第69話 EX.残夜の影く滅国-③
「いやぁ、まさかこんなところで自分以外の人と出会えるなんて思ってませんでしたよ〜」
【残夜の影く滅国】1階層目に広がる廃墟の中の、崩壊した酒場らしき建物の中にて。
俺は、先ほど裏路地にある樽の中からひょっこりと顔を出していた、謎の女性と机を挟むような形で向き合って椅子に座っていた。
くたくたな黄色い魔女帽子を頭に被り、丸い形をした少し大きめなサイズのメガネの位置を指で調整しながら、謎の女性はどこか安心した様子で笑っている。
服装はほんのりと赤紫色に見える黒いローブを身にまとっていて、ゆるりとした襟からは、男として生まれた以上どうしても目に入ってしまう色白で豊かな谷間が、彼女の動きに合わせて微かに揺れていた。
「てっきり、こんなところにいるのは私だけだと思ってたので。怖いモンスターも多いので、ホッと一安心です」
「⋯⋯そうだな。俺も、まさかこんな場所で人と出会えるとは思ってもみなかったぞ」
今俺がいるEXダンジョンは、俺が一番最初に発見したダンジョンであると俺は思っていた。
だがあの裏路地にいたってことは、俺よりも彼女の方が先にこのダンジョンに足を踏み入れていた可能性があるということであり。
その事実には、俺は内心少しだけガッカリしていた。
「ところでその、お名前は⋯⋯?」
「ん? あぁ。俺の名前はアマツだ。で、そっちは?」
「私はエリュシールって言います。あの、アマツさんって⋯⋯ここがかつて豊かに栄えていた"ローグマーニュ王国"の跡地だってことはご存知ですか?」
「⋯⋯え? ローグマーニュ王国⋯⋯?」
「あ、知らない感じですか? まぁ、国にしては割と小さめな国なので知らない人がいるのも当然ですよね」
待て。待て待て。
彼女──いや、エリュシールは一体なにを言ってるんだ?
俺はここのダンジョンの名前が【残夜の影く滅国】と知ってるだけであり、この滅んだ国の名前がローグマーニュ王国だというのは初耳だ。
なぜ、エリュシールはこの国の名前がローグマーニュ王国であると知っているんだ?
もしかしたらこのダンジョンに挑むのは今回が初ではなく、過去に何度か挑んで色々と探索をし、情報を集めているという可能性がある。
だが正直に言って、エリュシールからはそこまで強い力を感じられない。
服装からして素人ディーダイバーというわけではないと思うが、それでもこのダンジョンに挑めるだけの実力があるとは、到底思えなかった。
「詳しいんだな。エリュシールは、ディーダイバーを初めてどれくらいなんだ?」
「ディー、ダイバー⋯⋯? なんですかそれ、今流行りのなにかですか?」
「えっ、いや、ダンジョン配信のことだぞ? ほら、ダンジョンを配信しながら探索する俺たちのことをディーダイバーって呼ぶじゃないか」
「ダンジョン? ハイシン⋯⋯? あ、あの、すみません⋯⋯私、異国の言葉にはどうも疎くて⋯⋯ちょっと、よく分からないです⋯⋯」
⋯⋯ちょっと待てよ。ここに来て、とある可能性が生まれてきた。
ディーダイバーを知らず、ダンジョンも、配信のことも知らず、この廃墟と化した街の裏路地に身を潜めていたエリュシール。
よく見れば顔つきも日本人じゃないというか、だからといってアメリカとかその辺りの人でもないような、そんな顔つきをしている。
もっと言えば、エリュシールの顔つきはかつて俺が300日もの間生活をしていた異世界の住人たちと、あまりにも似すぎていて。
「⋯⋯なぁ、そういう設定ってわけじゃないんだよな?」
「えーと、設定とは⋯⋯?」
「あー⋯⋯気にしないでくれ。ところで、少し答えにくい質問をするのだが⋯⋯エリュシールの出身はどこなんだ?」
「出身はアルトワーデ地方の辺境にあるルクテカ村です。まぁ、もう滅んでしまった小さな村なので分からないと思いますが⋯⋯」
なるほど。これで、もうほぼほぼ確定したと言ってもいいだろう。
エリュシールは、こちら側の人間ではない。分かりやすく言えば、彼女はこのダンジョンが広がる世界の住人ということだ。
もしかしたらそういうロールプレイをしているという可能性もあるが、その可能性は限りなく低いだろう。
こちらが質問しても一切動揺せず、聞いたことのないような単語をさも当然かのようにスラスラと口にするエリュシール。
もしこれが仮にロールプレイ──演技だとしたら、エリュシールは名女優として生きていくことができるだろう。
それくらいエリュシールは自然体であり、それくらいこの世界に馴染んでいるのである。
「ところで、アマツさんはどうしてこんな場所へ? ここはもう、随分と前に滅んだばかりでもうなにも残ってない場所ですよ?」
「まぁ⋯⋯ただ、ふらっと立ち寄っただけだな。それを言うなら、エリュシールさんこそこんなところでなにしてるんだ?」
「私は⋯⋯とある罪人の悪事を止めるために、遥々この地にやって来たのです」
顔を曇らせて肩を微かに震わせながら、そう口にするエリュシール。
これはなんだか、すごく重要そうな話である。
もしかしたら、このダンジョンを攻略する上でのヒントになる可能性がある。
だから俺は、静かにエリュシールの話に耳を傾けることにした。
「月の魔女、ルナは知ってますか?」
「⋯⋯いや、知らないな」
「月の魔女ルナは、御伽噺にも出てくるような魔女の名前です。一人の魔女が七人の魔女の命を生贄に、七つの魔の力をその身に宿すことで成ることができる魔女の到達点と言われています」
「魔女の到達点、か⋯⋯」
「はい。全属性の魔法や魔術を操り、やがて因果や理、概念すらも創造することが可能となる⋯⋯それが、魔女の到達点。月の魔女ルナなんです」
月の魔女、ルナ。当然だが、そんな名前を耳にするのは今回が初めてだ。
だがこの世界──いや、このダンジョンにはそういう設定があり、そういう存在がいるという認識でとりあえずは大丈夫そうだ。
「ということは、エリュシールはとある罪人の悪事を止めるために、その月の魔女ルナに成りに来たってことか?」
「そ、そんなわけ、ないじゃないですかっ!」
机をバンッと叩きながら、身を乗り出してずいっとこちらに顔を近づけてくるエリュシール。
その顔には怒りの感情が込められていて、あまりの圧に俺は少しだけ体を後ろに仰け反らせていた。
「月の魔女になることは禁忌なんです! 私たち魔女は、もう何百年もの間月の魔女ルナが誕生しないように世界の動向を監視し続けて来ました! 月の魔女ルナの誕生は即ち、世界の崩壊を意味するんですよ!?」
「そ、そうだったのか⋯⋯ご、ごめん」
「あっ⋯⋯す、すみません。いきなり、声を荒らげちゃったりして⋯⋯」
椅子に座り直しながらも、シュンとして縮こまってしまうエリュシール。
だがどこか気弱で温厚そうなエリュシールが声を荒らげるということは、それだけ月の魔女は危険な存在であり、忌むべき存在なのだろう。
「さっき、仇討ちとか言ってたよな。それで、エリュシールも魔女の一人であると。ということは、もしかして」
「⋯⋯はい。私の仲間の魔女たちが殺されてしまったんです。あまりにも不当かつ理不尽な魔女裁判が、この国の中央にある塔の頂上で行われました。あることないことでっち上げられて、あらゆる罪を背負わされてしまったんです。その結果、私の仲間たちは皆火あぶりの刑で処刑されてしまい⋯⋯命を、落としてしまいました」
「そんなことがあったのか⋯⋯」
「はい。ですが、この話には裏があるんです。この国の王族や貴族にデタラメを吹聴し、唆し続けた者がいました。月の魔女に成るという野望を胸に暗躍し、国を動かしていた裏切り者がいたんです」
「⋯⋯ちなみに、その裏切り者の名前は?」
「リーウェル。闇の魔女、リーウェル・イータレイラーです」
当然のように聞いたことのない名前ではあるのだが、闇の魔女という肩書きだけで、なんとなく悪い奴のような気がしてくる。
闇の魔女リーウェルは月の魔女になるため、このローグマーニュ王国の王族や貴族を利用し、エリュシールの仲間たちを処刑した。
この国が既に滅んでしまっているのも、もしかしたらその闇の魔女リーウェルのせいなのかもしれない。
「仇討ちってことは⋯⋯いるのか。この場所に、その闇の魔女リーウェルって奴が」
「はい。処刑された魔女たちは死の間際に、最後の力を振り絞ってリーウェルに大打撃を与えました。そのおかげで、月の魔女の誕生を阻止することができました。ですがその代わり、リーウェルには逃げられてしまいましたが⋯⋯」
「そうなのか⋯⋯でも、阻止することができたのなら一件落着なんじゃないのか?」
「⋯⋯月の魔女は、魔女の命を生贄にし魔の力をその身に落とすことで成ることができると、先ほど伝えましたよね? 実はまだ仲間の魔女たちの命は、魂は、塔の頂上に取り残されたままなのです」
「⋯⋯というと?」
「この滅んだ国を巣にしているモンスターは全て、リーウェルが召喚したモンスターなんです。月の魔女に成るためには、莫大な魔力が必要となります。しかしリーウェルは魔女たちの最期の抵抗を受け、多くの魔力を失いました。ですがその失った魔力を蓄えるため、召喚したモンスターたちに侵入者を全て始末するよう命令したのです。そして今日この日、月の魔女に成るための最後の条件が整ってしまったのです」
そう言って、天井に空いている隙間から空を眺めるエリュシール。
そこには、いつ見ても言葉を失うほど美しい巨大な満月が、夜を照らしていて。
「月の魔女に成るためには、月の儀式が必要となります。その儀式に必要なのは七人の魔女の命と、三年に一度だけお目にかかることができる大満月の夜なんです」
「大満月の夜⋯⋯って、もしかして」
「はい。闇の魔女リーウェルが七人の魔女の命を奪ったのは、今から丁度三年前の夜です。ですがついに、三年経った今日この日が来てしまったというわけです」
つまりこのままだと、世界を崩壊させる力を持つ月の魔女ルナが誕生してしまう、ということだろう。
そしてそれを阻止するため、エリュシールはここにいる。
これはきっと、偶然ではない。これは、このダンジョンのコンセプトなのだろう。
ダンジョンを踏破するためには、最終階層にて待ち構えるラストボスモンスターを倒さなければならない。
だがこのEXダンジョンの目標は、月の魔女ルナが誕生することを阻止することだと俺は睨んでいる。
ということはつまり、月の魔女ルナに成ろうとする闇の魔女リーウェルを討伐することが、このEXダンジョンの踏破条件なのかもしれない。
「だから私は、残された数少ない魔女の一人として、闇の魔女リーウェルを倒さないといけないのです。月の魔女ルナの誕生を阻止し、世界の崩壊を防ぐために」
「⋯⋯なぁ。それ、俺にも手伝わせてくれないか?」
「えっ⋯⋯?」
俺の申し出に驚いたのか、エリュシールが目をまん丸にして驚きを顕にしている。
だがこれは、チャンスだ。きっとエリュシールは、ゲームでいうところの友好NPC──つまり、ボスモンスターを倒すための協力者であるということだ。
俺はボスモンスターとはタイマンで戦いたいが、それでもそこに至るまでの道中、危険度Aのモンスターと戦い続けるのは体力的に面倒になる可能性が高い。
だからこそ効率よく、そして配信をぐだらせないためにも、ここでエリュシールと手を組むのは決して悪い選択ではないだろう。
「ここで会ったのもなにかの縁だとは思わないのか? それにエリュシールさんだって、一人よりも二人の方が気持ち的にも楽になるだろ?」
「で、でも⋯⋯闇の魔女は、本当に恐ろしい存在なんですよ? もしかしたら、アマツさんが命を落としてしまう可能性だって⋯⋯」
「安心しろ。こう見えて、俺は"死神"と呼ばれているんだ。戦闘能力に関しては、俺の右に出る者はいないと自負しているつもりだぞ」
「し、死神⋯⋯! ということは、アマツさんは神さまということですか⋯⋯!?」
「いや、周りが勝手にそう言ってるだけで俺は普通の人間だ。だがそれくらいの実力があると、認められている証でもある。どうだ? 一緒に闇の魔女を倒す仲間として、俺の力は申し分ないはずだぞ」
そう言って、俺はエリュシールに向けてそっと右手を差し出す。
一方のエリュシールは、差し出された俺の右手を前にしてどこかおろおろとしていて。
だが意を決めたのか、エリュシールは自身の胸に手を当ててゆっくりと深呼吸をした後、俺の右手を両手でぎゅっと包み込むように握ってきた。
「アマツさん、よろしくお願いします! 一緒に、闇の魔女リーウェルの野望を阻止しましょう⋯⋯!」
「あぁ。よろしくな、エリュシール」
エリュシールの手を握り返し、こうして俺たちは晴れて仲間になることができた。
この選択が吉と出るか凶と出るか、それは分からない。
だが俺は、エリュシールの存在こそがこのEXダンジョン攻略の鍵になっているような気がするのだ。
闇の魔女リーウェルがどれだけ凶悪で、どれだけの力を持っているかは不明だ。
それでもきっと、ここでエリュシールと手を組んだのはいつか俺のためになるような、そんな気がした──
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