第2話 戻ってきたら夏休みが終わっていた
俺の名前は天宮 奏汰。どこにでもいる一般人であり、恋人どころか友達すらいない、ぼっち街道まっしぐらな高校二年生だ。
ある日、俺はいつも通り学校に登校して夏休み前の終業式を終え、誰とも会話することなく一人静かに帰宅していた。
その道中、真っ直ぐな一本道に昨日まではなかったはずの道ができていて、俺はつい興味を持ってしまいその道に足を踏み入れてしまった。
そこからが、長く苦しい日々の始まりであった。
一瞬視界が暗転したと思えば突然見たこともない景色が広がっていて、後ろを振り向いても来た道は残されていなかった。
もしかして夢を見ているのでは? と思ったのも束の間。突如として現れたゴブリンの集団に襲われ、その痛みによって現実であることを理解し、俺は死を覚悟した。
だがその時白いローブを身に纏う聖女を名乗る少女が現れ、俺はその子に命を救ってもらった。
それから俺は300日の間名も知らぬ世界を冒険し続け、仲間ができて、失って、最終的に世界を破滅へと導く魔王と対峙した。
俺は冒険中に取得した特殊能力──スキルを扱い魔王に立ち向かい、そして見事俺は魔王を打ち倒し、世界を救った。
あれからなんやかんやあって、俺は生まれ故郷である日本に戻ってきたわけなのだが。
「うわ、着信数やば⋯⋯」
スマホをつけると、そこにはとんでもない量のメッセージと不在着信の文字が映し出される。
それはどれも妹からの連絡であり、試しに妹に電話をかけてみると、ワンコールもしないうちに電話が繋がった。
「あー、もしも──」
『お兄ちゃん!? 今までなにしてたの!?』
耳がキーンとなるくらい声量に俺は一度耳からスマホを離しつつも、もう一度耳にスマホを当てる。
『私、ずっと連絡してたよね!? なんで既読すらつけてくれないの!?』
「い、いや、それはあれだよ。スマホが壊れちゃってさ」
『夏休みの間、ずっと!?』
そう言われ、俺は頭の中にクエスチョンマークが浮かび上がる。
俺が異世界に行っていたのは300日だったため、てっきり300日の間俺はこの現実世界にいないものだと思っていたのだが。
スマホの画面にあるカレンダーを見ると、日付は8月31日になっていた。
俺が異世界に迷い込んだのは、夏休みが始まる前日である8月1日のはず。
そうなると、どうやらこちらの世界と異世界では時の流れが大きく変わっているようであり。
単純計算で、こちらの1日が異世界でいう10日ってところだろう。
「いや、思いのほか修理に時間がかかってな。その⋯⋯色々の心配かけてごめんな、
『べ、別に心配してないし! ただ、ちょっと気になってただけだし』
その割にはワンコール以内に電話に出てくれたし、メッセージの方も100件以上溜まっている。
だがここでそこをつつけばきっと罵声が飛んでくるため、俺はそれ以上追求することはしなかった。
『とりあえず、分かった。ちょっとまだ納得いかないけど、私そろそろ見たい配信あるから電話切るね』
「見たい配信?」
『そう。ディーダイバーのサイバーRyouの配信。お兄ちゃんも知ってるでしょ? あっ、もう始まっちゃう! じゃ、お兄ちゃん元気でねー』
そう言って、沙羅は電話を切ってしまう。
ツー、ツー、ツー、という音だけがスマホから聞こえる中、俺は聞いたことのない単語にただ首を傾げていた。
「ディーダイバー⋯⋯?」
ディーダイバーもそうだが、サイバーRyouとかいう配信者の名前すらも初耳だ。
俺が異世界に行く前までは確かバーチャルYouTuber──通称"Vtuber"と呼ばれる配信者が流行っていたはずだが。
どうやらここ30日の間に、また新たな配信の概念が生まれたようであった。
「⋯⋯ってか、待てよ。今日が8月31日ってことは、明日から学校じゃん!? 課題、なんもやってないぞ!?」
鞄を開くとそれはもうギッチギチにプリントやら冊子やらが詰め込まれていて、どれも眩しいくらいに真っ白だ。
時刻は15時半。ここから家まで15分くらいで、そこから食事や入浴に有する時間を含むと、課題をする時間は多分そこまで多くはない。
「はぁ、まじかよ⋯⋯」
俺は突然異世界に迷い込み、そして成り行きで世界を救い英雄になってきた。
そんな異世界帰りの元英雄である俺に立ちはだかるのは、恐らく魔王よりも手強い30日分の課題の山であった──
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