第101話 魔力

『それじゃあ、早速始めようか。まぁ試練といってもあくまで練習みたいなものだから、あんまり力まず肩の力を抜いてやってみようか』


「お、お願いします⋯⋯!」


 肩の力を抜こうと言うシエルだが、気合いが入っているのか緊張でもしているのか、白銀の肩には余計に力が入っていた。


 口調もタメ口ではなくシエルを敬うようになっているし、白銀なりに真面目に取り組もうとしているのだろう。


 シエルに【精霊術士】の素質があると認められた白銀だが、一度決めた以上【弓士】として頑張りたいと、精霊と共にすることを諦めようとしていた。


 そこでシエルに提示された、新たな道しるべ。


 精霊を従え、そして【弓士】として新たな道へと進むことができる【精霊弓士】のクラスを得るため、その表情はいつになく真剣であった。


『まず最初は魔力の感覚を掴んでみようか。【精霊術士】も【精霊弓士】も、魔力を用いる魔法職には違いないからね。最初は基礎的なことから習得していこうか。お嬢さんが元々魔法職だったら、この工程は飛ばしてもよかったんだけどね』


「あ、あの⋯⋯試練の前に、その⋯⋯お嬢さんって呼ばれるのはなんかむず痒いから名前で呼んでほしいんですけど⋯⋯」


『そうかい? じゃあ、ボクもキミのことを白銀って呼んだ方がいいかな?』


「⋯⋯できれば、シルヴァでお願いします」


 シルヴァ? と聞き返すシエルに対し、白銀は小さく頷いていた。


 白銀とトークアプリの連絡先を交換した際、名前の欄にあった名前と同じ呼び名。


 ここでシエルにそう告げるということは、つまりはそういうことなのだろう。


「配信者名はシルヴァでいくんだな?」


「うん。元々、シルヴァって名前でゲーム配信してるからね。白銀って呼ばれるより、シルヴァって呼ばれた方が馴染みがあるからさ」


『なるほどなるほど。じゃあ、キミのことは親しみを込めてシルヴァちゃんって呼ばせてもらおうかな。ちなみに、鎌を持ってるキミはなんて呼べばいいかな?』


「俺はアマツって呼んでくれ」


『アマツ? ふむ⋯⋯アマツ、ね。分かったよ。シルヴァちゃんに、アマツくんだ。ちゃんと覚えさせてもらったよ』


 俺たちの名前を覚えてくれたシエルが、ふわりと宙を舞うと俺たちの目の前にバレーボールくらいの大きさのシャボン玉が現れた。


 ふよふよと宙に漂い、太陽の光に照らされてキラキラと輝くそのシャボン玉を白銀がつんとつついた瞬間、突然白銀のシャボン玉の色が淡い緑色へと変わり、大きなシャボン玉の中を数えきれないほどの小さなシャボン玉がぶわっと埋めつくしていた。


『このシャボン玉は適正魔力と魔力量が測れるものだ。色が属性を表していて、中にできる小さなシャボン玉の量で魔力量が分かるって仕組みさ』


「ということは⋯⋯わたしはやっぱり、風が適正ってことなのかな」


『淡い緑色だから、風で間違いないね。シルヴァちゃんの魔力は風属性系統の魔法や風の精霊ととても相性がいいということだ。それに、魔力量も中々優秀だね。小さなシャボン玉は10個とか20個が平均なんだけど、これだけの魔力量なら【魔導師】とかを目指しても悪くはないかもね』


 どうやら白銀は魔力の多さから【精霊術士】だけでなく【魔導師】も目指せるようで、どちらかというと弓などを使った遠距離職よりも、魔法職の方が向いているらしい。


 だがその結果を聞いて、なぜか白銀は不思議そうに小首を傾げていた。


「なにか不満でもあるのか?」


「うーん⋯⋯純粋な疑問なんだけどさ、ディーパッドで自分のステータスを確認しても魔力の数値って結構低いんだよね。だから、わたしには魔法なんて向いてないって思ってたんだけど⋯⋯」


『魔力の量に関しては、人それぞれだからね。早熟型もいれば、晩成型もある。このシャボン玉は潜在的な魔力量を知れるものだから、今は少なくても後々多くなるはずさ。それに精霊を従えれば、その分シルヴァちゃんの魔力量も増える。これだけ潜在魔力が多ければ、【精霊術士】はもちろんのこと【精霊弓士】としてかなりの力をつけることができるだろうね』


 つまるところ、白銀はこれから魔力量が増えていく晩成型ということだろう。


 それに加え精霊を従えればそこから更に魔力が増えるとのことなので、白銀の伸び代はまだまだこんなものではないはず。


 ということは、もしかしたら俺も。


 異世界で魔法の才能が1ミリもないと言われた俺だが、もしかしたら白銀と同じように潜在魔力というものが体の奥底で眠っている可能性がある。


 だから俺はほんの少しだけ期待に胸を膨らませながら、目の前にて漂うシャボン玉に触れてみるのだが。


「あっ」


 白銀と同じようにシャボン玉に触れたはずなのに、指先が触れた瞬間シャボン玉は音もなく割れてしまい、跡形もなく消えてしまった。


 それに対し、シエルは物珍しそうな表情でこちらを見つめてきていた。


『⋯⋯驚いた。現魔力だけでなく、潜在魔力すら0の人間がいるだなんて⋯⋯』


 目を丸くし、興味深そうにこちらに寄ってくるシエル。


 もしかしたら潜在魔力があるかもしれない。という淡い期待は、見事に打ち砕かれてしまった。


 だがそれでもあまり残念ではないというか、なんとなく結果は分かっていたためそこまで気を落とすようなことではなかった。


「やっぱり、魔力が0なのって珍しいのか?」


『珍しいというか、長年生きているボクでも魔力が0の人間を見るのは初めてだよ。普通どんな人、どんな生き物でも微かに魔力は有しているはずなんだ。でもアマツくんには、微量の魔力どころか魔力を生み出す核すらも存在していない。こんな事例、過去数千年の歴史にもないはずだよ』


「過去数千年⋯⋯じゃあ、俺はどう足掻いても魔法は扱えないんだな」


『残念だけど、諦めるしかないね。魔力を増幅させる術は知ってるけど、そもそも増幅させるものがなければ無駄になるしね。でもこれは、ある意味すごい才能だよ』


 魔力が一切なく、魔法が扱えないのを才能と言われても、あまり褒められた気分ではないというか、皮肉にしか聞こえない。


 だがシエルは嫌味を言っているわけではなく、心の底から魔力がないことを才能と言っているようであった。


『魔力がないということは、相手の魔力を利用して発動する魔法が効かないってことになる。それは一部の【魔導師】や【精霊術士】にとっては、天敵といってもいいくらい厄介な存在だよ』


「魔力がないことが、いい方に転がるってことか?」


『そうさ。相手の魔力を奪うマジックドレインは通用しないから、アマツくんを魔力欠乏症にさせて弱体化させることができないでしょ? それに相手の魔力に干渉して生命を奪うエナジードレインだって、アマツくんには効かない。他にも相手の魔力を意図的に暴走させたり、魔力を変成させて体の内側から対象を破壊する魔法だって、アマツくんに使っても無駄に終わる。確かに魔法は使えないかもしれないけど、それは弱みであり、絶対的な強みでもあるんだよ』


 分かりやすく魔力がないメリットを説明してくれるシエルに対し、俺は素直にその言葉を聞き入れていた。


 そんなこと、考えたことがなかった。魔力がないイコール、魔法が使えない。つまり俺には魔法の才能がないと、絶望したこともあった。


 だがそこで視点を変えることで、魔力がないからこその利点というのをシエルは見出してくれた。


 いや、既に俺は理解していたはずだったのだ。


 エリュシール戦で使った魔剣ダラクは使用者の魔力を死ぬまで吸い尽くす魔剣であり、魔力がない俺だからこそ扱えた代物だ。


 それが分かっていたのに、俺はそこで思考を停止させてしまっていた。魔法が扱えないことばかり考えて、魔力がないからこそ他者より優位に立てることを探そうとしなかった。


 "魔力がないことは弱みであり絶対的な強み"。シエルのその言葉が、いつまでも頭の中に残り続けていた。


「ありがとう精霊王。おかげで、なにかに気づけた気がするよ」


『それはよかった。さて、話が大きく脱線しちゃったね。そろそろ本題に戻ろうか』


 気を取り直してと、シエルがパチンと手を叩く。


 次は一体なにをするのだろうか。と思いながらシエルを眺めていると、ふぅっと息を吐いて両手のひらの中に風の魔力を溜めていく。


 そしてその魔力を握るように包み、まるで粘土を練るようにコネコネと手を動かすと。


 あっという間に、シエルの手に包み込まれた風の魔力が一本の矢へと形を変えていた。


『これは魔矢。その名の通り、魔力で作り出した弓矢だよ。そうだな、アマツくんちょっとこの魔矢を掴んでみてよ』


「分かった──って、掴めないぞコレ」


『そう、普通なら掴めないのさ。でも基本的に【精霊弓士】はこの魔矢で戦うんだよね。もちろん普通の矢も使えるけど、魔矢が扱えるとできることが沢山増えるんだ』


 まるでペン回しをするように魔矢を指で回すシエルだが、俺はいくら触ろうとしても、まるで空を掴むようにすり抜けてしまう。


 試しても、試しても、結果は変わらず。俺に魔力を扱う才能がないことが改めて分かり、少し残念であった。


『はい。シルヴァちゃんも触ってみてくれるかい? まぁ、最初は難しいよ。魔力というのはボクたち精霊にとっては身近なものだけど、人間にとっては曖昧なものだからね。イメージは、指先に血液を貯めてそれを魔矢に流し込む感じかな。まずはとりあえず、体の中を循環する魔力の流れを感じ取ることが大事だよ』


「魔力の流れを、感じ取る⋯⋯」


 俺が異世界にいた頃にも、似たような話を聞いたことがあった。


 魔力は流れ。体に流れている血液をイメージして、流れを掴めば魔力を練ることができる。そしてその練った魔力にイメージを乗せることで、魔法を生み出すことができる。


 理屈というか意味は理解できているのだが、そもそもの話俺には魔力がないため魔力の流れなんてものを感じ取れるはずがなく。


 だが白銀の体には、俺と違って魔力が流れている。つまり白銀が感覚さえ掴むことができれば、魔矢に触れることができるはずだが。


「流れを感じとって、矢に魔力を流し込む⋯⋯ということは、こうすれば⋯⋯」


 シエルが手に持つ魔矢に向け、手を伸ばす白銀。


 すると白銀は先ほどの俺とは違っていとも簡単に魔矢に触れており、そのまま掴んで持ち上げたと思えば、シエルがしていたように手の上で魔矢を回していた。


『⋯⋯素晴らしい。まさか一発で物にしてしまうとは思わなかったよ。ボクが思っていたより、シルヴァちゃんは魔力のコントロールが上手なようだね』


「魔力のコントロール?」


『そう。普通、魔力の感覚が分からない者が魔矢に触れると魔力が霧散して消えちゃうはずなんだ。でもシルヴァちゃんは、魔矢を崩すことなく掴んでいる。それはつまり魔力を無意識のうちにコントロールしてるって証拠になるのさ』


 シエルにそう言われてもあまりピンと来ていない様子の白銀だったが、ピンと来ていないからこそ、無意識のうちに魔力をコントロールしているのだと分かる。


 俺と白銀は、魔力なんて存在しない世界で生きてきたただの人間だ。


 それなのに初めて触れるであろう魔力を無意識のうちにコントロールできるということは、それだけ白銀に魔力を操る才能があるということだ。


 感覚的に魔力を物にしてみせた白銀。


 既に一流クラスの弓の腕前に加え、天才的なまでの魔力コントロールが合わさり、それでいて風の精霊を従えて【精霊弓士】を獲得することができれば。


 そのポテンシャルは、計り知れないものになるだろう。


『さぁ、早速次に進もうか。シルヴァちゃんにはやってもらいたいことがまだまだ沢山あるからね。時間は有限だ。無駄なく、効率よく進めようか!』


 シエルもシエルで才能のある白銀を育てるのが楽しいのか、ニコニコとした表情で次のお題を出していく。


 それを白銀は、風の精霊に見守られながらも真面目な表情で確実にこなしていくのであった──

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