第76話 EX.残夜の影く滅国-⑨
「さぁ、覚悟はできたかしら」
突如として現れた、闇の魔女リーウェル。
周囲の空気を重くするほど強力な魔力の放出に、全身に鳥肌が立っていく。
リーウェルが手のひらをかざすことで、手にしている黒い本のページが自動的にめくられていに、微かな闇色の光を放つようになる。
そんなリーウェルを前にして、俺はエリュシールと顔を見合せながら、大きく深呼吸をしていた。
「⋯⋯アマツさん。私は、リーウェルに気づかれないように魂を成仏させることができないか試してみます。その間、援護の方にあまり手が回らなくなる可能性があります。それでも大丈夫ですか⋯⋯?」
「あぁ、任せろ。リーウェルを倒すことも大事だが、魂を成仏さえさせてしまえば月の魔女は誕生しないんだろ? そっちの方は、エリュシールに任せたからな」
「は、はいっ⋯⋯!」
エリュシールを守るように一歩だけ前に進み、そしてリーウェルの首に狙いを定めて大鎌を構える。
人間との戦闘は、久しぶりだ。
異世界では魔物を多く狩ってきた俺だが、当然人間とだって戦ったことがある。
最初こそ、同じ人間の命を奪うことに抵抗があった俺だが、既にその領域からは脱している。
だから人間と戦うことに関しては一切の抵抗はない。もちろん、命を奪うことだって同様だ。
「⋯⋯あなたから一切の魔力を感じないわ。まさか、その大層な鎌でワタシと戦うつもりなのかしら?」
「あぁ。なにか問題でもあるのか?」
「そうね⋯⋯一言で言えば、愚かね。魔法と生き、魔術と共存する魔女を相手に近接武器で戦おうだなんて──愚の骨頂よ!」
リーウェルの瞳が紫色に光った瞬間、手にしている黒い本──魔導書から、見たことのない文字の羅列が浮かび上がる。
その羅列された文字はリーウェルを囲むように宙を漂い、そしてそのまま、俺に向けてかざされた手に導かれるように動いていき。
「
リーウェルが魔法の名らしき言葉を口にすると、魔導書から浮かび上がった文字が一斉に動き出し、俺に向かって放たれていく。
正体不明の、謎の魔法。どう捌けばいいのかが分からない中、俺の後ろから暖かな光が放たれていき。
「
エリュシールの唱えた魔法によりリーウェルの魔法が打ち消され、文字の羅列がバラバラになって霧散していく。
俺は後ろを振り返り、一度エリュシールに感謝を告げるべく頷いてから、地を蹴ってリーウェルへと肉薄した。
「あら? まだ始まったばかりなのに、なんだか辛そうじゃない」
「こっちにも、色々と事情があるもんでね!」
俺の間合いである二メートルという範囲内に捉えてもなお、リーウェルは余裕そうに微笑んでいる。
攻撃を誘われている。直感ではあるのだが、俺の勘が俺自身に警鐘を鳴らしている。
だがここで攻めなければ、魔法による一方的な蹂躙が始まってしまう。
だから俺は大きく大鎌を構え、姿勢を低くしながらもリーウェルの懐に潜り込んで大鎌を振るうのだが。
──ギィンッ!
大鎌の刃がリーウェルの首に命中する瞬間、まるで金属を殴ったかのような感触が大鎌を伝って響いてきて、軽く手が痺れてしまう。
だが、リーウェルはなにもしていない。しかし大鎌の刃とリーウェルの首の間には、六角形の黒い板のようなものが浮かび上がっていた。
「⋯⋯っ、魔力障壁か⋯⋯!」
「あら、詳しいのね。まぁ、分かったところでどうにかなるわけじゃないけれど」
リーウェルが人差し指をふいっと動かすことで、俺の大鎌が簡単に押し返されてしまう。
そのまま体勢を崩してしまうのだが、俺は瞬時にそれを利用し、大鎌を軸に体を動かしてリーウェルに蹴りを叩き込む。
しかしそんな不意打ちもリーウェルには届かず、無念にも俺の蹴りは、リーウェルが展開している魔力障壁によって阻まれてしまった。
「⋯⋯その体勢から蹴りに転じるなんて、普通ならありえないわ」
「悪いな。どうも、昔から足癖が悪いもんで、なっ」
蹴りでも魔力障壁を突破できないことが分かったため、俺はすぐに魔力障壁を蹴って一度リーウェルから距離をとることにする。
さて、どうリーウェルを攻略するべきか。
まだ全力ではないとはいえ、俺の大鎌と蹴りを防ぐほどの強度を誇る魔力障壁をリーウェルは常時展開している。
魔力障壁は、言ってしまえば魔力を練り上げて作るバリアみたいなものである。
その存在は異世界にもあり、俺が知り得る情報では確か、接近戦に弱い魔術師が近接武器に抵抗するために作り出した唯一の対抗策だったような気がする。
その強度は魔力の量、質、そして洗練度によって左右されるため、いかにリーウェルが魔女として位の高い存在なのかが魔力障壁の強度から察することができるだろう。
【豪腕】を乗せた大鎌による一撃。【豪脚】を乗せた強烈な蹴りならば、もしかしたらあの魔力障壁を突破できるかもしれない。
だが、ここで最初から全力を出してしまえば、先に体力が尽きてしまうのは俺の方だ。
エリュシールの魔法の代償による身体能力の低下も落ち着いてきてはいるが、まだ完全に回復したわけではない。
それに先ほど全力で塔を垂直に駆け上がってきたせいでまだ呼吸が整ってないし、体力も戻ってないし、足だって変に動かせばつりそうになっている。
だが時間をかければかけるほど、戦況的に有利になるのはリーウェルの方だ。
大鎌と蹴りを受け止めたリーウェルだが、魔女とも呼ばれるほどの実力者ならば、俺の攻撃を受け止めた瞬間に魔法を唱え、俺を迎撃することだってできたはず。
だがそれをしないということはまだまだリーウェルは余裕であり、俺の様子を見る程度には俺を脅威と認識していないということだ。
狙うのなら、その慢心である。
「
後方からエリュシールの魔法による支援攻撃が飛んでくるが、全てリーウェルの魔力障壁によって弾かれてしまう。
だから俺は後方から無数に飛び交う光の弾丸を掻い潜りながら、リーウェルに接近し大鎌を振りかぶるのだが。
「
「っ!?」
突如として、体が宙を舞う。
一瞬なにが起きたのか理解出来ずに、俺はただ脳内でクエスチョンマークを浮かべていた。
リーウェルが魔法を唱えた瞬間、突然リーウェルが手に持つ魔導書から黒い魔力の奔流が放出された。
それはまるで風圧──いや、爆風のようであり、気づけば俺は魔力の奔流に吹き飛ばされていた。
痛みはないがなんだか急に体がどっと疲れてきて、軽い目眩がしてくる。
頭も上手く回らず、必死に思考を張り巡らせようとしているのに、不思議とボーッとしてしまうような、そんな意味の分からない感覚に包まれていた。
「
だがそんな俺の体をエリュシールの魔法の光が包んだ瞬間、不思議と体に蓄積した疲労や目眩、そしてボーッとする思考が一気にクリアになっていく。
おかげで俺は空中で体勢を立て直すことが可能となり、【空歩】を使用しながらエリュシールの隣に降り立つことができた。
「アマツさん、気をつけてください。リーウェルは呪術の使い手です。リーウェルの魔法はそこまで殺傷能力が高いわけではありませんが、相手にあらゆる呪いを付与して弱体化させることに特化した魔法です。下手に浴び続けると、最悪の場合衰弱死してしまう可能性があります」
「それは中々恐ろしいな⋯⋯」
「ですが、私の魔法ならすぐに解呪することができます。それでも、どうしても対応が遅れてしまいますのでそれだけは頭の中に入れておいてください」
「あぁ、了解だ」
仮に一人でリーウェルと戦っていたとしたら、きっと今頃俺は苦戦を強いられていただろう。
だが、そんな俺をエリュシールが援護してくれる。
これほどまでに心強く、そして対リーウェルに特化したエリュシールを仲間にすることができたのは、本当に運が良いと思える。
しかしエリュシールの魔法では、リーウェルの魔力障壁を突破することはできない。
そのため、この戦いを制すためには俺がリーウェルの魔力障壁を破壊しなければならないのだ。
逆に言ってしまえば、リーウェルの魔力障壁を破壊できず、突破することができなかったら俺たちの敗北が濃厚となる。
つまりこの戦いの命運は、俺が握っているということだ。
「大鎌が通用しないのなら⋯⋯一旦手数で攻めてみるか」
大鎌をディーパッドにしまい、俺は久しぶりに【黒鉄の爪刃手甲】を取り出し、腕に装着した。
爪状の刃と刃をガチガチと合わせてみるが、やはり何度も使ってきただけあって、中々手に馴染んでいる。
問題は間合いが大鎌の時よりも短くなってしまったことだが、それに関しては今から慣れていけばすぐに平気になるだろう。
「お話は済んだのかしら?」
「あぁ。待たせて悪かったな」
ふわふわと宙に浮かびながら魔力を練り続けるリーウェルが、武器を構える俺に向けて再び手のひらをかざしてくる。
するとそんなリーウェルの動きに合わせるように魔導書のページがペラペラとめくられていき、魔導書の中から黒い文字の羅列が飛び出した。
エリュシールの話からして、きっとあの文字も呪いの類かなにかだ。
触れればどうなるか分からない。だが、魔法である以上俺には魔法を打ち消す方法がない。
そして、エリュシールは魔女の魂を成仏させることに注力しているため、大きな援護を望むことはできない。
だから、今の俺にできることはただ一つ。
「限界まで、ただ攻め続けるのみっ!」
地を蹴り、姿勢を低く下げながらリーウェルへと肉薄。そして、爪刃手甲を突き出す。
だがその一撃は、リーウェルの強固な魔力障壁によって防がれ、弾かれてしまう。
しかしその程度、怯む要素にはならない。
俺は【瞬脚】による細かなステップを繰り返しながら、リーウェルに攻撃を浴びせ続ける。
どの攻撃も魔力障壁によって弾かれてしまうが、そんなことはどうでもいい。
これだけ強固な魔力障壁を常時展開しているということは、それだけ魔力を消費し続けているということに繋がる。
そう。俺は、リーウェルの足止めさえできればいいのである。
夜空に浮かぶ大満月が空の中央から逸れてしまえば、月の儀式は不可能となり月の魔女ルナが誕生することはなくなる。
だからそれまでの間、時間稼ぎをし続ければいいという話だ。
当然、リーウェルを倒したいという気持ちはある。
だが今の俺の肉体の疲労からして、この状態のままリーウェルを倒すことは難しいはずだ。
俺に今できることをする。それが、今俺ができる中での最善の手なのである。
「
ただひたすら攻撃を仕掛け続ける俺にうんざりしてきたのか、リーウェルが魔法を唱えることで、魔導書から無数の黒い腕が伸びてくる。
あまりにも禍々しく、おぞましい雰囲気を放つ黒い腕が四方八方から襲いかかってくるが、俺はその腕の襲撃を勘だけで回避する。
初見だったら今頃リーウェルに背中を見せて逃げ出していただろうが、俺は一度、木の根を自在に操るドライアードリピーと戦っている。
ドライアードリピーの洗練された根の操作と比べれば、リーウェルが展開した黒い腕の動きは遅く、動きも読みやすい。
【瞬脚】で回避し、【豪脚】によって一気にリーウェルへと距離を縮めていく。
そして俺は、リーウェルの首──ではなく、リーウェルが手に持つ魔導書を目掛けて、爪刃手甲を突き放った。
「っ!」
しかし、俺の一撃は宙に浮くリーウェルによってひらりと躱されてしまう。
だがそれで、それだけで俺はちょっとした勝機を見出すことができた。
「なるほど。魔力障壁はあくまで自分の身を守るだけで、その本を守ることはできないんだな」
「⋯⋯っ、なによその観察眼。ウザったらしいけれど、嫌いじゃないわ!」
リーウェルが魔法を放ち、俺はそれを回避して、リーウェルへと肉薄する。
そして俺はリーウェルへの攻撃を諦めて、リーウェルの火力を補っているであろう魔導書を狙い、攻撃を仕掛け続けた。
今まではその場から動かなかったリーウェルも、魔導書を狙われてからは動き回るようになり。
ここに来てようやくリーウェルとの戦いが始まったような、そんな気がした──
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