第94話 到着、鈍虫の森

 電車に揺られて30分。


 そして、駅から20分ほど歩いたところで俺と白銀は少し廃れた地下道の入口にたどり着いていた。


「⋯⋯なんか不気味な場所だな。本当にこんなところにダンジョンの入口なんてあるのか?」


「あるよ。まぁ、確かにちょっと不気味だよね。前聞いたんだけど、ここわたしとか先輩が生まれるよりもずっと前からある地下道らしいよ?」


 風の通りが悪いのか床が若干ぬるぬるしていて、泥臭いというかび臭いというか、あんまり嗅ぎたくはない臭いが漂っている。


 そんな地下道を歩き進めていると、左右に別れた道へとたどり着く。


 左側を見れば、地下道を出る階段が。そして右側を見ると、そこにはもう使われていないロッカーや壊れたベンチなどの備品が置かれている空間があって。


 その中央に、異様な存在感を放つ"穴"があった。


 その穴こそダンジョンの入口なのだが、その入口の前にはカラーコーンとバーが置かれていて、なんだか危険な雰囲気が漂っていた。


「雰囲気はすごい仰々しいな」


「雰囲気だけはね。なんか、近所の小学生とかが興味本位で入っちゃうらしいから、こうやってカラーコーンとか置いてるらしいよ。中はそこまで怖くないダンジョンなんだけどね」


「まぁ、それでも小学生からしたらトラウマものだろうな。こうするのが正しいと思うよ」


 実際、一度ダンジョンに入ったら死ぬか【転送陣】に到達しないと外に出ることができない。


 そのため、戦う力のない小学生がダンジョンの中に迷い込んでしまえば、どうなってしまうかは考えるまでもないだろう。


「じゃ、先輩」


「あぁ。行くか」


 白銀と顔を合わせて頷き合いながら、俺たちはカラーコーンにかけられたバーを乗り越え、ダンジョンの入口へと足を踏み入れていく。


 一瞬、視界が暗転する。


 だがすぐに、一気に視界が開けたかと思えば。


 そこには、青々とした木々が生い茂った自然が視界いっぱいに広がっていた。


「う〜ん⋯⋯! やっぱり、ここは空気が綺麗だなぁ」


 このダンジョン──【鈍虫の森】に通い慣れている白銀は、気持ちよさそうに大きく背筋を伸ばしていた。


 森という名前がつくダンジョンなだけあって、自然豊かで空気が澄んでいて、天気もよく暖かな日差しが俺たちを照らしてくれている。


 雰囲気は【深緑の大森林】に似ているのだが、向こうは太陽の光があまり届かないくらい木々が生い茂っていて、空を見上げると緑の天井が頭上を覆い尽くしていた。


 それと比べるとこっちのダンジョンの方が開放感があるというか、生えている木々の間隔も広く空を見れば青空が広がっているため、見通しがよく向こうよりも探索がしやすそうであった。


「なんか、ダンジョンの中なのに過ごしやすい感じがするな」


「まぁ、自然豊かだし出てくるモンスターもあんまり強いのいないしね。あ、ほら。早速出てきたよ」


 白銀が指をさす方に目を向けると、そこには木陰の下でもぞもぞと動く、全長20センチほどの芋虫がいた。


 黒い体には糸が巻かれていて、いっちょ前にも顔には鋭い牙がついているものの、こちらの存在に気づいていないのか呑気に木の幹を登ろうとしていた。


「あぁいう動きが遅い虫のモンスターが多いから、弓の練習としてちょうどいいんだよね」


「なるほど。確かに、理にかなってるかもな」


 あれだけ動きが遅ければ矢だって当てやすいだろうし、一応モンスターではあるため倒した際に経験値を取得できるから、レベリングだってできる。


 問題は、あんなモンスターをたくさん倒したとしてもあまり経験値が入らなそうなところだが。


 白銀はまだ駆け出しのディーダイバーだ。今は最高効率のレベリングをするよりも、ほどほどの環境で武器として使う弓の腕を磨いた方がいいだろう。


「さて⋯⋯と。とりあえず装備を──」


 ディーパッドを取り出し、いつもの武器防具その他装飾品を装備する。


 装備、してみたのだが。


「うわ。それ、装備として機能してるの⋯⋯?」


 俺の格好を見て、白銀が驚き目を丸くしている。


 それもそのはず。なぜなら、俺は前回の配信でエリュシールと激しい死闘を繰り広げたため、仮面を除く装備品の全てがボロボロになってしまっているからだ。


 ローブはあちこちが焼け焦げており、左袖に至っては肩まで袖がなくなっている。


 首巻も所々焦げていて千切れそうになっているし、ブーツだって引き裂かれたような穴がいくつもできてしまっていた。


 ディーパッドの画面を見てみるに一応装備としての機能はしているのだが、それでもあまりにも全身がボロボロになり過ぎていて不格好なのには変わりなかった。


「うーむ⋯⋯機能はしているが、なんか動きづらいな⋯⋯なんか汚いし、最悪だ」


「先輩の装備ってさ、結構レアリティが高いの多いから交換するのも大変だよね。【防具修復の魔石】とか、持ってないの?」


「持ってないな。ていうか、それって自分の攻撃による余波とかで破損した防具しか直せないポンコツアイテムだよな? それだと俺の装備は直せなくないか?」


「それは【防具修繕の魔石】ね。さっき言った【防具修復の魔石】は、モンスターの攻撃とかで破損した防具を治すことができるアイテムだよ」


 【防具修繕の魔石】と【防具修復の魔石】か。


 俺が知っている【防具修繕の魔石】は以前突発コラボをした桃葉さんが使っていたアイテムであり、自分の攻撃で破損した装備しか直せないという、あまりにも使用用途が限定的すぎる最早ゴミアイテムと言ってもいいくらいの代物であった。


 だが白銀が言った【防具修復の魔石】さえあれば、わざわざ装備品を新調しなくとも元通りに戻すことができる。


 別に、直すことにこだわらず新調してもいいのだが、今身につけている装備はどれもレアリティが高いため、同じものを揃えるのは中々骨が折れる。


 だからこそ、今はどんなレアリティの高い装備品やアイテムよりも【防具修復の魔石】の方が欲しい。


 だが問題は、それをどう入手するのかというところであった。


「取り引きとかすれば、多分手に入るよな?」


「それは確実だと思うけど、多分先輩の装備を直せる【防具修復の魔石】は結構高価になると思うよ。それこそ、云十万は軽く消し飛ぶくらい」


「⋯⋯まぁ、そうなるよな」


 ジェネラルホッパーやダークガルム。そしてデスリーパーなど、俺が装備しているものはどれもボス級のモンスターがドロップする装備品であり、かなり価値があるものだ。


 そんな装備品を、モンスターと再戦せずにアイテム一つで修復することができる。そう考えれば、値段が云十万になるのも頷けるだろう。


「あっ、そういえば⋯⋯先輩って、ギフトとか受け取ってないの?」


「⋯⋯ギフト? なんだそりゃ」


「え、知らないの? 配信ってさ、基本的にスーパーチャットとかでお金を配信者に渡すでしょ? でもその他にも、ギフトっていうお金じゃなくて物を配信者にプレゼントするシステムがあるんだよね」


「へぇ、そうなのか──ん、いや待てよ。もしかして⋯⋯」


 白銀にギフトについて説明され、俺はハッとあることを思い出す。


 それは、先日兎リリさんとやり取りをした際に発見した、ディーパッド内のメッセージ欄にあったプレゼント箱のアイコンがついたメッセージである。


 試しにディーパッドを取りだしてメッセージ欄を確認してみると、そこには合計12件ものプレゼント箱アイコンのついたメッセージが残されていた。


「もしかして、このプレゼント箱アイコンのついたメッセージがギフトってやつなのか?」


「わたしも見たことがないからよく分からないけど、多分そうだと思う。ギフトって、配信者が配信してなくても送れるから、人気者になると一日で何件も送られてくるって聞いたよ?」


「へぇ、そうなのか」


 試しにプレゼント箱アイコン付きのメッセージを開くと、そこには配信のコメント欄で見たことがある人の名前と、長文の応援メッセージが書かれていた。


 そしてそのメッセージを読みながら画面を下にスクロールしていくと、メッセージの一番下に【ギフトを受け取る】という項目が出現する。


 試しにその項目をタップしてみると、画面にメッセージの送り主がギフトとて送ってくれたアイテムが表示された。


「⋯⋯なんか受け取ったな」


「えー、どれどれ見せて見せて──って、え?」


 興味津々と言わんばかりに、白銀が俺の持つディーパッドの画面を覗き込んでくる。


 だが次の瞬間白銀は表情を強ばらせ、まるで絶句しているかのような苦笑いを浮かべていた。


「こ、これ⋯⋯【鬼怪の指輪】じゃん!?」


「⋯⋯結構レアな装飾品なのか?」


「け、結構ってもんじゃないから! この装飾品は推奨レベル50以上のダンジョンかつ、野良で湧く宝箱の中からしか出てこない超レアアイテムだよ!? 装備効果も優秀だし、なんでこんなのがギフトで送られてくるの!?」


 受け取ったのは俺のはずなのになぜか俺よりも白銀の方が興奮しており、めちゃくちゃ早口で【鬼怪の指輪】についてを語っている。


 そんなにすごいものなのか。そう思い、とりあえず俺はこの指輪の詳細を確認してみることにした。



【名称:鬼怪の指輪】

【レアリティ:B+】

【装備効果1:状態異常付与率増加(大)】

【装備効果2:状態異常効果増幅(大)】

【装備効果3:状態異常耐性(大)】


【鬼の一族が遺したと言われている、数多の呪いが込められた指輪。本来は銀の色をしていた指輪だが、この指輪の呪いに当てられて巻き起こった争いにより、銀の輝きは赤黒い輝きへと染まった。


 それは祈りであった。心優しき鬼の一族である少女が、人の一族である男と関係を結ぶべく作った契りであった。だがやがて鬼の少女は男に利用され、裏切られ、想いを一方的に踏み躙られて。やがてその祈りは呪いとなった】



 詳細を確認した感じ、確かに白銀の言う通り装備効果はかなり優秀だと言えるだろう。


 俺はまだあまり実感したことがないのだが、俺のメインウェポンである【首断ツ死神ノ大鎌】には、攻撃時に相手の体力が一定値以下もしくは低確率で、即死が発動する。


 仮にもしその即死が状態異常の一つであるのなら、この指輪を装備するだけで即死効果を引き当てる確率を大きく上昇させることができるということだ。


 低確率がどれくらいの確率で、この指輪を装備することでどれだけ確率が上昇するかどうかは不明だが、それでもこの指輪を装備する価値はあると言えるだろう。


「てか、なんで白銀がそんなこと知ってるんだ? 俺よりも詳しいじゃないか」


「まぁ、結構調べるの好きだしね。でもこの指輪、本当にすごい珍しいんだよ。確かトレードアプリだと、最低でも80万。高くて120万くらいで取り引きされる代物なんだけど⋯⋯」


「ひゃく⋯⋯!? なんでそんな高価な物を、俺に送ってきたんだ⋯⋯!?」


「だから驚いてるんだって! やっぱり、有名になるとそういうの貰ったりするんだ⋯⋯」


 にしても、あまりにも高価過ぎてなんだか申し訳なくなってしまうような額だ。


 配信によるスーパーチャットで、俺の貯金はとっくのとうに三桁万を超えている。


 それにこのギフトを送ってくれた人だって、一度の配信で何度もスーパーチャットを送ってくれるような人だ。


 しかもその額だって、平気で四桁とか五桁を超えている時があるため、俺はこの人にかなりの額を貢いでもらっている。


 その上で更にこんな貴重で価値のあるギフトを送ってくれるだなんて、世の中よく分からないものである。


「やっぱり、どの界隈にも石油王はいるんだねぇ⋯⋯」


「あ、あぁ。無言で一万円越えのスーパーチャットを投げてくる人もいるし、ほんとよく分からない世界だよ」


 配信者に自分のコメントを読んでもらうべく、高い金額を送ってコメントを送る人は結構いる。


 それはディーダイバーの配信だけでなく、ゲームやその他ジャンルの配信でも同じだ。


 配信者に反応してもらった者は、もっと反応してほしいから更に多額のお金を投げて。そしてそれを傍から見ている者は、自分も反応してもらいたくなって同じようにお金を投げるようになる。


 配信者はお金が貰えて嬉しい。視聴者はコメントに反応してくれて、読んでくれて嬉しい。まさにギブアンドテイクの関係ではあるのだが。


 俺は基本的にコメントに反応しないし、スーパーチャットにも目は通すが全てに反応を示すわけでもない。


 それなのに俺にスーパーチャットとしてお金を投げてくれたり、ギフトを送ってくれる人がいる。


 そんなファンの存在をありがたいと思う反面、少し怖いと思ってしまうのもまた事実であった。


「いいなぁ。わたしも、早く配信してみたいな」


「え、白銀ってまだ配信してないのか?」


「うん。一応地盤を固めたいっていうのもあるけど、ちょっと欲しい装備品があってさ。それが手に入るまでは、配信はお預けかな」


 意外だ。白銀のことだ、てっきりもう何度か配信をしているものだと思っていたため、少し驚きである。


 だが、地盤を固めたいっていうのはいい考えだ。そっちの方が配信も盛り上がるだろうし、ある程度腕が上がれば見応えのある配信を作ることだってできる。


 もちろん、中には初見の反応を楽しみたいという層もいるだろうが、サクサク攻略を進めていく姿を見たいという人だって少なくはない。


 まぁ、白銀ほどのビジュアルがあればすぐに固定層がつくと思うし、SNSだけでなくゲーム配信の方でも宣伝すれば他のディーダイバーよりも効率良くチャンネル登録者を増やすことができるだろう。


「それで、他はどんなギフトが来てるの?」


「あ、そうだったな。どれどれ⋯⋯」


 白銀に言われて本題を思い出し、俺は早速別のメッセージに添付されたギフトを順番に受け取っていく。


 その中には、一日に一回しか使えないものの、ダンジョンを脱出する際に別のダンジョンの入口に出ることができるという、面白い効果をした【外界帰還の彫像】というアイテムがあった。


 白銀曰くこれもどうやら結構レアリティが高いアイテムらしく、人気になったディーダイバーは皆使っている、言ってしまえば出待ち対策のようなアイテムらしい。


 他にも【高純度回復薬】や【強壮鎮痛薬】という普段使いしやすいアイテムが何十本単位で送られてきたり、【呪怨人形】や【亡者の残滓】のような、持っているだけで呪われそうなアイテムもいくつか送られてきていた。


 そんな感じで、色んなギフトを開封していくと。


「あっ。白銀、もしかしてこれか?」


「そうそう、これこれ! しかもこれ、レアリティA-の【防具修復の魔石】じゃん! これを砕けば、今身につけてるレアリティA-以下の装備が全部綺麗に修復されるはずだよ」


「レアリティA-以下ってことは、俺の着ている【死神の黒纏衣】も直るってことか」


「そうだね。ちなみにレアリティA-の【防具修復の魔石】の相場は40万くらいだから。それを普通にギフトで送ってくるのって、おかしいからね。普通じゃないからね」


 魔石を砕こうとした瞬間白銀がそんなことを言うため、一瞬魔石を砕くのを躊躇してしまう。


 だが、この魔石はギフトで頂いたものだ。善意によって頂いたものなのだから、価値があるからって使わないのは逆に失礼だし宝の持ち腐れになってしまう。


 だから俺は一度ゆっくりと呼吸を繰り返しながらも、手で握った【防具修復の魔石】を握り、粉々に砕く。


 すると砕かれた魔石の破片がキラキラと輝きながらも俺の体を包み込み、一瞬眩い光を放ったと思えば。


「──お、おぉ⋯⋯本当に直った⋯⋯!」


 あれだけボロボロだったはずの装備が眩い光が落ち着くと同時に新品同様に戻っており、砂埃すら付着していないドロップしたての状態に戻っていた。


 丸焦げになり左袖をなくしていたローブも元通りだし、首巻やブーツだって入手したての綺麗だったあの頃に戻っている。


 こんなに綺麗に修復されるなら、価値が40万程であっても納得がいく。それくらい、【防具修復の魔石】の効果は絶大であった。


「じゃ、わたしも」


 そう言って、白銀もディーパッドを操作して装備を身に纏っていた。


 だがその格好は以前一緒に【深緑の大森林】に潜った時と変わっていて、ゴブリンシャーマン戦でドロップした宝箱から出た【風切りの手套】に青い羽飾りがついた弓、そして小さな緑色の宝石が埋め込まれた指輪など。


 他にも流れる風の刺繍が施された青いスカーフに、弓と同じく青い羽飾りのついたブーツを履いていたりと、装備だけでいかに白銀が頑張ってきたかが伺えるだろう。


「なんか、いかにも弓使いって感じの見た目だな」


「ふふん。結構いい感じでしょ」


「あぁ。白銀によく似合ってるよ」


 これで、準備は万端だ。


 装備はボロボロになっていたが、俺が愛用している大鎌はボロボロになるどころか刃こぼれすらしていないため、修復の必要はない。


 白銀も白銀で背負っている【小鬼の矢筒】の中を確認しており、矢筒の中に矢が充分に入っていることが確認できたのか、俺の目を見て小さく頷いていた。


 だから俺も、【首断ツ死神ノ大鎌】を肩に担ぎ。


 白銀と共に【鈍虫の森】を攻略するべく、肩を並べて歩き出した──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る