第41話  分析

「はっ! ふっ!」


 新たに封印から解放したスキル【豪脚】を使用し、俺は迫り来るアーミーホッパーの大群に石礫や岩などを蹴り飛ばし続ける。


 それによりアーミーホッパーは砕け散って白い光の粒となり消えていくが、その程度の攻撃では全く数を減らすことができず。


 それどころか、時間が経過するに連れてアーミーホッパーの数が増えているように感じ、俺は小さな舌打ちを打っていた。


「まさか、危険度F程度のモンスターにここまで苦戦する羽目になるとはな⋯⋯」


「数が数だから仕方ないよっ。多分、これだけの数がいると危険度B+か、それ以上に匹敵するかもしれないし⋯⋯」


 物量で押し潰してくるアーミーホッパーの大群に襲われている感覚は、まるでゾンビパニックそのもの。


 どれだけ倒しても後続のアーミーホッパーが仲間の亡骸を乗り越えてきて、どれだけ力を見せたとしても、己が犠牲になる覚悟でアーミーホッパーたちは襲いかかってくる。


 まさに、自己犠牲の塊だ。自分が死んでも仲間が倒してくれるならいいという、そんな狂気に包まれていた。


「桃葉さん、魔力の方は?」


「うんっ、いけるよ! まだ全回復はしてないけど、それでも8割は回復してる!」


「よし。それなら、早速任せてもいいか? 今回のボスモンスター戦は、桃葉さんが勝利の鍵を握っている。頼むぞ」


「⋯⋯っ! わ、分かった! アマツさんにそこまで期待されちゃったら、モモ頑張るしかないもんね!」


 胸の前でグッとガッツポーズをしながらも、桃葉さんがディーパッド内から逃げる際にしまっていた杖を取り出し、両手に構える。


 そして俺はそのタイミングで【豪脚】と【空歩】を使用し、一気に天高くにまで飛び上がってアーミーホッパーから距離を取った。


「最初から全力でいっちゃうよー! 蹴散らせ! ライトニング・リ・ボルト!」


 桃葉さんがそう叫ぶと、杖の先端にある蒼白い宝石からバチバチッと稲妻が走る。


 そして稲妻を纏った杖を桃葉さんが振るうことで宝石から凄まじい白光が炸裂し、空気を震撼させる電撃の嵐がアーミーホッパーたちに降り注いだ。


『ヂッ!?』

『ピギッ!?』

『ギギィ⋯⋯!?』

『ピギィ──』


 桃葉さんの扱う『ライトニング・リ・ボルト』は、高火力の電撃を広範囲に拡散させる魔法だ。


 それでいて、電撃に触れて一度感電してしまうと、そこから更に電撃が拡散して周囲にも大ダメージを与えることができるのだ。


 そのおかげかたった1発の魔法で100匹以上のアーミーホッパーが黒焦げになっており、俺が石や岩を蹴り飛ばすよりも遥かに早く、アーミーホッパーを消し炭にすることができていた。


「ふふーん! これがモモの実力なんだから! どう? どう? モモすごい? すごいでしょ!」


「あぁ、さすがだ! そのアピールがなければ、今頃もっと褒め称えていたところなんだけどな!」


「なにそれ〜!? もうっ、アマツさんったら素直じゃないんだから〜!」


 なんてお互いに軽口を飛ばし合っているのだが、その際に目が合うことで、俺たちは同じタイミングで噴き出して笑っていた。


 お互いにお互いを茶化したり、煽ったりを続けていれば、普通なら雰囲気が悪くなってしまうことが多い。


 だが桃葉さんとのコミュニケーションはこれが最適なのか、互いに互いをイジるようなこの関係が、なんだか変に心地よかった。


「でも、あまり数は減ってないよね。このまま打ち続けるのもいいんだけど、そしたらまた魔力が枯渇しちゃうよ」


「そうだな⋯⋯というか、ちょっとした疑問があるのだが⋯⋯」


「疑問? なになに?」


「このバトルの勝利条件って、一体なんなんだ?」


 ふと気になったことを、俺は声に出して言ってみる。


 だが桃葉さんはどういうことか分からないと言った様子で、不思議そうに小首を傾げていた。


「勝利条件って、そんなのボスモンスターを倒せばいいだけじゃ──あっ」


 そこまで言って、ようやく桃葉さんも俺の言葉の意味を理解することができたらしい。


 ダンジョンは最終階層にて待ち構えるボスモンスターを討伐することで、晴れて踏破という形でダンジョンをクリアすることができる。


 前回挑んだ【光苔の洞窟】もそうであり、ボスモンスターである【ラージアシッドスライム】を討伐することで帰還用の【転送陣】が生成され、俺はダンジョンの外に出ることができた。


 では、仮に【蠱惑の花園】でも攻略条件が同じだとして。


 最初にこの階層にいたのは、たった1匹だけの【アーミーホッパー】であった。


 そのアーミーホッパーに桃葉さんが魔法を放つことで、1匹のアーミーホッパーは仲間を呼び、今に至るというわけだが。


 今この広大な花園にいるモンスターは、アーミーホッパーしかいない。


 そうなれば、1番最初にアーミーホッパーを討伐した時点でボスモンスターを討伐したということになるため、そこで【転送陣】が生成されてもおかしくはない。


 だがどこを見渡しても、帰還用の【転送陣】らしき魔法陣を見つけることができなかった。


「⋯⋯妙だな」


 仮に危険度がFだとしても、万近くのアーミーホッパーの大群を全て討伐することでクリアになるなんて、そんなのあまりにも鬼畜すぎやしないだろうか?


 そう考えると、色々と達成条件の候補が浮かび上がってくる。


「どうすれば攻略完了となる? アーミーホッパーを全滅させるとか、正直無理ゲーだぞ」


「うーん、そうなるとやっぱり一定時間生存するとか、一定数のアーミーホッパーを倒すとかかな⋯⋯?」


「だが仮にそうだとしたら、あまりにも不親切過ぎないか? やっぱり、どこか見落としている点があると思うんだよな⋯⋯」


 考えろ。仮にこれがゲームだとしたら、俺はここでどんな選択肢を選ぶ?


 ここでアーミーホッパーを全滅させる。おそらく、それも1つの手段ではあるのだろう。


 だがもっと簡単にこの状況を突破する方法があるはずなのだ。


「桃葉さん。しばらくアーミーホッパーを任せてもいいか? その間、色々と考えさせてくれ」


「う、うん、分かった⋯⋯! でも、ももかのこと離さないでね⋯⋯?」


「大丈夫だ。桃葉さんのことは、この俺がしっかり守ってやるからな」


「きゅぅっ」


 なんだか変な鳴き声みたいな声を上げる桃葉さんだが、これで俺は考察に移ることができる。


 そして変な声を上げていた桃葉さんもすぐに自分の役割を果たすべく、一度首を左右に振ってから、アーミーホッパーを迎撃するべく杖を構えていた。


「ライトニング・リ・ボルト!」


『チキチキッ!?』

『ヂーッ!?』


 桃葉さんが放った二度目の『ライトニング・リ・ボルト』により100匹以上のアーミーホッパーが死滅するが、それでもやはり数は減らない。


 目を凝らせば遠くからどんどん援軍が跳んできており、倒しても倒してもキリがないことが分かる。


 もしかして無限湧きか? だが、こんな中級者にオススメされているようなダンジョンで、そんな鬼畜仕様なことあるのか?


 そこで俺は、とあることを思い出した。


 それはネットで【蠱惑の花園】を調べた時、このダンジョンはとある2人組のディーダイバーが踏破したという記事が出てきたことである。


 そのネット記事によるとこのダンジョンはその2人しか踏破できておらず、情報がかなり少ないダンジョンであったのは確かである。


 俺はボスモンスターのネタバレが嫌だったため、このダンジョンにどんなモンスターが出るか、どんなボスモンスターがいるのかは一切調べなかった。


 だが唯一分かるのは、このダンジョンを踏破した2人のディーダイバーが、どちらも俺のように近接職だったってことである。


「(明らかに魔法が効果的なこの場所で、あの2人はどうやってここを突破したんだ⋯⋯?)」


 魔法を放ち続ける桃葉さんをしっかりと抱き寄せ、ひたすらに【豪脚】と【空歩】を使用してアーミーホッパーから距離を取りながら、考え続ける。


 アーミーホッパー、アーミーホッパー⋯⋯直訳で軍隊飛蝗か? 確かに、その名の通り軍隊クラスで数が多いモンスターだ。


 軍隊ということは、1匹1匹が兵士ということ。


 そしてアーミーホッパーの説明文には、数百万を超える大群でとある帝国を滅ぼしたとか書いてあったはずだ。


「(ん、待てよ⋯⋯?)」


 そこで俺は、小さな違和感を抱いた。


 アーミーホッパーの説明文に出てくる帝国は、確か何百何千年と戦争に勝ち続けてきた最強無敗の帝国だったはず。


 ではなぜ、その帝国は何百何千年と勝ち続けることができたのか。


 それはもちろん一人一人の兵士の強さや備蓄の量などが関係してくると思うが、それよりも重要な要素がある。


 その重要な要素とは、兵士たちに指示を出したり作戦などを立てたりする、の存在だ。


 どれだけ兵士が弱くても、指揮官が有能で聡明ならば不利な戦でも戦況をひっくり返すことが可能だ。


 だが逆に、どれだけ最強の軍隊を抱えていたとしても、指揮官が無能ならそれだけで簡単に戦に負けてしまうことがある。


 きっと帝国には、戦況を見極めることに長けて、兵士を扱うことが上手な指揮官がいたのだろう。


 仮にもし帝国の指揮官が無能だとしたら、兵士たちの統率はめちゃくちゃになり、意思疎通をとることもできず、戦争に勝ち続けることは不可能だったはずだ。


 では、今の状況はどうだろうか?


 アーミーホッパーの統率は完璧であり、敵である俺と桃葉さんを食らうべく、仲間の屍を踏み越えてでも襲いかかってきている。


 それがアーミーホッパーの習性と言われればそれまでだが、そんな行動を、何千何万といるアーミーホッパーたちが徹底できるとは思えない。


 だって、アーミーホッパーは俺と桃葉さんが近づいてくることすら気づけなかったモンスターだぞ?


 そんな呑気なモンスターがこうして大群を作り、時には先回りをしようと進路を変更してきたり、時には二手に分かれて挟撃してきたりできるだろうか?


 答えは、否だ。仮にそこまで頭が働くのなら、アーミーホッパーの危険度はFではなく、最低でもEとかDとかあってもおかしくはない。


 弱いからこそ、群れる。群れることしかできないからこそ、個々の力が弱くてアーミーホッパーの危険度はFなのである。


 だが今の脅威は、いくら数が多いにしても危険度Fの領域を遥かに逸脱している。


 となると、導き出される答えは1つしかない。


「⋯⋯いるのか? この中に、アーミーホッパーたちに指示を飛ばしている指揮官が」


 もしこの中に、アーミーホッパーたちに指示を飛ばす指揮官的な存在がいるとすれば。


 そしてもしその指揮官的な存在のモンスターが、この【蠱惑の花園】最終階層のボスモンスターだとしたら。


 仮にそうだとしたら、一番最初に桃葉さんが1匹のアーミーホッパーを倒した時点で【転送陣】が出てこなかった理由にも繋がってくる。


 そして、そうなってくるとこの【蠱惑の花園】を踏破した2人のディーダイバーがどちらも近接職なのにも、納得がいくようになる。


 魔法が扱えなければ、いくら実力があってもこれだけの数を相手にするのはあまりにもジリ貧であり、あまりにも非現実的すぎるだろう。


 だが仮にもし、アーミーホッパーを全滅させるのではなく、アーミーホッパーたちに指示を飛ばしている指揮官的なボスモンスターを討伐することが勝利条件だとしたら。


 いくら多勢に無勢でも、近接職だけでこの状況を乗り越えるのだって不可能ではないだろう。


「⋯⋯桃葉さん、分かったぞ。この最終階層の、カラクリがな」


「えっ、ほ、本当に!?」


「あぁ。だが、気づくのが遅すぎた。もっと早く気づいていれば、やりようはあったのだが⋯⋯」


 そうだ。もし俺の考察が正しければ、ここまでアーミーホッパーが集まってくる前に指揮官を探し、討伐することが可能であった。


 だが気づくのが遅すぎたせいで、アーミーホッパーたちはとんでもない量になっているし、至るところに散らばっているせいで指揮官を探し出すことが非常に困難となっている。


 これは、完全に俺のミスだ。そう思いギリっと奥歯を噛み締めていると、そんな俺の胸元を桃葉さんがつんつんとつついてきて。


「アマツさんがなにに悩んでるか、モモに分からない。でもモモなら⋯⋯モモになら、この状況をなんとかすることができるかも⋯⋯!」


 キリッとした表情で、そう口にする桃葉さんは。


 今の俺にとっての、まさに救世主のような輝きを放っていた──

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