第73話 EX.残夜の影く滅国-⑦

 エリュシールと二人で力を合わせ、黒鎧の騎士と鎧馬──もとい、ディーパッド情報で【ダークナイト・テラー】と名が判明したモンスターを、俺たちは無事討伐することができた。


 危険度はA+。その他情報は時間がないため確認することがまだできていないが、それでもダークナイト・テラーは、まさにボスモンスター級の強さであった。


 ダークナイト・テラーに掴まれた右手首は完全に折れてしまっていて、力が入らずだらんと垂れ下がっている。


 ダンジョン内でここまでの大怪我をするのは初めてだが、体感現実世界よりも痛覚が抑えられているというか、痛みはするが悶絶するほどではなかった。


 だから俺は取り乱すことはなく、ただ静かに近くにあった岩に腰を下ろしたのだが。


「ア、アマツさんっ! 大丈夫ですか!? い、痛くないですか!?」


 なぜか怪我をしていないエリュシールの方が取り乱していて、心配そうに俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。


「まぁ、痛くはあるがそれくらいだな」


「や、やっぱり痛いですよね⋯⋯! 今すぐに、私が治してあげますから⋯⋯!」


 そう言って、エリュシールが俺の折れた右手首にそっと触れてきて、なにやら魔法を唱え始める。


 すると折れた右手首が突然淡い光を放ち、見る見るうちに傷が修復。そのまま骨も繋がり、気づけば動かしても痛くない、いつもの元気な右手に戻っていた。


「⋯⋯すごいな」


 異世界にも回復系統の魔法を得意とする者はいたが、それでもこれほど早く、そして正確に傷を癒せる者はいなかった。


 早くて1時間。かかって1日が精一杯だったのに、エリュシールはそんな傷をものの一瞬で治してみせた。


 回復系統の魔法を使用するには、人体構造の理解やら魔力による肉体修復のアレコレが必要だと、俺は異世界で学んだ。


 異世界の魔法とエリュシールが扱う魔法が違う種類という理由とあるかもしれないが、それにしてもこの回復力は異常と言っても過言ではないだろう。


「私、昔よく怪我ばかりしてたんです。だから、治癒魔法には自信があるんですよっ」


「そうだったのか⋯⋯ありがとな、エリュシール」


 そう感謝を告げると、エリュシールはほんのりと頬を赤く染めながらも、どこか嬉しそうに頷いていた。


 そんなエリュシールを横目に、俺は地面に転がるダークナイト・テラーがドロップしたとあるアイテムを拾い、その柄を強く握りしめた。


「中々立派な剣ですね」


「あぁ。これはかなり上質な代物だぞ」


 この【残夜の影く滅国】で俺は何匹もモンスターを倒してきたが、どのモンスターもアイテムをドロップすることはなかった。


 どうやら危険度が上がるとアイテムをドロップする確率も低くなるようで、ダークナイト・テラーがドロップしたアイテムが、このダンジョン内での初ドロップアイテムであった。


 名は【破剛の両手剣】といい、レアリティがAなのに一つも特殊能力のない武器ではあるのだが、説明をパッと読んだ感じだと耐久性に優れた武器らしい。


 曰く、巨人王が全力で踏んでも傷一つ付かなかったとか、王国魔導連盟の魔導師10人の魔力を込めた大魔術でも欠けることもなかったとか、とにかく硬くて丈夫な剣とのこと。


 だが剣といっても切れ味はそこまでよくないらしいので、使用用途としては剣というよりも鈍器として使った方が良さそうだ。


 特殊能力がなく、切れ味もない両手剣。それだけ聞くと、特殊能力が多く切れ味も抜群な大鎌の方が圧倒的に優れた性能に感じるが、そういうわけではない。


 例えば、ダークナイト・テラーのように頑丈な鎧を身に纏っている相手には、大鎌よりもこっちの両手剣で戦った方が、効率よく鎧を破壊することが出来るため戦況を有利に運ぶことができるだろう。


 まぁ、正直大鎌よりも遥かに重いし取り回しが難しいため、なんだかんだ言って普段使いするのなら大鎌の方に軍配が上がるだろう。


「あの〜⋯⋯アマツさん? ずっと前から気になってることがあるのですが⋯⋯」


「⋯⋯? 気になってること?」


「はい。その⋯⋯私たちの周囲を一定間隔で飛び回っているあの球体は、一体なんなんですかね⋯⋯?」


 そう言って、エリュシールが漂うように宙に浮いている配信カメラに向けて、指をさした。


 するとそれに反応したのかカメラがエリュシールへと寄っていき、エリュシールの顔の前でコメント欄を表示させていた。


────コメント────


・エリュシールたんだ!

・え、めっちゃ可愛いやん

・これ、一応NPC扱いなんだよな⋯⋯? 今までEXダンジョンにNPC的な存在がいたことあったか⋯⋯?

・エリュシールたんのきょとん顔可愛い

・エリュたそ〜^^

・うーん、なんか少し怪しい気が⋯⋯

・一応意思疎通はできてるし、アマツに一度も敵意を見せてないからモンスターではないはずなんだよな。ダークナイト・テラー戦でも、アマツのこと助けてたし。

・カメラ有能

・おい死神、そこ代われ。


────────────


 コメント欄は大盛り上がりであり、カメラを前にしておどおどとしているエリュシールを見て、歓喜の声を上げていた。


 だがエリュシールにはコメント欄に流れるコメントの文字が読めないのか、俺の方を見てきてまるで助けを求めるように見つめてきた。


「えーと、これはだな⋯⋯なんというか、俺たちの戦いを見守ってくれてるんだよ」


「え、えっと⋯⋯?」


「これはカメラといってな? このカメラで俺たちを映し出して、色んな人たちが俺たちの活躍を応援してくれてるんだ。そこに流れる文字のほとんどが、エリュシールに向けて送られてるメッセージなんだぞ」


「な、なんですかそれ⋯⋯!? 聞いたことがないような話ですが⋯⋯私たちのこと、頑張れーって応援してくれてるってことですよね?」


「あぁ、その通りだ」


 配信がないような世界の住人に配信のことを説明するのは難しいため、色々と端折って俺はエリュシールに説明した。


 するとエリュシールは少し難しそうな表情を浮かべながらも理解してくれたようで、目の前でふよふよと浮いているカメラに突然ニコッと微笑みかけたと思えば。


「み、皆さ〜ん、聞こえてますか〜⋯⋯? 私、エリュシールと申します。私たちのこと、応援してくれてありがとうございますっ」


 カメラに向かって小さく両手を振り、まるで本物の配信者のように視聴者に向けて感謝の言葉を送っていた。


 それには、当然の如くコメント欄に流れるコメントが加速に加速し。


────コメント────


・これがNPC? 嘘だと言ってくれ

・一目惚れしました

・うおおおおおおおおおおおお

・エリュシールちゃん大人気で草

・頼む、そのままでいて

・メガネ取ったらもっと可愛くなりそう

・エリュシールたんのファンになります

・これがEXダンジョンにまで到達した者のご褒美というわけか⋯⋯

・メガネ取ったら可愛くなるとか言ったやつマジで○すぞ。

・くそ可愛い

・新発見のNPCがここまで可愛いとか、死神は前世でどんな徳を積んだんだ⋯⋯

・くそぉ、死神ばっか可愛い女の子と出会いやがって⋯⋯!


────────────


 もう既にエリュシールの人気が爆発しているのか、コメント欄に流れるコメントが目で追えないくらいの量になっている。


 文字が読めないエリュシールも、コメントが増えたことで沢山応援してもらっていると認識しているのか、何度も何度もカメラに向かって頭を下げてお礼を言っていた。


 そんなエリュシールを横目に、俺はディーパッドの画面を確認するが、同接視聴者数は8万人と、前同接数を確認した時とあまり変動はなかった。


 つまりこの8万人という数が今の俺の限界であり、あと2万人増やして10万人にするには、まだまだ努力が必要ということである。


「あ、そういえば⋯⋯」


 俺はとあることを思い出し、ディーパッドの画面を操作していく。


 そう。俺が思い出したのは、レベルのことである。


 前回、白銀と一緒に【深緑の大森林】に挑んだ時、そこで俺はレベルという概念を知り、自分のレベルが0であることを知った。


 そして、俺のレベルが0から1になるためには必要経験値が160万オーバーであることも知って、俺は一人絶望していた。


 だが、今はどうだろうか。


 ドライアード・リピーを討伐し、EXダンジョンである【残夜の影く滅国】に足を踏み入れてからは、何匹もの危険度Aクラスのモンスターを倒してきた。


 そして先ほど倒した、危険度A+のダークナイト・テラー。あれだけ強かったのだから、きっと経験値だって莫大な量を貰えたはず。


 だから俺は、期待に胸を膨らませて次のレベルアップまでに必要な経験値を調べるべく、ディーパッドに表示されている【0】の数字をタップしたのだが。


────────────────────


    【天宮 奏汰】 レベル0

    次のレベルへの必要経験値

      1925630

       

────────────────────


「⋯⋯はい?」


 ん、なんだこれ。見間違いか?


 と思い何度も画面を切り替えるが、表示される数字は変わらず、脅威の190万オーバーだ。


 ⋯⋯なんか、増えてない?


 前回確認した時、次のレベルまでに必要な経験値は確か約160万だったはず。


 ダンジョンにおけるレベルアップシステムは少し特殊で、モンスターを倒すだけでなく、戦ったり、探索したりと、色々な方法で経験値を取得することができる。


 だから、あれから倒してきたモンスターの質の高さや、ダンジョンを探索してきた時間から考えて100万を切っていてもおかしくはないと思ったのだが。


 今画面に表示されている数字は、何度見ても190万から一切変動しない。


 なぜ? そう思った、その時。


「あ」


 そこで、俺はレベルシステムの根本的な部分を思い出した。


 人によって、レベルアップに必要な経験値が変わることがあると、前俺は調べて知ることができた。


 それは身体能力の差もそうだが、スキルの有無によって大きく変わるとのこと。


 そう。スキルの有無によって、大きく変わるのだ。


「まさか⋯⋯」


 俺は配信をぐだらせないために、ドライアードリピーを討伐する際、新たに【豪腕】と【瞬脚】のスキルを解放した。


 どちらもかなり上位のスキルであり、あるとないとでは戦況が大きく変わるほどの、強力なスキルだ。


 つまり、そういうことである。俺がその二つのスキルを解放してしまったせいで、次のレベルアップまでに必要な経験値が増えてしまったのである。


「ま、まじかよ⋯⋯っ」


 つい、膝から崩れ落ちてしまいそうになってしまう。


 レベルが上がれば【死神】のクラスを設定することができるようになり、クラスを設定すれば、それに応じたAスキルを習得することができる。


 だから俺は、レベルアップを目標にして今まで頑張ってきたのに。


 どうやらスキルを解放したことで、俺はさらに次のレベルまでの道のりが長くなってしまったようだ。


 今回危険度A以上のモンスターを何匹か倒し、現在進行形でEXダンジョンを探索しているため、かなり多くの経験値を取得できたものだと思っていた。


 だが、取得していてもなお次のレベルには経験値が190万以上必要であり、正直言って、今回の探索でのレベルアップはかなり絶望的であった。


「⋯⋯決めたぞ」


 こんなことを続けていたら、レベルアップなんて夢のまた夢だ。


 正直、俺は別にレベル100を目指しているわけでも、レベルカンストを目指しているわけでもない。


 だがせめて、ダンジョン探索をもっと楽しくするために、レベルは0から1に上げたいのだ。


 だから、俺は決めた。


 今後なにがあっても、なにかあったとしても、俺はもうレベルが1になるまではスキルを解放しない。


 今の俺の実力は、エリュシールを抜きにして考えると危険度A+のモンスターと同等か、僅かにそれを上回るくらいだ。


 だから今後戦うであろう危険度Sのモンスターと戦う際、きっと苦戦を強いられる可能性が高い。


 だが、それでいい。それがいいのだ。常に勝ちが決まっている勝負ほど、つまらないものはないのである。


 ギリギリの勝負を味わいたいと思っているのに、俺は配信の都合を考えて効率が良くなるように立ち回ってしまった。


 効率を求めるのはいい。だが、効率を求めすぎてダンジョン探索がつまらなくなり、配信に飽きてしまうのは以ての外だ。


 だから、もうスキルは解放しない。これは、ゲームで言うところの一種の縛りプレイのようなものである。


 その代わり、解放してしまった以上仕方がないため、解放したスキルは存分に使わせてもらう。それで丁度いいだろう。


「る〜ららら〜」


 呑気な歌声が聞こえてきたため顔を上げると、そこにはカメラに向かって舞いのような踊りを披露する、エリュシールの姿があった。


 きっと、エリュシールなりにコメントの応援に応えているのだろう。


 そんなエリュシールの姿を見て俺はふっと小さな笑みを零しながらも、月の魔女ルナの誕生を阻止するべく、対リーウェル戦に向けての準備をするのであった──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る