第87話 家に帰ってきて
「⋯⋯寝れん」
家に帰り風呂に入り終えた俺は、ベッドの上で寝転がって少ない時間でも睡眠時間を確保しようとしたのだが。
やはりと言うべきか。あれだけの出来事があったばかりで脳の興奮が収まるはずもなく、軽い眠気はあるのに目が冴えてしまい、一睡もすることができなかった。
時刻はもうすぐ5時になる頃合。
カーテンの隙間から見える空は既に青くなり、いつ太陽の日差しが差し込んできてもおかしくないほどのいい天気であった。
「⋯⋯寝なくていいな、こりゃ」
下手に寝てしまうとかえって起きた時に体がだるくなる気がするし、なにより学校に行きたくなくなってしまう。
別に学校くらい一日休んでも問題はないと思うが、そのせいで誰かに迷惑をかけたりするのは御免だし、次の日に悪目立ちしそうでなんだか面倒だ。
だから俺は体を起こしてベッドから降り、リビングにある椅子に座って適当にスマホを開くことにした。
「うわ⋯⋯SNSって、こんな簡単にフォロワーが増えるものなのか⋯⋯?」
配信を終える直前に、俺はSNSのアカウントを公開して視聴者の人たちに軽く宣伝をした。
それはあくまで俺の名を騙る不届き者が多く、俺の名を利用した詐欺行為が露呈したからこその簡単な処置に過ぎなかったのだが。
宣伝してまだ1時間と少し。それなのにフォロワー数は3万を超えていて、今眺めている間にも4万人近くに到達しそうになっていた。
そのSNSのトレンドにも俺の名前が載っており、『死神』や『アマツ』、はたまた『ユニークモンスター』や『EXダンジョン』など、俺の配信に関係している単語が多くトレンド入りしている。
そんな中、俺は一つ妙な記事を発見した。
「"【刀神剣姫】叢雨 紫苑二度目の敗北。史上最強のユニークモンスター【ガエンマル】を討つディーダイバーは今後現れるのだろうか"」
なんだか見覚えのある単語に、つい目が止まってしまう。
叢雨 紫苑。確か人気1位のサイバーRyouに次ぐほどの人気を集める女性のディーダイバーで、女性のディーダイバーの中では珍しくソロでダンジョンを攻略する配信者だったはず。
彼女は主に剣を──いや、正確には刀を主軸に戦うディーダイバーであり、剣と剣での戦いなら叢雨 紫苑に勝る者はいない的な話を、どこかの記事で見たことがある。
【刀神剣姫】という異名も、彼女がいかに刀の扱いに優れているかの証明になるだろう。
そんな叢雨 紫苑が、二度も敗北したユニークモンスター──【ガエンマル】は、調べてみると現状存在が明らかになったユニークモンスターの中でも、史上最強と呼ばれているらしく。
叢雨 紫苑だけでなく、多くのディーダイバーが【ガエンマル】に挑戦し、まだ誰一人として攻略法どころか弱点すら発見することができていないらしい。
だがそんな中でも、SNS上ではガエンマルだけでなくエリュシールの話題も挙がっていて。
──近接戦最強のユニークモンスターはガエンマルだが、魔法系のユニークモンスターの中ではエリュシールが最強クラスではないだろうか。
──ガエンマルと違って、エリュシールと戦うには危険なダンジョン内を探索する必要があるから、ガエンマルよりもエリュシールの方が厄介。
──ガエンマルはEXダンジョンの特性上ディーダイバー個人の技量が最重要だが、エリュシールは技量だけではどうしようもない。そもそも、一人で討伐なんてアマツ以外じゃ不可能に近い。
──その代わり、最初からエリュシールが黒幕であると気づけたら月の魔女に成る前に倒せるから、そういう意味ではガエンマルよりも倒しやすい相手ではあるかもしれない。
──でもあの状態じゃまだユニークモンスター化してないから、倒すことは出来ても特別な報酬や称号は獲得できないような気がする。
──EXダンジョンは一度攻略されたら二度と挑むことができなくなるからな⋯⋯初見で攻略したアマツは一体何者なんだ。
などなど、ユニークモンスターの考察やら俺の知らなかった情報やらが、SNSを見漁ることでどんどん出てくる。
何気に、EXダンジョンは一度攻略したら二度と挑むことができなくなるというのも初耳であり、あの世界の星に埋め尽くされた綺麗な夜空は、もう二度とお目にかかることができないということだ。
たった一体しか存在しないユニークモンスターに、攻略されたら二度と挑むことができないEXダンジョン。
どうやら俺は、知らずのうちにとんでもない偉業を成し遂げてしまっていたようだ。
「あ、そういえば⋯⋯」
そこで俺は、あることを思い出した。
それはエリュシールを討伐したことで獲得した称号のことであり、俺はまだその称号を獲得したことで得られる恩恵を知らずにいる。
だから俺は、まず最初に【残夜の影く滅国】を攻略した事で得た【紅月夜ノ支配者】についてを調べてみることにした。
【称号:紅月夜ノ支配者】
【取得条件1:ユニークモンスターと化した紅月の魔女ルナ・エリュシールと対峙する】
【取得条件2:紅月の魔女ルナ・エリュシールを討伐する】
【恩恵1:スキル『影夜の帳』の発動】
【恩恵2:スキル『月光の恩寵』の発動】
【恩恵3:スキル『深淵纏い』の発動】
【神に近しい力を得た紅月の魔女ルナ・エリュシールを討伐し、夜の世界の新たな支配者となった者にのみ与えられる称号。夜を支配する者は、月に愛される者。明けぬ夜は近い】
取得条件から考えられるにSNSに挙がっていた考察は正しいようで、この称号はエリュシールが紅月の魔女としてユニークモンスター化した状態で討伐しないと、獲得することのできないものであった。
だが、デスリーパーの時と違ってこの称号を獲得してもクラスを得ることはできないらしく、この称号を獲得したことで得られる恩恵は、主に三つのスキルの取得のみであった。
「うーん、どれも聞いたことがないスキルだな⋯⋯」
聞いたことのないスキル名ではあるが、ユニークモンスターを討伐したことで得られるスキルならば、きっとかなり強力なスキルなはず。
そのため、俺はとりあえず新しく得たスキルの詳細を調べてみることにした。
【スキル名:影夜の帳】
【効果:暗い空間の中にて自動的に発動するスキル。自身の気配を消し、足音だけでなく呼吸音すらも消すことが可能となる。太陽の日差しによってできる木の影の下でもこのスキルは発動するが、影の下、日差しの届かない暗所、満月の夜、半月の夜、新月の夜の順にスキルの効果はより強力になる】
【スキル名:月光の恩寵】
【効果:月の光を浴びている状態でのみ自動的に発動するスキル。全ステータスが向上し、月が出ている間はその効果が持続する。新月下では微々たる上昇率だが、月が満ちれば満ちるほど上昇率が上がり、満月下では最大限の効果を引き出すことができる】
【スキル名:深淵纏い】
【効果:魔力に深淵属性を付与することが可能となる。深淵属性が付与された魔力を身に纏うことで神聖属性の攻撃や魔法、魔術を魔力量が許す限り相殺し、武器に付与することで相手に深淵属性のダメージを与えることができる。深淵属性によって出来た傷は魔法や魔術による癒しを弾き、相手に状態異常を付与しやすくなる】
「⋯⋯なるほど。どれも面白い効果だな」
【影夜の帳】と【月光の恩寵】の両方を最大限発揮することは不可能ではあるものの、それでも単体性能としてはかなり優秀であり、どちらも決して腐ることのないスキルだ。
フィールドが新月の夜ならば暗殺に特化した動きが可能となり、仮に満月の夜だとしても【影夜の帳】はしっかりと効果が発動するため、どちらも戦闘面で今後俺を助けてくれるスキルになるだろう。
だが残念なのは【深淵纏い】だ。
その効果はかなり強力ではあるのだが、俺には魔法や魔術の才能がこれっぽっちもなく、それに伴って魔力なんてものを俺は保有していないため、スキルを活用することができない。
魔石を使うことでなんとか補うことができそうではあるが、そこまでして使いたいスキルかと聞かれれば、別にそういうわけではない。
だがいつかどこかで必ず役に立つ日は来る。そんな感じのスキルであった。
「さて⋯⋯次は肝心のEX称号だが⋯⋯」
次に、文字の一部が文字化けしていて謎が多いEX称号──【紅月ノ魔女二⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎者】の詳細を調べるべく、その文字をタップしてみる。
だが結果はなんとなく予想していた通りであり。
「閲覧する条件を満たしていません──か」
文字化けしているためなんとなくそんな気がしたのだが、やはり詳細を調べようにも調べることができない。
というより、そもそもの話SNSやネットの記事を調べても、称号の話は出てくるもののEX称号の情報が一切出てこないのである。
俺が初めてEX称号を獲得した者なのか、それとも獲得している者は存在しているが情報を隠しているだけなのか、それは分からない。
だが今回俺がEX称号を獲得することができたのは、とんでもない奇跡が重なった結果に過ぎない。
ユニークモンスターはこの世に一体しか存在せず、倒してしまえば今後出会うことができなくなる。
そしてEXダンジョンも、攻略されてしまうと二度と挑むどころかダンジョン内に足を踏み入れることすら不可能となるため、もう誰も、俺ですら【残夜の影く滅国】の世界をこの目で見ることができない。
そんな中、俺は初見でユニークモンスターを討伐してEXダンジョンを攻略し、おそらくエリュシールと関係しているであろうEX称号を獲得することができた。
乱入モンスターであるデスリーパーを発狂させた状態で倒すことで獲得できる称号は、正直何回でも再チャレンジすることができるし、試行錯誤を繰り返せば誰でも獲得することができる称号だ。
だがEX称号に関しては、ユニークモンスターを倒してEXダンジョンを攻略してしまえば、獲得する機会を永遠に失ってしまうことになる。
今この世界でどれだけの数のユニークモンスターが討伐されているかは分からないが、それでも知らずのうちに、多くのEX称号が獲得不可能な状態になっている可能性だって少なくはない。
そういう意味で考えると、今回獲得したEX称号はどんな称号や、どんなスキルやクラス、ドロップアイテムよりも貴重で、希少価値があるものだろう。
それなのにその詳細を調べることができないことが、どうしてもむず痒くて仕方がなかった。
「⋯⋯あれ、お兄ちゃん⋯⋯?」
一人で称号について調べていると、突然後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには眠たそうに目を擦っている沙羅がいて、俺と目が合ったと思えばゆっくりとこちらに歩いてきて、俺の隣に座ってきた。
「⋯⋯お兄ちゃん、いつ帰ってきたの⋯⋯?」
「1時間くらい前だな。寝ようと思ったのだが、どうも寝付けなくてな」
「ふぅん⋯⋯」
普段の沙羅はもう少し寝起きでもシャキッとしているはずなのだが、不思議と今日はうつらうつらとしていて、瞼が重そうだ。
この感じ、実家にいた頃に何度か見覚えがある。寝起きで沙羅がここまで眠そうにしているということは、普段あまり夜更かしをしない沙羅が珍しく夜更かしをした証拠である。
だが沙羅が夜更かしをする日は金曜日や土曜日といった、次の日が休日の場合や、祝日である場合が多かった。
しかし日が変わった今日は木曜日であり、祝日であるわけでも、沙羅の学校が振替休日というわけでもない。
友達との電話が盛り上がったのだろうか? そう思ってしまうほど、年齢の割には自己管理のできる沙羅にしては珍しいことなのである。
「⋯⋯お兄ちゃん、さ」
「ん?」
「⋯⋯私のために、こんな時間になるまで配信してたの⋯⋯?」
「うーん⋯⋯もちろん、沙羅のためというか⋯⋯日々を過ごすためのお金を稼ぐためではあるな」
「⋯⋯それは嬉しいし、頑張ってるお兄ちゃんには感謝してもしきれないんだけど⋯⋯」
もじもじと、なにか言いたいけど言い出せないような雰囲気で、俺に話しかけてくる沙羅。
だから俺は沙羅を急かさず、ただ静かに沙羅の次の言葉を待つことにした。
沈黙の時間が続く。だがそこでようやく沙羅は、ゆっくりと口を開いてくれて。
「⋯⋯っ、お兄ちゃんが、どんな配信をしてどんなモンスターと戦ってるのか、知らないよ? でもね、モンスターと戦うのは怖いことだと思うし、痛い思いもすると思うから⋯⋯」
そう言って、俺の左腕にそっと触れてくる沙羅の小さな手。
これはたまたまか、はたまた偶然か。その左腕はエリュシールと戦っている時に切り落とされた、俺が今回の戦いで最もダメージを受けた場所であり。
俺から見て沙羅は左に座っているためおそらく偶然なのだろうが、俺の左腕に触れてくる沙羅の手が、なんだかいつもよりも温かく感じた。
「⋯⋯お兄ちゃんに、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「⋯⋯うん。その⋯⋯日曜日。今週の日曜日はさ、ちょっと一日時間を作ってほしいんだけど⋯⋯」
お出かけでも行きたいのだろうか。それとも、なにか俺の力が必要な用事でもあるのだろうか。
それは、今の言葉からはまだ分からないことなのだが。
「分かった。今週の日曜日は、配信もしないしダンジョンにも行かない。一日時間を作るよ」
そう、沙羅の要望に応えるように頷くと。
「⋯⋯うんっ。ありがと、お兄ちゃん」
沙羅は嬉しそうに、そしてどこか安心したように、にこっと年相応の子供らしい笑顔を浮かべていた──
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