第70話 EX.残夜の影く滅国-④

 握手をし、妥当闇の魔女リーウェルのためにエリュシールを手を組んだ俺は、今は二人で肩を並べながら廃墟と化した街中を歩いていた。


 エリュシールは俺よりも頭一つ分ほど身長が低く、顔つきも童顔なためなんだか幼く見えてしまう。


 歩幅も小さく先ほどよりも移動に時間がかかってしまうようにはなったが、こうやって歩いていると、なんだか異世界での冒険が懐かしく思えてしまう。


 異世界での冒険はいつも、封印の巫女と呼ばれる美少女が俺の隣を歩いていた。


 整った顔立ちは不思議と美男美女の多い異世界の中でもトップクラスであり、鈴を転がすような美声も耳心地がよく、スタイルだって年齢不相応なくらい抜群なプロポーションであった。


 だが、いざこうして思い出すと寒気がしてくる。


 封印の巫女に関しては、あまりいい思い出がない。それこそ、いくら顔が良くて声が良くて体つきが良くても、俺はもう二度と封印の巫女には会いたくないと思っている。


 巷では聖女様だとか天の使徒様だとか言われているが、封印の巫女ほどの悪女はいくら探しても、どこの世界にも存在しないだろう。


 まぁ、もう異世界に行くことはないため出会うこともないのだが、アレと関わるのだけはもう勘弁である。


「⋯⋯アマツさん? なんかすごく渋い顔をしてますけど⋯⋯なにか嫌なことでもありましたか?」


「あ、いや、気にしないでくれ。少し、嫌なことを思い出していてな。ところで、エリュシールに一つ聞きたいことがあるのだが」


「はい、なんですか?」


「魔女の定義って、なんなんだ?」


 これはただの素朴な疑問なのだが、さっきから魔女という単語を何度も聞いているものの、肝心の"魔女"について俺はなにも知らない。


 魔法が使える女性が魔女なら世にたくさんの魔女が溢れることになるし、魔力を有しているだけで魔女ならば、異世界の住人は皆魔女になってしまう。


 だが、先ほどエリュシールが言っていた。


 ──残された数少ない魔女の一人として、闇の魔女リーウェルを倒さないといけないのです──と。


 だから俺は気になったのだ。魔女とは、魔女の定義とは一体なんなのか、と。


「魔女とは、魔法使いや魔術師等の魔法に関する肩書きの最高峰みたいなものですね。でも、少し前まではあまり嬉しい肩書きではありませんでした」


「え、そうなのか?」


「はい。だって、魔女は世間や人々から疎まれ忌み嫌われている存在なんですよ? 自ら魔女であると名乗る人なんて、ごく稀だったんですから」


 まぁ、それもそうか。


 魔力を持たない者の目には、体内に魔力を有し、魔法や魔術を操る者は恐怖の対象になってしまうだろう。


 深緑の魔女とも呼ばれるようになったドライアードリピーも、幼い頃から魔力を有し、植物を操る魔法を扱えたせいで"忌み子"と呼ばれ、物心が芽生える前から森に捨てられたとディーパッドから確認できる情報に書いてあった。


 そんな幼少の頃のドライアードリピーを拾った者こそ今エリュシールと話題に上げている魔女であり、そのことから生前のドライアードリピーを拾った魔女も、人々に疎まれ忌み嫌われていたからこそ一人で深い森の奥地で生活していたのだと考えられる。


 となってくると、自らを"魔女"であると名乗るなんてそれこそ余程の酔狂か、頭のおかしな奴になってくるだろう。


「⋯⋯あれ。でも、さっきエリュシールは自分のことを魔女だって言ってよな? ということは、エリュシールは稀な存在になるってことか?」


「あ、いえいえ。今話したのは少し前のお話ですよ? 最近⋯⋯といっても10年ほど前のお話なのですが、人々に迫害され続けてきた魔女たちで手を組み、助け合い、魔女による魔女のための【魔女ノ夜会】という名の組織を立ち上げることができたんです」


「【魔女ノ夜会】か⋯⋯それはどういう組織なんだ?」


「簡単に言ってしまうと、魔女であると蔑まれ、村や街、国から追放されてしまった者の保護や支援をする組織ですね。魔女の中でも特に優れた10人の魔女を筆頭に、魔女が魔女としての誇りや名誉を築くための意識改革が行われました。それにより【魔女ノ夜会】が出来てからは自らを"魔女"と名乗ることが、恥ではなく誉れとなったんですよ」


 なるほど。世間のイメージからすると魔女とは悪しき存在であり、ただ魔力を有しているだけでその生まれを、存在を否定され続けてきた。


 だがそこであえて魔女であることに誇りや名誉を見出すことで、魔女が魔女として生きやすい世界に変えようとしたわけだ。


 言わば、人権の主張みたいなものである。


「やがて【魔女ノ夜会】を創設し、魔女たちの希望となった10人の魔女は【魔導の十傑】と呼ばれるようになったのです。ちなみにその中の一人が、この私です」


「えっ、そうだったのか?」


「はい。これでも私は、光の魔女エリュシールとして魔女界隈では割と知名度がある方なんですよ?」


 まさかの事実に、俺は素直に驚きを顕にしてしまった。


 エリュシールはどこか自慢げに胸を張っており、俺の反応が愉快なのか、少しだけ上機嫌になっている。


 打倒闇の魔女リーウェルを掲げる、光の魔女エリュシール。やはり、シナリオ的にもエリュシールを味方にしたのはかなり大きそうだ。


 【魔女ノ夜会】創設のメンバーの一人であり、魔女として特に優れた【魔導の十傑】の一人でもある、エリュシール。


 最初俺は、エリュシールからなにも強い力を感じなかったため、魔女のような服装をしているただの女性なのではないかと思っていた。


 しかし【魔導の十傑】の一人であるリュシールには、もしかしたら隠されざる真の実力というものがあるのかもしれない。


「⋯⋯ん? それなら、どうしてあんな樽の中に隠れてたんだ? 優秀な魔女なら、あれくらいのモンスターなんてどうってことないような気がするのだが」


「う、うぅ⋯⋯そ、それが⋯⋯私って、あんまり攻撃系統の魔法とかそこまで得意じゃないんですよね⋯⋯どちらかというと、補助向きといいますかなんといいますか⋯⋯」


 顔を俯かせ、少しだけ申し訳なさそうにしているエリュシール。


 だが俺からしてみれば、別にエリュシールが火力を出すことができなくてもさほど問題はなかった。


「個人的には、そっちの方が都合がいいな。俺はバリバリの近接職だから、エリュシールには攻撃よりも俺の補助をしてくれた方が色々と助かる。そっちの方が、魔法の誤射とか気にしなくていいしな」


「そ、それに関してはお任せください! 同じ【魔導の十傑】の中では一番弱い私ですが、補助魔法の数や質に関しては一番の自信がありますので⋯⋯!」


 エリュシールがどんな補助魔法を扱えるかは分からないが、【魔導の十傑】に選ばれるほどの実力があるのなら、きっとかなり高位な補助魔法を扱えるのだろう。


 そう考えると、俺とエリュシールのコンビは中々相性がいいような気がしてくる。


 真っ先に接敵したモンスターへと肉薄し、攻撃を叩き込む俺。そして、そんな俺を補助魔法で支援してくれるエリュシール。


 まさに理想的な陣形だ。これは、次モンスターと戦える時が楽しみである。


「⋯⋯っ! アマツさん、待ってください。正面の曲がり角から、なにか来ます⋯⋯!」


 急に立ち止まったエリュシールが俺にそう告げてくるため、俺は肩に担いでいた大鎌の柄を握り直し、ゆったりと構える。


 モンスターと戦える時が楽しみだとは言ったが、まさかこんなすぐに実践することができるとは思わず、俺はついふっと小さな笑みを零してしまった。


 そしてその状態のまましばらく待っていると、エリュシールの言う通り俺たちが今立っている場所から10メートルほど離れた場所から、一つの影が飛び出してきて。


『ガルルルルル⋯⋯!』


 その影の正体は、俺が先ほど討伐したシャドウジャッカルであった。


 そして、出会って早々にシャドウジャッカルは自身の足元にある蠢く影から三つの分身体を召喚してくるのだが。


聖なる鎖よクロス・バーシブル!」


 シャドウジャッカルが動き出すと同時にエリュシールも動き出しており、エリュシールが指先をシャドウジャッカルに向けながら魔法を唱えることで、地面の下から白い光を放つ鎖が飛び出してくる。


 その数は20を超えていて、光の鎖は影の分身体を貫くように掻き消しながら、シャドウジャッカルの足首にジャラララッと音を立てながら巻きついていた。


『ガッ、ガルァッ!?』


 突然の出来事にシャドウジャッカルはその場から飛び退こうとするのだが、足が鎖に繋がれてしまっているせいで、動くことができずにいる。


 粘着力が抜群である【蜘蛛蟻の玉糸】をいとも容易く引きちぎってみせたシャドウジャッカルだが、エリュシールが展開した光の鎖を引きちぎることはできなさそうであった。


「アマツさん、今です!」


「あぁ!」


 地を蹴り、俺は両手で大鎌を構えながら跳躍し、シャドウジャッカルへと肉薄していく。


 だが負けじと、シャドウジャッカルもシャドウジャッカルで動けないならと、自身の足元から影の分身体を一気に何匹も何匹の呼び出してくる。


 襲いかかってくる分身体の頭部を蹴りで破壊し、大鎌の刃で首を切り捨て、迫り来る分身体の大群を全て倒していく。


 だがシャドウジャッカルも吹っ切れているのか、俺がいくら倒しても、どんどんどんどん分身体を召喚してくる。


 一度戦ったため行動パターンは把握しているのだが、それでもシャドウジャッカルは危険度Aなだけあって、紙装甲の分身体も決して侮ることができない。


 せめて、ほんの少しだけシャドウジャッカルに隙さえ生まれれば──


波動する極光よテスタ・アーバメント!」


 後方から聞こえてくるエリュシールの声と共に、俺の背後から眩い光が放たれ、影の多い街並みをまるで昼間のように明るく照らしていく。


 それにより、あまりの眩しさにシャドウジャッカルは目をやられてしまったのか、その場で怯むように顔を光から背けており。


「まさか、たった二つの魔法でこんなにも攻略が楽になるとは、なっ!」


『ギャ、ガゥ──』


 怯んだシャドウジャッカルの僅かな隙を、俺は決して見逃さない。


 エリュシールが生んでくれたシャドウジャッカルの隙を狙い、俺は大胆にも大きく大鎌を構え、そしてシャドウジャッカルの首を切り落とした。


 上がる短い断末魔。首が地面にゴトッと落ちる中、シャドウジャッカルは白い光の粒に包まれ、そのまま静かに消えてしまっていた。


「エリュシール、終わった──」


「アマツさん! すごいですっ!!」


 後ろを振り向き、離れたところにいるエリュシールに声をかけようとした瞬間。


 いつの間にか俺の元までエリュシールが駆け寄ってきていて、エリュシールは目をキラキラと輝かせながら、俺の手をギュッと握ってきた。


「あんな凶悪なモンスターをこんなにもあっさりと倒しちゃうだなんて⋯⋯アマツさんって、すごい人なんですね!」


「い、いや、今のはエリュシールの魔法のおかげだ。アレがなければ、もう少し時間がかかってたはずだ」


「それでも、あの影の猛攻を捌き切るなんて普通じゃ無理ですよ! アマツさんとなら、リーウェルを倒すことだって不可能じゃありません!」


 握った手をぶんぶんと動かしながら、やけに近い距離感で俺を褒めたたえてくるエリュシール。


 包み込む手の柔らかさや、揺れるエリュシールの髪から放たれてるであろう優しい花のような香り。


 綺麗に整った顔立ちのエリュシールから真っ直ぐに向けられる羨望の眼差しに、つい照れて顔を逸らしてしまう。


 エリュシール、割と普通に可愛いというか、異世界人っぽくやけに顔が整いすぎてるんだよなぁ。


 ラブコメ漫画のヒロイン──ではなく、サブヒロインとか、ヒロインの友人枠にいそうなレベルと言えば、分かりやすいだろうか。


 とにかく、健全な男子高校生である俺からしてみれば、エリュシールのように純粋な好意を向けてくる女性を前にするのは、少しだけ緊張してしまうのである。


 その時に、俺はチラッとコメント欄を目にしたのだが。


────コメント────


・エリュシールたん可愛い

・死神そこ代われ

・あれ、なんか死神さんキョドってる?

・まさかあの死神がエリュシールたんの可愛さにメロメロになってるのか?


────────────


 と、なんだか俺をからかいたがってるコメントが多かったため、俺はすぐに視線をカメラからエリュシールへと戻した。


「エリュシールの魔法があれば、ここの攻略も案外楽勝かもな。次からも、よろしく頼むぞ?」


「はいっ、任せてください! アマツさんの背中は、私がしっかりとお守りいたしますので!」


 大きく胸を張りながら、自信満々に弾けるような笑みを浮かべるエリュシール。


 エリュシールが仲間になってくれたおかげで、暗く静かな配信が一気に明るく、そして賑やかなものになった。


 そのことに俺は心の中で感謝をしつつも、エリュシールと肩を並べて更に街の奥へと目指し歩き進めるのであった──

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