第93話 白銀とダンジョンへ
金曜日。
いつものように学校に通い、いつものように授業を受け、昼休みに高峯さんの美味しいお手製弁当を食べ、眠い中午後の授業を終え、放課後を迎える。
隣の席に座る高峯さんに別れの言葉を言い残し、俺は教室を後にして一人で廊下を歩いていた。
そして一階へと降りる階段を降ろうとすると、三階から続いている階段を降りてくる白銀と偶然目が合った。
「あ、先輩」
「お、奇遇だな」
白銀に返事をしながら手を振ると、白銀は階段を一段飛ばしで降りてきて俺の隣へとやって来る。
そして、俺の目を見ながら一度頷く白銀。そんな白銀に軽く頷き返しながら、俺たちは肩を並べながら階段を降りて生徒玄関へと目指した。
「今日先輩は──いや、学校であの話題はやめた方がいいっすよね?」
「ん? あー⋯⋯そうだな。そうしてもらえると助かる」
「あい、りょーかいっす」
あの話題とは、これから向かって挑戦する予定のダンジョンについての話題である。
今や社会化現象にもなっているディーダイバーだが、その話題は大体どのディーダイバーが好きだとか、昨日の配信がどうだったとか、視聴者目線での話が多い。
そんな中でディーダイバーではなくダンジョンの話をしてしまえば、俺と白銀の話をたまたま耳にした者に、俺たちがディーダイバーとして活動していることがバレてしまう可能性がある。
なぜなら、ディーダイバーではない者はダンジョンの攻略法や、ダンジョンに出現するモンスターについての話題で盛り上がることがあまりないからだ。
それこそ、色んな配信者を見ている者ならば、まるで知っているかのように話すことは可能だろう。
それでも所詮配信を見たことで得た程度の知識だ。実際にダンジョンに挑んだことがある俺や白銀との話に、無経験者で着いてこれる者はいないだろう。
だからこそ、ディーダイバーとして活動していることを隠している以上、人が多い学校の中でダンジョンの話をするのは極力避けたい。
それを白銀は考慮して、俺に確認をとってくれたのだろう。
「白銀って、ちゃんと配慮できるんだなぁ⋯⋯」
「なんすかその言い方。まるでわたしが配慮もできないやべー奴みたいな言い方じゃないすか」
「だって俺の正体バラそうとしたし」
「うっ⋯⋯だ、だから、それはぁ⋯⋯」
さっきまで普通に歩いていたのに、俺に痛いところを突かれた瞬間、しなしなになる白銀。
分かっている。前回のダンジョン体験で白銀に俺の正体をバラすつもりがなかったことは明らかになったのだが、それでもあの件で俺はかなり焦ったため、つい白銀に意地悪してしまう。
だが白銀も白銀で本当に反省しているのか、肩を下げてしゅんとしてしまっていた。
「冗談だって。俺は別に怒ってないし、もう気にしてもないから。な?」
「⋯⋯ほんとすか?」
「本当だって。今となっては、もう笑い話で済む話だしな」
そう言うと、白銀は申し訳なさそうに頷きながらも、安心したのかほっと胸を撫で下ろしていた。
それから適当に他愛のない話をしながらも、俺たちは二人で生徒玄関を出て、学校を後にする。
そのおかげか、テンションが下がり気味だった白銀も次第に元気を取り戻してきており。
そして学校を出てからしばらくして、周りに人がいなくなった辺りで白銀は小さなため息を吐いており。
「ふぅ⋯⋯これでやっと普通に話せる」
「そうだな。周りに誰もいないし、ダンジョンのことを話しても大丈夫だぞ?」
「あ、そうじゃなくて。いや、ダンジョンのことについてもそうなんだけどさ? 周りに同級生とかいると、こうやって楽に話せないんだよね」
「あぁ、そういうこと」
さっきまでも結構砕けた喋り方をしていたが、周りに人がいなくなり、二人きりになったことで白銀がようやく白銀らしい口調になる。
表情もなんだか少しだけ柔らかい表情になっていて、リラックスしているというか、大分肩から力が抜けているような、そんな感じがした。
「わたし、こう見えてクラスの中では真面目に生きてるからさ。先輩にタメ口使ってるところ見られたら、不真面目がバレちゃうじゃん」
「でも、授業中寝てたんだろ?」
「大丈夫。わたしの席窓際だから、バレることはないでしょ」
「いや、窓際とか関係ないとは思うが⋯⋯」
あまり中身のない話ではあるが、こういう他愛のない話は関係値がないとできないことであり。
腹を抱えて笑えるほど面白い話ではないものの、ついクスッと笑ってしまうというか、自然と笑みが浮かぶような、そんな雰囲気であった。
「なぁ。白銀が教えてくれた【鈍虫の森】って、隣町にあるんだよな?」
「そうっすよ。一応わたしの家から近い場所にあるダンジョンっすね」
「なるほどな。でも隣町ってことは、電車で移動した方がいいんだよな? 帰り、あんまり遅くならないといいのだが」
一応、朝家を出る前に沙羅には放課後ダンジョンに行ってくると伝えてはいるが、それでも帰りが遅くなると沙羅に余計な心配をさせてしまう。
もう中学三年生であるため一人で留守番くらいは全然平気だと思うが、実家で親の離婚話に巻き込まれてから、沙羅は俺に甘えてくるようになった。
きっと寂しいのだろう。普段は普通に接してくるものの、寝起きや寝落ち寸前の時の沙羅は俺に対して本音を話してくれるというか、子供らしい一面をよく見せてくれる。
親の代わりに沙羅の面倒を見ると決めた以上、あまり沙羅を不安にさせたり、心配させたりはしたくないのである。
「うーん⋯⋯まぁ、最悪終電逃したらうちに泊まりに来てもいいっすよ」
「⋯⋯いや、それは白銀の親に悪いだろ」
「親いないから大丈夫だよ。わたし、一人暮らしだしね」
それならいいか。となる問題ではない。
さらっと泊まりに来ればいいと口にする白銀だが、そこには色々と問題がある。
それを白銀は考えていないのか理解していないのかは知らないが、知り合いとはいえ一人の男に対しその誘いは、危機感がないと言っても過言ではなかった。
「あのなぁ⋯⋯そういうの、もっと考えてから言った方がいいぞ」
「え、どういうこと?」
「ひとつ屋根の下。親のいない状況で、女の子である白銀が男を家に泊まらせるなんて⋯⋯ちょっと、なぁ?」
「⋯⋯? なにそれ、意味分かんな──」
言い切る前に、言葉を詰まらせる白銀。
そこでようやく、白銀は自分の口にした提案の危うさに気がつくことができたのだろう。
俺の目を見つめながら、顔を赤く染める白銀。そして胸やヘソ辺りを腕で隠すように、白銀は体を丸めていた。
「へ、変態⋯⋯!」
「なんでそうなるんだよ!? 俺は白銀のことを心配して言っただけだからな!?」
「え、えぇ⋯⋯いや、だってありえないでしょ。わたし別にスタイルがいいわけでもないし、そんな可愛いわけでもないしさ」
「いや、それは卑下しすぎだろ。白銀にも、ちゃんと魅力はあると思うけどな」
「ふ、ふーん⋯⋯先輩は、わたしのこと魅力的に思ってくれてるってこと⋯⋯?」
上目遣い気味にこちらを見つめながら、そんなことを聞いてくる白銀。
女性の言うスタイルの善し悪しは男である俺には分からないが、言うほどスタイルは悪くない、と俺は思う。
身長は少し小柄で150と少しくらいだろうか。それでいて体は全体的にスラッとしているため、俺からしてみればむしろスタイルはいいように思える。
個人的には、少し痩せすぎではないかとは感じる。それくらい、白銀の体は肉付きが薄い。
だがだからこそ、小動物的な可愛さがあるというか、可憐な儚さがあるというか、なんというか。
それに加え、大きい目に長いまつ毛。綺麗に通った鼻筋に健康的な桃色をしている唇。
そんなに可愛くないと白銀は自分を卑下していたが、俺から言わせてみれば充分に可愛いと思うし、透き通って見える銀色の髪も白銀にとても似合っている。
肌も色白で染みとかもないし、声だってちょっとアニメよりの可愛らしい声だ。
これで可愛くないとか言っていたら、多分他方から反感を食らう可能性がある。それくらい、白銀には魅力的な点が多かった。
「白銀が思ってるより、俺は魅力的に思ってるよ」
「へー⋯⋯ふーん、そうなんだ」
なんだか煮え切らない返事をしながら、俺から顔を背ける白銀。
機嫌を悪くしてしまっただろうか。俺がもっと女性と関わってきていれば、今の場面でもっと気の利いた言葉を言うことができたかもしれない。
女心というものは、実に難しいものである。
「それより。今向かってるダンジョンって、乱入モンスターが出現する可能性があるだろ? もし遭遇したら、白銀はどうしたい?」
「んー、そりゃあ倒したいけど⋯⋯正直デスリーパー級のモンスターが乱入してきたら無理だよね」
「いや、そうとは限らないぞ。相手の攻撃をしっかり見極めて、上手い具合に反撃できれば白銀でも充分勝機はあると思うけどな」
「それは先輩だからできることでしょ。普通、初見でデスリーパー級のモンスターを倒すこととか無理だから」
呆れたように言う白銀だが、少なくとも俺はそうとは思わない。
デスリーパーはあの自慢の大鎌による圧倒的な攻撃力と攻撃範囲、そして武器を振るう速度が早いことが特徴だが、言ってしまえばそれくらいしかない。
別に魔法を使うわけでも、骨が馬鹿みたいに硬いわけでもない。それこそ、刃を弾く程度の硬さはあるがゴブリンの棍棒でヒビが入るのだから、防御面でいえばそこまで驚異的なわけでもない。
発狂させてしまえば話は別だが、デスリーパーは武器を振るう際に大鎌を大きく構えるため、上手く立ち回れば白銀でもデスリーパーを倒すことは可能だろう。
それは他のモンスターにも言えることであり、仮にデスリーパー級の乱入モンスターと遭遇したとしても、強いことには変わりないが必ず弱点は存在する。
それこそ、エリュシールのようなユニークモンスターは理不尽の塊のような存在なため話は変わってくるが、デスリーパーを倒すくらいそこまで大変なことではないだろう。
「どんな乱入モンスターが出現するかは知らないが、せっかくだから戦ってみたいよな。そっちの方が、白銀のレベルアップにも繋がるだろ?」
「それはそうだけど⋯⋯わたしでも乱入モンスター倒せるかな?」
「倒せるぞ。そりゃあ、考え無しに突っ込めば無理だとは思うが⋯⋯白銀、対人ゲーム得意なんだろ? 冷静に状況を分析して体を動かせれば、絶対にいけるはずだ」
これは、白銀だから言えることだ。
白銀はゲーム配信者であり、プロゲーマーばかりが集まる大会で何度か優勝を経験しているほどの実力者だ。
しかもそのゲームは対人ゲーム──FPSであり、戦況が目まぐるしく変わる戦場で戦い続けられるということは、状況整理や自己判断能力に長けているということ。
頭の回転だって早いだろうし、機転だって利くはず。逆に言ってしまえば、それくらいの能力がないと猛者が集うFPSというジャンルでプロゲーマーになんてなれないだろう。
だから俺は、考えなしに"倒せる"と言ったわけではない。
白銀のことを認め、信じているからこそ断言したのである。
「わたし個人の意見は、やっぱり無理というか、厳しいような気もするけど⋯⋯」
「⋯⋯するけど?」
「憧れの先輩にそこまで言われるのなら、今日はいつもよりも頑張ってみよっかな」
どうやら俺の言葉でやる気が出たのか、白銀の足取りが少し早くなっていた。
可愛いヤツめ。そう、心の中で思いながらも。
俺は白銀と一緒に同じ電車に乗り、隣町にあるダンジョンの【鈍虫の森】を目指すのであった──
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