第67話 EX.残夜の影く滅国-①

「な、なんだ、これ⋯⋯!?」


 【深緑の大森林】25階層目にて、突如出現したEXダンジョンへの入口。


 その入口である黒い穴を俺は恐る恐る潜り抜けたのだが、入口を抜けてから瞼を開くと、そこには言葉を失うような光景が広がっていた。


 まず目に飛び込んでくるのは、空の半分を埋め尽くすほどの巨大な満月である。


 あまりの大きさに、闇夜によって包まれた世界をまるで太陽のように照らしており、昼間ほど明るくはないものの夜なのに視界は良好だ。


 そしてその月の周囲には赤や青、黄や緑といった星々が煌めいていて、まるでプラネタリウムにでも足を踏み入れたかのような世界が広がっていた。


 だが、そんな幻想的な光景が広がっているのは空だけであり。


 視線を少し下に戻すと、朽ち、焼け焦げ、荒れ果て、退廃した世界が広がっていた。


「ここは⋯⋯国、なのか⋯⋯?」


 今まで俺が挑んできたダンジョンは、森の中であったり、洞窟であったり、花園であったりと、自然に包まれた場所ばかりであった。


 だが今俺が立っている場所は、そんな自然に包まれているような場所とはかけ離れていて。


 まるで、中世のヨーロッパのような──もっと言えば、俺が異世界にいた頃に過ごしていたとある国に、あまりにも類似しているのである。


 だが国といっても、人の気配はこれっぽっちも感じられない。


 まさに、滅んだ後のような。そんな明るい夜の世界が、目の前には広がっていた。


「ダンジョン名は【残夜の影く滅国】か⋯⋯名前からして、もう雰囲気が違うな」


 ディーパッドで今俺が立っているダンジョンの詳細を確認しようとするのだが、名前だけしか情報が分からない。


 だが今まで挑んできた【深緑の大森林】や【光苔の洞窟】とは、訳が違う。


 【残夜の影く滅国】だなんて名前からして明らかにヤバいし、とんでもない匂いがぷんぷんと香ってくる。


 だがその分、期待に胸が膨らむのは確かであって。


────コメント────


・見たことないし、聞いたことない名前のダンジョンだな。

・うわー、ここに来て新しいEXダンジョンを開拓するとか⋯⋯死神の豪運はどこまで続くんだ。

・【深緑の大森林】となにか関係があるダンジョンなのか? 少なくとも、関係があるようには見えないけども。

・【残夜の影く滅国】って、名前からして出てくるモンスターの危険度がヤバそうだよな⋯⋯楽しみだけど、少し不安だな。

・EXダンジョンはレベルが違うからな。死神は今まで楽々とダンジョンを踏破してきたけど、今回はどうなるか分からんぞ。

・こんなところに一人とか、怖くて無理だわ。よく平然としてられるよな。

・頑張れアマツ、お前なら踏破できる。


────────────


 コメント欄に流れてくるコメントからは、期待もそうだが不安の声も聞こえてくる。


 同接視聴者数はいつの間にか8万を超えており、とんでもない数の視聴者が俺の配信に集まっていることが分かる。


 だから、俺はそんな多くの視聴者たちの期待に応えるべく、早速瓦礫が散乱した石畳の道を進もうとするのだが。


『グゥォオォォ⋯⋯ッ』


「⋯⋯っ!」


 木々が薙ぎ倒され、瓦礫の山が積み重なる荒れた土地の奥から、一匹の獣が唸り声を上げながら姿を現す。


 その獣──全長4メートルを超える熊型のモンスターと目が合った俺は、無意識のうちにその場から一歩後退りしていた。


「ははっ⋯⋯おいおい、まじかよ⋯⋯!」


 微かにだが、腕に鳥肌が立っていく。


 怖いくらいに静かでひんやりとした空気が流れていたはずの場所に、ピリピリとした、空気が震えるほどの緊張が走る。


 俺は自然と上がっていく口角を押さえながらも、目の前に突然現れた大熊にディーパッドを向け、カメラで写真を撮り詳細を確認する。


 すると、ディーパッドの画面には信じられない文字の羅列が表示されていた。


【個体名:バーングリズリーロア】

【危険度:A】

【レベル:81】


 バーングリズリーロアという名前に関しては、割と妥当だからどうでもいい。だが、問題はその下だ。


 今俺の目の前で、赤黒い毛を揺らしながら一歩一歩こちらに向かって歩み寄ってくるバーングリズリーロアの危険度が、なんと脅威のAなのである。


 今まで俺は、危険度Aを超えるモンスターを二匹この手で討伐してきた。


 初配信の時にダンジョンに乱入してきた、俺が"死神"と呼ばれるきっかけとなったデスリーパー。


 そして今回の配信で俺が先ほど討伐した、【深緑の大森林】のラストボスモンスターであるドライアードリピー。


 どれも乱入モンスターであったりラストボスモンスターであったり、それに相応しい登場の仕方で、それに相応しい戦闘力を誇っていた。


 だがバーングリズリーロアはまるで普通のダンジョンに出てくるゴブリンのように、そこにいるのが当たり前のような雰囲気を放ちながら俺の目の前に現れたのだ。


 しかも危険度Aということは、その戦闘力は発狂していないデスリーパーや発狂したドライアードリピーと同格ということであり。


 そんな奴が、普通に出現するようなダンジョンに俺は足を踏み入れてしまったようだ。


『ブルル、グルゥゥ』


 バーングリズリーロアが、こちらにじーっと目を向けながら体をぶるぶると動かしている。


 それによって、風に乗って火薬のようなツンとした臭いが鼻を擽ってきて──


「──っ! いきなりかよっ!?」


 身の危険を感じて後方へ飛び退いた瞬間、バーングリズリーロアを中心とした半径20メートルの範囲が、突然大爆発を起こす。


 ドガァンッ! と、ド派手な音を立てながら、空気を震撼させ、軽い地鳴りが起きるレベルの爆発によって強烈な風圧が発生し、俺の体を殴りつけるように撫でてくる。


 そして爆発が止み砂埃が消え去ると、先ほどまであったはずの石畳の道や、瓦礫の山などが全て塵と化していた。


「ははっ⋯⋯! 中々派手な挨拶をしてくれるじゃないか!」


 あんな大爆発を前にすれば、普通なら臆して足が動かなくなったり、警戒して距離を取ったりするだろう。


 だが、俺の勘が言っている。この相手は、安易に距離を取ってしまうのは悪手であると。


 だから俺は火薬のような臭いが漂う中、大鎌を片手にバーングリズリーロアへと肉薄していく。


 するとバーングリズリーロアも戦闘態勢を作り、大木のように太い両足で大岩のような巨体を支えながら、立ちはだかるように仁王立ちしていた。


『グルァアァッ!』


 威嚇するように吠えるバーングリズリーロアが赤錆色の鋭利な爪の生えた腕を振るった瞬間、空気中に漂う火薬のような臭いがより強くなる。


 そして、バーングリズリーロアが自身の爪と爪をカチカチッと擦り合わせることで、小さな火花がバチチッと散り──


 ──バッ、バァンッ! と、バーングリズリーロアの振るった腕の軌跡を描くように、連鎖的に小規模の爆発が空を唸らせる。


 だが俺はスライディングするように地面を滑ることでその爆発を潜り抜け、バーングリズリーロアの懐へ。


 ほんのりと漂う焦げた臭いに鼻をつまらせながらも、俺はバーングリズリーロアの首筋に目掛けて大鎌を振るうのだが。


『グゥ、ルゥアッ!』


 バーングリズリーロアが腕を上げることで、たったそれだけで大鎌による一撃が防がれてしまう。


 一応大鎌を受け止めた腕からは白い光が粒が溢れ出ているが、三分の一も切断することができていない。


 別に、バーングリズリーロアはなにか鎧のようなものを身に纏っているわけではない。


 ただ単純に、肉質が硬すぎるのである。


 自らが引き起こす爆発に耐えるためなのか、バーングリズリーロアの肉体は赤黒い毛と皮にしか守られていないはずなのに、力を込めてもこれ以上刃が進まない。


 硬い肉質。そして目で見て分かるほどの筋肉量。プラス、俺の振るう大鎌の一撃に対応する反射速度。


 それだけを切り取るのなら、正直に言ってデスリーパーよりも遥かに厄介な相手であった。


 しかし──


『グゥアォオッ!』


「なるほど。動きは遅い、っと」


 すぐさまバーングリズリーロアが反対側の腕を振るってくるため、俺は大鎌の刃を腕から引き抜き、そしてその場から退避する。


 するとそんな俺を追うように、バーングリズリーロアの振るった腕から爆発が始まり、焼けた爆風が俺に襲いかかってくる。


 その爆風を、俺は【豪脚】による蹴りの空振りによって起こる風圧で相殺し、地面に着地すると同時に地を蹴って駆け出して、バーングリズリーロアに立ち向かっていく。


「はははっ! ここには、お前みたいなのがうじゃうじゃいるのか!? そうだとしたら、ここは楽園だなぁ!?」


『グルゥォァアァッ!』


 バーングリズリーロアが吠えながら体を震わせることで、赤黒い毛の隙間からほんのりと赤く色づいた粉が溢れ出し、周囲を火薬の臭いで染めていく。


 そしてバーングリズリーロアがガチンッ! と、左右の爪と爪をぶつけさせることで、大きな火花が散りその直後に耳が劈くほどの大爆発が巻き起こる。


 そのあまりにも大きな大爆発は、バーングリズリーロアの足元にある地面を抉り、音をかき消し、辺り一帯を無の更地へと変えるのだが。


「おい、頭上がお留守だぞ」


『グルガッ!?』


 バーングリズリーロアの脳天に、天空から舞い降りた俺のかかと落としが炸裂する。


 先ほどの大爆発により、俺は爆風に巻き込まれてしまった。


 だがそこで俺は爆風に抗うのではなく、むしろ身を投じて任せることでダメージを受け流し、そして【空歩】による空中制御でバーングリズリーロアの頭上へと移動した。


 それにより見事かかと落としが命中し、バーングリズリーロアは口から大量のヨダレを吐き出しながら、顔を俯かせていた。


 顔を俯かせる。それはつまり、うなじを。後ろの首筋を大きくさらけ出すということであり。


「首、いただくぞ?」


『グァ、バギャ──』


 俺が振り下ろした漆黒に煌めく凶刃によって、バーングリズリーロアの首が一刀両断される。


 いくらバーングリズリーロアの肉質が硬かろうが、大鎌の特性である首へのダメージ増加や【急所特攻】のスキル、そして【豪腕】の乗った一撃を受け止め切れることなど不可能であり。


 白い光の粒に包まれて消えていく、首のないバーングリズリーロアの亡骸の上で俺は大きく息を吐き捨てていた。


「ふぅー⋯⋯ははっ、こりゃあいいな」


 戦闘時間で見ればものの2.3分の出来事であったが、EXダンジョンである【残夜の影く滅国】は、俺の期待を大きく上回るダンジョンであった。


 一番最初に何気なく出現したモンスターの危険度がAということは、このダンジョンに出現するモンスターの平均危険度もきっと、Aかそれ以上だろう。


 それはつまり、デスリーパーやドライアードリピーのような、乱入モンスターやラストボスモンスタークラスの相手がうじゃうじゃいるということであり。


「これ、やばいな⋯⋯」


 俺だからこそバーングリズリーロアを一瞬で討伐することができたが、最初の爆発の予兆に気づけなければ、俺でもあそこで巻き込まれて死んでいた可能性がある。


 それに、全体重を乗せて【豪脚】によるブーストをかけた全力全開のかかと落としを喰らったはずなのに、バーングリズリーロアは倒れるどころか、膝を着くことすらなかった。


 もしあの場で首を落とすことができなければ、討伐までもっと時間がかかっていたはずだ。


 爆発によって発生した砂埃で視界が見えなくなったからこそ、俺はあの一撃を叩き込むことができた。


 だがもし砂埃が発生していなければ、大鎌を腕で受け止めるくらい反射神経のいいバーングリズリーロアなら、俺のかかと落としすらも受け止めた可能性がある。


 そんな手強い相手が、普通に出てくるダンジョンに足を踏み入れてしまった。


 ここから先、どれだけ手強くてどれだけ厄介なモンスターが、どれだけ出現するかは分からない。


 普通の人ならば、バーングリズリーロアと戦い終わった時点で、これから先に待つ地獄を前に絶望するかもしれないが──


「⋯⋯本当にやばいな。俺は、ここにきて最高に楽しいダンジョンを見つけてしまったのか⋯⋯」


 俺にとって、その地獄はまるで楽園であり。


 戦いに飢えた俺の心を満たしてくれるのは、乱入モンスターやラストボスモンスターといった、危険度A以上のモンスターだけ。


 だが危険度A以上のモンスターと戦うには、いちいちダンジョンを最終階層まで攻略したり、乱入モンスターが突然出現するのを待つしかなかった。


 しかし、このダンジョンなら。このダンジョンの中でなら、戦いに飢えた俺の心を満たしてくれるモンスターがたくさんいる。


 それが嬉しくて、喜ばしいからこそ。


 俺はいつになくドキドキ、ワクワクとしながら、滅び闇夜に包まれた国の中を大鎌を肩に担ぎながら歩き進めていくのであった。

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