第6話 ディーダイバー

「さて、まずはどうしたものかな」


 夜。沙羅が俺のベッドでスヤスヤと寝ている中、俺は1人でパソコンの画面と睨めっこしていた。


 思い切ってディーダイバーになるとは言ったものの、俺はディーダイバーのことをまだよく分かってないし、ダンジョンのことなど把握していないことも多い。


 今日は9月1日の水曜日。時刻は23時過ぎなためもうすぐ9月2日になるのだが、色々と問題がある。


 それは、沙羅の夏休み問題だ。俺よりも遅く夏休みを迎えた沙羅は今週いっぱいで夏休みを終え、来週の月曜日からまた学校に通う必要がある。


 このアパートから駅まで徒歩で約30分。そこから中学校近くの駅まで大体20分くらいなため、正直言って徒歩じゃキツい距離だ。


 自転車通学という手もあるが、雨の日になったら徒歩を余儀なくされてしまうため、片道1時間以上と考えると兄としてかなり不安だ。


 そのためにはなんとしてでも電車通学させたい。だがそれには定期券を買う必要があり、その金だって満足に使えるほど蓄えがあるわけではない。


 それに2人で暮らす以上水道光熱費だってかかるし、なにより食費だって増える。


 つまりなにをするにしろ、金があまりにも足りなすぎるのだ。


「⋯⋯まったく。なんで親が中学3年生の娘をここまで追い込むんだよ」


 先ほど親から連絡が来て、沙羅はどこにいるだとか色々と根掘り葉掘り聞かれた。


 それから雲行きが怪しくなり沙羅に早く戻ってくるようにだとか、離婚した場合お前はどうするんだとか聞かれ、俺もうんざりしていた。


 だから俺は一言、父さんにも母さんにも『沙羅の面倒は俺が見る』とだけ残し、2人からの通知をマナーモードにしたわけだが。


「ディーダイバー⋯⋯まさに、俺向けの商売じゃないか」


 沙羅が寝てからディーダイバーの配信を見漁っているが、どれも実に興味深い内容だった。


 数多のモンスターに立ち向かい、一掃する者。逆に手数が負けて、そのまま押し切られて敗れる者。


 隠密行動を続け、宝箱を探す者。企画と称してモンスターにちょっかいをかけ、逃げ回る者。


 ディーダイバーといえど内容は多種多様であったが、その中でも一際人気があるのは、やはりサイバーRyouであった。


 そしてサイバーRyouの配信を見て分かったことがある。


 1つ。ダンジョン内では、血の描写がないこと。


 配信サイトDtubeは18禁ではないため、配信上で流血したらどうするのかと疑問を抱いていた。


 だがダンジョン内での血の描写はまるで空想空間のRPGのようであり、モンスターを切ってもキラキラとした光のエフェクトが飛び散るだけなのだ。


 それはモンスターだけでなくこちら側も同じようであり、血が出ても光が飛び散り、そして輝きながら消えていくだけだった。


 反応を見る限り一応痛覚はあるらしいが、それでも現実で感じる痛覚よりは軽めのようで、腕を喰われても平気で走り回っている配信者もいたため、その辺は割と易しい設定になっていた。


 2つ。スキルが存在すること。


 どうやらダンジョン内に入ると特殊技能──スキルを獲得することがあるらしく、それによって自身を強化したり、戦いを有利に進めていた。


 しかもスキルにもレアリティがあるらしく、ある特定の行動をすることで獲得できるスキルや、道具を使用することで得られるスキル、そして意図せず獲得することができるスキルもあるとのこと。


 だがこのスキルは現実世界では機能せず、あくまでダンジョン内でのみ発動することができるらしい。


 俺は、そのスキルに着目を置いた。


「⋯⋯ステータスオープン」


 俺がそう口で唱えると、ヴンッという鈍い音と共にパネルのような画面が目の前に浮かび上がる。


 そこには俺の名前や年齢などが細かく書かれているのだが、その画面に触れて下へスライドさせると、【スキル欄】という項目が出てくるようになる。


「まさか、こっちの世界でもお世話になる時が来るとはな⋯⋯」


 異世界から帰る時、俺は悪目立ちせず平凡な日々を送りたかったため、ほとんどのスキルを発動しない状態にしておいた。


 だが中には発動したままのスキルも残してあって、その中の1つが【危険予知】という、あらゆる危険を察知することができる常時発動型スキル──通称、パッシブスキルの1つであった。


「これのおかげで、今朝は高峯さんを助けられたんだよな」


 登校中、高峯さんの前から自転車が通ってきた時に感じた"嫌な予感"の正体こそ、この【危険予知】で感じ取ったモノなのである。


 スキルとは便利なものであり己を助けてくれるものだが、扱い方を誤れば時に己に牙を剥くものだ。


 だから俺は必要最低限のスキル以外は無効化させておいて、生活の助けになる程度のスキルだけで日々を過ごそうかと思ったのだが。


「⋯⋯沙羅のためだ。沙羅の将来のためだ。なりふり構ってなんかいられない」


 1人でダンジョンに潜り込み宝箱を探すだけでもいいのだが、調べたところによると宝箱から出る物よりも、モンスターからドロップする物の方が価値が高いらしい。


 だがそれらも玉石混淆。オークションに出せば高値で売れるものもあれば、そうでないものもある。それでは、収入を安定させることなど不可能だ。


 となれば、どう効率よく安定した収入を稼ぐか。そこで、ディーダイバーが出てくるのである。


「サイバーRyou⋯⋯チャンネル設立から2日で登録者が100万人を超え、現時点では580万人。僅か20日のディーダイバー配信で、稼いだ額は推定億は超えている⋯⋯か」


 トップディーダイバーであるサイバーRyouについてのサイトを見ながら、俺は他のディーダイバーの情報を集めていく。


 登録者が次点で多いのが『暁レオ』というディーダイバーで、登録者は350万人を超えており、ディーダイバーの中で1番女性人気が高いらしい。


 暁レオは弓の名手であり、どんな距離からも1発でモンスターの頭を撃ち抜くことから、ファンの中には【暁の狙撃手】と呼ぶ者がいるほど、弓での狙撃を得意としているようであった。


 そしてその次は『叢雨 紫苑』というディーダイバーであり、なんと現役女子高校生配信者とのこと。


 登録者は300万一歩手前であり、凛とした風貌に優れたルックス。そして鮮やかかつ華やかな戦闘シーンから男性人気がトップクラスらしい。


 まぁ、掲示板を見た感じ割と下心で見てる人も多いらしいが、それでも実力者であることは確実であった。


 ちなみにDtubeに登録されている配信者の内の7割以上がチャンネル登録者1万人以下らしいので、10日で登録者5万人を突破した火野は意外と人気があるようであった。


「ていうか、そもそも配信ってどうやるんだ⋯⋯? 確か、ダンジョンって物を持ち運べないんだよな⋯⋯?」


 調べた情報によると、ダンジョン内には外から道具等を持ち運ぶことができないらしい。


 つまり軽機関銃を持ち込んでぶっぱなすとかは不可能であり、ガッチガチの鎧を身にまとってもダンジョンに入ればその下に着ている服になっているとのこと。


 だがダンジョン内にある物は持ち出せたり持ち運んだりすることができるらしく、ダンジョンに入る者はダンジョン製の装備を整える必要があるらしいのだ。


 となると、ダンジョン内にスマホを持ち運ぶことは物理的不可能になるため、配信をすることができなくなってしまう。


 その辺りも、色々と調べてみた方がよさそうだ。


「う〜ん⋯⋯お兄ちゃん⋯⋯」


「⋯⋯っ! って、なんだ。寝言か」


 1人でブツブツと呟いていたせいで沙羅を起こしてしまったかと思ったが、どうやら寝言だったらしく沙羅は何度か寝返りを打っていた。


 普段はしっかり者だが寝顔は年相応であり、ほんの少し赤く腫れた目元が、沙羅の苦しみを教えてくれる。


 俺は音を立てずに立ち上がり、そして沙羅に布団をかけてやる。そして静かに、沙羅の頭を撫でた。


「⋯⋯お兄ちゃんが絶対に、沙羅を守ってみせるからな」


 沙羅からして見れば頼りないお兄ちゃんかもしれないが、これでも俺は異世界を救った元英雄だ。


 魔王を打ち倒し異世界を救ったのだから、可愛い妹1人守ることくらい造作もないことである。


 そして俺はパソコンの電源を落とし、床に敷いた布団に寝転がる。


 明日からどうするか。そう考えながら、俺は今日という1日を終えるのであった。

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