第38話 振り回されるアマツ

「リスナーの皆〜! 今から10分くらいお化粧直しタイムに入るから、皆も休憩してきていいよ〜! あ、もちろんチャンネルはそのままだからね!」


 零れてしまいそうな胸を片手で持ち上げて支えながらも、桃葉さんは片手でディーパッドを操作し、カメラのレンズを閉ざして配信画面をオフにする。


 それから俺の元へ桃葉さんが駆け寄ってくるのだが、俺は色々と危なっかしい姿になっている桃葉さんを直視することができず、つい桃葉さんから目を逸らしてしまった。


「たはは〜、久しぶりにやったから距離感間違えちゃったよ〜」


「いや、たはは〜じゃないだろ。あれで死んでたらどうするつもりだったんだ」


「まぁ、その時はその時でって感じで?」


 なぜか照れくさそうに笑う桃葉さんだが、そうこうしている間にも服が崩れそうになっていて、色々と見えてしまっている。


 だから俺は着ている【死神の黒纏衣】を脱ぎ、桃葉さんの素肌が見えないよう羽織らせてやった。


「⋯⋯桃葉さんは、もっと危機感というものを覚えてくれ。今回は相手が俺だったからいいものの、野蛮な輩が相手だったらどうなってたか分からないからな?」


「でも、アマツさんはそんなことしないでしょ? だから大丈夫! ていうか、アマツさんって意外と初心なんだねっ」


「⋯⋯初心で悪かったな」


「えへへ〜、じゃあ⋯⋯こういうのとか、結構好きなんじゃない?」


 そう言って、せっかく羽織らせてやったローブを半脱ぎにして、魅惑的な体を見せつけてくる桃葉さん。


 男として生まれた以上その光景は非常に眼福であり、容姿も優れていてスタイルもいい桃葉さんのそんなエッチな姿を見たい男は、きっとこの世にごまんといるはずだ。


 だが俺はそんな桃葉さんの頭に軽くチョップして、半脱ぎ状態のローブを掴んでもう一度肩に戻してやった。


「あ〜! アマツさんが殴った〜!」


「殴ってない。桃葉さん、あなたはもっと自分を大事にしてくれ。それに、自分の容姿が優れていることを自覚した方がいい」


「それって、モモが可愛いってこと?」


「⋯⋯⋯⋯」


「図星? 嬉しい〜!」


 ダメだ。今俺は、桃葉さんに遊ばれている。


 まぁ、桃葉さんのあられもない姿を見て動揺するという童貞ムーブをかましてしまった以上、こうしてからかわれるのも無理はない。


 だが俺は、一応これでも健全な高校二年生なのだ。


 桃葉さんの年齢がいくつなのかは知らないが、今の桃葉さんの姿は、高校男児にとってあまりにも刺激が強すぎるのである。


 でも、初対面の相手に素肌を見せつける辺り、桃葉さんが俺よりも経験豊富なのは確かであった。


「桃葉さんって、痴女なのか?」


「ぶっ!? ち、痴女じゃないよ!? たまたま、たまたまこういう事故を配信で何回もやっちゃうだけだから! ただのラッキースケベだから!」


「ラッキースケベって桃葉さんが使う言葉じゃないだろ」


 ラッキースケベって、偶然女の子の胸を揉んだとか偶然スカートが風でめくれてパンツが見えたからとか、そういう時に使う言葉のはずだ。


 だが、桃葉さんと一緒にダンジョン攻略を初めてまだ1時間程度だが、色々と分かったことがある。


 桃葉さんはなんだか危なかっかしいというか、言ってしまえば結構ドジなところがある。


 なにもないところで躓いて転んだり、杖が引っかかってスカートがめくれたりなど、何度もそういう場面を目にしてきた。


 そのせいで多分、何度か下着がカメラに映ってしまっている。


 桃葉さんの配信を見てる視聴者の中には、そういうラッキースケベを狙っている人だって、きっといるはず。


 だからこそ、桃葉さんには危機感を持ってほしいのである。


「それと、もう少し布の面積の多い服を着たらどうだ? それだと、その⋯⋯色々と見える時があってたまに困る」


「えー! だってこの衣装が1番可愛いし、性能だっていいんだもん! それに、下着に関しては大丈夫! 見られて困る下着は、モモ着てこないから!」


「いや、そういう意味じゃなくてだな」


 うーん、ダメだ。このハイテンションの桃葉さんには、どう頑張っても勝てる気がしない。


 まぁ、本人が気にしていないのなら部外者の俺がとやかく言う必要はないのだが、それでもやはり気になるものは気になるのである。


「だが、このままだと配信もダンジョン攻略もできなくないか? 替えの服とかあるんだよな?」


「ふっふっふ。実は、こういう時のためのとっておきアイテムがモモにはあるのです!」


 そう言って、桃葉さんがディーパッドからとあるアイテムを取り出して俺に見せつけてきた。


 それは白色をした丸い石のようなアイテムであり、大きさは約2センチほどと、かなり小さな石であった。


「えーと⋯⋯これは?」


「これは【防具修繕の魔石】っていうアイテムでね、なんとこの石を割ることで、壊れた装備を直すことができるのです!」


「な、なんだって⋯⋯!」


 ジャジャーン! と、俺に石を見せつけながら、自慢げに大きく胸を張る桃葉さん。


 だが実際、そのアイテムはかなり優秀なアイテムであると言えるだろう。


 俺はまだ防具等を壊したことはないが、何度も何度も戦闘を繰り返すことで、壊れてしまった武器は何本もある。


 壊れてしまった武器は扱うことができなくなり、それでいて武器を装備することによる効果も発動しなくなってしまう。


 きっとそれは防具も同じであり、せっかくのいい装備も、モンスターの攻撃によって破壊されてしまえばただのハリボテに成り下がってしまうだろう。


 だが桃葉さんの持ってる【防具修繕の魔石】があれば、そんな悩みも一発で解決することができる。


 そんな素晴らしいアイテムがあるなんて、知らなかった。是非とも、俺も1つは持っておきたいところである。


「あ、でもこの魔石には欠点があってね?」


「欠点?」


「うんっ。なんと、この魔石は"自分の攻撃で壊れてしまった防具"しか直すことができないんだよね〜」


 ⋯⋯前言撤回。


 なんだそれ、めちゃくちゃいらないアイテムじゃないか。


 いや、決してゴミアイテムというわけではないが、あまりにも使用するタイミングが限定的すぎやしないだろうか?


 まぁでも、使いようによっては悪くないアイテムではあるのか⋯⋯?


「⋯⋯俺には必要のないアイテムだな」


「アマツさんはね。でも、モモには必要不可欠のアイテムなの! ディーパッドの中に、これがあと20個くらいストックしてあるくらい!」


「え、いや待て。もしかして、毎回毎回ダンジョンに潜る度に防具を壊してるのか⋯⋯?」


「うんっ。でも今回はまだ1回目だから、いつもよりも消費が少なくてラッキーって感じかな〜。これがなかったら、多分生配信でポロリ祭りだからねー、あははっ」


「いやいや、笑い事じゃないだろ」


 面白おかしそうに笑う桃葉さんだが、ポロリ祭りだなんてそんなの危ないったらありゃしない。


 なんだろう。桃葉さんと一緒にいると、不思議と"守ってあげなくては"という感情が芽生えてきて、どうも目を離せなくなってしまう。


 いや、ただ単に危なっかしいから目が離せないというのもあると思うが、それでもどうも、放っておく気にはなれないのである。


「雷属性の魔法とかって扱いが難しくてねー。ちょっと間違えたらすぐに暴発するし、少しの不注意で自分まで電撃を浴びちゃう時もあるんだ」


「⋯⋯それで、毎回服が破れてしまうと?」


「そういうことっ。まぁ、そんなことを繰り返していたら登録者が増えちゃってねー。多分、モモの視聴者の半分以上は下心で見に来てるだけだと思うよ?」


 桃葉さんのチャンネル登録者が何人かは知らないが、さすがに登録者の半分以上が下心で見てることはないとは思う。


 もちろん、中にはそういう視聴者だっているだろう。


 実際、先ほどまでの桃葉さんは下手なグラビアアイドルよりも扇情的で、魅力的であった。


 だが桃葉さんの笑顔に元気をもらってる人や、派手な魔法がカッコイイからという理由で見てる人もいるはず。


 だが桃葉さんは、視聴者たちに下心で見られていると知って尚、臆することなく明るくダンジョン配信をしている。


 そんな桃葉さんが、俺の目にはなんだか輝いて見えた。


「俺は、桃葉さんのことを素直に尊敬するよ。それに、個人的にも応援したい。桃葉さんみたいな純粋な人には、今後も頑張ってほしいから」


「⋯⋯っ! きゅ、急にそんなこと言われても、照れるだけだからっ! も、も〜、アマツさんったら口説き上手なんだから〜」


 俺の横腹をぺちっと叩きながらも、照れ笑いを浮かべて俺に背を向けながら笑い声を上げる桃葉さん。


 その時にチラッと見えた耳がいつもよりも赤くなっているような気がしたが、多分それは俺の勘違いだろう。


 それから桃葉さんは、俺に背を向けながら先ほどディーパッドから取り出した【防具修繕の魔石】を使用していた。


 そのおかげでボロボロになって色々と見えてしまいそうになっていた服は元通りとなり、普段通りの姿に戻る。


 だが、いざこうして見ると普段の格好から肌の露出が多いため、いくら服が綺麗に戻っても危なっかしいことには変わりなかった。


 それから、桃葉さんはカメラを再度起動して配信を再開し。


 俺たちは二人で肩を並べながら、【蠱惑の花園】最終階層である、20階層目への【転送陣】を目指して鮮やかなお花畑の中を歩き進めていくのであった──

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