第96話 声と耳鳴り

「一匹、二匹。これで三匹目──っと」


 【鈍虫の森】3階層目。


 階層が進めば進むほどオスクロワーム以外のモンスターも出てくるのだが、鈍虫の森という名前のダンジョンなだけあって、出てくるモンスターはどれも動きが鈍かった。


 だが鈍いとはいえ、相手は虫型のモンスターなため不規則な動きをすることが多い。


 そんな中でも、白銀は20メートルは離れているであろう距離からモンスターの頭部の中心を矢で射抜いており、系三匹の大型芋虫型モンスター──トロゴワームをものの数秒で討伐していた。


「すごいな。的が大きいとはいえ、この距離から的確に頭部を狙い撃つとは」


「まぁね。これでも、ちゃんと真面目に練習してるんだから」


 光の粒となって消えていくトロゴワームを目視で確認する白銀が、ドヤ顔しながら誇らしげに胸を張っている。


 トロゴワームを討伐するくらい簡単な話だが、接近し大鎌で首を切断するのと、遠距離から正確に頭部を撃ち抜くのでは難易度が大きく変わってくる。


 正直、俺では無理な芸当だ。それこそ練習すれば可能かもしれないが、バラバラに散らばって各々自由に動いている標的の頭部を、一呼吸の間に連続で撃ち抜くなんて芸当はどれだけ練習しても俺では無理だろう。


 全体的なステータスでは白銀より俺の方が大きく上回っているが、空間把握能力に関しては白銀の方が上だ。


 だが俺だって、白銀に負けっぱなしではいられない。


『ギ、ギュイィ』


 木々の影に隠れている全長二メートルを超えるトロゴワームに向けて、地を蹴って一直線に接近していく。


 道中に生えている木の枝をへし折り、一度手のひらの上で枝を回転させながら持ち直して、尖った木の枝をトロゴワームの頭部に目掛けて投擲した。


 距離として10メートルと少し。俺の手から放たれた木の枝は、激しく回転をしながら真っ直ぐにトロゴワームへと向かって飛んでいき。


『ギッ──』


 上がる短い断末魔の叫び。


 【投擲】のスキルが乗った木の枝は空を切りながらも勢いよくトロゴワームの頭部を貫き、一撃で破壊する。


 飛び散る肉片。そして、溢れ出す光の粒。ずしんと音を立てながら倒れるトロゴワームを横目に、俺はふぅと一息ついた。


「えぇ⋯⋯枝なんかで倒しちゃうの⋯⋯?」


「まっ、俺にも遠距離攻撃はできるってことだ」


「んー⋯⋯普通ならありえない──いや、そんなことはないか。だって先輩は普通じゃないもんね。初見でデスリーパーとか、ユニークモンスターとか倒しちゃう人だもんね」


 一本の木の枝でトロゴワームを討伐する俺を見て、若干引き気味な笑みを浮かべる白銀。


 普通なら、木の枝を投げるだけでモンスターを討伐するなんてありえない。だが、先輩は普通じゃないからありえるのだと、そう納得した様子で腕を組みながら何度も頭を頷かせていた。


 俺はそんな白銀を前にして、内心『失礼な奴だな』と感じつつも今討伐したトロゴワームの詳細について調べてみることにした。



【個体名:トロゴワーム】

【危険度:E】


【全長二メートルを超える大型の芋虫。攻撃を仕掛けなければ襲ってくることのない、中立型の珍しいモンスター。基本的には果実を好んで食べるが、雑食性なため肉も食べる。栄養を多く吸収するため捕らえた獲物は丸呑みにして胃液でゆっくりと溶かすため、丸呑みされた獲物は生き地獄を味わうこととなる。強力な電気・痺れ耐性があり、雷に打たれても無傷で歩き回る。


 オスクロワームのように、かつてとある帝国の拷問官が拷問の道具として好んでトロゴワームを利用していた。トロゴワームに丸呑みされた人間は、十日十夜の間ゆっくりと溶かされ続けながら尋問を受けていたという】



 やはり、モンスターの詳細を確認するのは面白いし、想像力を掻き立てられる文章につい読み込んでしまう。


 そういえば、EXダンジョンの【残夜の影く滅国】で討伐したモンスターの詳細を、まだ確認してなかったような気がする。


 あの時は忙しかったから詳細を確認する時間がなかったが、時間がある時にあの危険度Aを超えるモンスターたちの詳細を確認してみてもいいかもしれない。


「先輩、またモンスターのこと調べてたでしょ」


「あぁ。白銀が教えてくれたおかげで名前は分かっていたが、詳細は倒さないと分からないしな。レベルを上げたりアイテムを探したりするのもいいが、モンスターのことを調べるのもまた醍醐味だよな」


「でもそのせいで探索効率悪くなるの、結構あるあるだと思うんだよね」


「分かる。ついつい見入っちゃってて、気づいたら10分くらい経ってるとかな」


「あ、やっぱり先輩もあるんだ。そうだよねそうだよね、やっぱり皆通る道だよねぇ」


 なにやら嬉しそうに、白銀がうんうんと頷いている。


 どうやら思わぬところで意気投合することができたようであり、同士を見つけた喜びからか、なんだか白銀の声のトーンが普段よりも少しだけ上がっているような気がした。


「あとさ、他にも──ッ」


 続けて白銀が口を開いた瞬間、急に白銀が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、片耳を塞ぐように手を当てながらその場で片膝をついた。


 あまりにも急だったため、どうかしたのかと白銀の背中に手を添えようとするのだが、その寸前で白銀がこちらに向けて手を伸ばしてきて、大丈夫であると目で伝えてきた。


「だ、大丈夫なのか? どこか調子でも悪いのか⋯⋯?」


「う、ううん。大丈夫、全然元気だから。ただ、なんか最近突然変な声が聞こえてくるというか、耳鳴りみたいなのが聞こえることが多くて⋯⋯」


 額から一粒の汗を垂らしながらも、辟易した様子で耳を撫でる白銀。


 そういえば、前回【深緑の大森林】に潜った時にも似たようなことが起きていた。


 あれは確か、白銀がレベルアップをしてレベルというシステムの存在が明らかになった時のことだ。


 急に白銀が、なにも喋っていない俺に向かって"先輩、なにか言った?"と聞いてきた時があった。


 あの時はただの聞き間違いというか、気のせいということで話がついたため、俺たちは特に気にすることなく探索を続けることにしたのだが。


 その時よりも、症状が悪化している。耳を塞ぐように手を当てながら膝をつくだなんて、正直に言って普通の耳鳴りとは思えない。


 あまりにも唐突な出来事のせいで心配になってしまうのだが、もう既に変な声だか耳鳴りだかが止んだのか、白銀はほっと安堵の息を吐いていた。


「⋯⋯なぁ、あんまりこういうことって聞いていいのか分からないのだが⋯⋯それって、病気というか持病というか⋯⋯そういう感じのやつだったりするのか?」


「え? ううん、違うよ。なんか、ダンジョンに潜っている時だけ聞こえてくるんだよね。そのくせ、ダンジョンから出ると全然聞こえなくなるんだ。今でもなんか若干聞こえるような気がするし。この事について調べてみたけどよく分からなかったし、なんなんだろ」


 なんらかのモンスターによる攻撃かもしれない、と俺は思ったが、瞬時にそれは違うと自分で自分の考えを否定する。


 白銀を悩ませる変な声や耳鳴りは、今いるダンジョンだけでなく【深緑の大森林】でも起きていた。


 仮にモンスターの仕業だとすれば、そういった類の魔法なりスキルなりを扱えるモンスターがダンジョンの中に潜んでいるということになる。


 だが【深緑の大森林】にはそんなことをしてくるモンスターなんていないし、今俺たちがいる【鈍虫の森】も、難易度的にそんな厄介なことをしてくるモンスターがいるとは考えにくい。


 それに、俺の【危険察知】がピクリとも反応していない以上、モンスターの仕業である可能性がかなり低くなる。


 あえて俺を狙わず白銀だけを狙っているのなら俺の【危険察知】が反応しないのも頷けるが、そんな器用なことができるモンスターなんて、こんなダンジョンの中には生息していないだろう。


「なにかのスキルが発動しているとか、そういうわけじゃないんだよな?」


「うん。わたしも色々と原因を探ってるんだけど、よく分からなくて⋯⋯あ、でもちょっと前に気になることが起きたんだよね」


「気になること?」


「そう。前このダンジョンに来た時にトロゴワームを討伐したらさ、【招待状】っていうアイテムがドロップしたんだよね」


 以前ダンジョン内で起きた出来事を、ゆっくりと語ってくれる白銀。


 だから俺は適度に相槌をしながらも、白銀の話に耳を傾けることにした。


「その【招待状】ってアイテムがさ、なーんか変なんだよね。ディーパッドに入れておいたのに、ダンジョンから出たらいつの間にかなくなっちゃったんだ」


「⋯⋯勝手にアイテムがなくなるって、ありえるのか?」


「わたしも最初は目を疑ったもん。それでネットで色々と調べてみたんだけど、全然情報がないんだよね。試しに使おうとしたんだけどなにも起きなかったし、中を確認してもなにも書いてないから内容も分からないし、本当になんだったんだろ」


 いくつかダンジョンを攻略してきた俺だが、当然知っていることよりも知らないことの方が多い。


 この世には多くのディーダイバーが日々ダンジョンを攻略しているが、なんだかんだいってこの世界にダンジョンが出現してからまだ二ヶ月くらいしか経っていないため、毎日のように新情報がネットに上がっている。


 それこそ、白銀が見つけた【招待状】というアイテムだって、もしかしたら白銀が一番最初の発見者かもしれないわけで。


 変な声や耳鳴り。そしてダンジョンから脱出すると勝手に消える【招待状】という名のアイテム。


 これは、調べてみる価値があるものだと俺の直感がいっていた。


「ちなみに、耳鳴りとかとその【招待状】ってなにか関連性があったりするのか?」


「多分、あると思う。【招待状】を手に持つとさ、変な声とか耳鳴りが大きくなるんだよね。でも、その正体が【招待状】とは考えにくいじゃん? だから、なんだったんだろって色々と考えてるんだよね」


「⋯⋯なら、試しに探してみてもいいかもな。【招待状】なんて名前のつくアイテムだ。もしかしたら、EXダンジョンへの招待状の可能性だってなくはないだろ」


「えっ、EXダンジョン!? え、うわー、もし本当にそうだったらもったいないことしちゃったかもなぁ⋯⋯正直、わたしのレベルでEXダンジョン攻略なんて不可能だと思うけど──やっぱり、興味はあるよね」


 EXダンジョンと聞いてゲーマーの血が騒いでいるのか、目を輝かせながらやる気に満ち溢れた表情を浮かべる白銀。


 実際のところ、本当にEXダンジョンへと繋がるアイテムかどうかの確証はないし、俺はあくまで可能性の話をしたまでではあるのだが。


 どれだけ低い可能性だとしても、決してない話ではない。0.1パーセントでも可能性があるのなら、その可能性に賭けてみたって悪くはないだろう。


「予定変更だ、白銀。前回【招待状】を手に入れた階層は、覚えてるか?」


「えーと⋯⋯確か、8階層目だったはず」


「よし。じゃあ8階層目で【招待状】を手に入れて、謎を解明してからこのダンジョンを攻略しよう。ネットにも情報が転がってないなら、きっと大発見に違いない。一緒に未知を探求しようぜ」


「っ! なにそれ、めちゃくちゃ面白そうじゃん⋯⋯! もしかしたら、EXダンジョンに挑むことができるかもしれないってことでしょ。いいじゃんいいじゃん、最高じゃん⋯⋯!」


 俺の誘いによって心に火がついたのか、白銀がいつになくやる気に満ちた表情を浮かべながらこちらを見つめてくる。


 世間やネットに、一切情報が出ていな謎のアイテム──【招待状】の謎。


 こんな面白そうなものがあるのに謎を謎のままにしておくだなんて、そんなもったいないことできるはずがない。


 謎を解明することでEXダンジョンへの入口が出現するかもしれないし、超激レアアイテムを入手することができるかもしれない。


 所詮"かもしれない"話でしかないのだが、もしその"かもしれない"が現実になった時。俺と白銀はディーダイバーとして大きなアドバンテージを得ることができる。


 そんなチャンスが目の前にぶら下がっているのなら、そんなの飛びつかなきゃ損だろう。


「でもまぁ、もし仮に【招待状】が見つかったとして、変な声とか耳鳴りが酷くなったらすぐに言うんだぞ? あんまり、無理はさせたくないからな」


「分かった。でも、多少は無理するつもりだから。こういう隠しクエスト的なやつって、大体報酬が美味いって相場が決まってるんだから」


 白銀がそこまで言うのなら、こちらから焚き付けた以上とやかく言う必要はない。


 だから俺は大鎌を肩に担ぎ直して、白銀と共に【鈍虫の森】の探索を再開する。


 目指すは8階層。謎のアイテム【招待状】を手に入れるべく、俺たちは森の中を駆け抜けていった──

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