第95話 先輩として

「ところでさ。白銀が欲しい装備って、なんなんだ?」


 のどかで静かな森を歩きながら、俺は白銀にふと思い浮かんだ疑問を投げかける。


 つい先ほど、白銀はまだディーダイバーとして配信をしていないと言った。


 その理由として地盤を固めたいというものがあったが、主な理由としては欲しい装備があるからと、白銀は口にした。


 それが気になるのである。配信をするよりも先に、手に入れたい装備が一体どんな代物なのかが、知りたいのだ。


 だが白銀は、一度悩むような素振りを見せた後。


「まだ内緒。先輩には、特にね」


 と、素直に教えてはくれなかった。


 教えてくれないのなら、それでいい。だが最後に言った"先輩には、特にね"の部分がどうしても引っかかって仕方がなかった。


「まぁ、そのうち見つかるような装備だよ。レアリティだって別に高いわけじゃないし、運が良ければ今日中にも見つかるかもね」


「⋯⋯そんな装備が欲しいのか?」


「うん。ソレだけは、絶対に譲れないね」


 白銀がそこまで言うということは、きっと素晴らしい装備なのだろう。


 いや、白銀が言うにはそこまでレアリティが高い装備ではないらしいから、性能面はそこまで優れた装備ではないのか?


 うぅむ、よく分からん。分からないが、白銀がそこまでこだわるのならこれ以上俺がとやかく言う必要はないだろう。


『ギィッ』


 白銀と話しながら歩いていると、足元にいた芋虫のモンスターを蹴り飛ばしてしまっていた。


 小さな悲鳴のような声を上げて、転がる芋虫。だがその芋虫は俺に蹴られて怒るわけでもなく、それでいて反撃してくるわけでもなく、俺に背中を向けてもそもそと逃げ出していた。


「割とモンスターの気配とか殺意に敏感なつもりではあるが、あれだけ臆病で敵意がないと足元にいても気づかないもんなんだな」


「やっぱり先輩もそうなんだ。もしかしたら、気配を薄くする系のスキルとか持ってる可能性もあるよね」


「確かに。可能性はゼロではないな」


 大鎌を肩に担ぎながら、逃げていく芋虫の正面に回り込む。


 そして俺は、あまりにも鋭利に尖った大鎌の刃を芋虫の脳天に突き立て、断末魔の悲鳴を上げることすら許さず芋虫を葬った。


「⋯⋯先輩が倒しても意味ないんじゃない?」


「意味はあまりないが、ドロップアイテムとかこの芋虫の情報が気になってな。おっ、ほら。なんかドロップしたぞ」


「それは【硬質な糸玉】だね。結構ドロップ率は低いんだけど、一発で手に入れちゃうんだ」


 ドロップ率の低いアイテムを一発で手に入れることができたのは、きっとゴブリンシャーマンがドロップした【愚鬼祈祷師の金指輪】を装備しているおかげだろう。


 この指輪を装備すると、モンスターを倒した際にドロップするアイテムのドロップ率を上げることができる、優れものだ。


 今俺は【愚鬼祈祷師の金指輪】と視聴者の一人がギフトで送ってくれた【鬼怪の指輪】を装備している。


 あと二つくらいは難なく指輪をつけることができそうだが、もし今後もっといい性能の指輪をたくさん手にすることができたら、そのうちこの【愚鬼祈祷師の金指輪】とお別れする日もそう遠くはないだろう。


 さすがに全部の指に一つの指輪を装備するのは、いくら自身の戦闘力の強化に繋がるとしても現実的ではない。


 ドロップ率を上げるというのは魅力的ではあるが、それは決して俺自身の強さを引き出す効果ではない。


 今はまだ二つの指輪しか持っていないため現状維持でいいが、もしもっと強さを追求するのなら、この【愚鬼祈祷師の金指輪】は不必要になってしまう。


 もし本当に必要がなくなったら、その時はもしもの時のためにディーパッドの中で眠っておいてもらおう。


「⋯⋯これ、糸にしては結構硬いな」


 手にしている【硬質な糸玉】は、名前の通り糸にしては硬く、まるでワイヤーの塊を握っているかのよう。


 だがまずは先に、今倒したあまりにも非力すぎる芋虫についての情報をディーパッドで調べてみることにした。



【個体名:オスクロワーム】

【危険度:F】


【岩に穴を開ける牙。火や水に強く、鉄のように硬いのにしなやかな糸などを作り出せる力はあるが、最弱級のモンスターの一角。体が大きく肉食なため植物の葉や茎、果物では腹が満たせず、いつも餌を探して歩き回っている。一応相手の神経を麻痺させ壊死させる強力な毒を扱えるが、毒を注入する牙を生き物に刺すほどの力は持ち得ていない。そのため、主な餌は動物やモンスターの死骸ばかりであり、体を切り裂くとほのかに死臭がする。


 家畜として扱うにもすぐに餓死し、食料にするにも可食部が少なすぎるため、死臭をばら撒く害虫として忌み嫌われてきた。しかしそんな害虫にも、唯一輝く"仕事"ができた。それは、敵国のスパイや国家転覆を狙う反逆者を捕らえた際に行う拷問である。四肢の自由を奪い、害虫だらけの箱に落としてしまえば。情報を口にしなければ、そのうち綺麗な骸が完成するだろう──帝国に所属するとある拷問官の手記14頁3節から抜粋】



「うわ、意外と長いな。いやでも、結構面白い内容だな⋯⋯」


「分かる分かる。なんかさ、つい読み込んじゃうよね。どんなモンスターにも小さな物語があってさ、わたしもつい読んじゃうもん」


 危険度Fの芋虫──オスクロワーム。


 てっきり某ゲームの雑魚モンスターのように一文二文程度の説明しかないと思っていたが、思っていた倍以上文章が多くて驚いてしまう。


 だがその内容は案外面白い内容になっていて、長くは語りつつも結局それはオスクロワームの弱さを際立たせる演出であり、だからこそ後半の文章の恐ろしさが分かるものであった。


「で、こっちは⋯⋯?」


 オスクロワームの詳細を確認した俺は、次にオスクロワームがドロップしたアイテムの確認をしてみることにした。



【名称:硬質な糸玉】

【レアリティ:E+】


【蜘蛛の糸のような粘性はないものの、鉄のように硬くしなやかなのが特徴。束ねなくてもロープとして高所から降りる時に使えたり、相手を捕縛し拘束したりすることができる。火と水には強いが、冷気等で冷やされると呆気なく粉々になってしまう。


 量産が難しく織物にも扱えないような代物ではあったが、腕利きの暗殺者は暗器として好んでこの糸を使ったという歴史がある】



 説明を見た感じだと、あまり対モンスター用のアイテムではなさそうであった。


 だからといって、普段使いするようなアイテムでもない。どちらかといえば、対人で使った方が効果が発揮しそうなアイテムであった。


 なんてことを考えた瞬間、俺はとあることを思い出した。


「なぁ白銀。今なんか、ダンジョン内でのPKが問題になってるらしいぞ」


「え、PK? PKって、プレイヤーキルのことだよね? 待って。もしかして、人間が人間を殺してるってこと?」


「あぁ。俺も人伝に聞いた話だから詳しいことはよく分からないのだが、全国各地でそういった事件が起きているらしい。ダンジョン内で死んでも生きて脱出することができるから、ダンジョン内でなら人を殺しても大丈夫だとか考えているような連中がいるらしいな」


「うわー⋯⋯なにそれ、倫理観終わってるじゃん。確かにここはゲームの中みたいな世界だけど、ゲームとは違う世界じゃん。生きて脱出できるからって殺してもいいって、さすがのわたしでもちょっと笑えないかな」


 この件に関しては、完全に白銀と同意だ。


 だが今日本には多くのディーダイバーがいて、数え切れないほど多くのダンジョンが色々な県、町、村に存在している。


 だから正直な話、どんなダンジョンに潜っていようが出会ってしまう確率がある以上、PKされたくなければダンジョンに潜らない方がいいという話になってくるのである。


 しかし、それはディーダイバーとして活動する者たちにとっては致命的な話であり。


 だからといって、俺はダンジョンに潜ることをやめない。PKを生業としている異常者が全国各地に潜んでいたとしても、妹である沙羅を養うと決めた以上ある程度の覚悟はできているのである。


「先輩の実力なら絡まれることなんてまずないと思うけど、もしかしたらPKに襲われることだってあるかもしれないじゃん? そしたらさ、先輩はどうするの?」


「死なない程度に痛めつける、かな。どうせ話を聞いたって、PKをしている奴なんて異常者しかいないと思うしな。他に被害者が出てしまうくらいなら、俺は俺の手を汚すよ」


「ふぅん。わたしは⋯⋯どうだろ。いくら生き返れるからって死にたいわけじゃないし、普通に戦っちゃうかも。でも、あんまりいい気分はしないかな」


 いい気分はしないのは、人として当然な感性を持ち合わせている証拠だろう。


 実際、ダンジョン内でならいくら相手を殺しても大丈夫だと知っても、自分の命を狙ってくる相手を撃退する──いや、殺せる人間なんて、きっと多くはない。


 だからきっと、白銀はPKを殺すことはできない。


 いくら対人ゲームで相手を倒し続けているとはいえ、今俺たちが立っている場所はゲームの世界のような、それでいて現実世界のような、そんな世界だ。


 正常な人間ならば、人は殺せない。いざその時が来たとしても、手が震え、口が渇き、背筋に悪寒が走り、頭がソレを拒否しようとする。


 俺がPKと遭遇してしまうのは、全然いい。


 だが白銀には、PKとは遭遇してほしくない。遭遇したら最後、どんな結末を辿っても不幸になるのは白銀だからだ。


「⋯⋯そうだな。これ、白銀にやるよ」


「えっ、でもこれって⋯⋯」


 ディーパッドからとあるアイテムを取り出し、白銀に渡そうとする。


 だがそのアイテムを前にした時、白銀は素直に受け取ろとはせず、むしろ困惑とした表情でこちらを見つめてきた。


「【外界帰還の彫像】だ。ギフトで二個も貰ったから余分にあるし、このアイテム自体は一個で事足りるしな」


「い、いやいや。確かに二つもいらないアイテムだけど、結構価値があるアイテムだし、先輩にこれをギフトとして送った人に悪いというか、なんというかさ⋯⋯」


「どうせ使わないなら、誰かに渡った方が腐らないだろ? それに、今後白銀がPKと遭遇する可能性がある。その時もしかしたら、ダンジョンの外で共犯者が出待ちをしている可能性もあるだろ? だから白銀に持っていてほしいんだよ」


 【外界帰還の彫像】は一日一回限りという使用制限はあるものの、ダンジョンを脱出する際に別のダンジョンの入口へと出ることができるアイテムだ。


 PKなんて行為をする輩がいるのなら、それは個人での行動ではなく集団での行動である可能性が高い。


 ダンジョン外で命を狙ってくる可能性は極めて低いだろうが、外で待っている仲間がダンジョンから脱出した人を無理やりダンジョンの中に引きずり込んでくる可能性だって、なくはない。


 俺ならば対処はできるが、白銀は女の子だ。そういう輩は、きっと俺みたいな男よりも白銀みたいな女の子を狙うことが多いだろう。


 だからこそ、白銀には持っていてほしい。一人の後輩として、白銀の先輩として、白銀のことが心配なのである。


「気持ちは嬉しいけど⋯⋯本当に、いいの?」


「あぁ。持ってくれてた方が、俺も安心出来る。白銀は俺にとって数少ないディーダイバーの知り合いで、可愛い一人の後輩だからな。遠慮せず、もらってくれないか?」


「⋯⋯分かった。そこまで言うなら、素直に受け取るよ。ありがと、先輩」


 俺から【外界帰還の彫像】を受け取った白銀が、どこか恥ずかしそうに、それでいてどこか照れくさそうにお礼を言いながら、上目遣い気味にこちらを見つめてくる。


 そんな白銀に対し、俺は笑みを浮かべながら頷いて。


 再び二人で肩を並べ、のどかな森の中を歩き進めていくのであった──

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