第86話 EX.残夜の影く滅国-⑲
称号。
それは獲得することで様々な恩恵を受けることができる、レベルやスキルとはまた違ったシステムである。
称号を獲得する方法を俺は完全に理解したわけではないのだが、乱入モンスターとして出現したデスリーパーを発狂させた状態で倒すことで称号を獲得した以上、称号の獲得にはある一定の条件があると俺は思っている。
まず、今回手に入れることができた称号の一つである【紅月夜ノ支配者】は、紅月の魔女と成ったエリュシールを倒し、EXダンジョンである【残夜の影く滅国】を攻略したからこそ、獲得できた称号だろう。
だが、肝心なのは二つ目の称号だ。
その名は【紅月ノ魔女二⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎者】である。
今まで、ディーパッドの画面上に表記される文字が文字化けすることはなかった。
だがこの称号は大事なところが文字化けしており、しかもこの称号はただの称号などではなく、【EX称号】というカテゴリに分類されているのだ。
初めて見る単語に、動揺が隠せない。だがEXという文字が入っているということは、この称号は普通の称号よりもレアで、強力な恩恵をもたらしてくれる称号なのかもしれない。
早く調べたい。早くどんな恩恵があるのか知りたい。という好奇心に駆られながらも──
「えー⋯⋯こほん。視聴者の皆様のおかげで、なんとか今回もダンジョンを攻略することができました。平日の夜から長時間の配信となってしまいましたが、ここまで付き合ってくださり誠にありがとうございました」
目の前でふよふよと漂うカメラに向け、俺は頭の中で言葉を選んでからゆっくりと丁寧に話しかけ、そして軽くお辞儀をした。
そう。このEXダンジョンに足を踏み入れてから色々と夢中になっていたが、今俺はディーダイバーとしてダンジョン攻略を配信しているのである。
探索や攻略に時間をかけすぎたせいで、俺も俺で今の今まで配信中であったことをすっかりと忘れてしまっていた。
そしてお辞儀を終えて頭を上げると、カメラが俺の目の前にコメント欄を表示してくれて。
────コメント────
・まるで一つのドラマを見てる気分だった。
・めちゃくちゃすごかった! 今日は早く寝ようと思ってたけど、死神の本気が見れて最高だったぞ!
・伝説の初配信に続いて、また伝説を作ってしまったな。
・お前何者なんだ?
・アマツ、お前がナンバーワンだ。
・強いとかいう次元じゃない。ディーダイバー最強ランキングサイトに載る日も近いな。
・普通に感動した。アマツ、お疲れ様!
・EXダンジョンに入ってから2時間以上垂れ流しだったのに、ここまで見入っちゃう配信中々ないぞ。
・視聴者サービスもほしいけど、死神には戦ってほしいわ。
・配信二回目でユニークモンスター撃破とか、歴代最速クラスじゃね? しかも単騎での突破とか、異次元すぎる。
・男だけど惚れました。
────────────
しばらく配信を放置しすぎたせいで非難轟々かと思っていたのだが、以外にも視聴者たちのコメントは暖かいものばかりであり。
────スーパーチャット────
¥15,000 Rally
・ユニークモンスター討伐記念!
ユニークモンスターの中でもあれだけ強い相手を1人で討伐するとか、本当に凄すぎます!
────────────────
────スーパーチャット────
¥30,000 りんごなしみかん
・まさに伝説の配信!
初配信でも偉業を残して、二回目の配信でユニークモンスターを倒した配信者なんて史上初ですよ! 本当におめでとうございます!!
────────────────
────スーパーチャット────
¥50,000 通りすがりの金投げおじさん
────────────────
────スーパーチャット────
¥3,400 PanDa
・初配信の最初の方から見てます。
あまり大きな額は送れませんが、ユニークモンスター討伐おめでとうございます。
────────────────
────スーパーチャット────
¥10,000 Lilili
・最初はどうなるかハラハラしたけど、最後は死神らしく終わって感動しました。最高のドラマ、ありがとうございました!
────────────────
ピコーン! ピコーン! と、コメント欄に混ざって流れてくるスーパーチャットの数も非常に多く、その額もつい声が出てしまうようなものが多かった。
同接数は9万と5千。ギリギリ10万には到達しなかったものの、ここまで長い配信をこれだけの数の人たちが見に来てくれるだけで奇跡みたいなものであり。
読めないくらい凄まじい勢いで流れるコメントの数々にお礼の言葉を述べながらも、俺はただ視聴者の人たちに感謝することしかできなかった。
「ここまで応援してくださる皆様に色々とコメント返しをしたいのですが、時間も時間なのでこの辺りで配信は切り上げようと思います。本当に、申し訳御座いません。いつも暖かいコメントと、スーパーチャットでの応援ありがとうございます」
そう言いながら頭を下げると、コメント欄には残念そうにするコメントが流れてきながらも、俺を労ってくれるコメントも多く流れてくる。
だから俺は、配信を始める前に視聴者の人たちに教えようと思っていたとあることを、最後の締めとして口に出した。
「こんな状況で言う話ではないと思いますが、SNSを始めました。元々始めるつもりはなかったのですが、偽アマツに騙される人たちをこれ以上増やさないため、とりあえず簡単にですが作ってみました。IDは──」
口頭でIDを伝えると、すぐにコメント欄にフォローをしたという報告のコメントが多く流れてくる。
早速フォローをしてくれる視聴者の人たちに感謝しつつも、俺は最後にもう一度深くお辞儀をした。
「それでは皆さん、また次回の配信でお会いしましょう」
ディーパッドを操作し、カメラを停止させて配信を終わらせる。
暗転したディーパッドの画面に浮かび上がる、『配信を終了しました』の文字。
その文字を確認してから、俺はその場で崩れ落ちるように背中から地面に倒れ込み。
「はぁ、はぁ⋯⋯! し、死ぬ⋯⋯!」
視界を埋め尽くすほどの星空と、夜空の半分を埋める大満月と、未だにこの地に降り注いでいる流れ星を眺めながら。
俺はそこで、一人になることでようやく弱音を吐き出すことができていた。
「エリュシール、強すぎだろ⋯⋯! なんだあのめちゃくちゃな戦闘能力⋯⋯異世界でも、あのレベルの敵は数えられる程度しかいないぞ⋯⋯」
ズキ、ズキ、と、絶え間なく激痛が走り続けている無くなった左腕。
これが幻肢痛なのだろうか。もちろん傷口を焼いて止血した断面も痛すぎるのだが、それよりも無いはずの左腕に響く痛みのせいで、息が上がってしまう。
だが息が上がることで、おそらく複数本折れているだろう肋骨が肉体や臓器に刺さり、息を吸うだけで尋常ではない痛みが襲いかかってくる。
咳き込めばその倍以上の痛みが俺を襲い、その他にも酷使し続けたことで悲鳴を上げている足や、エリュシールの炎に巻かれることで焼け焦げた肌がめくれ、段々と気持ち悪くなってきて吐き気がしてくる。
【魔奪装纏】のスキルがあったとはいえ、一本も杭を抜いていない状態でエリュシールに勝てたのは奇跡だ。
それこそ、エリュシールが魔法や魔術に超絶特化したモンスターだったからこそ魔剣ダラクでなんとかすることができたが、あれで近接戦闘もできるタイプのモンスターだったら、俺はきっと今頃完膚なきまでに叩きのめされていただろう。
「ユニークモンスター⋯⋯さすがに強いな」
危険度A-のドライアードリピー。危険度Aのデスリーパー。危険度A+のダークナイト・テラー。
危険度Aクラスのモンスターはどれも強敵であり、危険度Bと危険度Aの間には大きなレベルの差を感じるほど、危険度Aのモンスターは厄介な存在である。
だがエリュシールの強さは、危険度Aとかそんな次元の話ではなかった。
一応エリュシールのレベルや危険度は【測定不能】と表示されていたが、それでもあの強さから考えるに、危険度A+などではないのは確実だ。
俺は未だに危険度Sクラスのモンスターとは一度も戦ったことがないのだが、それでもエリュシールのあの強さは危険度Sの凶悪なモンスターすらも凌駕しているだろう。
「そういえば⋯⋯宝箱とか、落ちないんだな」
基本的にダンジョンのボスモンスターは、討伐することで宝箱を落とすはずだ。
だが周囲を見渡しても、宝箱らしきものはない。
そのため、ユニークモンスターと成ったエリュシールを倒すことで俺が得たのは、二つの称号と使用用途が不明の【光の魔女の煌めき】という名の水晶しかなかった。
正直、あまり旨みがない。
だが俺は、少しだけ内心ワクワクとしながら、ディーパッドの画面に目を向けた。
「あれだけ強かったんだ。経験値だって、とんでもないはず⋯⋯!」
ダークナイト・テラーを討伐した時点で、次のレベルアップまでに必要な経験値は確か約190万くらいだったはず。
だが今回、俺はユニークモンスターであるエリュシールを討伐した。
つまりとんでもない量の経験値を獲得することができたはず。
だから俺は期待に胸を膨らませながら、ディーパッドの画面に【0】と表示された項目をタップし、次のレベルアップまでに必要な経験値を調べてみることにした。
────────────────────
【天宮 奏汰】 レベル0
次のレベルへの必要経験値
342699
────────────────────
以前までそこには、次のレベルアップまでに必要な経験値が190万以上必要であると表示されていた。
だがさすがユニークモンスターと言うべきか。今では桁が一つ減り、34万という現実的な数字が表示されていた。
「エリュシールを倒したことで、約150万の経験値を獲得したってことか⋯⋯?」
少し困惑しながらも、俺はディーパッドを握り締めてガッツポーズをとった。
34万もとんでもない量ではあるのだが、それでも190万と比べればかなり減った方であり、レベルアップが遂に現実的になってきた。
あと少し。もう少し頑張れば、ようやく俺はクラスを設定することができるようになり、白銀が使っていたAスキルを使えるようになる。
一切の情報がなく、ずっと気になっている謎のクラス──死神。
レベルが1上がるだけで、俺は今よりももっと、もっと強くなることができる。
その事実が、今の俺にとってなによりも嬉しかった。
「⋯⋯この景色も、そろそろ見納めだな」
俺が住んでいる地域では絶対に見ることができないこの夜空とも、もうお別れだ。
まさに、天然のプラネタリウム。今まで生きてきて見てきた中で一番綺麗で心奪われるこの景色を、俺は死ぬまで忘れることはないだろう。
「はぁ、はぁ⋯⋯よい、しょっと⋯⋯」
悲鳴を上げ続けている体を無理やり叩き起して足を引きずりながらも、俺は天の塔の中央の地面に浮かび上がる【転送陣】の上に座り込み。
ゆっくりと目を閉じて、俺はやっとの思いでEXダンジョン【残夜の影く滅国】をあとにするのであった──
──────
海の静かな波の音を耳にしながら、俺は目を覚ます。
「⋯⋯さすがに疲れたな」
目の前には双子岩があるのだが、その間には時間外だからか【深緑の大森林】への入口はなく、ただどこまでも続く大海原が広がっていた。
全身に広がっていた火傷は消え、呼吸をするだけで苦しくなるほど損傷していた肋骨も元に戻り、エリュシールの魔法によって切断された左腕も、全てが元通りに戻っている。
体に痛みはない。足の疲れもなくなっている。だが精神的疲労というか、なんだか体がいつもよりも重く感じるような、そんな気がした。
「時間は⋯⋯うわ、3時40分って⋯⋯家に帰っても全然寝れないじゃないか⋯⋯」
明日──というより、今日の朝を迎えればいつものように学校が始まるため、そのための準備をしなければならない。
それも中々大変ではあるのだが、こんな時間になるまで配信を見てくれた9万5千人の視聴者の人たちには、また今度お礼を言うべきだろう。
「さて⋯⋯帰るか」
俺はその場で大きく背筋を伸ばしながらも、砂浜を歩いて岐路に立つ。
ユニークモンスターを討伐することができた高揚感と、つい先程までエリュシールと激闘を繰り広げていたせいで脳内でドーパミンがドバドバ出ているせいで、不思議と眠気は少ない。
そして、俺が家に到着する頃には。
空が若干明るくなりつつある4時を過ぎた辺りであった──
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