第36話 新生・死神アマツと桃葉モモ
無事に【蠱惑の花園】10階層目のボスモンスターであるキラーマンティスを倒し終えた俺は、今桃葉さんと一緒に16階層目にいた。
その時点で桃葉さんの配信は3時間を超えていて、俺もこのダンジョンに足を踏み入れてから約1時間が経過していた。
この【蠱惑の花園】は全20階層のダンジョンらしく、今いる階層を合わせてあと4階層分探索しきれば、晴れてダンジョン踏破を達成するわけなのだが。
「し、紳士淑女老若男女の皆さん、ハロハロー! 今をときめく桃一点! 桃源郷への案内人! 皆の心を掴んで離さないアイドル系ディーダイバー! も、桃葉モモだよ〜!」
バチコーン! と、華麗に決めポーズを決めながら、自己紹介をする桃葉さん。
だがその自己紹介はカメラの向こうにいる視聴者たちにではなく、桃葉さんの正面に立つ俺に向けてであった。
「⋯⋯お、俺の名はアマツだ。これからもよろしく頼む」
「はいっ──じゃなくて、うんっ! これからもよろしくね、アマツさんっ!」
そう言って、俺たちは2人で強く握手を交わす。
どうして出会って30分以上は経過している俺たちが、今更こんな自己紹介をしているのか。
それは、少し前に桃葉さんが口にしたとある発言のせいである──
──────
「アマツさん。モモ、少し思うことがあるんです」
ソロで15階層目のボスモンスターである【フラワースパイダー】を討伐し終えた俺の元にやって来た桃葉さんが、突然そんなことを言い出した。
だから俺はフラワースパイダーのドロップアイテムを回収してから、桃葉さんの話に耳を傾けることにしたのだが。
桃葉さんの隣でふよふよと浮いているカメラのレンズが、いつの間にか閉じられていた。
どうやら今は配信画面を一時的に中断しているようで、桃葉さんが個人的な話をしに来たのだと瞬時に理解することができた。
「アマツさん。今モモたちって、一応コラボ配信をしているんですよね?」
「まぁ⋯⋯そうなりますね」
「でも、戦ってるのはアマツさんだけじゃないですか」
「いや、それはまだ桃葉さんの魔力が回復しきってないからで──」
「このままじゃモモ、ダメだと思うんですっ!」
ずいっ! と、こちらに顔を近づけながら声を上げる桃葉さん。
だが俺には、一体なにがダメなのかが分からず、ただ首を傾げることしかできなかった。
「これはあくまでモモの配信です! それなのにアマツさんばかり目立ってばかりで、正直言ってズルいです!」
「ズ、ズルいっ⋯⋯!? い、いや、別にこちらとしては目立とうとしているわけでは⋯⋯」
「⋯⋯危険度B+のフラワースパイダーを単騎で楽々撃破してる時点で、アマツさんは目立ちまくってますからね?」
と告げられ、俺はその場でピタリと固まってしまった。
そうか。俺は桃葉さんに負担をかけないために1人で頑張っていたが、それではダメなのか。
この配信は、あくまで桃葉さんの配信だ。それなのに桃葉さんではなく俺だけが活躍していたら、視聴者の人たちだってあまり嬉しくは思わないだろう。
気づけば俺は、桃葉さんの魔力が回復しきってないことをいいことに、ただダンジョン攻略を、モンスターとの戦いを1人で楽しんでしまっていたようであった。
そんなの、コラボ配信って言えるだろうか?
答えは、否だ。そんなもの、コラボ配信なんて言えないだろう。
「今は一旦配信を休憩しているので、モモたちのやり取りがリスナーさんたちに聞かれることも、見られることもありません。だから、アマツさんに1つだけ言わせてもらいますね」
「⋯⋯は、はいっ」
「モモだって、アマツさんと一緒にモンスター倒したいんですっ!!」
てっきり、人の配信で目立ちすぎです! 的な感じで怒られると思ったのだが、桃葉さんの言葉は俺の予想の斜め上を行くものであり。
「モモは、アマツさんの大ファンです。だからアマツさんの戦いが見れるのは嬉しいですし、モモのことを思ってくれるのもすっごく嬉しいです」
「は、はい」
「でもモモは憧れのアマツさんと一緒にモンスターと戦って、汗水流して、仲良くハイタッチとかしてみたいんですよ〜!」
軽く頬を膨らませ、ぷんすこと可愛らしく怒りを顕にしながら、桃葉さんが俺の腕をぽこぽこと殴ってくる。
殴る。とはいっても優しく叩かれているようなものだが、それでも桃葉さんが俺に対し不満を抱いているのは事実であった。
「それに、お互い敬語なのも気になります。モモ、本当はこんなキャラじゃないですし」
「キャ、キャラとか言っちゃうんですね⋯⋯」
「だってモモは、はっちゃけまくるアイドル系ディーダイバーですよ!? そんなモモがアマツさんを前に緊張して敬語で話すとか、解釈不一致でリスナーさんたちに怒られちゃいますって!」
1番最初出会った時に見せていたハイテンションがここに来て戻ってきたというか、大人しくしていた分ここにきて爆発してしまっている。
だがその際に、桃葉さんが体を大きく動かすことでどうも目のやり場に困ってしまう。
どうして目のやり場に困るのかって? そりゃあ、うん。桃葉さんが動く度に、色々と跳ねるように動いているからである。
「なので! 次の階層からモモはいつも通りのモモに戻ろうと思います! 多分、勢いに任せて失礼なこと言っちゃうと思います! だから、アマツさんもモモに敬語を使うのはやめてください!」
「え、いや、それはちょっと⋯⋯」
「お願いします〜! そうでもしないと、モモがモモでいられなくなっちゃいそうで怖いんですよ〜!」
そう言って、桃葉さんが泣きつくように正面から俺にしがみついてくる。
そのせいで、俺の体に桃葉さんの桃葉さんたる所以の色々なアレコレが押し当てられ、俺は心の中で悲鳴のような絶叫を上げていた。
異世界での経験を経て、俺は女性と普通に話せるようにはなった。
だが現実世界でも異世界でも女性と触れ合うことを経験してこなかった俺にとって、今の状況はあまりにも刺激が強すぎて。
「も、桃葉さん落ち着いてください! 分かった! 分かりましたから!」
「なら、次からはもうお互い敬語使っちゃダメですからね!? いいですか!?」
「いいです! いいので、いいから離れてください⋯⋯!」
胸下辺りに押し当てられた感触はまるで夢心地のようだが、いつまでもこの状態が続くのはあまりよくはない。
だから俺は桃葉さんの華奢な肩を掴んで引き剥がし、そして桃葉さんから一歩だけ離れることにした。
「で、では──次の階層から、心機一転ってことで自己紹介から始めよ? それと、今後はモモも戦いに参加するから!」
「は、はい。分かりまし──」
「⋯⋯アマツさん?」
「わ、分かっ⋯⋯た。でも、名前を呼ぶ時は桃葉さんのままでいかせてくれ。それだけは、さすがに譲れない」
「いいよっ。モモも、アマツさんことはアマツさんって呼ぶからねっ」
先ほどまでおどおどとしていた桃葉さんはどこへやら。
自称アイドル系ディーダイバーなだけあって、桃葉さんはキャラに入ったら完全にのめり込むタイプのようであり、今では少しあざとい仕草で俺と会話をしてくれる。
まぁ、個人的にはこっちの方が接しやすいし、苦手な敬語を使わずに済むため楽っちゃ楽であるのだが。
こんな調子で、配信を続けて大丈夫なのだろうか。
そんな一抹の不安だけが、心の中に残り続けていた。
──────
『キシャアァァアァァッ!!』
『シャッ! キシャア!』
16階層目にて謎の自己紹介を終えた俺たちは今、2匹のギガワームを相手にしていた。
以前なら俺が1人でギガワームを倒していたのだが、今は違う。
ゆっくりと休んだことで桃葉さんも魔力が全回復したようで、地を蹴って花園を駆け回る俺の隣には、桃葉さんの姿があった。
「俺は右のギガワームをやる! 桃葉さんは左の方を頼む!」
「了解っ! いっけー! スパークショット!」
俺が指示を出すと同時に桃葉さんは行動に移しており、左方向にいるギガワームに向けて紫色に弾ける電撃の弾丸を放った。
それにより左のギガワームは感電したのか体を仰け反らせながら大きな呻き声を上げており、そのおかげで右方向にいるギガワームへの道を作ることができた。
「ふっ!」
俺は痺れているギガワームの頭部を足場にして蹴り飛ばし、そのままの勢いで2匹目のギガワームへと肉薄する。
そして勢いに任せたまま俺は大鎌を振り下ろし、ギガワームの脳天を真っ二つにカチ割った。
「もういっちょ! スパークショット!」
『ギギャッ!?』
俺が足場にして蹴り飛ばしたことで地面に横たわるギガワームに向けて、桃葉さんが再度紫電の弾丸を放つ。
それによりギガワームはそのまま感電死しており、接敵してから30秒も経たずして、俺たちは2匹のギガワームの討伐に成功していた。
「やったー! モモたちの勝ち〜!」
「あぁ。桃葉さんのおかげで、かなりやりやすかったぞ」
「っ! え、えへへ⋯⋯アマツさんも、やっぱり強いね〜!」
最初はどうなるか不安で不安で仕方がなかったが、いざ始めてみるとすごく動きやすく、そしてかなりやりやすくて。
なんだかんだ言って、桃葉さんはこのダンジョンに1人で挑めるくらいの実力者なため、俺が出した指示をすぐに実行してくれる。
しかもそれでちゃんと結果も残してくれるし、以前よりも気さくになった分話しかけやすくなったため、なんだか肩の荷が降りたような、そんな気がした。
なんだかんだいってソロが1番気楽だなとは思っていたが、こういう関係も案外悪くはないのかもしれない。
「なぁ、このダンジョンって全20階層なんだよな?」
「うんっ! だからあと少しで、完全踏破だね! モモ、今日の配信は最後までいけないかもって思ってたから、最後までいけそうでなんだかドキドキしてきちゃった!」
「ははっ、そうか。よし、じゃあギガワームのドロップアイテムを回収したら次へ急ぐぞ。休憩はなくても平気か?」
「大丈夫! モモ、ちゃんとアマツさんに着いていくから任せてよ!」
そう言って、桃葉さんが俺に向けてグッと親指を立ててくるため、俺もそれに倣って親指を立てて応えてみせる。
それに対し桃葉さんは嬉しそうにニコッと笑っており、いい雰囲気のまま俺たちは16階層目を進むことができた。
このペースなら、あと30分もしないうちに20階層目に到達できるかもしれない。
そう感じながらも、俺は桃葉さんと手を取り合って【蠱惑の花園】を探索するのであった──
──────
アマツと桃葉モモが砕けた関係になってから、少しして。
コメント欄は、なんだか少しだけ賑やかになっていた。
────コメント────
・なんか、めちゃくちゃいい雰囲気じゃね?
・すっげーお似合いに見えるな⋯⋯くそぉ、アマツめ羨ましいぞ⋯⋯!
・休憩中なにかあったのかな?
・まるで恋人のような距離感だな笑
・いや、さっきまでのモモっちがちょっと変だっただけで、今のモモっちはいつものモモっちでしょ。
・さっきモモっち説明してただろ。これからはアマツだけじゃなくて、モモっちも一緒に頑張るから応援してねーって。
・モモっちって今までソロだったし、前も仲間が欲しい〜とか言ってたよな? もしかして、死神が仲間入りしたりするのか?
・中遠距離から魔法を使う魔道士のモモっちと、超絶近距離型の死神アマツ。ぶっちゃけ、相性はいいんだよな。
・ぐわぁあぁぁあぁ⋯⋯! なんか、NTRモノを見てる気分だ⋯⋯!
・こっちの方が雰囲気良くて見てて楽しいけどね。
・アマツも案外ノリいいんだな。
・↑NTRって元からお前のモモっちじゃないだろ笑
・まぁ、今後もアマツがコラボしてくれるとこちらとしては安心出来るし、ついでにアマツのスーパープレイが見られるから一石二鳥的なあれがあるよな。
────────────
コメント欄に流れるコメントは様々であった。
アマツと桃葉モモの雰囲気がカップルだと茶化す者。
俺たちの桃葉モモがアマツに奪われたと嘆く者。
危なっかしい桃葉モモに、頼りになるアマツが来てくれたからありがたいと安堵する者などなど。
桃葉モモのファンは純粋に喜び、桃葉モモガチ恋勢は桃葉モモがアマツのこと好きになってしまったのではないかと、ハラハラしていた。
だがそのコメント欄の雰囲気は、アマツだけがモンスターを討伐していた時よりも遥かによくなっているのは確実であり。
しかしそんな、同接数も5万人を突破した桃葉モモの配信も、いよいよ終わりを迎えようとしていた──
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