第68話 EX.残夜の影く滅国-②

 バーングリズリーロアを討伐した俺は、かつて人が住んでいたであろう居住区らしき場所へ足を踏み入れていた。


 そこにはもう水の出ない噴水や焼け焦げたベンチ。そしてボロボロに朽ちた屋台など、人が生き、暮らしていたであろう文化の残骸が残っていた。


 そんな、廃墟と化した街の真ん中で。


『グラァウ! ガァッ!』


『ガァッ! ガァウッ!』


 俺は二匹の狼のようなモンスター──危険度Aに指定された、シャドウジャッカルに追われていた。


「ふっ!」


 俺に向かって飛びついてくる一匹のシャドウジャッカルの首を、大鎌を振り払うことで切断する。


 だが首を切断されたシャドウジャッカルは白い光に包まれることはなく、黒い影に溶け込んで消えていってしまう。


 すると枯れた噴水の影から今さっき首を切り落としたはずのシャドウジャッカルが飛び出してきて、再び俺に襲いかかってきた。


「くそっ、これで何回目だ⋯⋯!?」


 シャドウジャッカルはその名の通り、全身に暗い影を纏ったモンスターである。


 首を切っても、脚を切り落としても手応えはなく、自身の影に混ざり合うように溶け込んだと思えば、再び別の影からその姿を現す。


 上手く誘導して建物にぶつけてもそのまま建物の影に溶け込み、その影から飛び出してくるためキリがない。


 そのため、実体のないモンスターなのかと最初は思っていたのだがそういうわけでもなく、噛み付こうとしてきたシャドウジャッカルの牙を大鎌で迎え撃った時には、その牙を大鎌の柄で受け止めることができた。


 倒しても倒しても、影の中から蘇ってくるシャドウジャッカル。


 その手強さと面倒くささは、正直に言って同じ危険度Aのバーングリズリーロアより上を行っていた。


『ガァッ! グラァウッ!』


 地面スレスレまで姿勢を低く下げながら噛み付いてくるシャドウジャッカルの頭を、俺は蹴りによって破壊する。


 だがそれもただ肉体が霧散するように消えるだけであり、また少しすれば今度は俺の背中側にある建物の影からその姿を現す。


 気づけば数も二匹から四匹に増えており、このまま囲まれたら圧倒的不利になってしまう。


 だから俺は建物と建物の隙間を縫うように走り抜け、裏路地へと転がり込んだ。


「ふぅー⋯⋯なんなんだ、あのモンスターは。一体、どうすれば倒せる⋯⋯?」


 仮に魔法や魔術でのみ倒せるモンスターだとしたら、その時点で詰みだ。


 だが危険度Aのモンスターならその可能性も大いに有り得るし、EXダンジョンだからこそ、その場合の救済措置がない可能性だって高い。


 しかし、だからこそ面白い。


 倒し方が分からないなら、分かるまで戦い続ければいい。それでも無理なら、考え続ければいい。


 勝つための方程式なら、いくらでもある。一つ一つ確かめて、パズルのピースが合わさるように正解をゆっくりと探し出せばいい。


「さぁ、どこからでもかかってこい。シャドウジャッカル⋯⋯!」


 前方、後方、そして頭上にまで注意を払いながら、俺は裏路地の真ん中で大きく大鎌を構える。


 だが、いつまで経ってもシャドウジャッカルが襲いにかかってくる気配がない。


 先ほどまでヨダレを撒き散らしながら俺を追いかけてきていたはずのシャドウジャッカルだが、俺が通ってきた道を辿ってくる気配も感じられない。


 一体なぜ? そう、心の中で呟いていると。


『ガァゥ、ガルルル⋯⋯!』


 後方から、シャドウジャッカルの唸り声が聞こえてくる。


 その声に釣られて後ろを振り向くのだが、そこには目を赤く光らせ、足元に蠢く影を持つ一匹のシャドウジャッカルの姿があった。


『ガァアァァッ!!』


 そしてそのシャドウジャッカルが空に向かって遠吠えを上げると、足元にある蠢く影から影を身に纏うシャドウジャッカルが一匹、二匹、三匹と飛び出してくる。


 一匹は地面を駆けながら、そして残りの二匹は左右の壁に立ち、重力に逆らいながらこちらに向かって強襲してきた。


「なるほど、そういうことか!」


 正面から飛び込んでくるシャドウジャッカルの首を切り落とし、壁沿いに走ってくる二匹のシャドウジャッカルの胴体を切り落としながら、俺は地を蹴って走り出す。


 だが今回は、先ほどのように逃げるわけではない。


 突如として俺の目の前に現れた、目を赤く光らせるシャドウジャッカルに向かって俺は狭い裏路地を全力で駆け抜けていった。


「お前だな、は!」


 壁を蹴って跳躍し、俺は赤い目のシャドウジャッカルに向けて大鎌を振り下ろす。


 だがその一撃はバックステップによって躱されてしまい、俺が顔を上げる頃には、再び影を纏う三匹のシャドウジャッカルが俺に向かって迫ってきていた。


 そのシャドウジャッカルたちを俺は大鎌による薙ぎ払いや回し蹴りによって蹴散らしながらも、俺は赤い目のシャドウジャッカルへと肉薄していく。


 ようやく、種が分かった。


 なぜ俺が裏路地へ逃げ込んだ瞬間、シャドウジャッカルが俺を襲いに来なかったのか。


 それは、あの赤い目を持つシャドウジャッカルの視界から外れたからであると推測できる。


 先ほどまでいた広間のような場所は、良くも悪くも視界が開けた空間であり、身を隠す場所がなかった。


 だからきっと、赤い目を持つシャドウジャッカルはどこかに身を隠しながら俺のことを目で追っていたのである。


 そして、裏路地に逃げ込んだ瞬間シャドウジャッカルが攻めてこなくなったのは、俺の姿が赤い目を持つシャドウジャッカルの視界から逃れることができたということ。


 つまりあの影を身に纏うシャドウジャッカルは赤い目を持つシャドウジャッカルが操っている個体であり、俺を目視しないと襲わせることができないということだ。


 安全圏から自身の分身を無限に生み出し続けるのがシャドウジャッカルの強みだが、標的が視界から外れてしまえば、影を追わすことができない。


 視界を共有することができるなら別だが、シャドウジャッカルの生み出す影はあくまで独立型で、第三者視点でしか操れないのだ。


 だからこそ赤い目を持つシャドウジャッカルは、わざわざ俺の目の前に現れて影の分身を作り出している。


 まさか苦し紛れで裏路地へ逃げ込んだことが正解に繋がるとは、本当に今日の俺は運がいいらしい。


「これで心置き無く戦えるなぁ!」


 後退しながら影の分身を出し続けるシャドウジャッカルに肉薄し続け、分身体を大鎌を薙ぎ払いながら本体の顔面に蹴りを浴びせる。


 だが当たる寸前のところで回避されてしまい、シャドウジャッカルはそのまま壁を蹴って建物の屋根上へと駆け上がっていった。


 そんなシャドウジャッカルを追いかけるように【空歩】を連続使用して屋根上へと飛び出ると、そこには10を超える分身体が俺を待ち構えていて。


『グラァアゥッ!!』


 本体のシャドウジャッカルが吠えることで、分身体が一斉に動き出して俺に向かって襲いかかってくる。


 大鎌で一刀両断し、蹴りで肉体を破壊しても、次から次へと影の分身体がシャドウジャッカルの足元から飛び出してくる。


「ちっ、キリがないな⋯⋯!」


 種が分かったところで、シャドウジャッカルの手数の多さにどうも攻めあぐねてしまう。


 せめて、少しでも足止めできれば。


 もしくは、影から分身体を出すのを少しでも止めることができれば──


「いや、んなこと考えるほど暇じゃねぇ!」


 影から無限に分身体が飛び出してくる? なら、俺の刃が本体の首に届くまで殺し続ければいい。


 どれだけ肉薄しても距離を取られる? なら、シャドウジャッカルが疲弊するまで追い続ければいい。


 簡単なことだ。シャドウジャッカルだって、俺と同じ生き物だ。動けば疲労が蓄積するし、やがて限界は来る。


 だから俺は迫り来る影の軍勢を蹴散らしながら、地面に着地してシャドウジャッカルへと立ち向かって行った。


 だが、ただ立ち向かうのではない。


 【瞬脚】による加速と急激な方向転換を組み合わせながら、確実に、着実にシャドウジャッカルへの距離を縮めていく。


『グルァアァッ!』


 シャドウジャッカルの足元から影の分身体が飛び出して襲いかかってくるが、俺はそれをギリギリのところまで引き付けてから躱し、本体へと肉薄していく。


 どれだけ呼び出そうが、襲いかかってこようが、全て【瞬脚】で躱してしまえばいい。


 もっと、もっと疾く。シャドウジャッカルが背中を向けて逃げ出すよりも先に、風を切り、疾く、疾く。


 正面から俺が突っ込むことでシャドウジャッカルはすぐにバックステップで距離を取ろうとするのだが、その瞬間に好機がやって来る。


『グ、ガァッ⋯⋯!?』


 今俺たちが戦っている戦場は、建物の屋根の上だ。


 傾き、そして荒れている屋根の上は足場が悪く、ところどころ穴が空いていたり、隆起していたりと平らなところを探す方が難しい。


 そんな中でバックステップをしたことにより、シャドウジャッカルの後ろ脚が小さな穴に落ち、僅かにだがシャドウジャッカルの足が止まる。


 その間、0.5秒未満。だがそのたった0.5秒にも至らない時間を、俺は求めていた。


「さぁ、鬼ごっこは終わりだっ!」


 俺はディーパッドの中から取り出したとあるアイテムを手にし、【投擲】を発動させながら全力でそのアイテムをぶん投げる。


 それは少し前に踏破した【光苔の洞窟】で入手した【蜘蛛蟻の糸玉】であり、シャドウジャッカルの足に糸玉が命中した瞬間、粘着質の糸玉が破裂する。


 それにより、シャドウジャッカルの足が屋根から離れなくなる。


『グルァアッ!』


 だがそれは一瞬の出来事であり、シャドウジャッカルの力によって糸はすぐに剥がされてしまう。


 所詮レアリティEのアイテムでは足止めなど不可能であり、シャドウジャッカルはすぐにその場から飛び退こうとする。


 だが、足が穴に落ちたことで生じた0.5秒未満の隙と、糸による約1秒の時間稼ぎによって、シャドウジャッカルは既に俺の間合いの中にいて。


「終わりだ、シャドウジャッカルッ!」


『ガ、ギャ──』


 振り払った大鎌によって、シャドウジャッカルの首が飛ぶ。


 俺はシャドウジャッカルの首と胴体が光に包まれていくのを横目で見ながらも、別のシャドウジャッカルに見つからないよう裏路地へと飛び降りていく。


 そして地面にふわっと着地をしながら、俺は壁に背中を預けてゆっくりと息を吸おうとするのだが──


「え、えっと⋯⋯あなたは、モンスターじゃないですよね⋯⋯?」


「え」


 突然どこかから声をかけられたため、俺は素っ頓狂な声を上げながらも、その声が発せられた場所を探るべく周囲を見渡す。


 すると裏路地に無造作に転がっている木の樽の中から、ひょこっと顔だけを出す一人の女性がいることに気がついた。


 頭の上には黄色い魔女帽子のようなくたびれた帽子が乗っていて、顔にはまん丸な形をしたメガネをつけていたりと、どこか不思議な雰囲気が漂っている。


 なぜ樽の中に入っているんだ。という疑問は、もちろん生まれている。


 だがそれよりも俺は、今いるダンジョンに俺以外の人間がいることに、驚きを隠すことができなかった──

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