第43話 降り注ぐは雷の雨
桃葉さんが魔術を展開するまでの間、俺は今一人でアーミーホッパーの大群に立ち向かっていた。
迫り来るアーミーホッパーの波。四方八方から襲いかかってくる獰猛な殺意。
そんな人によっては地獄のような環境の中、俺は最高な気分でアーミーホッパーを蹴散らし続けた。
「はっ、ははっ! いいぞ、いいぞ! 最高だ⋯⋯! 最高に楽しいぞ!」
まるで、無双ゲームをやっているような感覚に酔いしれていく。
アーミーホッパーは数は多いものの個の戦闘能力はザコであり、少し攻撃を与えただけで、簡単に消し飛ばすことができる。
一度【黒鉄の爪刃手甲】を振るえば数匹のアーミーホッパーが切り刻まれて絶命し、地面を蹴り上げれば飛来する石礫によってアーミーホッパーがミンチとなる。
時折アーミーホッパーの攻撃が掠って痛みが走るが、今はその痛みすらもなんだか心地よかった。
「おいおい⋯⋯こんなもんかよ! もっと来い! もっと、俺を楽しませろ!」
デスリーパーのような強敵との一騎打ちも楽しいが、今回のように圧倒的な数を相手にする戦闘も、楽しくて楽しくて仕方がない。
アーミーホッパーの大群に飛び込みながら爪刃を振り回すことで、一気に十数匹ほどアーミーホッパーを切り刻むことができる。
腰よりも上の高さにいるアーミーホッパーは爪刃で蹴散らし、腰より下から襲ってくるアーミーホッパーは【豪脚】の力で粉砕し、ただひたすらにアーミーホッパーを狩り、狩り、狩り続けていく。
数は一向に減らないが、このまま何時間と戦い続ければいつかは全滅させることができそうな勢いであった。
『チキチキ!』
『チキ、チキチキ!』
『チキチキチキチキ!』
仲間の屍を乗り越えてアーミーホッパーが次々に襲いかかってくるが、その程度で俺を倒すことができると思ったら大間違いだ。
見てるか? アーミーホッパーの指揮官よ。確かに、お前の統率能力はきっと指揮官として十二分に優れているのだろう。
だが残念なことにいくら指揮官としての才能が優れていたとしても、力技でゴリ押す俺のような存在は、あまりにもイレギュラー過ぎて対処できないはず。
作戦? 戦法? そんなの関係ない。
必要なのは、相手を完膚なきまでに叩きのめすことができる圧倒的な力なのだ。
「俺を倒したいならデスリーパーの軍勢でも引き連れてくるんだなっ! こんなただデカいだけのバッタじゃ、勝負にすらならないぞっ!」
ダメだ。楽しすぎて、異世界の頃の荒んでた俺が出てきてしまう。
俺には、返り血を浴び過ぎて血の匂いに酔ってしまい、ただ戦いを求める戦闘狂に成り果ててしまったという過去がある。
だがこのダンジョンにいるモンスターはどれだけ切り刻んでも血が出ることはないため、血の匂いに酔うことはない。
それが、今の俺にとってせめてもの救いであった。
なんて一人でアーミーホッパーの大群を相手にして楽しんでいると、いつの間にか周囲が暗くなっていることに俺は気づく。
もしやと思い空を見上げてみると、清々しいほどの快晴の青空が呑み込むように、闇色をした雲が空を覆い尽くさんとしていた。
ゴロゴロ、ゴロゴロと、今にも雷が落ちそうな音を響かせる雲を展開し続けているのは、誰でもないあの桃葉さんであった。
「これが魔術か⋯⋯時間がかかる分、確かに魔法よりも規模が凄まじいな⋯⋯!」
前階層で桃葉さんがオニゴロシムカデに食らわせた『ヴィ・サンダーフォール』とは訳が違う。
あの魔法はモンスターの頭上に雷を一発落とすための雲を展開するだけだったが、今俺の頭上に広がり続ける雲は、一発二発の雷だけじゃきかないくらいの質量を誇っている。
もしこれが成功すれば、きっと一気にこの戦況を覆すことができるだろう。
「──アマツさーんっ!!」
アーミーホッパーを切り刻みながら空を見上げていると、突然後方から俺の名を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声に釣られて後ろを振り向くと、そこには見たことのない杖を天に向かって掲げる、桃葉さんの姿があった。
だが桃葉さんはかなり辛そうな顔をしていて、天に掲げている杖の先端にある水晶からは、バチバチ、バチッ! と、今すぐにも溢れんばかりの稲妻が弾けるように空気を震わせていた。
「できれば、早くこっちに来て⋯⋯! このままだと、巻き込んじゃうから⋯⋯!」
振り絞るような声を上げる桃葉さんに俺は一度背を向け、アーミーホッパーの大群を引き連れて花園を駆け回る。
そして一定の距離をとったところで急旋回し、【豪脚】を連続使用して一気にアーミーホッパーたちを置き去りにしていった。
今俺がいる場所から桃葉さんが立っている場所までの距離は、およそ20メートル。
そこで桃葉さんは空に掲げている杖を地面に突き立てるべく、思いっきり杖を振り下ろしていた。
その瞬間、俺の足元──いや、桃葉さんが展開した雲によってできた影に、円形の光が差し込むようになる。
バチバチッ、バチッと、足元にて無数に展開される円形の光は電気を帯びていて、それに応えるように空からはゴロゴロと、雷が轟くような音が聞こえてくる。
そして俺は、桃葉さんが杖を地面に突き立てたと同時に、桃葉さんの足元付近に転がるように滑り込んだ。
「はぁ、はぁ⋯⋯アマツさん、本当にありがとう⋯⋯!」
「あぁ。さぁ、ここからは桃葉さんの時間だ。存分に味あわせてやってくれ」
「うんっ⋯⋯!」
ヴヴヴ、ヴヴヴヴヴと羽音を立てながら、万近くはいるアーミーホッパーの大群が俺たちの元へ一直線に跳んでくる。
そんなアーミーホッパーたちを前に、桃葉さんは大きく深呼吸をしていた。
そして、呼吸が整ったと同時に桃葉さんは空に向けて人差し指を振り上げ。
「祝え、謳え、崇めろ! これこそが天の怒り、千却万雷!」
桃葉さんの声に呼応するように杖先にある水晶が眩い閃光を放ち、そして天を覆い尽くす雲に向かって一筋の光が伸びていく。
目にも留まらぬ速度で唸りながら伸びていくその光が、空を覆う分厚い雲を貫く。
そして、空を闇色に染め上げる雲全体に稲妻が走って激しく明滅したと同時に、桃葉さんが天高々に振り上げた人差し指を振り下ろし。
「──降り注げ! 雷咬大天雨雨ッ!!」
桃葉さんの声が広大な花園に響き渡り、それに共鳴するかの如く空が轟く。
そして、天に向けて一筋の光を放つ水晶に、桃葉さんの振り下ろされた人差し指が触れた刹那──
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
怪しく蠢く雲から、白雷が瞬き落ちる。
それにより生じる瞬光と爆音、そして風圧によって俺は身の危険を感じ、その場で片膝をついて顔を上げるのだが。
そこで俺は、世界の終焉の如き絶景を目の当たりにした。
始まるは雷の宴。
響き渡るは轟音のオーケストラ。
一つの雷で百数匹のアーミーホッパーが塵と化し、上がる断末魔の叫びも、その悉くが雷の唸りによってかき消されていく。
一つ落ちればまた一つ。二つ落ちればまた二つ。三つ落ちればまた三つ。
やがて、数えることが不可能になるほどの雷が綺麗で色鮮やかな花々が咲き誇る花園を、地獄の焦土へと変えていった。
それはまさに雷の雨。無差別かつ平等に降り注ぐ死の光は、生きとし生けるものを蹂躙し、その儚き命を踏みにじっていく。
桃葉さんを中心として、半径三メートルから外は完全にデッドゾーンだ。
雷が落ちる場所は先ほど俺の足元に差し込んだ円形の光の中心であり、地面がピカッと光ったと思えば、その瞬間にはもう雷が落ちている。
秒にして、およそ0.05秒ほどだろうか?
俺なら回避することは容易ではあるのだが、この魔術の攻撃範囲は雲の下全てなため、一度巻き込まれてしまえば逃げ場はない。
アーミーホッパーはなんとかしようとこちらに向かって突っ込んでくるのだが、その心意気やよし、しかし直ぐに無へ還る。
「は、ははっ⋯⋯俺は桃葉さんの実力を完全に見誤っていたようだ。これはさすがに、素直に認めざるを得ないな」
「え、えへへ⋯⋯! でしょでしょ、すごいでしょ⋯⋯!」
こちらに振り向いてニコッと笑いながらピースサインを見せてくる桃葉さんだが、その笑顔はいつもよりぎこちなく、辛そうであった。
汗もすごいし、足元も少し覚束ないし、なにより見て分かるくらい顔色が悪くなっている。
そんな中でも、アイドルとしての桃葉モモを保ってカメラに向けて笑顔を振り撒く桃葉さんの姿は、まさに正真正銘アイドルそのものであった。
そして、雷が降り注いでから2分ほどが経過して。
地面や空、そして地平線の彼方まで黒く埋め尽くしていたアーミーホッパーはどこへやら。
ヴヴヴという耳障りな羽音も聞こえなくなっており、ただただ焦土と化した花園だった大地が、目の前には広がっていた。
「アマツさん⋯⋯! これが、モモの本気の本気だから⋯⋯!」
「⋯⋯俺だったら数時間はかかってたところを、まさかたったの2分で片付けるなんてな。素直に脱帽だよ、桃葉さん」
「あ、あはは⋯⋯モ、モモからしたら、数時間であの数のアーミーホッパーを倒しきる自信があるアマツさんの方がすごいよ⋯⋯っ」
そこまで言ったところで、桃葉さんがフラッとその場で倒れてしまいそうになってしまう。
だから俺はすぐに桃葉さんを支えるように受け止め、そしてそっと地面に桃葉さんを寝かせてあげた。
「ご、ごめん、ね⋯⋯っ、また、魔力切らしちゃった⋯⋯」
「気にするな。あれだけの魔術を行使したんだ。魔力だけでなく、体にだって負担があるに決まってる」
「で、でも⋯⋯っ」
「おい、起きるな。いいから今は、ここでゆっくりと休憩することが──」
『チギチギ、ギギィーッ!!』
起き上がろうとする桃葉さんを再び寝かせるべく、その肩に手を置いた瞬間。
遠くの方から、ボフンッ! と砂埃を巻き上げながら、耳障りな鳴き声を響かせる一匹のモンスターが現れる。
そのモンスターはアーミーホッパーと同じ大きさをしたバッタであったのだが、明らかに一つだけアーミーホッパーと違う点がある。
それは、頭の上に生えているまるで王様の冠のような角であった。
アーミーホッパーと違った容姿。そして、あの雷の雨の中生き残っている生命力。
それだけで、そのバッタがアーミーホッパーたちに指示を飛ばしていた指揮官であることを、俺は瞬時に理解した。
「桃葉さん、ここで待ってろ。あとは俺が終わらせてくる」
「う、うんっ⋯⋯あとは、よろしくね⋯⋯? あ、それと⋯⋯コレ、アマツさんの⋯⋯っ」
そう言って、俺が先ほど桃葉さんに預けた【死神の黒纏衣】を手渡してくれる。
だから俺はそれを受け取ってバサッと羽織り、桃葉さんに向けてニッと笑みを見せてやった。
「ありがとな。さっ、あとは俺に任せろ。桃葉さんの頑張りは、絶対に無駄にはしない」
桃葉さんの返答を待たずして、俺はすぐさま【豪脚】を使用して大地を蹴り飛ばし、焦土に変わり果てた大地を駆け抜けていく。
そしてその道中で、俺は戦いが始まる前に地面に突き立てておいた【首断ツ死神ノ大鎌】を手にし、体の表面を焦がした王様バッタへと肉薄した。
『チキ、ギギィッ!?』
100メートル以上は遠くにいたはずの俺が急に目の前に現れたことで驚きが隠せないのか、王様バッタが驚いたような鳴き声を上げる。
だが次の瞬間、王様バッタは羽を広げて太い脚で地面を蹴り上げ、天に向かって高く跳躍していった。
『チギチギ、チーギッギッギッ!』
空という、人間には決して手の届かないところへ跳んだことで王様バッタはこちらを嘲笑うかのような鳴き声を上げていた。
確かに、その選択は非常に正しく賢い選択であるだろう。まさに、模範的な行動だ。
だが──
「──空がお前だけの独擅場だなんて、誰が言った?」
『ッ!?!?』
俺は【空歩】と【豪脚】を駆使して天へと駆け上がり、そして王様バッタと同じ目線にまで到達する。
それにはさすがの王様バッタも理解不能といった表情を浮かべており、羽を広げたと思えばこちらに背を向けて、逃走を図ろうとしていた。
だが、王様バッタが跳ぶよりも早く俺は空を移動し、王様バッタの正面へと回り込んだ。
『ギ、ギギィッ!!』
やけになったのか、王様バッタが凶暴なまでの殺意を放ち、俺を喰らうべく真正面から突っ込んでくる。
だから俺はそんな王様バッタの首筋に狙いを定め、両手で柄を握り締めた大鎌を体を捻りながら大きく振りかぶり。
「悪いな。お前じゃ、俺には勝てない」
『ギィ──ッ』
小さな断末魔が、静寂に包まれた焦土の花園に響き渡る。
宙を舞う首。キラキラと、まるで星屑のように煌めき風に吹かれてどこかへ飛んでいく、白い光の粒。
俺はそんな光の粒を眺めながらも、雲が消えて快晴の青空となった空を仰ぎ、そのまま空を泳ぐように地上へと降りるのであった──
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