第100話 精霊術士
白銀と共に【鈍虫の森】を攻略していた俺は、ダンジョン内にてたまたま偶然別のダンジョンへと通ずるゲートを発見した。
そのゲートの先は、EXダンジョンと思われる【精霊王の聖域】という名のダンジョンが広がっていた。
そして今。俺と白銀は、広大な湖の中から突然姿を現したユニークモンスター──精霊王シエルと遭遇したのである。
ユニークモンスターが出現したということは、今いる【精霊王の聖域】がEXダンジョンであるという揺るがない証拠であり。
なぜ突然EXダンジョンへと通ずるゲートが出現したのか。という、小さな疑問を残しながらも。
俺は、友好的に接してくる精霊王シエルに対し、警戒は残しつつもとりあえずは対話を試みることにした。
「精霊王よ。まず最初に聞かせてくれ。お前は俺たちの味方なのか? それとも⋯⋯敵なのか?」
『それはキミたち次第さ。でも少なくとも、ボクはキミたちに害をなす存在ではないよ。それに、ボクといい関係を築いた方がキミたちにとって利益は大きいと思うよ?』
優雅に空を舞いながらそう口にするシエルは、なにかを見定めるように、そしてなにかを見通すように、こちらを見つめてきている。
一見隙が多く、全長30センチにも満たない体躯からあまり強そうには見えないが、それはあくまで見た目だけの話だ。
異世界で数多くの強敵と戦ってきて、つい先日同じユニークモンスターであるエリュシールを討伐した俺だからこそ、分かる。
シエルは強い。それがどれほどまでかは分からないが、少なくとも今まで戦ってきた危険度A級のモンスターとは、比べ物にならないほどの力をシエルは持っている。
さすがに、エリュシール並の強さがあるとは思えない。だが、それでも相手はユニークモンスターだ。
ここで変に刃を交えてしまえば、俺はともかく白銀にまで被害がいってしまう。
それだけは、なんとしてでも避けたいことであった。
『まぁでも、弓を持った可愛らしいお嬢さんはともかく、そっちの大きな鎌を持ったキミとは極力戦いたくはないかな』
「⋯⋯なぜだ?」
『ボクは強い。精霊界の中でも、トップクラスにね。でもキミと戦うことを想像した時、100パーセント勝てる道筋が見えないんだ。正直言って驚きだよ。人間の中に、これほどまでの高みに上り詰めた存在がいるだなんてね』
「それって⋯⋯先輩なら、精霊王に勝てるってこと?」
『その可能性の方が大きいだろうね。ボクも本気を出さざるを得なくなるし、そうなったらこの聖域は終わりだ。でもね、勘違いはしてほしくないんだ。ボクは別に、命が惜しいから戦いを拒んでいるわけじゃない。キミたちのことを思って、戦いは避けるべきだと言っているんだよ』
シエルの言葉に、嘘はないように思える。
騙し討ちを狙っているようには見えないし、言葉巧みにこちらを翻弄しようとしているとも思えない。
だが、それは分かっていても先ほどシエルの言った"精霊を従える素質があるキミたちを、盛大に歓迎しようじゃないか"という言葉が、ずっと俺の中で引っかかっていた。
「そういえば、前クラスについて調べてる時に【精霊術師】とかいう、取得条件が未だに解明されてない上位クラスがあるとかネット記事に書いてあったが⋯⋯」
『お、話が早いね。そうさ。ボクは精霊を従える素質がある者に、精霊を与える者なのさ! キミたちがボクの聖域に来たということは、キミたちにその素質がある確固たる証拠なんだよ』
「え、えーと⋯⋯もしかして【招待状】っていうアイテムって⋯⋯」
『そう。あのボクが作った【招待状】を手にすることが、ボクの聖域に入る条件なんだよ』
「そうなのか? だがゲートを見つけた時、白銀は【招待状】を持ってなかったぞ? 以前一度手に入れたらしいが、今回は【招待状】を探してる途中だったもんな?」
白銀にそう聞くと、白銀は俺の意見に肯定を示すように大きく頷いた。
だがシエルは、俺の言葉に疑問を抱いたり、不思議そうな表情を浮かべたりするわけでもなく。
『一度【招待状】を手に入れると、魂に聖域への鍵が刻まれるのさ。だからどれだけ探し回っても、二枚目を見つけることはできないんだ。あくまで一人一枚だからね。でも一応、【招待状】を手に入れることができなくても精霊の声に導かれてここにやって来ることもできるんだ。まぁ、基本は前者かな。後者はかなり珍しくて、余程の素質がないとまず声なんて聞こえないはずだからね』
どこか得意げに長々と語るシエルを前に、俺と白銀はただ無言のままお互いの顔を見合っていた。
シエルの話をまとめると、今俺たちがいる【精霊王の聖域】に足を踏み入れるには、ダンジョン内で【招待状】を見つけるか、精霊の声に導かれることでたどり着くことができるらしい。
そして精霊の声に導かれる者はかなり珍しく、余程の素質がなければ声が聞こえることすらないと言う。
もし、その話が本当ならば。
「⋯⋯白銀は声、聞こえたんだよな?」
「うん。まぁ、ちゃんと言葉として認識できたのはこの聖域に来てからだけどね」
『ふむ⋯⋯? 実に興味深い話をしているね。まさかキミ、精霊の声に導かれてここまで来たのかい?』
「そうだよ。でも、ここに来るまでなに喋ってるかよく分からなかったんだよね。それどころか激しい頭痛がするくらい頭の中で声が響いてくることもあったし、結構辛かったんだけど」
愚痴るように白銀がそう言うと、柔らかな微笑みを浮かべていたシエルの表情が一変し、真剣なものへと変わる。
そしてシエルは透き通った綺麗な羽を動かしながら、ゆっくりと白銀の元へと近づくように飛んでいた。
『今からキミに質問をする。深い意味はないから、直感で答えてほしい。いいかな?』
「え、急に? まぁ、いいけど⋯⋯」
『ありがとう。早速だけど、キミにはボクの聖域が、何色に見えている?』
いきなりシエルが白銀に質問をすると言い出したため、精霊に関する質問でもするのかと俺は思っていた。
だがその質問は"聖域が何色に見えているか"という、意味も意図もよく分からない質問であり、俺は困惑せざるを得なかった。
仮に俺が同じ質問をされていた場合、どう答えていただろうか。
パッと思い浮かぶのは空や木々、そして目の前に広がる湖の色からして青色とか水色とか答えそうではあるのだが。
「うーん⋯⋯今頭に思い浮かんだのは、緑かな?」
しかし白銀は、そんな俺の考えである青色や水色ではなく、緑であると答えていた。
確かにこの聖域は森の中にある聖域ではあるが、見渡した感じ、緑の要素はそこまで感じられない。
木々に生い茂る葉は青色だし、地面に生えている芝生だって、緑の箇所もあるがどちらかといえば黄色に見えるところの方が多い。
そのため、視覚から得られる情報からはあまり緑という答えにはならなそうなのだが。
『ふむ、なるほどね。じゃあ、今キミに何処までも飛んでいける羽が生えているとしたら、どこに行ってみたい?』
「えぇ⋯⋯? なにその質問⋯⋯うーん、そうだなぁ⋯⋯海の上、とかかな。なんか気持ちよさそうだし」
『なるほどなるほど。じゃあ、最後の質問だ。空からいきなり見たことのない果実が降ってきたとしよう。それを食べた時、どんな味がする?』
「⋯⋯⋯⋯普通に甘い、かなぁ⋯⋯?」
戸惑いながらも、シエルからの質問に対し素直に応える白銀。
するとシエルは一人納得したように腕を組みながら何度も頷いていて、一度ゆっくりと息を吸い込んだかと思えば、目を見開いてニッとした笑みを浮かべていた。
『キミのこと、よーく分かったよ。うんうん、キミは精霊を従える才能の持ち主でありながら、精霊にすごく好かれる人間なんだね』
「え、さっきの質問でそんなこと分かるの?」
『実は質問の内容自体に意味はないんだ。ただ、ボクはキミの目を見て声を聞き、そして心を覗いただけ。そして分かったんだ。キミと親和性の高い精霊がね』
そう言うと、シエルはマントの内側からフルートのような楽器を取り出し、唄口の部分にそっと唇を当てた。
そして奏でられる、軽やかな音色。それは聞いているだけでなんだか心が安らぐような音であり、ゆったりとしたリズムのせいか肩に入っていた力が抜けていく。
急に始まった、シエルによるフルートの演奏。
その演奏に耳を傾けていると、急に暖かな風が吹き俺と白銀の体を撫でる。
だがその風はただの風ではなく、緑色の魔力の奔流を包みながら吹く不思議な風であり。
『フィー!』
「⋯⋯っ!」
なんということだろうか。
俺たちの体を撫でる緑色の風は姿形を形成していき、なんと一匹の生物となって姿を現したのだ。
優しく吹く風のような形をした頭に、全長20センチにも満たない体躯。短い手足に、縦長の黒い目。
鼻はなく、口はなく、まるでどこかのマスコットキャラクターのような見た目をした生物が、ふよふよと浮かびながら白銀のことを真っ直ぐ見つめていた。
「な、なにこの子⋯⋯! か、可愛い⋯⋯!」
『その子は風の小精霊さ。本来、従える精霊はまだ目もなければ体もないような微精霊なんだけど、キミには精霊を従える天賦の才能がある。本来ならまず初めは【精霊使い】から始まるんだけど、キミはその段階を飛ばして最初から【精霊術師】になることができるよ』
「精霊術士⋯⋯? ということは、この子がわたしの仲間になるってこと!?」
『そうさ。でも仲間というよりは、相棒とか戦友とかそっちの方が近いかな。おめでとう、今日からキミはその子のご主人様だ。活かすも殺すも、全部キミ次第さ』
「え、えっ、触ってもいい? 触ってもいいのかな!? せ、先輩っ、いいかな!?」
『あー⋯⋯聞いてないねこりゃ』
初めて見るくらいテンションがぶち上がっている白銀と、そんな白銀を前に苦笑いを浮かべつつも、微笑ましそうに見つめているシエル。
現在何万といるディーダイバーの中でも数が非常に少なく、クラスの取得条件がネットにも出回っていないほど希少な【精霊術士】。
今回偶然に偶然が重なって【精霊術士】の取得条件を知ることができたのだが、知った上でネットに情報が転がっていないことに納得できた。
まず第一に精霊を従える素質が必要であり、そこから更にEXダンジョンである【精霊王の聖域】にたどり着き、シエルと話をすることでようやく【精霊術士】もしくは【精霊使い】のクラスを得ることができる。
もちろん、それ以外の方法だってきっとあるだろうし、シエルは自身のことを"精霊王の一人"と言っていたため、シエル以外の精霊王がいる聖域があると考えてもいいだろう。
だがそれらを鑑みても、【精霊術士】は他のクラスよりも圧倒的に取得難易度が高く、それでいて精霊を従える素質がなければクラスを取得することすら、取得するチャンスを得ることすらできないため、かなり限られた者にしか得ることのできないクラスと言っても過言ではないかもしれない。
『フィー、フィー!』
「わ、わっ!」
『おやおや。初対面のはずなのに抱きつかれるなんて、よっぽどその子に気に入られたようだね。風の精霊は気まぐれかつ気分屋だから、こうも懐いているところを見るのはボクも初めてだ』
「それって、やっぱり白銀に眠る【精霊術士】としての才能のおかげなのか?」
『そうだね。でも、従える素質があったとしても精霊に好かれるかどうかはまた別の話なんだ。まぁ、今後共に戦う相棒になるんだから仲良いに越したことはないよね』
ということは、精霊を従える素質があり、尚且つ精霊にも好かれている白銀にとって【精霊術士】はまさに天職なのだろう。
実際【精霊術士】が【魔法使い】や【魔導師】とどう違うかはまだ分からないが、意志を持つ仲間を手にすることができたのは、白銀にとってかなりのアドバンテージになるだろう。
風の精霊に抱きつかれて、嬉しそうな笑みを浮かべる白銀。だがその表情の中にはどこか申し訳なさが漂っていて、なんだか少しだけ迷いが見えるような気がした。
「【精霊術士】になれるのは、確かに嬉しいことだけど⋯⋯」
『⋯⋯もしかして、あまり前向きではないのかい?』
「んー⋯⋯ほら、わたしって一応【弓士】だからさ。そりゃあ【精霊術士】の方が強いと思うし精霊を味方にすることができるのは心強いけど、それでも一度弓でいくって決めた以上なんだか諦めるのは嫌なんだよね」
精霊を抱きかかえて頭を撫でながら、シエルにそう語る白銀。
なるほど。さっき見せた迷いの表情は、そのことだったのか。
白銀的には希少な【精霊術士】のクラスを獲得できるチャンスを得ることができて嬉しくは思うが、今まで頑張ってレベルを上げてきた【弓士】を諦めるというのはまた別の話なのだろう。
精霊を扱う【精霊術士】と、弓を扱う【弓士】だ。戦い方だって変わってくるだろうし、今まで使ってきたAスキルだって、【精霊術士】になれば使うことができなくなる。
だが白銀はそれを勿体ないと感じているというよりかは、弓で頑張ると決めた以上最後まで頑張ってみたいという、白銀なりのプライドが感じられた。
『なるほど。それじゃあ、残念だけど【精霊術士】は諦めるしかないね』
「⋯⋯うん。この子には悪いけど、わたしも弓で頑張りたいからさ」
『本当に残念だ。でも⋯⋯キミはすごく運がいいのかもしれない。実は弓と風の精霊ってね、相性がいいんだよね』
「相性が、いい⋯⋯?」
『そう。だから、キミには【精霊術士】ではなくそこから派生した【精霊弓士】になるチャンスを与えようと思うんだけど⋯⋯どうかな?』
シエルがそう口にすると、顔を俯かせながら風の精霊を抱きかかえる白銀が、顔を上げた。
その表情は見て分かるほど喜びに満ち溢れており、暗くなっていた瞳にも、希望の光が宿っていた。
『でも精霊を従えることでなれる【精霊術士】と違って、【精霊弓士】はちょっと特殊な力なんだ。だから【精霊弓士】になるにはボクの与える試練を乗り越える必要があるけど、キミにその覚悟があるかな?』
「あ、ある! じゃなくて、あります! お願いします。どうか、わたしにチャンスをください⋯⋯!」
そう言って白銀が深く頭を下げると、シエルは腕を組みながら満足そうに大きく頷いていた。
精霊と手を組むことを諦めかけていたその時、別の選択肢を提示して白銀に手を差し伸べたシエル。
ユニークモンスターでありながらも、俺たち人間に手を貸してくれるシエル。
その異質な存在に、なんだかどこか怪しさを感じながらも。
俺は白銀が【精霊弓士】になれることを祈って、後ろから白銀を応援することにした──
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