第66話 幻聴を探れ ③

 その日、「セブン・タイムズ」の記者、ダニー・グエンはスクープを求めて夜中に車を尾行中だった。


 気取られないよう、適当な距離をおいて車を走らせていたが、どうにも段々と道路から車の数が減っていくので、彼の車は目立たざるを得なかった。


(ううむ、特にバレてはいなさそうだが…)


 ダニーは軽く舌打ちをし、車を減速させてさらに距離を空けた。


 この尾行により何かをスクープにできる根拠は特にはなかったが、長年の新聞記者としての勘が彼を突き動かした。


 ダニーはオムニ・ジェネシスでは珍しい、自分で歩いてネタを探すタイプの記者である。


 近年のこの船にいる新聞記者と言えば、政府の発表の横流しか、ズブズブに癒着している広告代理店に言われた通りの記事を書くのが主だ。


 いや、書く、というのさえも正しくない。AIライターに書かせて、ちょっと編集して出すだけだ。ダニーに言わせれば、記者ですらない。


 時代錯誤記者と呼ばれていることをダニーは重々承知していた。


 しかし、自分の脚で歩いて取ってきたネタ、そういうテンプレートから外れたものが一番面白いものであることもよくわかっていた。


 スキャンダルな内容だと敵もできやすいが、だからこそ面白い。


(最近のニュースと言えばハルモニアと政府の対処のことばかり…そんな記事は、誰かが書く。俺は、その裏で起きる人々の日常のスキャンダル、それを追う。)


 ダニーの信条である…


 _____事の発端は、数日前。


 第一区での取材があったため、節電時間を過ぎても罰金を覚悟で遅くまで一杯引っ掛けていた帰り道。


 ダニーは酒瓶を片手に酔いを楽しみながら、暗くなった通りを歩いていた。


 取材後は休暇を取っていたので、特に次の日の心配をすることもない。


 すると、民家があるような方向とは逆方向へと走る一台の車を見た。


(はて?あの助手席の女、見たことある顔だな…こんな時間に一体どこへ行くんだ?)


 ダニーはそのまま家に帰ると、はて、誰だったかな、とずっと考えていた。


(あいつは、そうだ、検事だ。神父の性的虐待事件を執拗に追っていた女だな。確かブラストライト家のお嬢様だったな。)


 ダニーは、どうせ金持ちの夜のデートかと鼻にもかけなかった。


 その次の日、ダニーは同じ店で同じように飲んでいた。


(俺もつくづく、やることがねえなあ。)


 ダニーはこう思いながら、あ〜あ、とため息をつきながら夜道を1人で歩く。


 またしても、同じ車が同じような時間に民家ないところへと向かっていくではないか。


(あっちには、もう政府関係の建物しかないんじゃないのか。)


 この時、ダニーの頭にはまったく持って事実とは違う考えが飛来した。


(あのカップル、人口山で違法ドラッグでも極めてヤリに行ってるのか。)


 ダニーはニヤリとした。


(あのお嬢さんは20代半ばぐらいだったか。まあ、ガキみてえなもんだが、真面目で有名な令嬢がスリルを求めて男と夜な夜なランデブー…まあ、ありな話だな。)


 ダニーの鼻には微かだがスクープの匂いがした。


(現場を押さえたら、警察を呼んで猥褻罪で現行犯逮捕、そして俺が一番最初に記事にしてやる。)


 ダニーの目には怪しい光が宿った。


 そして、ダニーは三日目、グレースたちの車を尾行することにしたのだ。


 ______いよいよ政府管轄区域に入ると、流石にここから先は目立ちすぎるので追えないと思い、車を止めたところで、大分先の方で車を停めているのが目視できた。


 相手側の車からは見えないギリギリで車を駐車した後、とにかく足早にグレースたちを追う。


 遠目に壁際に写る男女の姿を確認して、ダニーは集光レンズ眼鏡をズームして何をしているのかの様子を探る。


(『第一入船ホール』?あんなところで二人で麻薬パーティーでもするのか。あんな建物の外で人目も憚らずにか?お嬢さん、それはいくらなんでも大胆過ぎるだろう。)


 ダニーは集光レンズ眼鏡で姿を確認しながら走って近づいていく。


 しかし、ダニーの思惑とは裏腹に、一向に何も起こらない。


 それどころか、男の方は何かをグレースの頭に引っ付けている。精密検査かなんかでつけるあれだ。それから、グレースは建物に手を当てて瞑想を始める。


 ダニーは意味もわからず写真を撮っていた。


 こんなのはなんの記事にもならない、と不安にもなったが、この奇妙な行動はダニーの好奇心を刺激した。


 ダニーはタバコを咥えながらじっとカメラ越しに様子を伺う。


 たまに無精髭をボリボリと掻きながら、辛抱強く何か起きないかと待つ。しばらくすると、グレースが突然何かを吐き出し、座り込んだ。


(なんだ!?なんだ!?カルト宗教の儀式か!?)


 ダニーはタバコを放り投げてさらにズームする。吐瀉物はよく見えないが、何かを嘔吐し、力尽きたように四つん這いになって苦しそうな表情をしている。


 そこに男が駆け寄り、グレースを寝かせ、介抱しているように見えた。


(クソ、ゲロ吐いた時のシーンを録画しておけば良かった。)


 異常とも言える事態にダニーは混乱した。何かドラッグを摂取したのだろうか。


 ダニーにはそのように見えなかったが、見落としていた可能性もある。


 そもそもこのご時世、ドラッグを摂取してあんなに苦しそうになって吐いたりするものだろうか。新手の失敗作でも飲み込んだのだろうか。


 少し経つと、男に支えられてグレースは起き上がり、二人は車で帰っていった。


 ダニーは二人が去ったのを見計らって自分も帰路についた。二人があんなところで何をしようとしているのか謎だったが、それを解明するまではとりあえず尾行し続けることを決心した。


 単に男女が逢瀬しているだけならば、警察を呼んだり記事にすることだってできない。


 ドラッグを摂取したという証拠もないし、立ち入り禁止区域もギリギリで入っていないようだから、何一つ問題にするようなことではない。


 だが、あの二人はなにか得体のしれない秘密を持っている。


 それがなんなのかは分からないが、その秘密は記事になる、とダニーの勘は訴えていた。





 第67話『幻聴を探れ ④』に続く


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