第54話 白銀 玲vsゴブリンシャーマン
【深緑の大森林】5階層目。
そこにはボスモンスターであるゴブリンシャーマンがいて、まるで棍棒のように杖を振るったり、身に纏う装飾品を破壊して杖に呪い属性を付与して戦う、少し特殊なモンスターだ。
今回のダンジョン探索で白銀はレベルを8まで上げているが、それでも初心者であることには変わらない。
だから俺はいつでも白銀を助けに行ける準備をしつつも、少し離れたところから白銀の動向を見守ることにした。
「すぅー⋯⋯はぁー⋯⋯先輩が手伝ってくれたおかげで、矢の数は残り50本。これだけあれば、倒せなくはない⋯⋯はず」
先ほどまで白銀は、俺が渡した【小鬼弓士の小弓】だけで戦ってきた。
だが矢を稼ぐためにゴブリンアーチャーを狩りまくっていたら、ゴブリンアーチャーがとあるアイテムをドロップしてくれた。
それは【小鬼の矢筒】という矢を収納するためのアイテムであり、その中にはなんと、計50本の矢を保管しておくことができるというアイテムであった。
それだけ聞けばかなり性能のいいアイテムだが、属性が付与された特殊な矢は一本で五本分のスペースを取ってしまうらしく、そこまで万能なアイテムではなかった。
だが現状白銀は特殊な矢を一本も持っていないため、ゴブリンシャーマンの待つ5階層目に挑む前に、白銀は【小鬼の矢筒】の中に【直木の矢】を50本収納していた。
それだけあればいい戦いにはなりそうだが、果たしてどうなるか。見ものである。
『ゲギャラァ!』
白銀が矢を手に取るより先に、ゴブリンシャーマンが動き出す。
だが白銀はゴブリンシャーマンから距離を取るわけでもなく、矢筒から取り出した矢を手に取り力いっぱい弓を構えて。
「パワーショット!」
今までヒュッと放たれてきた矢が、【パワーショット】の発動によりドヒュッ! と力強く放たれる。
鋭く、唸るように空を裂く矢が一直線にゴブリンシャーマンの喉元へと飛んでいく。
狙いは完璧。タイミングもバッチリ。
だが白銀の放った渾身の一撃は、ゴブリンシャーマンの振るう杖によって呆気なく叩き落とされていた。
「⋯⋯っ、やっぱりだめだよね」
矢を叩き落とされて意気消沈でもするかと思っていたが、むしろ想定通りだったのか白銀はすぐに頭を切りかえていた。
冷静な判断ができるところはいいことだ。今ので焦っていたら、きっとそのままゴブリンシャーマンに流れを持っていかれる可能性があった。
モンスターとの戦いは、基本的に冷静さを失った方が負けてしまう。
だがそれはきっとモンスターとの戦いだけではなくて、対戦ゲームでもそうなのだろう。
ゲーム配信者としてチャンネル登録者100万人を超えている白銀には、その心得があると見える。
ディーダイバーとしてはまだまだ素人の白銀だが、ゲームで鍛えた勘や視野の広さは必ず強力な武器となる。
少なくとも、今の白銀の実力は素人ディーダイバーの中でもかなり上位であるのは確実であった。
だが、今現状は白銀が逃げるように距離を取り続け、そんな白銀をゴブリンシャーマンが追っかけ回しているという状況だ。
このまま距離を取り続けることができれば白銀に分があるが、少しでも距離を詰められれば一気に不利となってしまう。
さぁ、白銀はどうやってゴブリンシャーマンを倒す?
その相手は、白銀が思っているよりも面倒な相手だからな──
──────
わたしの名前は白銀 玲。
二年前、シルヴァという名前でゲーム配信者デビューして、チャンネル登録者100万人に達成したプロゲーマーだ。
そんなわたしが、ゲーム配信の天敵とも呼ばれているディーダイバーを目指し、今ゴブリンシャーマンというモンスターと戦っている。
後ろには、わたしが唯一尊敬しているディーダイバーの天宮先輩──もとい、"死神"と呼ばれているアマツ先輩がいる。
だから、わたしは負けられない。こんなところで負けちゃったら、先輩に見限られちゃうかもしれないから。
『ゲギャラァアッ!』
わたしを殺すために追いかけてくるゴブリンシャーマンに向けて、わたしは一瞬だけ後ろを振り向き、そして【クイックショット】を発動させて矢を放つ。
だけどその矢はゴブリンシャーマンの持つ杖に弾かれてしまい、粉々に砕かれてしまっていた。
うーん⋯⋯これ、どうしようかな。
ゴブリンシャーマンの行動パターンは単調で、杖を投げたり、石とかを投げたりと遠距離攻撃をしてくる様子はない。
アルスフェルトオンラインに出てくるキングオークに似た行動パターンだけど、ゴブリンシャーマンはキングオークと比べて反応速度がかなり早い。
キングオークは図体が大きいからか、体力と攻撃力が中盤に出てくる魔物にしてはバグみたいに高いけど、その代わり遠距離攻撃に弱いという明確な弱点があった。
でもゴブリンシャーマンは矢を叩き落としたり弾いたりするくらい反応速度がよくて、正直に言って今のわたしじゃかなり相性が悪い相手だ。
渾身の【パワーショット】ですらも、叩き落とす相手だ。これは、正面からの攻略は不可能と思ってもいいかな。
『ゲギィ! ギィィ!!』
ひたすら逃げ回るわたしにイライラしてるのか、ゴブリンシャーマンが牙を剥いてわたしを睨みつけてくる。
よしよし、いい傾向だ。イライラすればイライラするほど、マトモな思考ができなくなるはず。
敵を前にして逃げ回るなんて、わたしらしくない。でも今はこうでもしないと、絶対にゴブリンシャーマンには勝てない。
「新しいAスキルを試してみようかな⋯⋯アレなら、きっとダメージを入れることくらいはできるはず⋯⋯」
レベルが8まで上がったことで、わたしは新しいAスキルを獲得している。
でもあのAスキルは覚えたてで、まだ一度も試したことがないからどうなるかが分からない。
それでも、試してみる価値はあるはずだ。
「ふっ、はっ!」
一発、二発とゴブリンシャーマンに向けて矢を打ち込む。
狙った場所は眉間と左胸。どちらも、命中さえすれば大ダメージを与えることができる場所だ。
『ギッ、ゲギャッ!』
予想通り、ゴブリンシャーマンはわたしが放った矢を全て叩き落としてくれる。
なるほど、分かった。ゴブリンシャーマンは、自分に自信を持ってるタイプのモンスターだ。
わたしの放つ矢くらいなら、いくら図体の大きいゴブリンシャーマンでも回避することくらい難しくないはず。
でもそれをあえて回避せずに叩き落とすってことは、自分の強さを誇示したい証拠だ。
だからわたしはもう一度、ゴブリンシャーマンの眉間に向けて矢を放った。
『ギギ、ギィ!』
何度やっても無駄だと言わんばかりに、ゴブリンシャーマンが矢を叩き落としている。
だからわたしはその隙に方向転換して、今度はゴブリンシャーマンから逃げずに正面から立ち向かうことにした。
『ゲギィ⋯⋯!?』
いきなり方向転換して突っ込んでくるわたしに驚いているのか、ゴブリンシャーマンが大きく目を見開いている。
そんなゴブリンシャーマンに三回連続で矢を放つと、わたしが接近してきているのにも拘わらず、ゴブリンシャーマンはわたしの放った矢をいつものように叩き落としてくれた。
「やっぱり、それが隙になるよね」
弓を構えながら、わたしはゴブリンシャーマンの股下に滑り込む。
わたしの動きくらいゴブリンシャーマンの目だと簡単に追えるはずだけど、無駄に矢を叩き落としてるから反応はできても体がついてきていない。
だからわたしは、ゴブリンシャーマンの無防備な顎裏に向けて。
「スピア、ショットッ!」
指に細い弦がめり込むくらい強く引き絞ってから、わたしはゴブリンシャーマンの顎裏に一本の矢を放つ。
でも、これはただの矢ではない。
【スピアショット】という、矢の飛距離を犠牲にして近距離の相手に鋭く重い一撃を与える、【弓士】らしくないスキルだ。
最初このAスキルの詳細を見たとき、わたしはこのAスキルがハズレスキルだと判断した。
なぜなら、弓の長所は遠距離からの攻撃であって、いくら攻撃力が上がっても飛距離を犠牲にするなんて意味がないと思ったからだ。
でも、今は違う。このAスキルは、遠距離からの攻撃が通用しない相手にこそ効果があるAスキルだったんだ。
『ゲ、ギャラバッ!?』
わたしの放った鋭い矢の一撃によって、ゴブリンシャーマンの顎が弾けるように抉れる。
少しタイミングを間違えたせいで顎しか破壊できなかったけど、もう少し我慢できていたら、今頃ゴブリンシャーマンの脳天まで貫けていたはず。
さすが【パワーショット】よりも破壊力がある【スピアショット】だ。
矢の飛距離は2メートルくらいになっちゃうけど、そうなってしまうのも頷けるほどの威力だった。
『ゲ、ギ、ギ、ギィ⋯⋯!』
下顎がなくなったせいでマトモに声が出せなくなったのか、ゴブリンシャーマンが苦しそうに声を絞り出している。
白い光の粒が出てるからいいけど、これが現実だったら多分すごいグロい光景になってた気がする。
でも、これで分かった。わたしでも、こうしてヒットアンドアウェイを繰り返せばいつかゴブリンシャーマンを倒すことが──
「っぅ⋯⋯!?」
一旦ゴブリンシャーマンから距離をとるべく、牽制のための矢を引こうとした瞬間、指に痛みが走る。
手のひらを見ると、人差し指と中指から白い光の粒が微量だけどサラサラと溢れ出てしまっている。
多分、さっき使った【スピアショット】のせいだ。
Aスキルは強力な分、指への反動がすごいんだ。それを知らずに次々とAスキルを連発してたせいで、この大事な場面でこんなことになってしまっている。
先輩からもらった弓はわたしでも引けるくらい軽い弓だけど、素手で弦を引き続けていたせいで指への負担が蓄積して、いつの間にか大きくなってたんだ。
今が、今がチャンスなのに。今こそ、ゴブリンシャーマンに大打撃を与える絶好のチャンスなのに⋯⋯!
『ゲギャ、ラ、ラァァアァッ⋯⋯!』
地面に膝をつくわたしを叩き潰そうと、ゴブリンシャーマンがわたしを見下ろしながら大きく杖を振りかぶっている。
早く、早く逃げないと。でも今ここでゴブリンシャーマンの攻撃を回避したとしても、反撃することができない。
指の痛みを無視すれば、攻撃することができる。でも、次弦を引いたら多分、わたしの指にガタが来る気がして。
アサルトスクランブルにはスタミナの概念はあったけど、弦を引きすぎたせいによる指の負傷はなかった。
アサルトスクランブルの弓は強く引けば引くほど威力が増したから、常に全力で弓を引くというのがあのゲームで弓を使う上での常識だ。
その癖が、こんなところで出てしまった。今わたしがいるのはゲームの中じゃなくて現実なのに、自分の体のことまで考えることができなかった。
最悪だ。せっかくここまで来たのに、自己管理を怠ったせいで一気に戦況が不利になるなんて⋯⋯!
『ゲギ、ギ、ガァアァッ!!』
命を奪う一撃が、わたしの頭に目掛けて振り下ろされる。
なんとか弓を構えても、矢を引くことができない。反撃することができない。ゴブリンシャーマンを、倒すことができない。
こんなところでゲームオーバーか。
なんて、わたしが諦めかけたその時──
「──中々いい動きだったぞ、白銀」
離れたところでわたしとゴブリンシャーマンとの戦いを眺めていたはずの天宮先輩が、目の前に。
それも、ただ目の前に現れただけじゃない。
ゴブリンシャーマンが力強く振り下ろした杖による一撃を、天宮先輩は軽々と片手で受け止めていたのだ。
「せ、先輩⋯⋯っ」
「あそこで近接戦に持ち込んだのはいい判断だ。あとは、もうちょっと弓の鍛錬を重ねれば完璧だな」
わたしにアドバイスしてくれる天宮先輩だけど、状況が状況なだけにあまり耳に入ってこない。
天宮先輩は完全にゴブリンシャーマンのことを見向きもしてないし、ゴブリンシャーマンもゴブリンシャーマンで、杖を素手で受け止められていることに動揺を隠せていない。
そんなゴブリンシャーマンが、杖を持ってないもう片方の腕で天宮先輩の頭を殴ろうとするけど。
「お前の相手はあとでするから待っとけ」
『ゲ、ギャラァッ!?』
ゴブリンシャーマンが左腕を振り上げた瞬間、天宮先輩による体を大きく捻った回し蹴りがゴブリンシャーマンのこめかみに炸裂する。
あまりの威力のゴブリンシャーマンは頭から地面に倒れ込んでいて、それによって地面には大きなヒビ割れができていた。
「白銀。まだ手は痛むか?」
「⋯⋯少し、まだ痛むかも」
「分かった。それならこいつは俺が片付けておく。一瞬で終わらせるから、白銀はとりあえず休憩しててくれ」
そう言って、天宮先輩は起き上がろうとしているゴブリンシャーマンの元へ向かって歩いていく。
なんとか天宮先輩を倒そうとゴブリンシャーマンが杖を振るけど、天宮先輩にはそんな攻撃当たらなくて。
「あれ⋯⋯?」
今更気づいたけど、天宮先輩の足には見たことのない防具が装備されていた。
防具というか、どちらかというとブーツに近い形状をしたその黒い深靴は、なんだか禍々しい雰囲気を放っていて。
『ゲギャ、ラァア、ァァアァッ!!』
怒り心頭になったゴブリンシャーマンが、体にジャラジャラと飾っている金の装飾品を手に取って、破壊する。
するとゴブリンシャーマンの持つ杖に、黒いモヤのようなものが纏わりつくんだけど。
「それ、もう見たわ」
『──ギ、パッ⋯⋯!?』
天宮先輩の容赦ない蹴り上げによって、ゴブリンシャーマンの首が千切れ飛ぶ。
白い光に包まれながらも、宙を舞うゴブリンシャーマンの首。
"死神"アマツと呼ばれる所以となった大鎌を使わずして、わたしが倒せなかったゴブリンシャーマンを蹴りだけで討伐する天宮先輩。
その圧倒的な強さを前に。
わたしは、色々な意味で胸のドキドキが止められなかった──
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