第37話 桃葉モモの実力

 俺と桃葉さんが本格的に手を組むようになってから、しばらくして。


 今俺たちは【蠱惑の花園】19階層目を探索しているのだが、俺が桃葉さんと協力するようになってからは、以前よりも遥かにダンジョン攻略の効率が良くなっていた。


 なんというか、すごく立ち回りやすいというか、やりやすくなったのだ。


 元々俺は近接戦闘を得意としているため、相手がどんなモンスターでも構わず肉薄することが多い。


 それに対し、桃葉さんは魔法による遠距離攻撃を得意としているため、組んでいて相性が良く非常に動きやすいのである。


 それでいて桃葉さんには俺の指示を完璧に遂行する実力と、俺の突発的な行動に合わせてくれるアドリブ力があり、いちいち全てを説明しなくてもすぐに物事を把握してくれる理解力もある。


 もちろん俺ばかりが指示を出しているわけではなくて、たまに桃葉さんからも要望が飛んでくることもある。


 だがその要望も簡潔ながらも非常に分かりやすい内容なため、俺としてもかなり動きやすく、立ち回りが容易であった。


 それに桃葉さんは底抜けに明るくて笑顔が素敵な人なため、無言になる時間もなければ、暇になることもなかった。


 話し上手であり聞き上手。一応今日が初対面のはずなのに、桃葉さんと話す時はすっかり緊張なんてしなくなっており。


 気づけば、桃葉さんと一緒にダンジョンを攻略しているこの時間を、楽しいと感じるようになってちた。


「さて⋯⋯桃葉さん、リベンジマッチだな」


「うんっ! 前回と違って、今は魔力がたっぷりあるからね〜! 今度は、モモが大活躍する番だよ!」


 19階層目の探索を始めてから、10分近くが経過しており。


 肩を並べ互いに武器を構える俺たちの正面には、9階層目にて一方的に魔力切れの桃葉さんに襲いかかっていた、オニゴロシムカデの姿があった。


『ゲギャラギャラララ⋯⋯!』


 こちらを強く睨みつけながら、威嚇するように顎をガチガチとかち鳴らすオニゴロシムカデ。


 19階層目を探索している俺たちだが、実はもう最終階層である20階層目へと繋がる【転送陣】は見つけてあるのだ。


 ではなぜ、最後の階層へと向かわずにわざわざ関わらなくてもいいオニゴロシムカデに挑んでいるのか。


 それは、桃葉さんの個人的な願いであった。


「というか、本当に大丈夫なのか? 怖かったら、別に諦めてもいいんだぞ?」


「全っ然怖くないよ! 魔力がある今、モモがオニゴロシムカデなんかに苦戦しないところをアマツさんに見せつけてやるんだから!」


 そう、桃葉さんは名誉挽回したいのである。


 前回は魔力切れだったとはいえ、オニゴロシムカデに命を奪われる寸前まで追い詰められていた桃葉さん。


 あの時たまたま俺が来てくれなかったら、今頃殺されてダンジョン攻略を諦めていたかもしれない──と、先ほど桃葉さんが俺に教えてくれた。


 でも本当なら、魔力が有り余っている状態ならばオニゴロシムカデくらい余裕で倒せるっていうのを、桃葉さんは俺に見せつけたいらしい。


 別に今更そんなことしなくても、もう既に俺は桃葉さんの実力を認めているし、桃葉さんくらいの腕がある魔道士ならば、オニゴロシムカデも倒せるだろうと思っている。


 だがそれでは、桃葉さんのプライドが許さないらしい。


「いつまでも、アマツさんにおんぶにだっこじゃいられないからね。アマツさんには、モモが頼れる女だってこと認めてもらうから!」


「いや、もう充分認めてるぞ? 誰かと手を組んでダンジョンに潜るのは初めてだが、桃葉さんには背中を預けてもいいと俺は思ってるからな」


「⋯⋯っ、も、もう。そうやって口説くの禁止! とりあえず、今回アマツさんは手だし無用だからね!」


「分かった。後ろで見てるから、頑張れよ」


「うんっ!」


 ニコッと眩しい笑顔を浮かべながら頷く桃葉さんを横目に、俺はその場から離れて戦いの邪魔にならない場所まで歩いていく。


 そして少し離れた場所で振り返ると、先手必勝と言わんばかりに早速桃葉さんが動き出していた。


「サンダートラップ!」


 魔法の名を口にしながら桃葉さんが地面に杖を突き立てると、杖の先にある菱形の石が光り輝き、バチバチッと稲妻を走らせる。


 それに対し、オニゴロシムカデが桃葉さんに襲いかかるべく地面を物凄いスピードで這いずるのだが──


『ゲギャラッ!?』


 オニゴロシムカデが桃葉さんに接近しようとした瞬間、突然バチンッ! という破裂音に近い音が静かな花園響き渡る。


 それはどうやら先ほど桃葉さんが展開した魔法によるものであるらしく、全長10メートルはあるオニゴロシムカデは、体が痺れているのかその場で動けなくなっていた。


『ゲギャ、ララ⋯⋯!』


 なんとか動こうとするオニゴロシムカデだが、体が痺れている以上動くことなどできなくて。


 すると、オニゴロシムカデが動けないことを確認した桃葉さんが急に走り出し、オニゴロシムカデの周囲の地面に何度も何度も杖を突き立てていた。


『ゲギャラァッ!』


 痺れて初めてから30秒ほどでようやく体の自由を取り戻せたのか、オニゴロシムカデは桃葉さんの視界から一度逃れるべく、頭から地面に潜り込んでく。


 そうすることで、自由に魔法を放つ桃葉さんを一時的だが封じることができるからだ。


 だが、そんな行動はどうやら桃葉さんの想定通りだったらしく。


「残念! ここら一帯はもうだよ!」


『ッ!?!?』


 杖の先にある石が突然ピカッと光ったと思えば、突然地面が爆発し、地面に大きなヒビ割れができる。


 それにより地面に潜っていたオニゴロシムカデは地上に飛び出しており、爆発の衝撃からか、体を覆う鎧のような甲殻にところどころ亀裂が走っていた。


 どうやら、先ほど桃葉さんがオニゴロシムカデの周りに杖を突き立てていたのは、地中に地雷型の魔法を設置するためだったらしい。


 それは、オニゴロシムカデの行動パターンを把握しているからこそできる芸当だ。


 オニゴロシムカデは、地中から獲物を狩るのを得意としているモンスターであるとディーパッドの情報に記載されていた。


 だから桃葉さんはその習性を利用して、前もって地中に地雷型の魔法を設置したのである。


 しかし、いくらモンスターの習性を理解していたとしても、それらの情報を瞬時に戦闘に活かすことは簡単ではない。


 だが桃葉さんの手にかかれば、そんなモンスターの習性を利用することなどお茶の子さいさいだったようで。


「⋯⋯やるな」


 オニゴロシムカデはギガワームのように1発の魔法で討伐できるほど、弱いモンスターではない。


 だからこそ桃葉さんはじわじわとダメージを与え、じわじわとモンスターを追い詰める手段を選んだ。


 それはまさに模範的であり、最適解であり、確かな実力が伴っていなければ決してできないことである。


 それに、さっきから魔法が決まる度にこちらに視線を送ってウインクとかしてくる辺り、本当に余裕たっぷりって感じだ。


 実際に魔力が残っている状態の桃葉さんならば、オニゴロシムカデくらいのモンスターを圧倒するのも苦ではないのかもしれない。


「ていうか、カメラの映り方にも気を遣ってるのか⋯⋯すごいな、桃葉さん」


 基本的に配信のカメラは自動で配信者を映してくれるが、だからといって万能というわけではない。


 こちらが忙しく動けばカメラの動きも忙しくなるし、カメラを意識しなければカメラにずっと背を向けてしまうことだってよくある話だ。


 だが、桃葉さんは違う。


 モンスターの位置を気にしつつもカメラの位置も気にしており、どこでどう動けばどうカメラに映るのか完全に理解しているようで、カメラに映っている間は基本的に笑顔を絶やさなかった。


 まさに"映え"を意識しながらもオニゴロシムカデを圧倒する桃葉さんが、俺の目にはなんだかカッコよく見えていた。


「よーし! 大技いっちゃうよー! 複数展開、バブルスパーク!」


 桃葉さんが杖を回すように振るうと、チカチカと光る杖先の石から電気を纏ったシャボン玉のようなものが飛び出してくる。


 だがそれは1つではなく、何個も何個もポポポっと音を上げながら飛び出していた。


 そして、そのシャボン玉はそのままふよふよと宙を漂い、オニゴロシムカデの周囲を埋め尽くしていった。


『ゲギャラ、ギャララ⋯⋯!』


 視界がシャボン玉に埋め尽くされていく中、オニゴロシムカデは体を動かすことができずにいた。


 今ここでシャボン玉を割ったらなにが起きるか分からないし、逃げようと地中に潜っても、またあの爆発が起きるかもしれない。


 そんな不安が見て取れるくらいオニゴロシムカデはシャボン玉を警戒しており、その場でとぐろを巻くように小さくなって、防御体勢を作っていた。


 だが一方の桃葉さんは、楽しそうにシャボン玉を展開しながらオニゴロシムカデの正面に立っており。


「レディースアンドジェントルメーン! ピカッと光ってバチッと痺れる、刺激的なショーが始まるよ〜!」


 カメラに向けてそう話しかけながら、器用にも杖をクルクルと回す桃葉さん。


 一体これから、なにが始まるのだろうか。気づけば俺も桃葉さんに夢中になっており、ただ静かに桃葉さんの後ろ姿を眺めていた。


「こちらのバブルスパークは、割れると周囲に少量の電気を放つ魔法でございます。まぁ、試しに割ってみても全然痛くも痒くもないんだけど⋯⋯でも、このバブルスパークはちょっとだけ特殊な魔法なんだよね〜」


 杖先でシャボン玉──バブルスパークを割ると、パンッという音と共に、ビリリっと小さな稲妻が周囲に走る。


 それはほんの微かな稲妻──というより電流であり、実際に触れてもそこまで大きなダメージにはならなそうであった。


 だが、そのバブルスパークに向けて桃葉さんが紫電の弾丸を飛ばすスパークショットを放つと、バブルスパークはボンッ! と爆発し、地面を焦がすほどの電流を周囲に放っていた。


「このように、バブルスパークは与えた魔力が多ければ多いほど強く、激しく破裂するんだ。じゃあ、こーんなことしたらどうなると思うかな〜?」


 そう言って桃葉さんが空に向けて杖を向けると、突然快晴の青空に黒く重い暗雲が出現する。


 そして桃葉さんが空に向けた杖を振り回すことで、重い色をした暗雲が渦巻くようになり、ゴロゴロと、雷の嫌な音を周囲に響かせていた。


「オニゴロシムカデさん、キミには恨みはないけど──いや、やっぱりあるけど、悪く思わないでね! この勝負、魔力が残ってる時点で初めからモモの勝ちだったから!」


『⋯⋯⋯⋯ッ!』


 桃葉さんの言葉を理解しているのか、これから起きるフィナーレを回避するべくオニゴロシムカデが暴れ回るが、時すでに遅し。


 いくら暴れても周囲にあるバブルスパークを全てかき消すことは不可能であり、どれだけ足掻いてもそれはただの悪足掻きにしかならず。


「それでは──イッツ、ショータイムっ」


 桃葉さんが天高々に杖を振り上げることで、渦巻く暗雲の中で雷が走り、鈍い音を轟かせてごうごうと空気を巻き上げていく。


 そして、暗雲内にある雷が溢れ出しそうになるくらい活性化したタイミングで、桃葉さんは杖を地面に向けて振り下ろし──


「──ヴィ・サンダーフォールッ!」


 桃葉さんの声と共に、杖先が地面をコツンっと叩いた刹那。


 ピシャァンッ! と、暗雲から一筋の雷が落ちてくる。


 その瞬間、俺の視界は真っ白に包まれてしまい、一瞬だけなにも見えなくなってしまう。


 だがそんな瞬きよりも短い時間が終わり、俺が瞼を開くと。


 オニゴロシムカデに向かって落ちた雷が、周囲に漂うバブルスパークをまとめて一気に消し飛ばしており。


 ──ドゴォオォォオォンッ!!


 と、まるでなにかが大爆発したかのような音が轟き、空気を震わせ、耳を劈き、大地を割っていく。


 あまりの音と風圧、そして衝撃に俺はその場で膝をついており、オニゴロシムカデがいた場所から目を逸らしていた。


 下手をすれば吹き飛ばされるほどの衝撃。直撃すれば、いくら俺でも無事では済まないほどの過剰火力。


 巻き上がる砂埃が、飛び散る石礫が、今目の前で起きた出来事の凄まじさを語っている。


 耳の奥がキーンとして、目を逸らして瞼を閉じていたはずなのに若干視界がチカチカしている。


 なんて、あまりにもとんでもない火力の魔法を前に1人その場で屈んでいると──


「アーマツさんっ、いつまでそんなことしてるの?」


 気づけば桃葉さんのショータイムは終わったようで、俺の元に桃葉さんがやって来てトントンっと肩を叩いてくる。


「す、すごかった。桃葉さん、こんな凄いことできたんですね──」


 桃葉さんの真の実力に感心し、俺は顔を上げ桃葉さんを褒め讃えようとするのだが。


 顔を上げた先には、衝撃的──というより、刺激的になった桃葉さんの姿があった。


 上半身の方は、肩にかかっている下着の紐が切れてしまったのか、ただでさえ溢れんばかりの胸が零れてしまいそうになっていて。


 下半身の方はスカートの裾が破けてしまったせいか、ただでさえ短いスカートが更に短くなってしまっていた。


 しかも、腰の横の方もスリットのようにスカートが裂けてしまっているせいで、見る角度によっては下着が見えてしまうだろう。


 それでいて、太ももの辺りにまであるニーハイソックスもところどころ破れており、そこから覗かせる色白の素肌があまりにも眩しかった。


 だが俺はそんな姿よりも、桃葉さんに突っ込みたいことが色々とあって。


 今の雷の一撃によって、オニゴロシムカデは完全な消滅したのか、跡形もなく消えて無くなっている。


 それは素晴らしいことであり、桃葉さんの魔法がいかに洗練されているかが一目で理解することができるだろう。


 だがそんな素晴らしい魔法によって、なぜか桃葉さんまでもが被害を受けていて。


「──いや、なんで自分がくらってんだよっ!?!?」


 俺の心からの叫びが、静かになった花園に響き渡ったのは言うまでもないだろう──

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