第82話 EX.残夜の影く滅国-⑮

「────はっ!?」


 深く、泥のように沈んだ意識の水底から、俺は覚醒する。


 見上げれば紅色に染まった空が俺を見下ろしていて、視界の隅には遠のいていく天の塔の頂上が映っている。


 手を伸ばそうにも、届かない。体を動かそうにも、上手く体を動かすことができない。


 歯を食いしばる。拳を強く握り締める。絶対に、絶対に負けたくないという意思だけが、唯一の原動力となっている。


 しかし意思があっても、どうしても体が動かない。絶え間なく激痛が走る胸部に、ズキズキとした謎の幻覚痛に、顔が歪む。


 ただ手を、手だけを伸ばし続けていると、そんな俺の眼前にカメラがやって来て。


────コメント────


・アマツ、負けるな!

・アマツゥウゥゥゥゥウゥゥ!!

・まだ戦えるぞ、死神!

・エリュシールに一矢報いてやれ!

・勝ってくれ! 頼む!

・新たな伝説を残してくれ、アマツ!

・こんなユニークモンスターに勝てるの、アマツしかいないぞ。

・無理するな。でも、頑張れ。

・可能性はあるぞ、アマツ!!

・気持ちで負けるな! 押し勝て!

・奇跡を見せてくれ、アマツ!


────────────


 偶然か、それとも必然か。


 なにも指示を出していないのにも拘わらず、カメラが自分から俺の元にやって来て、しばらくの間見ていなかったコメント欄を表示させてくれた。


 凄まじい勢いでコメント欄に流れるコメント。そのどれもが俺を応援し、期待を寄せるコメントばかりだ。


 俺は、正義のヒーローではない。アニメや漫画に出てくる主人公のように、声援を浴びたらパワーアップするような、そんか特殊な能力は持ち合わせていない。


 だが、しかし。


 そのコメントのおかげで、微かながらも希望を抱けたのは事実であり。


「間に合え⋯⋯!」


 俺は胸ポケットからディーパッドを取り出し、片手でその画面を操作する。


 そして俺は、かつて【蠱惑の花園】にて戦ったキラーマンティスのドロップアイテムである、【四刃の鎖鎌】を取り出した。


「頼む、届いてくれっ⋯⋯!」


 鎖鎌の鎖部分を握って鎌を振り回し、そして天の塔の頂上の外周にある縁に引っかかるよう、俺は【投擲】のスキルを使用し鎌を放り投げる。


 真っ直ぐ飛んでいく鎖鎌は、危うくもギリギリなんとか刃の部分が外周の縁に引っかかってくれて。


 俺は投擲した際に宙に投げ出された鎖を強く握り締め、なんとか、天の塔からの落下から逃れることができた。


「ぐっ⋯⋯はぁ、はぁ⋯⋯っ」


 こんなボロボロな状態の中、片腕だけで宙にぶら下がることなんて不可能だ。


 だが、これはあくまで空中での姿勢制御のため。


 俺はすぐに【空歩】を使用して宙を蹴り、鎖を手繰り寄せるように体を持ち上げていき。


 なんとか、やっとの思いで天の塔の頂上に舞い戻ることができた。


「あら、まだ生きていたの。案外しぶといのね」


「あぁ⋯⋯まだ、負けてないからな」


「⋯⋯相変わらず理解不能だわ。生きているのなら、そのまま逃げてしまえば生き長らえることができたのに。わざわざ死にに戻ってくるなんて、あなたって物好きなのね」


 やけに耳に通るエリュシールの言葉に耳を貸しながらも、俺は地面に転がっている微かに熱を帯びた大鎌を手にする。


 その大鎌を肩に担ぎ、腕で柄を支えながら俺は再度ディーパッドを取り出す。


 そして俺は、ディーパッドの中に【首断ツ死神ノ大鎌】を収納した。


「⋯⋯武器をしまって、なんのつもり?」


「エリュシール、お前言ったよな。俺の全力が、本気が見たいって。だから、見せてやるよ。今俺が出せる、全力の本気ってやつを」


 エリュシールにそう告げながら、俺はディーパッドを操作する。


 エアイリスの言葉。エアイリスが、最後に俺に言い残したあの言葉の意味。


『ワタシが封印した、カナタ様の所有するスキル。それは全てではありませんよね?』


『そこに答えはありますよ。スキルを解放しなくても、杭を抜かなくても、あの魔女を倒すことができる唯一の方法が』


 最初は、なにを言っているのか全然分からなかった。


 だがエアイリスと別れて意識を取り戻した時、その言葉の意味を俺はようやく理解することができたのだ。思い出すことができたのだ。


 俺が今の俺のままでエリュシールを倒す方法を。


 スキルを解放しなくても、杭を抜いて力を解き放たなくても、エリュシールを倒すことができる可能性を生むモノを。


 だから俺は、最後の頼みとしてソレに賭けるべく、ディーパッドからとある武器を取り出した。


「⋯⋯なによそれ」


「知ってるだろ? 俺たちの、思い出の物じゃないか」


 俺が取り出した武器を見て、エリュシールは少し呆気に取られたような表情を浮かべていた。


 俺が新たに取り出した武器。


 それは【破剛の両手剣】という名の武器であり、かつてエリュシールと共に戦い討伐した、【ダークナイト・テラー】がドロップした地味ながらも重量感のある剣である。


「⋯⋯やっぱり理解不能だわ。そんな体で、そんなただ重いだけの武器を選ぶだなんて。質だって、明らかにさっきの鎌の方が上でしょう?」


「あぁ、そうだな」


「満足に扱えない武器でこのワタシを倒すつもり? 呆れた。あなたには失望したわ。そして、イライラするわ。ワタシのこと、舐めてるんでしょう?」


 両手を広げながら宙に浮いていくエリュシールを前にして、俺は両手剣を肩に担ぐように構える。


 エリュシールの言う通り、確かにこの両手剣よりも大鎌の方が性能的には優れているし、使い勝手だって大鎌の方が圧倒的に軍配が上がる。


 だが、俺が本気を出すためには大鎌ではなく、今構えている両手剣の方が最適なのだ。


 しかし、ただこの武器を構えただけでは全力を出すことはできない。


 俺が全力を出すためには、少し面倒でリスクの高い工程を踏まないといけないのである。


 つまるところ、この武器はエリュシールに攻撃を仕掛けるために選んだ武器ではない、ということである。


「いいわ、遊んであげる。そして、あの世で大ぼらを吹いたことを後悔させてあげるわ!」


 空気がビリビリと震え、肌を刺激してくるほどの魔力を放出させながら、エリュシールが俺を見下ろしてくる。


 だが俺は、その場から動かない。エリュシールの動向をよく見て、よく観察しないと、俺の全力は完成しない。


 だから俺は瞬きすらせず、ただ一心にエリュシールを見つめた。絶対にエリュシールから目を逸らさないと、強く心に決めながら。


荒れ狂え、紅蓮竜ラス・ディアーブル!」


 エリュシールが高らかに声を上げると、一番最初に俺に披露した竜の頭を成した炎が展開される。


 まるで竜が雄叫びを上げるかの如く、ごうごうと燃え盛りながら俺へと目掛けて襲いかかってくる炎の塊。


 だが違う。俺が待っているのは、これではない。こんなものでは、まだ足りないのだ。


「はぁっ!」


 【豪脚】を乗せた蹴りで風圧を発生させて炎の軌道を変え、そして俺はエリュシールへと向かって──行くことはなく、むしろ距離をとるようにその場から後退する。


 それにはエリュシールも小首を傾げており、不思議そうに、空の上で俺の様子を伺っていた。


「どうしたエリュシール! こんな魔法じゃ、俺は殺せねぇぞ!」


「⋯⋯っ、よく喋るようになったわね! 舞い踊れ、千華冰剣リズ・アイデュオ!」


 俺の大事な【黒鉄の爪刃手甲】を破壊した氷の剣が、目にも留まらぬ速度で飛来し、何本も、何十本も一気に降り注いでくる。


 前方からは氷の剣の雨。後方からは背中側へ回り込んできた炎の竜の猛攻が押し寄せてくる中。


 俺はその場で立ち止まり、寸前のところで後方に飛び退くように背面跳びで身を投げ出した。


「⋯⋯っ!」


 エリュシールが息を呑む。


 それもそのはず。エリュシール視点からしてみれば、いきなり俺が炎の竜に身を投げ出し、自害したように見えているはずだからだ。


 だが、そんなことはしない。決して、勝負を諦めて自暴自棄になったのではない。


 俺は群れを成すように迫り来る炎の竜の隙間を縫うように回避し、紙一重も紙一重のところで炎をやり過ごすことに成功した。


 そして、それにより炎の竜と氷の剣が正面からぶつかり合い、互いに互いを消滅させていく。


 地面に着地する頃には、雨のように降り注いできていた氷の剣のほとんどが炎によって溶かされていて、炎の竜も氷の剣を溶かし続けたせいか火力が落ち、まさに風前の灯火となっていた。


 今の俺に、炎の竜をかき消すことも、氷の剣を全て撃ち落とすように破壊することはできない。


 だからあえて相殺させるよう賭けに出たのだが、どうやら俺は、その一か八かの賭けに勝つことができたようであった。


「炎の竜は自在に動かせるが、急な方向転換は不可能。氷の剣も、直線的な動きしかできない。一度見れば、大体分かることだ」


「えぇ、その通りよ! 大したものじゃない! でも、あれくらい余裕で躱してくれないと困るわ!」


 瞳をギラつかせるエリュシールが、愉快そうな笑みを浮かべながら魔法を展開していく。


 風の刃。岩の槍。炎の渦。氷の弾丸。どれも触れることすら危うい魔法だらけであり、今の俺にとってはどれも即死級の魔法ばかり。


 だがどれも、俺が望んでいる魔法ではない。


 風の刃は風の音を頼りに回避し、岩の槍は【空歩】を使用して空中へ逃げることでやり過ごす。


 そこから炎の渦が飛んでくるため、【豪脚】を乗せた蹴りで軌道をズラさせてから着地し、着地の瞬間を狩るべく放たれた氷の弾丸を、両手剣を振り回すことで叩き落とすことに成功する。


 自分でも、ここまで動けることが不思議で仕方がなかった。


 視聴者からの応援があったからか、エリュシールに一矢報いる方法を思い出したからかは、分からない。


 それでも、左腕をなくし、肋骨を数本ほど折り、火傷し、体力が尽きかけているこの状態で動けているのは、なにか不思議な力が働いているような気がしてならなかった。


「あぁもう、うざったいわね⋯⋯!」


 幾度も魔法を回避し、やり過ごす俺を前に嫌気が差したのか、エリュシールが悪態をつくようになる。


 待っていた、この時を。狙っていた、この瞬間を。


 苛立てば苛立つほど、エリュシールの魔法は派手で豪快なものになっていく。


 だから、待つんだ。ひたすら時間を稼いで、あの魔法をただ待ち続けるんだ。


 あの魔法を使った時こそ、この圧倒的不利な状況を覆すことができるのだ。


「はぁ、はぁ⋯⋯ははっ、どうしたエリュシール! こんな満身創痍な俺一人倒せないなんて、紅月の魔女の名が泣くなぁ!?」


「回避で精一杯のくせに、よく喋るようになったわね!?」


「あぁ! お前の魔法が貧弱だから、こっちにも余裕が生まれたんだよ! 俺が死ぬのが先か、そっちの魔力が尽きるのが先か、勝負してみるか!?」


 俺の煽り挑発により、エリュシールのコメカミに青筋がビキッと浮かび上がる。


 すると突然エリュシールが魔法の連続展開を中断したと思えば、俺に狙いを定めるように右腕を伸ばしていた。


「もっと遊んであげようと思ったけれど、もういいわ! これ以上、あなたと戦ってもなにも利益が生まれないもの! 紅月の魔女と成ったワタシを貶したこと、後悔させてあげる!」


 広げた手のひらからバチ、バチッと赤い稲妻となって迸る魔力が溢れ出し、素肌がビリッと痺れるほどの緊張感が走る。


 産毛が逆立ち、空気を揺るがすほどの魔力が暴れるように走り、安易な呼吸すらも許されないほどの圧を放つエリュシール。


 そしてエリュシールは、超高濃度に練り上げた魔力を右手に収束していく。


 親指と中指の腹を合わせながら、拳を握り締めるエリュシール。


 それにより右手に収束した魔力が、煌めきながら親指も中指の先へと駆け巡り。


 ──パチンッ。


 乾ききり澄み渡った空気に、エリュシールの指を弾く音が響き渡り、木霊する。


 それにより、先ほど俺を塔の上から外へと吹き飛ばした、白く眩い輝きを放つ泡のような球体が赤い稲妻を帯びながら出現した。


 触れれば壊れてしまうシャボン玉のように、ふわふわと儚げに宙を漂う球体。


 だが、その球体の中では荒ぶる赤い魔力が混ざり合っており、今すぐにでも弾けそうなほどに膨張しており。


無に帰せ、光廻爆ジール・エン──」


「待ってたぜ、エリュシールッ!!」


 エリュシールが天の塔諸共俺を吹き飛ばすべく、魔法の詠唱を口にして泡のような球体を破裂させようとした瞬間。


 俺は手に持つ【破剛の両手剣】で、その今にも破裂寸前な泡の中央──核を、貫いた。


「ぐっ⋯⋯!」


 直後、核を貫かれたことで泡が破れ、視界を白く染め、耳からあらゆる音をかき消すほどの大爆発が巻き起こる。


 だがその爆発の中で、俺は地面を強く踏み締めて踏ん張りながら、魔法を形成する中枢の核から、両手剣の刃をただひたすらに押し込み続けた。


 身を焦がし、空を揺るがせ、純粋な力の奔流で全てを破壊し尽くさんとする魔力の海の中、俺は意識が吹き飛んでしまいそうになりながらも。


 歯を食いしばって耐え、耐えて、耐え続け。


「──がはっ⋯⋯!? はぁ、はぁ⋯⋯!」


 天の塔頂上を消し飛ばすほどの爆発が、突如として収縮し、消滅する。


 そう。俺は、エリュシールの魔法を無力化させることに成功したのだ。


「は、ははは⋯⋯どうだ、エリュシール。これで、ようやく⋯⋯っ」


「⋯⋯ふぅん。私の魔法を無力化させるだなんて、中々やるじゃない。でも、だからといって驚くことでもないけれど」


 地面に降り立つエリュシールが、軽く指をパチン、パチン、パチンッ、と、三回連続で弾き鳴らす。


 そうすることで、荒ぶる魔力がたっぷりと詰まった泡の球体が、目の前に三つも一気に展開された。


「普通の魔導師なら、この魔法を展開するのに全魔力を消費しても不可能でしょうね。手練の魔導師でも、出せて二つが限度かしら。それくらいこの魔法は強力なものだけれど、今の私ならこの魔法を展開するのに、全体魔力の5%も消費しないわ。精々、3%か2%くらいかしら」


「へぇ⋯⋯そりゃあすごいな」


「えぇ。だから、この程度の魔法を無力化されたくらいで私は痛くも痒くもないの。その点、あなたは今の魔法をたった一度無力化するだけで立っているのも不思議なくらいにボロボロになっている。私からしてみれば、無力化されたことは驚きだけれど脅威には一切感じられないのよね」


 エリュシールの言う通りだ。


 俺は満身創痍な上今でもギリギリ意識を保てている状態であり、あの魔法を無力化することに成功した上でこの場に立てていること自体、奇跡みたいなものだ。


 それに対し、エリュシールはただ魔力を消費しているだけであり、その消費した魔力も微々たるものだ。


 何十発も連続で展開させれば魔力が尽きるかもしれないが、紅月の魔女と成ったことで、きっと魔力の回復速度だって俺の想像を大きく上回っているはず。


 無尽蔵の魔力。異常なほどの回復速度。だからこそ、たった一度魔法を無力化されたくらいでは動揺なんてしないということだ。


 だが、俺はあの魔法を無力化し、ボロボロになって刀身にヒビが入りながらも原形を保っている【破剛の両手剣】を前に、勝利への希望を見出していた。


「⋯⋯一つ。魔法が氷の剣や岩の槍などではなく、炎や水の塊等の、魔力核を中心にし形成される魔法の核を貫くこと」


「⋯⋯はい?」


「⋯⋯二つ。魔力を武器にさせる際に、武器が壊れることなく、原型を保っていること」


「⋯⋯なによ。いきなり、一人でぶつぶつなにを言っているの?」


 これは制約だ。


 魔法を無力化することができたのは、俺の腕前や技術によるものではない。


 あくまでとあるスキルを発動するための過程に過ぎず、魔法の無力化などそのスキルの真価を発揮するための準備でしかないのだ。


 しかしその制約を満たすためにはかなりのリスクが伴うため、今の俺の体では制約を満たすことができない可能性があった。


 だからこその、賭け。勝利の欠片を掴むための、勝ち目の薄い大博打。


 だが俺は、その賭けに勝つことができたのである。


「さっきからなにを言っているのか分からないけれど、あなたの本気が大したことないということがよく分かったわ。本当に、期待して損した気分よ」


 再び宙に浮かんでいくエリュシールが、自身を中央にして数多の魔法を展開していく。


 触れるもの全てを焼き焦がす炎の竜。金属すら破壊し、穿ち抜く氷の剣。圧倒的質量で標的を押し潰す岩の槍。近づく者を切り刻み、塵へと変える風刃の竜巻。


 その他にも、炎の槍や氷の弾丸。稲妻を纏う光球や影から伸びる棘など、それら全ての殺意が、俺だけに向けられている。


「さぁ、終わりにしましょう」


 エリュシールが腕を振り下ろすことで、展開された全ての魔法が一斉に俺に向かって降り注いでくる。


 回避すらできないほどの高密度で。防御すら不可能なほどの火力で。逃げることなど、許されないほどの速度で。


 絶体絶命の状況の中、俺はただその場で静かに瞼を閉じて。


「⋯⋯三つ。武器に吸収させた魔力の量が、一定量を超えていること。これら三つの条件を満たすことで、発動が可能となる──」


 俺すらも存在を忘れていたスキルの発動条件を、確かめるように口にしながら俺は手に持つ両手剣を手放す。


 その両手剣は、そのまま重力に逆らうことなく俺の足元から伸びる影の中へと混ざるように溶け込んでいき。


 そしてそれと同時に、俺の身はエリュシールの展開した魔法の一斉射出により、呑み込まれてしまった──



















 ──一閃。


 一筋の斬光が空を切る。


 俺の身を焦がし、穿ち抜き、押し潰し、切り刻む魔法の全てが、空を切る音と共にする。


 その一太刀の余韻は、魔法をかき消すだけでなく。


「──ッ!?」


 大鎌による一撃や、【豪脚】の乗った蹴りなどを全て防いだ強固な魔力障壁を破壊して。


 エリュシールの頬に、白い光の溢れる一筋の線を走らせていた。


「⋯⋯おかしいな。今の一撃で首を切り落とせたはずだったが、久しぶりに使ったせいで腕でも鈍ったか?」


 巻き起こる砂煙の中、俺は片手に剣を手にしながらエリュシールの元へと歩いていく。


「な、なによ⋯⋯っ」


「なにって、お前の魔法をかき消しただけだが?」


「違うわよっ! そんなことどうでもいいわ! なんなのよ、その、剣は⋯⋯っ!?」


 あの魔法の中でも無傷だった俺を前に、明らかな動揺を顕にするエリュシール。


 そんなエリュシールの瞳には、俺の右手に握られた異質な存在感を放つ闇を纏った剣が映っていた。


「この剣は魔を呑み、魔を喰らい、魔を貪るモノだ」


 刀身が長く、分厚い刃を持ち、錆色をした【破剛の両手剣】は、もう俺の元には存在しない。


 今俺が手にしているのは、漆黒の刃を持つ【首断ツ死神ノ大鎌】よりも黒い刃を持ち、細く、鋭く、そして薄い刀身を持つ、闇に呑まれた剣だ。


 柄には黒い布が巻かれ、鍔には紅く染まった夜空を嘲笑うかの如く、紅い血の色をした宝石が埋め込まれている。


 この、剣の名こそ──


「──魔剣ダラク。魔力を喰らい尽くし、お前を討ち滅ぼす剣の名だ」


 今出せる、俺の全力。


 現段階の俺が披露出来る、本気の本気。


 幾百幾千の命を葬ってきた【魔剣ダラク】が今、俺の呼び声に応じ、俺の手の中にて目を覚ました。

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