の【死神】もその一つだよな」
鎌を使い続けても【剣士】のクラスを得られるらしく、いくら調べても【死神】というクラスの名前が出てくることはなかった。
つまり発狂したデスリーパーを討伐して称号を得ない限りは、【死神】のクラスを獲得することができないということだ。
そうなってくると、尚更レベルアップまでに必要な経験値が160万を超えていることに不満が溢れてくる。
だが俺は、異世界を救った元英雄だ。
身体能力もそうだが、持っているスキルだって多分今この世界にいるディーダイバーの中でもきっとトップクラスだろう。
しかし、悲観することはないと俺は思っている。
なぜなら、レベルアップすると今まで蓄積してきた経験値によってスキルやクラスを獲得することができるからだ。
つまり俺のレベルが0から1に上がった時、もしかしたら俺はとんでもない量のスキルを獲得することができるかもしれないのである。
そう考えると、俄然やる気が出てくるだろう。
「ふー⋯⋯さて、今後どうするかだな」
スマホの電源を落としながら、俺は大きく息を吐く。
最近、よく思うことがあるのだ。
俺がディーダイバーになった理由は、妹である沙羅のためである。
俺の両親は今も尚絶賛大喧嘩中であり、いつ離婚してもおかしくない状況にある。
そんな中、沙羅は父さんでも母さんでもなく、兄である俺を選んでくれた。
それが嬉しかった。兄として俺を頼ってくれて、俺の元にまでやって来てくれた沙羅が、可愛くて仕方がなかった。
だから俺はそんな沙羅にひもじい思いをさせないために、ディーダイバーになることを決意した。
俺には、異世界で培った力と技術がある。それさえあれば、ディーダイバーとして一躍有名となりお金を沢山稼げるのではないかと思ったのだ。
だがそこで、予期せぬ出来事が起きた。
一番最初の初配信で俺はバズりにバズってしまい、今では伝説の神回配信とも呼ばれる配信を俺はしてしまった。
それにより、世間では俺を"死神"と呼ぶようになった。
そんな偉業を残しつつも、知らなかったとはいえチャンネル登録者50万人を超える桃葉さんと突発コラボをしたことから、今俺のチャンネル登録者数は37万人を超えてしまっている。
俺は悪目立ちすることが嫌いだ。そして、それと同じくらい中途半端なことも嫌いだ。
だが今の俺は、俺が嫌いな"中途半端"な人間になってしまっているような気がして。
配信者としてお金を稼ぐには、有名にならないといけない。そして有名になるということは、バズったりすることがどうしても付き物となってくる。
そこで、俺は自問自答する。
「⋯⋯俺は、なにがしたいんだ⋯⋯?」
俺がディーダイバーになった理由はなんだ? 妹である、沙羅のためだ。
沙羅が苦しんで、辛い思いをするのはいいのか? そんなのいいわけがない。沙羅には、幸せになってほしい。
このまま中学校を卒業して、行きたい高校に行って、専門学校か大学かは知らないが進学してもらい、そして行く行くは社会人として羽ばたいてもらう。
それが俺の望みなら、俺はなにを迷っている? なにを戸惑っている?
本当に、俺は今なにがしたいんだ?
「⋯⋯俺も、白銀みたいに⋯⋯」
ゴブリンシャーマンに負けて悔しがる白銀を前にした時、俺は少しだけ羨ましいと思ってしまった。
悔しがるということは、成長の余地があるということ。そして悔しいと思うということは、それだけ全力でぶつかったということだ。
だから、白銀が羨ましいのだ。全力でぶつかることができる相手がいることが。負けて、悔しいと思える相手がいることが。
今まで俺はデスリーパーやアーミーホッパーの大群とかと戦ってきたが、どれも強敵ではあったものの、俺の心を躍らせてはくれる存在ではなかった。
そう。俺は異世界を救ったことで、強くなり過ぎてしまったのである。
自惚れかと思われるかもしれないが、次のレベルアップに必要な経験値が160万超えていることが、ソレを物語っているだろう。
だから俺は、俺を超える可能性のある強者と戦いたい。
そして、沙羅の将来のためにもっともっと多くのお金を稼ぎたい。
その二つを両立する方法。そんなの、最初から分かりきっていたことじゃないか。
「⋯⋯目指すか。トップディーダイバー」
ダンジョンに潜り続けてアイテムをトレードで売り続ける。それもまた、お金を稼ぐ方法の一つだ。
だがそれは、今だからこそできることだ。他のディーダイバーの装備が充実していけばいくほど、そのうち武器や防具類、そして装飾品等は売れなくなっていく。
魔石ならいつでも売れると思うが、どのモンスターがどのタイミングで魔石をドロップするのか分からない以上、安定した収入を得ることはできない。
だがトップディーダイバーになれば、一回の配信で100万なんて簡単に稼げるらしいため、効率よく、そして確実にお金を稼ぐなら配信をした方が絶対にいい。
そしてトップディーダイバーになれば、自然と情報が集まるようになる。
それこそ──危険度Sに定められている最強クラスのモンスターの情報だって、得ることができるだろう。
危険度S。厄災や災害。破滅や天変地異など、名前ではなく概念で語られることが多いほど、とんでもない力を有するモンスター。
その強さは危険度Aのモンスターとは比べることができないほどと言われていて、危険度Sのモンスターを倒したことがあるディーダイバーは、片手で数えることができるくらいしかいないという。
危険度Aのデスリーパーは、俺を楽しませてくれたが心を躍らせてはくれなかった。
だが、危険度Sのモンスターならどうだ?
きっと俺の乾いた心を、戦いに飢えた俺の魂を、満たしてくれる存在になってくれるだろう。
トップディーダイバーになって、危険度Sのモンスターを倒したらどうなる? きっと、今よりも知名度が上がってもっと目立つようになるだろう。
だが、だからなんだ? 俺がディーダイバーになった理由を、思い出せ。俺は、沙羅のためにディーダイバーになったんだ。
目立つ? 上等だ。悪目立ちする? それも上等だ。
異例とはいえ、既に白銀にはバレたんだ。いくら気をつけていても、いつかは身バレするのが配信者ってものだ。
むしろ、白銀のおかげで吹っ切れることができた。
最初こそ厄介なことになったと感じていたが、今では白銀に感謝したいくらいである。
白銀のおかげで、俺はもう中途半端なことをし続けるのをやめることができる。
これからはもう、遠慮なんてしない。躊躇もしない。
トップディーダイバーになるんだったら、なんでもやってやる。
それが俺の──新たな"決意"である。
「お兄ちゃん、まだ起きてたの⋯⋯?」
枕元の近くにスマホを置いて寝転がっていると、隣の部屋から沙羅が顔を出してくる。
だが沙羅は眠たそうに目を擦っていて、大きなあくびをしながらも、のそのそと俺の元へとやって来て、ベッドに腰を降ろしていた。
だからすぐに俺は起き上がって、沙羅の隣に座ることにした。
「沙羅、こんな時間にどうしたんだ?」
「んー⋯⋯なんかね、目が覚めちゃって⋯⋯お兄ちゃん、今帰ってきたの⋯⋯?」
「あぁ。遅くなってごめんな」
そう言うと、沙羅がにへらと気が抜けたような笑顔を浮かべて、俺の肩に体を預けるように寄せてくる。
すると沙羅はゆっくりと目を閉じており、そのまま寝ちゃいそうな雰囲気を漂わせていた。
「⋯⋯お兄ちゃん、頑張りすぎないでね⋯⋯お兄ちゃんがいてくれれば、私それだけでいいから⋯⋯」
「⋯⋯あぁ。ありがとな」
「⋯⋯あと、それと⋯⋯お兄ちゃん、私ね⋯⋯?」
「⋯⋯分かったから。今はとりあえず寝るんだ。おやすみ、沙羅」
そう言うと、沙羅は小さく頷きながらもそのまま静かに眠りに入っていく。
だから俺はそんな沙羅を抱き抱えて隣の部屋にある布団に沙羅を寝かせ、そしてその小さな体にそっと布団をかけてやった。
「⋯⋯絶対、絶対に守ってやるからな」
沙羅の幸せのために、沙羅の未来のために。
そして、未だ満たされぬ俺の戦闘意欲を満たし尽くすために。
俺は明日の夜、二回目の配信をすることを心に決めた──
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