第52話 白銀の才能

 白銀に素手でモンスターと戦う方法を教えて始めてから、30分ほどが経過して。


「はぁ、はぁ⋯⋯っ、さ、さすがに、先輩と同じ動きは無理⋯⋯!」


 地面に座り込みながら、白銀が肩を動かして荒れた呼吸を整えようとしている。


 あーだこーだ言う白銀の背中を押し、俺はとりあえず白銀とゴブリンハンターを戦わせることにしてみた。


 もちろん、年下の女の子に俺と同じことを求めるのは難しいと思ったため、一応白銀には【首突きの短剣】を持たせてあげた。


 結果として、白銀はなんとかゴブリンハンターの攻撃を回避し続けることはできたが、攻撃に転じることはできていなかった。


 だが白銀の凄いところは、ダンジョンに挑むのも初めてで、かつモンスターと戦うのも初めてなのに、危険度Dのゴブリンハンターから一撃も攻撃を喰らわなかったところだ。


 それどころか、ゴブリンハンターによる攻撃を一度だけだが弾き返して見せたのである。


 近接戦闘のセンスはまぁまぁではあるが、相手の攻撃を的確に回避し続け、短剣による一撃を弾き返すという点に関しては光るものがあった。


 まぁ、結局倒すまでには至らなかったため、白銀の呼吸が荒くなってきたタイミングで俺がゴブリンハンターの首を後ろから蹴ってへし折ったわけだが。


「初めてにしては結構よかったんじゃないか? てっきり、死ぬ寸前までボロボロになるものだと思ってたぞ」


「い、いやいや⋯⋯普通、初心者にそんな危険なことさせないでしょ⋯⋯」


 白銀の言い分はご最もなのだが、個人的には白銀にちょっとした恨みがあるのだ。


 俺の正体を見抜いたことは、別にいい。だがそれを言いふらそうとしたところが、俺はどうしても忘れることができなかった。


 俺がアマツであると身バレしてしまえば、色々と話題に上がったり問題が起きたりして、日常生活に支障をきたす可能性がある。


 そうなると、もしかしたら配信活動ができなくなるかもしれない。それはつまり、沙羅を養うことができなくなるというわけだ。


 まぁ、俺は別にダンジョンにさえ潜れればアイテムのトレードで換金出来るため別にいいのだが、一度配信者としてデビューした以上、中途半端なところで終わりたくはない。


 だからそんな俺の平穏を脅かそうとした白銀が、ゴブリンハンターを相手に疲れ果てて座り込んでいる姿を見ていると、少し大人気ないし良心は痛むが、ちょっとしてやったりっていう気分になるのである。


 だが、俺だって鬼ではない。そんなことで白銀を一生恨んだり、ネチネチと粘着するつもりはない。


 それに俺が白銀にディーダイバーのことを教えれば、白銀は俺の正体を言いふらさないと言ってくれた。


 仮に、もしこれで後日俺の正体がアマツだと知れ渡っていたら⋯⋯多分、俺は白銀のことを叱るだろう。異世界式で。


 しかしそのつもりがないのなら、俺は先輩として白銀にしっかりとディーダイバーのことを教えなければならない。


 ぶっちゃけ、デビューしてまだ少ししか経っていないため俺も知りたいことが多いのだが、基本中の基本を教えるくらいは造作でもないだろう。


「とりあえず分かったことは、白銀はとにかく目がいいな。俺の正体を見抜いた時から思ってたが、白銀は人よりも観察力に長けてると思うんだ。違うか?」


「ま、まぁ⋯⋯結構、索敵能力には自信あるけど⋯⋯」


「なら、俺に合わせる必要はないな。白銀には、予定通り弓を使ってもらおう。矢は、さっき俺が適当に倒しておいたゴブリンアーチャーが落としたこの【直木の矢】を使おうか」


「えっ⋯⋯わたしが戦ってる最中にそんなことしてたわけ⋯⋯?」


「まぁ、気配は感じ取れたからな。あとは石さえあれば簡単に倒せるから、結構楽なもんだぞ」


 そういって、俺は地面に座り込む白銀の目の前に計40本近くの矢をポイポイと置いていく。


 それにより白銀はなんだか引いているというか、ちょっと怯えるような表情でこちらを見上げてきていた。


 なんか、餌皿に山盛りの餌を出されて怖がってる猫みたいで、面白いなコレ。


 こんなことなら、あと60本くらい矢を稼いできてもよかったかもしれない。


「えー⋯⋯うわ、えー⋯⋯わたし、教えを乞う人を間違えたかもしれない⋯⋯」


「いやいや、なに言ってるんだ。多分俺ほど優しく親身になって教えてくれる人は中々いないはずだぞ」


「それはそうかもしれないけど、先輩ってばセンスの塊過ぎて参考にならないんだよね⋯⋯」


 やっぱり、異世界で過ごしてきた300日の差は大きいということだ。


 異世界での出来事を細かく思い返すと経過した日数は300日だが、俺が体感した日数や時間は多分それ以上だ。


 それだけの時間鍛錬という名の実践を繰り返し、飯を食う時間も、寝る時間さえも犠牲にし、数多くの死線をくぐり抜けてきたからこその今がある。


 俺だって、最初はなにもできないポンコツだったさ。


 だがやらないと死ぬ。やらなければ死ぬという状況で毎日過ごしていれば、これだけの実力を得ても別におかしくはないだろう。


 おかしくはない、はずだよな?


「さっ、休憩はもう充分だろ。次は弓の練習をしてみようか」


 俺がそう言うと、白銀は小さく頷きながらもゆっくりと腰を上げて立ち上がり、俺が先ほど渡した【小鬼弓士の小弓】と、大量に持ってきた【直木の矢】を手に取っていた。


 振ればいいだけの剣と違って、弓は持ち方や引き方が大事になってくるため、練習を重ねる必要があるだろう。


 それこそ、今日中に白銀が矢を前へ飛ばせれば御の字だと俺は思っている。


 欲を言えば、矢を前へ飛ばすだけでなく自身の放った矢でゴブリンハンターでもゴブリンアーチャーでもいいから、モンスターに矢を命中させてみてほしいのだが──


 ──ヒュッ。


 ディーパッドの中のアイテムを整理していると、白銀の方から軽やかに風を切る音が聞こえてくる。


 顔を上げると白銀は地面に置いてある矢を拾い上げている最中であり、そんな白銀の正面にある木には、一本の矢が突き刺さっていた。


 距離としてみれば、大体15メートルはあるだろうか。


 すると白銀が再び細い弦を引っ張って矢を構えたと思えば、先ほど聞こえたヒュッという軽やかな音と共に、放たれた矢が一本目の矢筈にドスッと突き刺さっていた。


「し、白銀、お前すごいじゃないか⋯⋯!」


「ふふーん、だからさっき言ったじゃん。わたし、アサルトスクランブルで世界ランク1位の弓使いだってさ」


 白銀は腰に手を当て、得意げに手のひらの上で矢を回しながらも今度は弓を横に構え、指で挟んだ三本の矢を弦に引っ掛けて力強く引き絞り始める。


 そして呼吸を止めた白銀が弦から指を離すと、同時に放たれた三本の矢はどれも真っ直ぐに飛んでいき、木の幹にストトトッと見事綺麗に命中していた。


「やっぱり、わたしには遠距離武器の方が似合うかな」


「い、いや、普通にすごい芸当だぞこれ⋯⋯だが、いくらゲーム内で世界ランク1位の弓使いとはいえ、それと同じ動きが現実でもできるものなのか⋯⋯?」


「わたしがやってるアサルトスクランブルってゲームは、完全没入型VR機器『アルファ』を使った仮想空間でプレイするゲームなんだよね。超ハイクオリティの超絶バトルアクションゲームを謳ってる作品だから、痛覚とかを感じないところ以外はほぼほぼ現実世界と変わらないんだ」


「そうなのか⋯⋯なんか、ちょっと面白そうだな」


「あーでも、やめた方がいいかも。あのゲーム遠距離武器が強すぎて、ちょっとバランス崩壊してるんだよね。それに、最近入ったバージョンアップのせいで最強職が弓使いじゃなくて魔術師になってさ。そのせいでもう非難轟々。あの弓だけを引き続けた1ヶ月、今思うと本当に地獄だったなぁ⋯⋯」


 手に持つ弓を見て、乾いた笑みを浮かべる白銀。


 俺はVRゲームのことをよく知らないが、頭に機械を装着することで、現実に限りなく近い仮想空間で遊ぶことができるということだけは知っている。


 現実ではベッドで寝ていたり椅子に座っているはずなのに、仮想世界では走ったり飛んだりなどと、自分の意思で自由に動き回ることができるらしい。


 しかも最近出た完全没入型VRゲームは、本当にゲームの世界に入って冒険を楽しんだり、敵との真剣勝負を味わったりすることができるとのこと。


 その感覚は、現実と限りなく近いらしい。


 そんな世界で弓を引く感覚を1ヶ月も学び続けていたからこそ、白銀は射った矢を射抜くという芸当ができるようになったのかもしれない。


 さすがは、世界ランク1位にもなったゲーマーとも言うべきか。


 弓の技術においては、俺よりも白銀の方が遥かに優れているのは確かであった。


「それだけの腕があれば、ゴブリンハンターくらいは余裕で倒せるだろ。白銀、着いてきてくれ」


「え、また戦うの?」


「あぁ。だが、今回は少し違った戦法だ。多分、スナイパーライフルが得意な白銀には持ってこいな戦法だぞ」


「⋯⋯なるほど、そういうことね」


 俺が言いたいことを理解してくれたのか、白銀は俺が指示を出す前に、自分から青々と生い茂る草むらの中へと入っていく。


 そう。なにも、戦いは正面からの真っ向勝負だけではない。


 俺は正面からの殴り合いを得意としているが、弓を得意とする白銀には、白銀に合った戦い方というものが存在する。


 俺は白銀の背後に回り、そして静かに呼吸を繰り返す白銀の背中を眺めながら、存在を消すように息を殺していく。


 すると、チャンスはすぐに訪れてきた。


『ギィ⋯⋯ギギッ』


 毛のない頭をボリボリと掻く一匹のゴブリンアーチャーが、少し離れた木の陰から姿を現した。


 のそのそと歩きながらも、周囲を見渡しているゴブリンアーチャー。


 すると白銀は音を立てないように弓を構え、そして弦に矢を引っ掛けてゆっくりと大きく引き絞っていた。


「⋯⋯まだだ。もう少し我慢しろ」


「⋯⋯りょーかい」


 正面にいるゴブリンアーチャーは一見隙だらけのように見えるが、周囲を見渡しているということは周囲を警戒しているということ。


 だから今矢を放ったとしても、命中する前にバレて躱されてしまう可能性がある。


 矢の飛ぶ速度から考えて完璧に躱されることはまずないと思うが、それでも反応されて動かれてしまえば、一撃で仕留めることができなくなってしまう可能性がある。


 だからこそ、ゴブリンアーチャーが完全に隙を見せるまではひたすら我慢を続けなければいけないのである。


「⋯⋯いいぞ。照準がズレていないのは、集中している証拠だ」


「⋯⋯⋯⋯っ」


 白銀も白銀で集中しきっているのか、俺の言葉に対しワンテンポ遅れて頷いていた。


 そして、ゴブリンアーチャーが頭をボリボリと掻きながら、呑気に大きく欠伸をした瞬間。


『──ゲ、ギャッ!?』


 白銀の放った矢が真っ直ぐ空を切りながら、ゴブリンアーチャーの口内から脳天へと目掛けて飛んでいき、そして貫通する。


 それによりゴブリンアーチャーは背中から倒れ込み、そして白い光に包まれていきながら光の粒となって消えていった。


「や、やった⋯⋯!」


 見事一撃で仕留めたことで白銀が喜びの表情を露わにすると、突然白銀のディーパッドからティロリーン! と、軽快な音が鳴る。


 だがその音に真っ先に反応したのは、ディーパッドの持ち主である白銀ではなく、俺であった。


「⋯⋯⋯⋯?」


 なんだ、今の音。白銀よりもダンジョン攻略歴が長いはずなのに、初めて聞いた音だ。


 なんて疑問を抱いていると、俺と同じく音に反応した白銀がディーパッドを手に取って画面を見るのだが、その瞬間白銀の澄ました顔が、どこか得意げな表情に変わっていた。


「見てよ先輩。今の1回で、レベルが4も上がっちゃった」


 そう言って、白銀が俺にディーパッドの画面を見せつけてくるのだが。


────────────────────


       LEVEL UP!!

        0 → 4


────────────────────


 そこには、見たことがない画面が表示されていた。


 しかも、そこに表示されていたのは『LEVEL UP』の文字であり、意味はそのままで、白銀のレベルがアップしたことを表していた。


「スキル【弓術】を取得しました。クラス【弓士】を選択可能。Aスキル【クラス:弓士】の取得が可能──だって! なにこれ、アルスフェルトオンラインよりも神ゲーじゃんか⋯⋯!」


 ディーパッドに表示された文字を読んでは、嬉しそうな笑みを浮かべながら足踏みをする白銀。


 だが、そんな白銀を前にして俺は。


「ナ、ナンダソレ⋯⋯」


 と、白銀に聞こえないくらい小さな声で、ただただ動揺を隠すことができずにいた。

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