第72話 EX.残夜の影く滅国-⑥
『ブルルルゥゥッ!』
パカラッ、パカラッ、ではなく、ガシャ、ガシャ、ガシャ、と音を立てながら、こちらへ向かって突進してくる鎧馬。
その上では黒鎧の騎士が両手剣を片手で振り上げ、地面と平行になるように剣を構えていた。
「
すぐにエリュシールが、先ほどシャドウジャッカルの足止めをした魔法を唱える。
地面から合計20を超える光の鎖が飛び出し、鎧馬の足を絡め取るべく真っ直ぐに飛んでいくのだが。
『ヒヒィイィィイィィンッ!!』
その鎖は全て鎧馬によって蹴散らされてしまい、砕けた光の破片がキラキラと、薄暗い夜を照らしながら儚く消えていく。
エリュシールの魔法では足止めすることができず、それどころか鎧馬はどんどん加速していき、ただ一直線にこちらへ向かって突撃してくる。
だから俺は大きく大鎌を振りかぶり、地を蹴って鎧馬と黒鎧の騎士へ肉薄していき。
「ふっ!」
【豪腕】を乗せた大鎌による一撃を黒鎧の騎士の首に目がけて叩き込もうとするのだが、寸前のところで両手剣によって防がれてしまう。
そのまま力押しすることもできず、【豪腕】が乗ったはずの一撃だというのに拘わらず、俺の大鎌は黒鎧の騎士の振るう両手剣によって弾かれてしまった。
『コォォ⋯⋯ッ』
大鎌による一撃が弾かれたことで体勢を崩した俺の頭部に目がけて、黒鎧の騎士が両手剣を振り下ろしてくる。
だが今度はその一撃を大鎌で弾き返し、俺はすぐさま【空歩】を使用して体勢を整え、地面に着地してから通り過ぎていく鎧馬を追っていく。
しかし、全身に重厚な鎧を身に纏わせているはずなのに、鎧馬に追いつくことができない。
【豪脚】と【瞬脚】を合わせれば追いつくことは可能だが、追いついたとしても、待っているのは両手剣を構える黒鎧の騎士だ。
走行による移動を全て鎧馬に任せている黒鎧の騎士は、俺とエリュシールにだけ注意を払っていれば、それだけで充分なのだ。
その点、俺はどう走ってどう接近し、どう相手の懐に潜り込んで攻撃を叩き込むかを考えて動く必要があるため、黒鎧の騎士よりも脳や体を働かせなければならない。
人馬一体。とは、まさにこのことだろうか。
黒鎧の騎士と鎧馬のコンビネーションは、まさに完璧。穴のない、理想的な布陣であった。
「アマツさんっ、手応えはいかがですか?」
「うーん⋯⋯正直、かなり面倒だ。時間をかければ倒せる相手ではあるが、俺たちにはタイムリミットがある。あの完璧なコンビネーションを崩さないと、奴らには勝てない」
「完璧なコンビネーション、ですか⋯⋯それなら、あのモンスターのコンビネーションを凌ぐほどのコンビネーションを見せつければいいんですよ! 私たちのコンビネーションなら、きっと誰にも負けません!」
胸の前でガッツポーズを取りながら、俺にそう言ってくるエリュシール。
単純な考えではあるが、エリュシールの言う通りだ。相手のコンビネーションが凄いのなら、そのコンビネーションを凌駕してしまえばいい。
そのために、俺たちは手を組んだのである。
「⋯⋯エリュシール。俺に身体強化系の魔法はかけられるか?」
「もちろんです。ただ、大幅な身体強化は体の負担が大きいですし、五感の変化によって体に大きな違和感が発生する可能性がありますよ?」
「大丈夫だ。遠慮せずやってくれ」
そう言うと、エリュシールはこくりと頷いてから俺に手のひらを向けてくる。
するとエリュシールの手のひらが白い光によって包まれていき、手のひらから発生する光の奔流が、ゆっくりと俺の体を包み込んでいく。
そして、エリュシールはそのまま大きく深呼吸をし。
「
エリュシールの手のひらから発生した光の奔流が全て俺の体内へと流れ込んでいき、そのまま溶け込んで消えていく。
するといきなり心臓がドクンッと跳ね、全身に駆け巡る血の温度が上がって熱を帯びるようになり、あらゆる感覚が冴え渡っていく。
まるで、夢の中にいるような全能感。そして、今ならなんでもできるという自信が活力と共に湧き出し、体に力が漲ってくる。
「おぉぉ⋯⋯これは素晴らしいな」
「制限時間は三分です。三分が過ぎると身体能力が一定時間低下しますので、ご注意ください」
「三分⋯⋯充分過ぎる時間だ」
大きく大鎌を構え、こちらを睨むように見つめている黒鎧の騎士と鎧馬に向かって歩き出していく。
すると鎧馬が大きな鳴き声を上げながら両前足を上げており、それから地面に足を叩きつけてから、俺に向かって全速力で駆けてくる。
その上で、両手剣を構える黒鎧の騎士。俺は力強く地面を蹴り、向かってくる鎧馬へと肉薄した。
「
エリュシールの唱えた魔法により、俺が今手にしている大鎌の刃が淡い光の輝きを放つようになる。
暖かく、そして力強い光の力。俺は大鎌を振り回しながら跳躍し、黒鎧の騎士──ではなく、その機動力を補っている鎧馬の首に、大鎌による一撃を叩き込んだ。
『ヒ、ヒヒィイィィンッ!?』
『⋯⋯⋯⋯ッ!?』
その一撃で首を切断するには至らなかったが、鎧馬の首を守っていた黒い鎧が砕け散り、そしてブシュッと、血が噴き上がるように白い光の粒が鎧馬の首筋から流れ出る。
それには鎧馬だけでなく黒鎧の騎士も動揺しており、首へ大きなダメージを負った鎧馬は、苦しそうに鳴き声を上げながらもドタバタと走り回っていた。
大鎌の刃を包む光の輝きは、まだ失われていない。だから俺はすぐに鎧馬を追っていき、今度は後ろから隙だらけの後ろ足を狙い、大鎌を振り払った。
「ふっ!」
『ブシュルゥゥッ⋯⋯!?』
飛び散る黒い鎧の破片。
今回の一撃では肉にまで至らなかったが、それでも鎧馬にダメージが入っているのは確実で。
『コォォ⋯⋯!』
鎧馬を守るように黒鎧の騎士が両手剣を振り下ろしてくるが、俺はそれを音と気配だけで躱し、黒鎧の騎士の腕にも一撃叩き込む。
それにより黒鎧の騎士の鎧が砕けることはなかったが、それでも小さなヒビを入れることには成功しており、俺は地面に着地してから大きく息を吸い込んだ。
「まだまだ⋯⋯!」
【豪脚】による爆発的な加速で鎧馬へと接近し、大鎌を振り回しながら跳躍する。
そんな俺に対し黒鎧の騎士が迎え撃つべく両手剣を構えるが、俺は空中で【瞬脚】を使用しながら【空歩】を連続使用し、相手の視界を掻き乱していく。
そして黒鎧の騎士が攻めあぐねているタイミングで、俺はもう一度、先ほど一撃叩き込んだ鎧馬の首に【豪腕】を乗せた大鎌の一振りを浴びせた。
『⋯⋯ッ、ゥ、ウゥゥ⋯⋯ブシュル、ルルゥ⋯⋯ッ』
二度も首に凶刃を喰らって限界を迎えたのか、鎧馬がその場に立ち止まり、膝をついて倒れ込みそうになっていた。
これで、機動力はなくなった。後は、黒鎧の騎士をなんとかすれば──
『コォォ⋯⋯ッ』
『ギッ──』
大鎌を構えて肉薄しようとした瞬間、黒鎧の騎士が今まで散々足に使っていた鎧馬の首を、両手剣で断ち切っていた。
それにより鎧馬は絶命し、黒鎧の騎士は光に包まれていく鎧馬の背中から降り、刀身に付着した血を払うかのように片手で両手剣をその場で振り払っていた。
「おいおい⋯⋯俺が言うのもなんだが、仲間意識とかはないのかよ」
『コォォ⋯⋯ッ』
そんなものはない。と言わんばかりに、黒鎧の騎士がガチャ、ガチャ、と、金属が擦れるような音を立てながら、こちらに向かって歩いていく。
ガリガリ、ギャ、ギャリリリ、と、両手剣の鋒で足元の石畳を傷付けながら、黒鎧の騎士はその赤い瞳で強く睨んできた。
「
後方から物凄い速度で光の矢が何本も、何十本も放たれていくが、その全てが黒鎧の騎士の身に纏う鎧によって弾かれていく。
かなりの弾幕量ではあるのだが一本一本の威力はあまり高くない魔法のようで、どれだけ光の矢を放っても、黒鎧の騎士にはこれといったダメージを入れることができていなかった。
「エリュシール! 今は魔力を温存しておいてくれ。コイツは、俺一人で充分だ」
「で、ですが⋯⋯!」
「大丈夫だ。俺には、エリュシールが与えてくれた力がある。今は、俺を信じてくれ」
そう言うと、エリュシールは口元をキュッとつぐみながら、小さく、だが力強く頷いてくれた。
俺はそんなエリュシールに向けて頷き返し、一度大鎌を振り回して腕の感覚を確かめてから、再度大きく大鎌を構える。
『コォォ⋯⋯ッ』
今まで片手で両手剣を構えていた黒鎧の騎士が、今度は両手でしっかりと両手剣を構え、刀身の根元にあるリカッソを強く握り締めていた。
本気だ。機動力を失った今、黒鎧の騎士は全力で俺を正面から叩き潰そうとしている。
俺が一歩前へ進むと、それに合わせて黒鎧の騎士も前へ一歩足を踏み出す。
こちらが二歩歩けば黒鎧の騎士も二歩。三歩歩けば三歩と、次第にその距離が狭まっていく。
そして、お互いがお互いに互いの間合いの内へと入った瞬間。
「っ!」
『ッ!』
ギィンッ! と、金属同士が激しくぶつかり合う音が、静寂に包まれた薄暗い戦場に木霊する。
今の俺と、本気となった黒鎧の騎士の力はほぼ互角のようであり。
腕がビリビリと痺れ、手に微かな痛みが走る。黒鎧の騎士の一振りはあまりにも重く、そしてあまりにも力強い。
そもそも、正面からかち合うには大鎌と両手剣では圧倒的に両手剣の方が有利だ。
大鎌はかち合うには向いていないというより、そのリーチと内側に向いている刃を利用して相手に傷を負わせる武器なため、こういった場面ではどうしても両手剣に軍配が上がる。
だが、 だからこそ面白い。それを超えてこそ、勝利の味がより旨くなる。
「っ、らぁっ!」
『⋯⋯ッ、コォォ⋯⋯!』
振り下ろし。振り払い。斜め下から抉るように振り上げ、体を捻って回転することで生まれる遠心力で、一撃を叩き込む。
だがその攻撃は全ていなされ、弾かれ、受け止められ、受け流される。
俺にはエリュシールの魔法による強化があるはずなのに、それでも黒鎧の騎士は的確に俺の攻撃に合わせて動き、隙を狙って反撃してくる。
正直、黒鎧の騎士は今まで戦ってきたどんなモンスターよりも強く、厄介で、面倒で、そして戦っていて楽しい相手であった。
だからこそ、惜しい。俺には目的があって、身体強化魔法の制限時間があって、立ち止まっていられない理由がある。
あぁ、まだ戦いたい。戦い続けたい。
それでも、この戦いの喜びをいつまでも味わっていられるほど、今の俺に時間的余裕がない。
「おらぁっ!」
『ッ!?』
大鎌で弾いた両手剣の刃の腹部分を蹴ることで、黒鎧の騎士は大きく体勢を崩し、体を仰け反らせていた。
片足が浮き、両腕が上がっている中。俺は更に前へ一歩踏み込み、今度は黒鎧の騎士の鳩尾部分を押すように強く蹴りつけた。
『ガッ⋯⋯!?』
全身に重い鎧を身に纏っているせいか、黒鎧の騎士はそのままバランスを崩して背中から倒れ込んでいく。
そんな黒鎧の騎士を跨ぐように俺は地に立ち、漆黒色に煌めき、淡き輝きを纏った大鎌を黒鎧の騎士の首に目掛けて全力で振り下ろした。
「うぉぉあぁぁぁぁっ!!」
ガリガリガリッ、と、大鎌の刃と黒鎧が擦れる音が鈍く響き渡る。
だが、切れない。俺の全力をぶつけているはずなのに、鎧馬が身に纏っていた鎧よりも硬い材質なのか、破壊するどころかヒビすら中々入ってくれない。
『オォ、オォォォ⋯⋯!』
「ぐっ⋯⋯!?」
大鎌の柄を握る俺の手首を、黒鎧の騎士が鷲掴みにしてくる。
ミシミシと、手首に鋭い痛みが走る。だがそれと同時に、黒鎧の騎士の首を守る鎧にも小さな亀裂のようなヒビが走っていた。
『オォォォォォッ⋯⋯!』
俺の右手から、ぐしゅっと音を立てながら白い光の粒が溢れ出す。
だがそれでも、俺は手に力を込め続ける。黒鎧の騎士の首を切断するべく、ただひたすらに大鎌の柄を強く握り締める。
手首の骨が折れようが、砕けようが、ここで黒鎧の騎士の首を切断しなければ、身体能力強化の制限時間が終わってしまう。
だがこれ以上続けても、大鎌で黒鎧の騎士の首を切断するよりも先に、俺の手に限界が来てしまう。
「く、そ⋯⋯っ!」
⋯⋯任せろと言った手前、本当はこんなこと言いたくない。
だがここまで来て、俺の変なプライドのせいで負けてしまうくらいなら──
「エリュシール! 援護を頼むっ!!」
そう俺が叫ぶと、俺の頭上に闇夜を照らす眩くも暖かな小さな光の球体が降り注いでくる。
するといつの間にか俺の後ろから歩み寄ってきていたエリュシールが、大鎌の柄を握る俺の手を優しく包み込んできて。
「
降り注いできた光の球体が俺とエリュシールの手に溶け込み、そして溶け込んだ光は、そのまま俺の手を伝って大鎌へと流れ込み、黒鎧の騎士へ。
するとまるで浄化されていくかのように黒鎧の騎士の鎧が朽ちていき、そのまま大鎌の刃が、肌をさらけ出す黒鎧の騎士の闇のように黒い首筋に沈んでいく。
「は、はは⋯⋯助かったよ、エリュシール」
「言ったじゃないですかっ。私たちのコンビネーションなら、きっと誰にも負けないって」
そう笑みを浮かべるエリュシールの笑みに釣られて、俺の顔にもいつの間にか笑顔が浮かんでいて。
そしてそのまま、俺はエリュシールと共に大鎌の柄を掴み、黒鎧の騎士の首を切断するのであった。
断末魔を上げることなく、絶命する黒鎧の騎士。
久しぶりに味わった、勝つか負けるか分からない戦闘を終えた俺は。
たまには、こうして仲間と協力して強敵を倒すのも悪くはないと、そう感じていた──
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