第55話 新事実

「で、どうだった。初めてのボスモンスターと戦った感想は」


 ゴブリンシャーマンが消えていなくなった【深緑の大森林】5階層目にて、俺は座り込む白銀にそう話しかける。


 だが白銀は三角座りのまま顔を俯かせており、声をかけてみても白銀は返事をしてくれず、顔を上げることもなかった。


 だから俺は、そんな白銀を励ますべく人一人分空けて白銀の隣に座ることにした。


 だが、俺から話しかけることはしない。


 白銀が自らの意思で口を開くまで、俺はただ黙って、白銀の隣に座り続ける。


 すると、顔を俯かせていた白銀がゆっくりとその顔を上げて。


「⋯⋯悔しい。ただ悔しいよ。あんなヤツ、わたしなら倒せたはずなのに⋯⋯っ」


 と、心の底から悔しそうに声を絞り出していた。


 今回の勝負、正直に言って俺は白銀に驚かされてばかりだった。


 ゴブリンシャーマンから逃げつつも的確に眉間や左胸を狙う正確さ。


 ゴブリンシャーマンの慢心を弱点として見極め、そして自ら懐へと飛び込む大胆さ。


 そして初めて使うはずのAスキルで、ゴブリンシャーマンの顎を破壊するその度胸。


 それらから、白銀の戦闘センスがいかに優れているかが伺えるだろう。


 それこそ、もしあの場面で白銀の指が限界を迎えなかったら。


 白銀一人の力で、ゴブリンシャーマンを討伐することだってできていただろう。


「⋯⋯悪い。今回ばかりは、俺のせいでもある。弓を渡したのはいいものの、指の負担のことを考えてあげることができなかった。これは、俺の判断ミスが招いたことだ。本当にごめん」


「先輩が謝らないでよ⋯⋯悪いのは、全部わたしなんだから⋯⋯っ」


 あの場面、俺が助けに入らなかったら白金は確実にゴブリンシャーマンの振るう杖の餌食となっていた。


 あのまま見過ごして、ディーダイバーの厳しさをその身をもって体験してもらうのも悪くはないと思っていた。


 だが一人のいたいけな少女が、全長二メートルを超えるゴブリンシャーマンに命を奪われかけているのを目の当たりにして、見守り続けることなどできるはずもなく。


 だから俺は、白銀を助けた。この選択が吉なのか凶なのかは分からないが、誰かを見殺しになんて俺にはできなかったのである。


 ダンジョン内では死んでも甦るとはいえ、もう二度と、目の前で誰かが死ぬ光景なんて見たくはないのだ。


『助けてっ、お兄ちゃ──』


「⋯⋯⋯⋯っ」


 俺は脳内でフラッシュバックする地獄のような光景を、頭を左右に振ることでかき消していく。


 俺にだって忘れたい、思い出したくもない過去が存在する。


 いや、今はそんなことどうでもいいのだ。


「だが、弓の腕は本当に素晴らしいものだと俺は思うぞ? ゴブリンシャーマンを相手に弓だけであそこまで戦えるのは、正直すごいと思うけどな」


「⋯⋯でも、勝てなかった。先輩がいなかったら、今頃わたしは⋯⋯っ」


 拳を強く握り締めながら、弓を持つ手を大きく振り上げる白銀。


 だが白銀は弓を地面に叩きつけることはなく、そのままゆっくりと腕を下ろしていた。


「⋯⋯次は、次こそは絶対に勝ってみせる⋯⋯! 先輩の力を借りなくても、一人でダンジョンを攻略できるくらい強くなりたい⋯⋯!」


「よかった。今回の件で、白銀の心が折れなくて」


「⋯⋯こんなんで折れたら、わたしは一生ゴブリンシャーマンに負けたままで終わるでしょ? そんなの、絶対にイヤ。先輩、わたし決めたよ。わたし、ディーダイバーでも【弓士】として世界ランク1位になってみせる」


 顔を上げた白銀の目が、燃えている。


 ゴブリンシャーマンに負けて落ち込み、打ちひしがれていた白銀はどこへやら。


 今ではもう既に前を向いており、その表情には微かだが、やる気に満ちた笑顔が宿っていた。


「いい心がけだ。だが、道は長く険しいぞ? 俺もあまり詳しいわけじゃないが、今ディーダイバーの中で二番目にチャンネル登録者が多い暁レオって奴も、白銀と同じで弓使いらしい。世界ランク1位になるには、その暁レオを超える必要があるんだぞ」


「上等。今はそいつの方が上でも、いつか絶対に超えるから。ゲームで鍛えたこの目で、わたしは絶対にトップになってみせる」


 ゴブリンシャーマンに負けたあとでここまで言えるのなら、もう心配はしなくてもよさそうだ。


 白銀にディーダイバーとしての素質があるかどうかを確認するべく、今日俺は白銀をこの【深緑の大森林】に連れてきた。


 その結果、白銀にはディーダイバーとしての素質──いや、才能があることが明らかになった。


 だがそれは技術面だけでなく精神的な面も含まれていて、一度死の恐怖を味わった中でも、こうして前を向けるのなら今後も白銀は上手くやっていくことができるはずだ。


「さっ、白銀が元気になったところでお待ちかねの宝箱タイムだ。ほら、開けてみてくれ」


「え、いいよ。最終的にゴブリンシャーマンを倒したのは、先輩でしょ?」


「それはそうだが、ゴブリンシャーマンに大打撃を与えたのは白銀だろ? そのおかげで、俺は簡単にゴブリンシャーマンを倒すことができた。つまり、白銀はナイスアシストをしたってことだ」


「⋯⋯あんなのがなくても、ゴブリンシャーマンくらい余裕で倒せるくせに。でも、先輩がそこまで言うなら⋯⋯開けさせてもらおうかな」


 少しだけ俺に反発しつつも、宝箱を前にしてゲーマーの血が騒いでいるようで、宝箱を見る白銀の目がキラキラと輝いている。


 そんな白銀の目の前にゴトッと宝箱を置くと、白銀は弓を地面に置いてから、立ち膝になって宝箱を開けていた。


 するとそこには、淡い緑色を基調とした薄地の手袋が置かれていた。


「おっ、もしかしてそれって⋯⋯」


「【風引きの手套】っていう装備アイテムだって。装備効果として、矢に風属性を付与できるみたい。あと、装備すれば指の負担も軽減できるんだって」


「おぉ、まさに白銀にピッタリじゃないか。やっぱり、宝箱から出るアイテムは倒したモンスターとあまり関係ないんだな」


 弓の引き過ぎで指を怪我した白銀にとって、宝箱から出た【風引きの手套】はまさに理想的な装備だろう。


 そうこうしている内に白銀は早速その手套を手に装備しており、手を閉じたり開いたりしながら、その感触を静かに確かめていた。


「うん、いいねコレ。でも、本当に設定したクラスで宝箱の中身が変わるんだね」


「⋯⋯というと?」


「え、先輩も知ってるでしょ? さっきディーパッドで調べたんだけど、モンスターがドロップするアイテムとか宝箱から出てくるアイテムって、設定したクラスに適した装備や道具が出やすくなるんでしょ? だから、こうして【弓士】のわたしにピッタリな装備が出てきたんじゃん」


 えぇ⋯⋯なにそれ、知らん。


 ていうか、俺知らないこと多すぎないか? 今回白銀にディーダイバーのことを教えるつもりが、なんか俺が教えてもらってる立場になってないか?


 これは、あれだな。今日家に帰ったら、ディーパッド内にある機能を色々と調べた方がよさそうだ。


 俺は基本事前知識を得ずに何事も初見で体験するのが好きなタイプの人間なため、あまり深く調べ事等はしてこなかった。


 だが、今回の件で分かった。俺は、ディーダイバーのことをさすがに知らなすぎである。


 いや、それも全部次のレベルまでの経験値が160万以上もあるせいだ。


 あれさえなければ今頃俺はとっくのとうにレベルアップをしていて、クラスとかAスキルとか、その辺りの情報を自然と得ることができたはずなのだ。


 仮にデスリーパーの経験値が15万あったとしても、最低でも16回はデスリーパーを倒す必要がある。


 そう聞けば簡単そうに聞こえるが、デスリーパーは乱入モンスターなため自発的に合うことが難しいという。


 こうなったら、レベルの高いダンジョンをがむしゃらに走り続けた方がいいのかもしれないな。


「よし、じゃあ帰るか。今回でディーダイバーのことはある程度教えれただろ。だから、俺の正体を言いふらすって話はもう無しだからな?」


「その件なんだけど⋯⋯先輩に、話したいことがあるんだよね。ダンジョンから出たら、一緒に帰ってもいい⋯⋯?」


「⋯⋯? それはもちろん、全然いいぞ。ていうか、元々白銀を家まで送るつもりだったしな」


「⋯⋯っ、あ、ありがと、先輩っ」


 俯きながらも、素直に感謝の言葉を告げてくる白銀。


 俺はそんな白銀に対し小さく頷いて見せながらも、白銀を連れて二人で近くに出現した【転送陣】の上に立ち、ダンジョンを脱出する。


 今回のダンジョン探索は、色々な新発見があったなんとも不思議な時間を過ごして終えるのであった──




──────




 天高々に昇っていた白い月が徐々に傾いていく、深夜1時25分。


 静かな夜に波がさざめく中、俺は白銀と一緒に肩を並べながら砂浜を歩いていた。


「わたし、先輩に謝りたいことがあって⋯⋯」


「謝りたいこと? 白銀が、俺に?」


「⋯⋯うん。その、先輩がアマツってことをわたしが知った件なんだけどさ」


 小さな石ころを蹴飛ばしながら、白銀がそんなことを口にする。


 そんな白銀の話に耳を傾けていると、白銀が蹴っていた石ころが波に持っていかれ、白銀は少しだけ悲しそうな声を上げていた。


「⋯⋯わたしの話なんて、信じてくれないと思うけど⋯⋯わたし、本当は先輩の正体を言いふらすつもりなかったんだよね」


「え、そうなのか?」


 まさかの発言に、俺は足を止めて白銀の方に体を向ける。


 すると白銀は俺の正面に立ちながらもどこかもじもじとしており、身長が150センチくらいと低めだからか、いつもよりも白銀がなんだか小さく見えた。


「わ、わたし、陰キャでコミュ障だから、さ⋯⋯その、笑顔とか、すっごい苦手で⋯⋯VRゲームで対戦とかしてる時も、笑う度に煽ってるとか言われちゃうんだよね⋯⋯」


「煽ってる? ん⋯⋯? 最初俺の正体がアマツなんじゃないかって確認した時に見せた笑顔って、なにか企んでたわけではないってことなのか⋯⋯?」


「⋯⋯あ、あれは、その⋯⋯天宮先輩が、わたしが憧れてるアマツなんじゃないかって思ったら、き、緊張しちゃって⋯⋯」


 ⋯⋯待てよ。ということは、あの煽っているような笑顔は、白銀的には別に煽っているわけではなくて。


 あのなにかを企むメスガキのような悪い笑みは、白銀が緊張している時に見せる笑顔ってことなのだろうか⋯⋯?


「でも、あの時俺に条件とか突きつけてきたじゃないか。あれはなんだったんだ?」


「⋯⋯先輩が少し怖い顔しながら『⋯⋯なにが目的だ?』とか言うから、なんか、その⋯⋯アニメみたいな展開だなって、一人で舞い上がっちゃって⋯⋯」


「え⋯⋯まさか、あの発言はあの場のノリで出た発言ってことか⋯⋯!?」


「そ、そうなんすよねぇ⋯⋯っ」


 段々いたたまれなくなって来たのか、いつの間にか白銀の口調がぎこちない敬語に戻りつつあった。


 でも確かに、白銀のスマホのアラーム音はどこかで聞いたことあるようなアニメの曲だったし、チラッと見えたスマホの画面も、どこかで見たことあるようなアニメキャラの一枚絵だったような気がする。


 今日の放課後、白銀に手紙で校舎裏に呼び出された時、まるで漫画とかアニメのような展開だなと一人で舞い上がっていた。


 だがそれはどうやら白銀も同じだったようで、俺の何気ない発言が、アニメ好きな白銀の心を刺激してしまったようだ。


「じゃ、じゃあ、ディーダイバーのことを教えてほしいって言うのも⋯⋯?」


「そ、それは本当で⋯⋯尊敬する先輩に色々と教えてもらえたら、わたしも先輩みたいになれるかなーって思って⋯⋯っ」


「⋯⋯ということは、放課後のあのやり取りって⋯⋯」


「ぜ、全部、コミュ障のわたしが招いた茶番だった、ってことっすね⋯⋯」


 そこまで聞いて、俺はガックリと肩を落とした。


 それに対し白銀はあわあわと慌てふためいており、どうすればいいのか分からないといった様子で俺のことを見つめてきていた。


「⋯⋯今の白銀が、今度こそ本当の白銀の本性ってことでいいのか⋯⋯?」


「え、えと、はい⋯⋯敬語を捨てた時は、その、ゲーム配信してる時のわたしで⋯⋯言わば、仮面をつけてるような状態で⋯⋯」


「もしかして⋯⋯白銀って厨二病なのか?」


「せ、先輩には言われたくないです⋯⋯」


「いや、なんでだよ!?」


 失礼なやつだ。俺は厨二病なんて、もうとっくの昔に卒業しているというのに。


 でも、そうか。つまり、最初俺の目の前に現れたあの白銀こそが、まさしく正真正銘白銀 玲ということなのだろう。


 煽るような笑顔や口調も緊張していたからこそ出たものであり、ダンジョンに潜っていた時の少し生意気な白銀は、ゲーム配信時の白銀ということだ。


 いや、分からないわ。


 多重人格とかそういうわけではなさそうだが、白銀も俺と同じで、別の意味で仮面をつけて生活している女の子ということである。


「だから、その⋯⋯色々と迷惑をかけちゃって、ごめんなさい⋯⋯」


「まぁいいよ。迷惑なんて思ってないし、白銀とダンジョンに潜ったことで色々と分かったこともあったしな」


「え⋯⋯?」


「とにかく、もう気にするな。またなにか困ったことがあれば、俺に頼ってくれ。白銀がこれからディーダイバーとしてどうなるかは分からないが、俺は白銀のことを応援するよ」


「⋯⋯っ、せ、先輩⋯⋯あ、ありがとう、ございます⋯⋯!」


 俺に向けて、丁寧に深々とお辞儀をする白銀。


 その時に見せた白銀の笑顔は、煽っているような悪い笑顔ではなく、柔らかくて、そして弾けるような笑顔であった。


 これにて白銀との間に起きた一悶着が終わり、俺はこの後白銀を家まで送ってから帰宅する。


 そして俺は一人、家の風呂に入りながら体の疲れを癒すのであった──

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