第53話 レベルなんてあったのかよ

 レベルという、概念自体は知っていた。


 だがそれはモンスターのレベルであり、ただ単純にモンスターの強さを測るための指標でしかないと、俺は思っていた。


 しかし今俺の目の前で、白銀はゴブリンアーチャーを倒したことによってレベルが一気に4まで上がっていた。


 ではなぜ、ゴブリンハンターやゴブリンアーチャー、そしてデスリーパー等のモンスターを倒してきた俺には、そのような通知が来ないのだろうか。


 まさかと思い自分のディーパッドの画面を見ると、俺の名前の隣に【0】という表記があった。


 いや、その表記に関しては前々から気づいてはいたのだ。


 だがその数字はてっきりなんらかの実績を達成した数とか、そういうものだと思っていたのだ。


 なぜなら、どんなゲームでもレベルは基本的に1から始まるのが常識だからだ。


 そして俺は数多くのモンスターを倒してきたため、普通なら白銀のようにレベルが上がってもおかしくはないはずなのである。


 だがどれだけモンスターを倒してもレベルが上がるということがなかったため、俺は勝手に"プレイヤー側にはレベルが存在しない"と決めつけていたのだ。


 しかし今回白銀とダンジョンに潜ったことで、こちら側にもレベルというものがあると明らかになった。


 そのため、俺は今まで触れてこなかったその【0】という数字を試しにタップしてみたのだが。


────────────────────


    【天宮 奏汰】 レベル0

    次のレベルへの必要経験値

      1604805

       

────────────────────


 ⋯⋯はい?


 なんだこれ。なんなんだ、この数字。


 俺のディーパッドからは白銀のディーパッドから聞こえてきたようなレベルアップ音が聞こえてこなかったため、レベル0なのは納得がいく。


 だが、次のレベルアップに必要な経験値が160万オーバーってなんなんだ⋯⋯?


「⋯⋯白銀。次のレベルアップに必要な経験値はどれくらいだ?」


「えーと⋯⋯240って書いてあるけど。ちなみに、先輩のレベルは今いくつなの?」


「あー⋯⋯⋯⋯まぁ、55だな⋯⋯」


「へぇ、やっぱりあれだけ活躍してるとレベルも高いんだね。でもゴブリンアーチャーを一匹倒しただけでこんなにレベル上がるってことは、このダンジョン序盤のレベリングにぴったしってことじゃん」


 レベルという概念によってダンジョン攻略が楽しくなってきたのか、白銀はご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらディーパッドを操作している。


 今俺は適当にレベル55とか言っちゃったが、実際のところ俺のレベルは0であり、レベルだけで見たら白銀に負けてしまっている。


 なんらかの不具合かもしれないとディーパッドの電源を入れたり落としたりしてみるが、どれだけやっても俺のレベルは0のまま。


 次のレベルまでの経験値が240な白銀に対して、160万以上経験値が求められている俺。


 この差は、一体なんなんだ⋯⋯?


「おっ、できたできた。先輩、わたしクラスをとりあえず【弓士】に設定したんだけど、おかげで色んなAスキルを取得できたよ」


「Aスキル⋯⋯ちなみに、どんなスキルなんだ⋯⋯?」


「えーとね、【クイックショット】ってやつと【パワーショット】ってやつかな。あと【スナイプショット】ってやつも覚えれたみたい。ふーん、AスキルのAってアクションの略称なんだ」


 白銀がレベルアップしたことにより、知らなかったことがどんどん解明されていく。


 クラスとは、おそらくRPGでいうところの職業的な要素なのだろう。


 クラスを設定することで、そのクラスに適したアクションスキル──Aスキルの獲得が可能となり、そして発動が可能になるわけだ。


 ということは、前回突発コラボ配信をした桃葉モモさんが自分ことを【魔道士】だとか言ってたが、あれももしかして自称ではなくクラスが【魔道士】だったってことなのだろうか。


 だが白銀が取得したクラスが【魔道士】ではなく【弓士】なのは、きっと弓を扱ってモンスターを倒し、レベルアップしたからなのだろう。


 試しにディーパッドの画面でクラスの項目を探してみるが、妙な空白はあるもののクラスを設定できるところが見当たらない。


 だが、白銀は普通に【弓士】というクラスを設定していた。


 ということはつまり、レベルが0の状態だとクラスを設定することができないということになるだろう。


「⋯⋯⋯⋯え?」


 待てよ。ということはまさか。


 俺って、なんとかして経験値を160万以上集めてレベルアップしないと、一生クラスを設定することができないしAスキルを覚えることもできないってことか⋯⋯?


 一応、デスリーパーを討伐したことで得た称号の【死神ヲ葬ル者】の恩恵として、確か【Aスキル『クラス:死神』の取得】というものがあったはず。


 ということは、俺は既にクラス【死神】を獲得していて、【死神】のAスキルを取得することができる資格を持っているということだ。


 だがレベルが0のせいで、俺はクラスを設定することができない。


 つまりは、簡単に言ってしまうと宝の持ち腐れというわけである。


「ふむふむ⋯⋯【クイックショット】は速射が可能になるAスキルで、【パワーショット】は矢の貫通力と破壊力を上げるAスキル。そして【スナイプショット】は矢の命中率と飛距離を強化するAスキルか⋯⋯まぁ、どれもまさに最初に覚えるって感じのスキルだよね」


「⋯⋯だが、その三つがあれば戦闘を有利に運ぶことができるだろうな。それと、スキルの【弓術】はどんな感じの効果なんだ?」


「えーとね⋯⋯なんか、弓の取り扱いが上手くなるみたい。あと矢の命中率に補正がかかるのと、威力も少し増すらしいよ」


 その辺りは俺が持っている【死神流鎌術】とあまり変わらない性能だ。


 だがやはり、問題なのはAスキルの有無だ。


 今はまだ、モンスターと戦っていて厳しいと思った場面を経験したことがない。


 しかし以前桃葉モモさんと挑んだ【蠱惑の花園】最終階層にて、俺は大鎌ではなく取り回しやすい【黒鉄の爪刃手甲】を武器として選択した。


 だがもしあの場面で、俺が【死神】のAスキルを扱うことができていたら。


 もしかしたら、一人であのアーミーホッパーの大群を一瞬で全滅させることだって造作もなかったかもしれない。


 そう考えると、現状には満足しているがだんだんAスキルが欲しくなってくる。


 まるで、強い武器をゲットしたのにレベルやステータスが足りないせいで装備できないような、あの悔しさが今俺の中にある。


 だがおかげで、曖昧だった目標を定めることができた。


 俺の目標の一つ、それは。


 誰かに言ったら笑われるかもしれないが、俺自身のレベルを0から1に上げることである。


「先輩、もうちょっと奥まで行こうよ。なんなら、次の階層とか目指してみる?」


「うーん、そうだな⋯⋯Aスキルの確認がてら、先へ進むのも悪くはなさそうだ。ちなみに時間の方は大丈夫なのか?」


「もちろん。わたし昔から夜型だから、どれだけ遅くなっても平気なんだよね。むしろ、朝まで潜っていたいくらいかな」


「それはさすがに俺が無理だ。いや、無理ではないが明日も学校があるから却下だな。とりあえず、5階層目にいるゴブリンシャーマンの討伐を一旦の目標にしようか」


 そう言うと、白銀は大きく頷いてくれる。


 だから俺は白銀と一緒に草むらから出て、共に肩を並べながら【深緑の大森林】を歩き進めていくのであった──




──────




「⋯⋯白銀、見えるか?」


「もち。前方20メートル先、二匹のホーンウルフを目視で確認」


 【深緑の大森林】3階層目にて、今俺たちは木の陰に隠れて少し離れた先にいる二匹のホーンウルフを観察していた。


 最初はモンスターに出会う度にビクッとしていた白銀だったが、あれから何度かモンスターと戦い、レベルが6まで上がったことで自信がついたのか、その表情からは不安が消えていた。


 まるで本物の狩人のような目でホーンウルフを見つめる白銀が、音を立てないように弓を取り出し、そして矢を構える。


 ギリ、ギリ、と弦を引き絞りながら、白銀は矢の先端でホーンウルフの眉間を捉え、そしてゆっくりと大きく息を吸い込んでいた。


「よし、やれ」


「りょーかいっ。スナイプ⋯⋯ショット!」


 白銀がAスキルである【スナイプショット】を発動させながら矢を放つと、放たれた矢は落ちることなく真っ直ぐ森の中を突き進んでいき、目標であるホーンウルフに向かって飛んでいく。


 このまま黙って見ていれば、確実にホーンウルフの眉間を貫くことができる。


 だが白銀は放った矢がホーンウルフに命中することを確認せず、弦に次の矢を装填し。


「クイックショット!」


 今度は先ほどの【スナイプショット】を放ったよりも早く、白銀はもう一匹のホーンウルフに向けて【クイックショット】を発動させてから矢を放っていた。


 【スナイプショット】とは違って少し山なりに放たれた矢は、そのまま軽く重力に引っ張られながらもホーンウルフの眉間を捉えていて。


『キャウンッ!?』


『ガァッ!? バウッ、ギャッ──』


 一匹目のホーンウルフが眉間に矢を受けて絶命し、それを目の前にして動揺するもう一匹のホーンウルフの眉間にも矢が突き刺さり、ほぼ同時に二匹のホーンウルフが息を引き取る。


 それを確認した白銀はふぅと息を吐いた後、そして小さく胸の前でガッツポーズをとっていた。


「ふんっ、どーよ先輩。わたしにかかれば、こんなこともできちゃうんだよね」


「さすがだ。白銀は観察力もそうだが、空間認識能力も優れてるのかもしれないな。この距離から的確にあの小さな眉間を狙い撃つなんて、普通なら無理な芸当だ」


「まっ、伊達に世界ランク1位じゃないからね。この調子だと、簡単に5階層目まで行けそうじゃん」


 確かに白銀の言う通り、このまま順調に進めばあっという間に5階層目までたどり着くことができるだろう。


 だが、白銀は知らない。今白銀がモンスターを倒せているのは、視界の悪い森の中で隠れながら、奇襲による不意打ちができているからだと。


 5階層目には隠れる場所はないし、最初から正面にボスモンスターが立っているため、奇襲することもできない。


 しかし、俺はあえてそれを白銀に伝えずにいた。


 ここまでの白銀を見てきて、とりあえずだが白銀がディーダイバーとしての素質があることは、なんとなくだが分かった。


 だが問題は、自分より遥かに強いモンスターを相手にした時に白銀がどう立ち回るか、である。


「⋯⋯先輩、さっきディーパッド見てて思ったんだけどさ」


「あぁ、なんだ?」


「この、トレードってやつあるじゃん。ここで性能のいい弓とか買えば、もっと攻略の効率が良くなるんじゃない?」


 そう言って、白銀が俺にディーパッドの画面を見せてくれる。


 そこには【土泥魚の靱弓】や【破壊鬼の剛弓】など、様々な弓がトレードとして出されていた。


 だがどれもレアリティがB以上ばかりであり、中には価格が150万円に設定されている弓もあった。


「いや⋯⋯さすがにそれは高すぎるんじゃないか?」


「高いけど、わたしゲーム配信者として割と貯金がある方だから全然余裕で買えるんだよね。なんなら、ここで一式揃えるのも悪くない気がするんだけど」


「まさかの重課金勢か⋯⋯まぁそれは白銀の勝手だが、防具や装飾品ならまだしも武器は身の丈に合ったものの方がいいぞ? とりあえず、買うのは自由だが今はやめておこうか」


「うーん⋯⋯分かった。最初っから最強装備とか、つまらないもんね。でも攻略に行き詰まったら色々と買ってみようかな」


「それがいいと思うぞ、本当に」


 まず第一に、ポンと150万円を出せるところが驚きである。


 だが、今まで考えたこともなかったな。


 俺はトレードでアイテムをよく売るが、誰かからアイテムを購入したことはまだ一度もない。


 それこそ、探せば色々といい性能の武器とな防具とかが見つかるかもしれない。


 だが、そんなのつまらなくないか?


 モンスターを倒したり宝箱を開けたりしてアイテムを獲得し、強くなっていく。それが、一番楽しいと俺は思っている。


 もちろん、白銀の考えを否定する気はないし、手っ取り早く強くなるにはその方法が一番無難で安全だろう。


 だが白銀にも知ってほしいのだ。モンスターがドロップしたアイテムを調べている時の、あのワクワク感を。


 宝箱から武器とか防具などのアイテムが出てくる時と、あのドキドキ感を。


 当然モンスターと戦ってる時が一番だが、あのアイテムを獲得した時の達成感は、トレードでは絶対に味わえないものだろう。


「──ん? 先輩、なにか言った?」


「え? いや、別になにも言ってないが」


「そうだよね⋯⋯なんだろ。さっきから、なんか声みたいなのが聞こえる気がするんだよね。なんなんだろ、これ」


 白銀にそう言われて耳を澄ませてみるが、風によって木々が揺れたりする音は聞こえてくるものの、声らしきものは一切聞こえてこない。


 だが白銀の耳にはなにかが聞こえているようで、瞼を閉じて耳の裏に手を当てながらも、不思議そうに小首を傾げていた。


「気のせいじゃないか? 今この場所には、俺と白銀しかいないはずだ。周囲にモンスターもいないから、声なんて聞こえてくるはずがないだろ」


「うーん、確かに聞こえたはずなんだけど⋯⋯まぁいいや。分からないことを悩むだけ無駄だし。ほら先輩、早く先へ行こっ」


「そうだな。先へ進むか」


 白銀に急かされながらも、俺は白銀と一緒に【深緑の大森林】を進んでいく。


 あと2階層先へ進めば、お待ちかねのボスモンスターであるゴブリンシャーマンと出会うことができる。


 その時、白銀がどんな行動をとるのか、非常に楽しみである──

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