第66話 三度目の深緑の大森林-⑦

 ドライアードリピーの詳細とドロップアイテムの詳細を確認し終え、俺は配信を閉じようとしていた。


 だがその時、突然後方からどこか聞き覚ええのあるような低く鈍い音が聞こえてきて、俺はその音に釣られて後ろを振り向いた。


 するとそこには、地面に浮かび上がる【転送陣】の上の空間に、黒く大きな穴が出現していたのだ。


 それはまるで、ダンジョンの入口のようであり──


────コメント────


・まさかのEXダンジョン!?!?

・エクストラダンジョンキターーーー!!

・おいおい、まじかよ!

・死神の運があまりにも良すぎるww

・配信続行確定ですねこりゃ

・EXダンジョン引くとかやばすぎるだろ笑

・もうちっとだけ続くんじゃよ

・やったね死神ちゃん! まだ戦えるね!

・とんでもねぇ、待ってたんだ。

・ここにきてEXダンジョン!?

・配信時間的にもまだ余裕はあるやろ

・またしても神回配信確定か

・エクストラに挑んでくれー!


────────────


 EXだとかエクストラだとか、ここに来て初耳の単語がコメント欄に流れてくる。


 だから俺は、博識な視聴者たちにそのEXダンジョンやエクストラダンジョンについてを聞いてみたのだが。


────コメント────


・要はなんらかの条件を満たすか、何パーセントの確率かで現れる追加ダンジョンのこと。詳しくはよく分かってない。

・少なくとも、難易度は高いぞ。今まで何回かEXダンジョンを見てきたけど、今挑んでいるダンジョンよりも難易度が高かったな。

・なにせ研究が全然進んでないから、何階層あるか分からないってのが一番怖い。5階層で終わる時もあれば、30階層以上続いた例もある。

・同じEXダンジョンが出現した例は限りなく少ないから、もしかしたら今回のEXダンジョンの第一発見者になれるかもしれないぞ。

・報酬が美味いとは聞いたことがある。だけどその分、めちゃくちゃ強いモンスターが出てくる可能性がある。少し前、実力派ディーダイバーの一人が1階層目で死んでた。

・死神ならいけるかもしれないけど、EXダンジョンは未知数すぎて分からん。


────────────


 どうやらEXダンジョンについての情報が少なく、博識な視聴者たちもあまりよく分かっていないようであった。


 だがそれでも得られた情報として、難易度が高く、その分報酬も美味いダンジョンであるということは分かった。


 配信時間は、1時間45分。23時丁度にこのダンジョンに潜ったから、外の世界の時間はまだ0時45分。


 時間的にこれ以上続けると、明日の学校生活に支障をきたす可能性があるが。


「こんな面白そうなものを前にして、配信を終わるなんてできるはずないよな」


 ボソッとそう呟くと、コメント欄にぶわっと歓喜のコメントが流れ込んでくる。


 もちろん、配信として情報の少ないEXダンジョンに挑むのは、話題作りに最適だし有名配信者になるための近道だと俺は心の中で感じていた。


 だがそれ以上に、俺はまだ戦いたかった。ドライアードリピーは強敵だったが、強敵だったが故に昂り火照った体が未だに冷めないのである。


 まだ、まだ戦いたい。異世界にいた頃は戦いなんて大嫌いだったのに、力を持ってしまったせいで、血が戦いを求めるようになっている。


 俺の力を人間に試すのは、一番やってはいけないことだ。


 だがモンスターなら。ダンジョンにいるモンスターになら、合法的に俺の力を振るうことができる。


 だから俺は拳をギュッと握り締め、太い木の根に立てかけておいた大鎌を肩に担ぎ。


 【転送陣】の上に浮かび上がる、EXダンジョンへと繋がる大きな黒い穴の中へと、足を踏み入れていくのであった──




【ダンジョン名:残夜の影く滅国】

【推奨人数:5人以上】

【推奨レベル:80以上】

【出現モンスター平均危険度:A】

【乱入モンスター:無】

【全プレイヤー合計死亡回数:0】

【最終階層到達者:0人】




──────




 天宮 奏汰──いや、アマツが【深緑の大森林】を楽々と踏破して、出現したEXダンジョンに足を踏み入れた頃。


 同時刻、桃葉モモはというと。


「はぁ、はぁ⋯⋯! リスナーのみんな、応援ありがと〜! これで、モモの完全大勝利〜!!」


 焼け焦げた大地の真ん中で、桃葉モモはカメラに向かってバチコーンと可愛らしくウインクをしながら、体全体を使った決めポーズを取っていた。


 以前アマツと突発コラボをした桃葉モモだが、あれ以来、桃葉モモの配信は大きく変化していた。


 以前までの配信は桃葉モモ中心の配信であり、それこそアイドルのように自分を見せつけてアピールすることがメインの配信であった。


 しかしアマツとコラボしたことで、桃葉モモはディーダイバーとして大きく路線変更を果たした。


 アイドルであることには変わらないものの、桃葉モモは真剣にダンジョンの攻略をするようになったのである。


 もちろん今までふざけていたわけではないが、慢心やら油断による大ぽかやドジのせいで、何度も何度もダンジョン攻略を失敗してきた。


 だから桃葉モモは、まず手始めに装備を変更した。


 露出が多めで可愛らしい装備で攻略を続けてきた桃葉モモだが、今では露出が少し減った赤を基調とした服装の上から赤紫色のマントを羽織り、頭には星の刺繍が施された黒いとんがり帽子を被っている。


 他にも指輪や腕輪、そしてアマツから受け取った首飾りなど、桃葉モモは魔力効率と魔力回復を重点的に強化し、己が欠点である魔力管理を徹底するようになった。


 そしてアマツからの助言を参考に、無駄に魔力を消費することなく、自分の魔法でケガしないように立ち回り、余計な戦闘を避けてダンジョンを探索していた。


 そのおかげか──


「これで【蠱惑の花園】ソロ攻略だ〜!!」


 前回アマツと一緒に攻略した【蠱惑の花園】を、なんとたった一人で攻略してみせたのである。


 桃葉モモの路線変更により、解釈違いとのことで一定数のファンが離れることとなった。


 だがそれ以上に桃葉モモを認める者が増え続け、今ではチャンネル登録者60万人を超えるチャンネルへと進化していた。


「え!? アマツさんがEXダンジョンに挑戦するの!? やっぱり、アマツさんはすごいなぁ⋯⋯!」


 コメント欄に流れるコメントでアマツのことを知った桃葉モモは、両手で杖をギュッと握り締めながら瞳を燃やしていた。


 目標であるアマツに追いつくため。いつか、アマツの隣に立っても恥ずかしくない【魔道士】になるため。


 桃葉モモの快進撃が、これから始まろうとしていた──



「あー⋯⋯どうりで一気に視聴者が減ったわけだ」


 眩しいモニターの光が輝く、真っ暗な部屋の中で。


 ゲーミングチェアに座ってくつろぎながら、マウスをカチカチッと動かして配信を終える一人の少女がいた。


「ふーん、EXダンジョンねぇ⋯⋯やっぱり、先輩はすごいや」


 Dtube上に、アマツとドライアードリピーとの戦いを切り取った動画が早速投稿されていた。


 その動画を眺めながら、エナジードリンクを飲む少女──白銀 玲は、ドライアードリピーを圧倒するアマツを見て小さなため息を吐いていた。


「うわぁ、なにその動き。それどうやってんの? え、それ躱しちゃうんだ。えー⋯⋯やば、めっちゃすごいじゃん」


 純粋なアマツのファンである白銀は、ドライアードリピーを一方的に攻め続けるアマツを見て、惚れ惚れしたような表情を浮かべていた。


 だがすぐに白銀は動画の視聴をやめ、EXダンジョンに挑もうとするアマツの生配信へと飛んでいく。


 その配信を眺めながらも、白銀は机の上に置いてあるディーパッドを手に取り、真っ暗な画面を静かに見つめていた。


「⋯⋯わたしも、頑張らなくちゃ」


 真っ暗なディーパッドの画面に語りかけるようにそう口にしながらも、白銀はゲーミングチェアの上で寛ぎながらアマツの配信に目を向ける。


 アマツから学び、見て盗み、得た知識で今度こそ自分だけの力でボスモンスターを倒せるように──



 SNSに上がるトレンドの3位に『死神』が、2位に『アマツ』の名が上がっている頃。


 トレンドの1位には、とある超有名ディーダイバー『叢雨 紫苑』の名が上がっているのだが。


「くっ⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯!」


 雷雲が轟く荒野の戦場にて。


 数多くの危険度S指定のモンスターを討伐し、現役女子高生としてサイバーRyouに次ぐ人気を誇る彼女が、膝を着きながら一匹のモンスターと対峙していた。


『コノ程度カ? 侍ノ女子オナゴヨ』


 立ちはだかるのは天空を舞う竜でも、大地を震撼させる魔人でもない。


 煤だらけの鎧を身に纏い顔を般若の面で隠す、たった一人の侍であった。


────コメント────


・叢雨 紫苑でも勝てないのか⋯⋯?

・今回で二回目だよな? それでも、勝つどころか致命傷を与えることもできないだなんて⋯⋯

・なんだ、なんなんだこのユニークモンスターは。危険度Sとか、そのレベルじゃないだろ。

・頑張れ叢雨! お前なら勝てる!

・この戦場の理不尽な"縛り"さえなければ、叢雨に勝機はあるはずなのに⋯⋯!

・サイバーRyouでもコイツには勝てないだろ。

・死神なら、あるいは⋯⋯?


────────────


 世界にたった一匹しか存在しないと言われている、ユニークモンスター。


 そんなユニークモンスターの一匹を前にして、叢雨 紫苑は周囲の地面に無造作に突き刺さっている一本の刀を引き抜き、眼前に構える。


「ガエンマル⋯⋯私は、貴方を超える」


 千切れてしまったヘアゴムを捨て、ポニーテールに纏めていた髪を解きながら、刀の柄を力強く握り締める叢雨 紫苑。


 それに対し、般若面をつけた侍のユニークモンスター──ガエンマルは、腰に携えた鞘に収めていた褐色の刀身の刀をゆらりと引き抜き。


『イイダロウ。拙者ヲ超エルト言ウノナラ⋯⋯ソレ相応ノ覚悟ガアルノダロウナ?』


 ガエンマルが刀を構えることで褐色の刀身が赫色に染まっていき、周辺の気温が3度ほど上昇する。


 大気は揺らめき、空気を乾燥させ、刀を構えるだけで戦意を削ぐほどの威圧感を放つガエンマル。


 それに対し叢雨 紫苑は、凛とした表情のまま半月を描くように刀を振り上げ、そしてチャキッと、顔の横に柄が来るように刀を構えた。


 叢雨 紫苑とガエンマルによる激闘が、再び始まろうとしている。


 最後に立つのは誰か。最後に笑うのは誰か。それは、誰にも分からない。


 だが今配信している中で一番話題を集めているのは、アマツではなくこの叢雨 紫苑であることは確かであった──

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