第8話 いざ、ダンジョンへ

 夜中の23時前、俺は家から自転車で20分ほどの距離にある海辺に訪れていた。


 目的はもちろん、火野が教えてくれたダンジョンに挑戦するためだ。


「双子岩は確かこの辺りに──あっ、あったあった」


 砂浜近くに自転車を置き、静かな波の音を聞きながら海辺を歩いていると、俺は目的地である双子岩にたどり着くことができていた。


 双子岩とはその名の通り同じ大きさをした2つの岩のことであり、どこから見ても瓜二つな岩が、俺の目の前にあった。


「ダンジョンはまだ出てこないな」


 スマホの画面を見ると、時刻は22時58分。


 火野の話では23時から24時の間だけ出現するダンジョンなため、ここであと2分ほど待っていればダンジョンが自ずと姿を見せてくれるだろう。


「まぁ、嘘じゃないといいんだけど⋯⋯」


 決して、火野を疑っているわけではない。


 だがダンジョンがある場所にしては人気がないし、ここに出現するダンジョンについて調べても、あまり情報を得ることができなかった。


 一応双子岩にダンジョンがある"らしい"という情報はあったが、その情報もなんだか少しデタラメで、信ぴょう性の薄い情報であった。


「まぁ、なかったらなかったで早めに帰って沙羅を安心させればいいか」


 俺がディーダイバーになると宣言し、そして昨日の今日でダンジョンに挑もうとする俺を、沙羅は全力で止めてきた。


 危ないだとか、なにかあったらどうするのだとか言って、少しだけ涙ぐむ沙羅に俺は一度ダンジョンに挑むのを諦めようとも思った。


 だがそれでは、沙羅のためにならない。もちろん、俺のためにも。


「沙羅、待ってろよ。必ず成果を──」


 決意を固めて拳を握った瞬間。


 23時になったことで俺のスマホがピロリピロリと鳴り出し、静寂に包まれた海辺にやかましいアラーム音が鳴り響く。


 スマホの画面をタッチしアラームを消した、その時であった。


 ──ヴゥン。


 鈍く短い重低音が聞こえたと思えば、目の前で信じられない現象が起こる。


 俺の目の前には、月明かりに照らされる双子岩しかなかったはず。だが今は、その岩の間に小さな黒い穴が出現していた。


 その黒い穴は広がるように大きくなっていき、やがて──


「ま、まじかよ⋯⋯!」


 双子岩の間にある空間に直径2メートルの穴が生成され、その穴の奥には緑豊かな森林が映し出されていた。


 双子岩の奥には、どこまでも続く海しかない。はずなのに、穴を覗き込むと一瞬で景色が緑に包まれる。


 普通ならお目にかかることのできない光景だが、俺はどこか懐かしさを覚えていた。


 そう。それこそまるで、異世界で嫌というほど見た【転送門】というスキルを使用して出てくるゲートと同じようであり。


「とりあえず、行ってみるか⋯⋯!」


 汗がにじみ出る手をズボンで拭きながら、俺は恐る恐るダンジョンの中へ踏み込んでいく。


 そして一瞬、ほんの一瞬だけ視界が暗転したと思えば。


「⋯⋯本当に、森の中に来ちゃったよ⋯⋯」


 夜中の23時。プラスチックやガラス片などのゴミが流れつく砂浜にいたはずの俺は。


 木々の隙間から差し込む暖かな木漏れ日と、マイナスイオンによって満たされ空気が澄み渡った美しい森の中へと、導かれていた──




──────




 まるで、夢でも見ているのだろうか。そんな光景を前に、俺は自分の目を疑いかけていた。


 周囲には見たことのないような葉の形をしている木々が群生していて、足元に咲く花も、また不思議な形をしていた。


 海辺にいたはずなのに森の中にいて、夜のはずなのに昼間のように明るく、そして聞いたことのない鳥の鳴き声がこだましている。


 そして目の前には、綺麗な青色をした丸い宝石が飾られた台座があり、俺は吸い込まれるように台座に近づき、宝石にそっと手を置いた。


 その瞬間、宝石から淡い光が放たれる。


 その光は粒となり、やがて1つの塊となっていく。


 それを静かに見守っていると、塊となった光はとある形を形成していき、白い端末となって俺の手の上に置かれていた。


「これが噂の、ディーパッドか⋯⋯」


 試しにディーパッドの画面をタッチしてみると、画面に【天宮 奏汰】と、俺の名前がフルネームで表示された。


 どうやら台座にある宝石は触れた者の個人情報を解析する装置の役割をしているらしく、画面にはまるでゲーム画面のように、自分の顔と全身像が映し出されていた。


「⋯⋯本当に、ゲームみたいだな」


 実は新作ゲームのイベントでした。なんて急に言われても納得するくらい非現実的な状況に、ただ俺は静かに周囲を見渡していた。


 すると突然ディーパッドからピコン! と音が鳴り、画面に新たな情報が映し出される。


【ダンジョン名:深緑の大森林】


「⋯⋯これ、ここの名前か?」


 どうやらダンジョンに入ると、そのダンジョン名をディーパッドが教えてくれるらしい。


 試しに映し出された文字をタップしてみると、また新たな情報が開示された。


【深緑の大森林──どこまでも続く森林の果てには、なにが眠るか。獣か、お宝か、それともまた別のナニカか。進む者には試練を。引く者には安寧を約束しよう。しかし試練の先にこそ、己の野望が待ちわびている】


 そのダンジョン説明は、とにかく抽象的というか曖昧というか、雰囲気でなにかを伝えようとするものであった。


 だがそんなフレーバーテキストのような説明文を前に、心躍らない男がいるだろうか。


「⋯⋯深緑の大森林、か。やってやるよ。チュートリアルステージとしては、中々上等じゃないか」


 大体どのRPGゲームでも最初のダンジョンは森の中か、草原だと相場が決まっている。


 俺が迷い込んだ異世界だって、最初に見た光景は森の中だった。そこには確かに魔物はいたが、どれも魔物の中では大分弱い部類だった。


 この【深緑の大森林】に、どんなモンスターが出るのかは分からない。


 それでもここは火野が教えてくれた、初心者にオススメのダンジョンだ。となれば、出てくる魔物だって必然と弱い魔物が多く、数だって少ないはず。


 となれば、ここで満足がいくまで肩慣らしをして、ディーダイバーとしての配信者デビューに備えておいた方が得策だろう。


「さて⋯⋯行くか!」


 俺はディーパッドを握り締めながら、早速次の階層への片道切符である【転送陣】を探しながら、森の中を歩き進めていくのであった──

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