第21話 光苔の洞窟-⑥

 【光苔の洞窟】7階層目に突如として現れた、乱入モンスターの【デスリーパー】と刃を交え、どれくらいの時間が経過しただろうか。


 体感的には、まだ5分程度。だが実際のところは、きっと10分は経過していてもおかしくはないはず。


 俺が攻撃を続けているため、迎撃するべくデスリーパーは常に動き回っているが、その動きに疲れの様子は見えない。


 一応骨にヒビが入っていたり、欠けたりしている場所の動きは遅くなっているが、それでも充分にデスリーパーは動き回っている。


 そろっと、大胆に攻撃を仕掛けてもいい頃合いかもしれない。


『カタッ、カタカタッ!』


 デスリーパーに攻撃を与え、その場から後方へ飛び退いて地面に着地する瞬間、デスリーパーがこちらへ急接近してきて大鎌を振るってくる。


 いくら俺でも、着地の瞬間を狙われれば空中で身を捻って回避することも、姿勢を変えて躱すこともできない。


 それなら、ここで今俺ができることはただ1つのみ。


 大鎌が俺の肉体を切り裂く寸前まで我慢し、ギリギリのギリギリまで攻撃を引きつける。


 そして、俺を仕留めるべく大鎌を振るうデスリーパーの腕が伸びきった瞬間──


「──ふっ!」


 迫り来る大鎌の刃に爪刃を当て、鋭い一撃を弾き返した。


 いくら力の強いデスリーパーでも、腕が伸びきってしまえばそれ以上力が入ることはない。


 だからその瞬間を狙ったのだが、それでもデスリーパーの振るう大鎌はあまりにも重く、弾き返したはずの俺が後退りしてしまう。


『カ、カタ⋯⋯ッ!』


 しかし、後退りしている俺の目の前で、大鎌を弾かれたことによりデスリーパーが大きく体を仰け反らせていた。


 デスリーパーが初めて見せた、大きな隙。その隙を狙わないことには、この勝負はいつまで経っても決着がつかない。


「チャンスは今、ここしかない⋯⋯!」


 俺は少し無理な体勢で地面を強く踏ん張り、地を蹴り飛ばして跳躍する。


 そして、俺は肋骨と胸骨に守られた赤い宝石に向けて、爪付き手甲による右ストレートをぶち込んだ。


『ッ!?!?』


 デスリーパーの言葉にならない絶叫が、空洞内に響き渡って空気を震撼させる。


 このまま押し通せば、デスリーパーを討伐することができる。


 そう、確信した刹那──


『──キャァア゛ァア゛ァァァァッ!!』


 カタカタと、骨が鳴る音しか発さなかったはずのデスリーパーが、突然耳を劈くほどの絶叫を上げる。


「ぅ、ぐぁ⋯⋯!?」


 頭が割れる。耳の奥が痛む。つい耳を塞ぎたくなるほどの絶叫に、視界が大きく揺らぐ。


 その瞬間、デスリーパーの絶叫に反応した赤い宝石が激しく、そして力強く明滅し。


「な、に⋯⋯っ!?」


 気づけば、俺の体は宙を舞っていた。


 突然俺の身になにが起こったのか、瞬時に理解することができない。


 唯一デスリーパーの骨じゃない部分である赤い宝石を攻撃した瞬間、デスリーパーが発狂したかのように絶叫した。


 それにより赤い宝石がデスリーパーの絶叫に反応し、その直後、全身を殴り飛ばされるかのような衝撃が発生した。


 だが痛みはないし、肉体の損傷もない。


 その衝撃はまるで、ただ異物を取り除こうとするような拒絶反応のようであり。


『オォオ、ォオォォオオ⋯⋯!』


 悲鳴に近い声を上げながらデスリーパーは首をガクガクと動かし、それにより口から黒い霧が溢れ出す。


 だがその黒い霧は霧というよりも、まるで瘴気のよう。ただでさえ黒い色が更に深く、そして重くなる。


 その瘴気は辺りを漂う空気よりも重いのか、宙に舞うことなく沈殿するように足元に充満する。


 そして、空洞内を照らす光苔を黒い瘴気が包んだ瞬間、光苔は見る見るうちに枯れていき、そして塵となって消えていった。


「⋯⋯ここに来て覚醒⋯⋯? いや、これは発狂に──」


『オォオォォォオォッ!!』


 俺が分析している最中に、デスリーパーが悲鳴を上げながら俺の元へ接近してくる。


「い、いきなりかよっ!」


 こんな行動、最初以外して来なかった。


 最初の不意打ち以降、デスリーパーは自分から攻撃を仕掛けることはなく、基本的に待ちの体勢で俺の攻撃を受け流していた。


 だが発狂したことで、デスリーパーの行動が再び変化──いや、進化を遂げていた。


「──っ!? ま、まじか⋯⋯!?」


 大振りで大鎌を振り下ろしてくるデスリーパーだが、空を切り迫ってくる刃の速度が、先ほどよりも明らかに疾くなっている。


 その速度、体感で2倍以上。


 なんとかギリギリで回避するが、それでも間に合わず髪の毛が数本持っていかれる。


 そして振り下ろされた大鎌は地面に当たる寸前で止まる──ことはなく、そのまま音を立てずにして、地面に刃の鋒が沈んでいた。


『オォ⋯⋯ォオオォォォオォッ!』


 大鎌を引き抜き、デスリーパーは両手で柄を握って器用に大鎌を回転させていく。


 すると漆黒色に煌めく刃に暗黒色をした瘴気が纏わりつき、おどろおどろしいオーラを放つようになる。


 それは、ゴブリンシャーマンのものとは比べ物にならないほどで──


『オォォッ!』


 こちらに向かって接近してくるデスリーパーに対し、俺は迎撃するべく腰を低く構え、手甲に力を込める。


 だが次に飛んできたのは刃ではなく、デスリーパーが両手で掴んでいた柄の先端であった。


「っ!?」


 伸びるように俺の顔面へと迫り来る柄を躱すべく、俺は後方へ飛び退いて距離を取ろうとする。


 だがそれを待っていましたと言わんばかりに、デスリーパーは俺が跳躍したところで接近してきて、大鎌を振りかぶる。


 そして振り下ろされると同時に俺はすぐさま【空歩】を使って体勢を整えるのだが、その時には既に、デスリーパーは大鎌を構え直していて。


『オォ、オォオォオォッ!』


 デスリーパーの振るう凶刃の鋒が、俺の首をロックオンする。


 未だに俺は、空中にいる。デスリーパーは大鎌を振り払おうとしていて、その瞳のない暗い穴が、俺の首だけを静かに見つめている。


 感情はなく。表情も読み取れず。ただ冷酷なまでの殺意が刃に乗り、俺の命を刈り取るためだけの大鎌に力が込められていく。


『オォォッ!』


 勝利の雄叫びのような悲鳴を上げ、デスリーパーが大鎌を振るう。


 時の流れが、ゆっくりとなる。迫り来る凶刃が風を切り、空を裂き、そして俺の首を飛ばさんとする。


 ──これにて、俺とデスリーパーとの長い戦いは幕を下ろす。


「──そう。俺の勝ちによってな」


『⋯⋯ッ!?』


 一瞬動揺を見せるデスリーパーだが、そんなことはないと迷わず大鎌を振るってくる。


 そのまま突き進めば刃は俺の喉元を掻っ切り、見事俺の生首が無様にも飛ぶことになるだろう。


 それほどまでの、絶対なる一撃。だが残念ながら、その一撃は当たることなく終わりを迎える。


 なぜ。


 その理由は、実に簡単なことだ。


「【空歩】の後隙を狙われたのなら、もう一度【空歩】を使用すればいい」


 俺は空間を蹴り、そして振り払われる大鎌を躱す。


 そして俺はデスリーパーから逃げ回る最中に拾い、背中の裏に隠しておいた棍棒の柄を強く握り締め、デスリーパーのヒビだらけの手首に棍棒を力のままに叩きつけた。


『──オォオォッ!?!?』


 一撃一撃丁寧に攻撃を叩き込み、ひたすらにダメージを蓄積させ続けてきたデスリーパーの手首が、棍棒によって弾け飛ぶ。


 しかもそれは片方だけでなく両方同じタイミングで弾け飛んでおり、パラパラと散る骨がやがてキラキラとした光の粒に変わっていき、薄暗い空洞を仄かに明るく染め上げていた。


「デスリーパー。お前が、頭のいいモンスターで助かったよ」


 デスリーパーは、狡猾だが素直なモンスターだ。


 こちらの動きを読んで行動を取るし、着地の瞬間を狙って攻撃してきたりと、戦っていて厄介極まりなかった。


 発狂したことで理性を失ったと思ったが、どうやら俺が【空歩】するその時を虎視眈々と狙う冷静な判断力は、失われていなかったようで。


 そして俺がわざと種明かしした【空歩】の能力であり、弱点を正確に突いてきた。


 俺は確かに、【空歩】を使用すれば一度だけ空中でも跳躍することができると、デスリーパーに教えた。


 この勝負の勝因は、デスリーパーがそんな俺の言葉を素直に信じてくれたからこそ、もぎ取れたものなのである。


「借りるぞ、その大鎌」


 宙に放り出された大鎌の柄を掴み、そして俺は体を捻って大きく振りかぶる。


 そして手首を破壊されたことで動揺し、俺が2度目の【空歩】を使用したことで驚きを露わにするデスリーパーの胸の奥にある、赤い宝石に目掛けて。


「はぁっ!」


 俺は大鎌を振り、そして刃の鋒で赤い宝石の中心部を叩き、限界まで力を込めていく。


『オ、オォオ、ォオォオッ!?』


 溺れているように首をガクガクと動かすデスリーパーが、心の底からの悲鳴を上げる。


 それにより赤い宝石が反応し、激しく明滅して再び俺を吹き飛ばそうとするが──


「楽しい勝負だったぞ、デスリーパー」


 俺がそう告げた瞬間、赤い石に大きなヒビが走り、亀裂が生まれる。


 最後の最後にこちらに向けて腕を伸ばすデスリーパーだが、手首より先がもう消えてなくなっているため、その腕はただ俺の肌を撫でるだけであり。


『⋯⋯ッ、────』


 バ、リィン⋯⋯! という軽快な音と共に、赤い宝石は俺の振るう大鎌によって鮮やかに砕け散った。


 上半身のみで宙に浮かぶデスリーパーが、ゆっくりと地面に落ちていく。


 そして砕け散った赤い宝石が光の粒となり消えると、次第にデスリーパーの骨も朽ちていき。


「デスリーパー。最後に教えてやるよ」


『⋯⋯⋯⋯ッ』


 もはや声すら上げなくなったデスリーパーが、こちらに耳を傾けてくる。


 だから俺は大鎌を担ぎながら、その場で膝をついてデスリーパーの朽ちていく頭蓋骨を撫でてやった。


「【空歩】の仕組みは、教えた通りだ。だが1つだけ、お前に教えてないことがある」


 消えゆく瞬間もこちらに顔を向けるデスリーパーに向けて、最後に俺は告げてやった。


「俺の【空歩】は5回翔ぶ」


『⋯⋯⋯⋯ッ!』


 だがあえて、俺は【空歩】の使用を1度だけにしていた。


 それによりデスリーパーは俺の言葉を深く信じるようになり、いつの間にかデスリーパーの思考の中には、俺が1度しか【空歩】を使えないという情報が刻まれる。


 頭が良く、そして頭が回るデスリーパーだからこそ、俺の【空歩】回数ブラフ作戦が、最後の最後で活きたのである。


「じゃあな、デスリーパー。またどこかで会えたら、その時は最初から全力で戦ってやるよ」


『──、────』


 そう言い残すと、デスリーパーは悔いはもうないと言わんばかりに光の粒に包まれていき。


「これで、俺の──勝ちだ」


 大鎌を高く掲げたことで、デスリーパーはそのまま塵も残さず消えていき、やがて。


 天井の高い広々とした空洞には、勝利者である俺だけが残っていた──

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