第20話 ゲーム・オブ・ライフ ③

「フーコさん!そちら側に3体向かっています!気をつけてください!」


 マルクスは敵がいる方向をマーキングする。このマーキングにより、敵の方向と距離がチーム全員と共有される。


「ソナーマップで位置は把握できてるんだから、わざわざ教える必要もないでしょ。」


 マリーがマルクスに悪態をつく。


 マルクスはフーコの顔表示をずっとオンにしていて、チラチラと見ている。


「あのねマルクス、あなた、画面でずっとフーコさんのことチラチラ見てるの、みんなにバレてるからね。気持ち悪いったらありゃしないわ。」


 マルクスは途端に赤面する。


「ふざけるな!俺はただ、ゲーム経験が浅いフーコさんは余計にサポートが必要なんじゃないかって思っているだけだ!」


 フーコは苦笑いする。


 普段はそれほどゲームをやらないフーコだが、ゲームを利用して軍がパイロット募集していると聞いて、自分も何かの役に立ちたいと思った。


 そしてここ半年、必死にこのゲームをプレイしていた。


 大会へ参加するために自身のSNSを利用してメンバーを募っていたが、それがプロゲーマーであるマルクスの目に留まり、マルクスのチームに参加させてもらうことになった。


 もちろん、これはマルクスが別のチームメンバーをそれこそしつこいぐらいに説得した結果である。


 しかし、常人と比べて遥かに高い反応速度や判断力や忍耐力を持つフーコはプロチームで揉まれていくうちにメキメキと頭角を表し、今では名実共にプロ顔負けの実力を持っていた。


 チーム・マルクスの3番手である。


「フーコさん、気をつけてね。こいつ、フーコさんの等身大の超リアルフィギアとか、フーコさんに似たアバターのエッチな仮想空間動画とか持ってるからね。」


 うーん、それは流石にちょっと気持ち悪いかも・・・とフーコは思ったが、苦笑いで流した。


 むしろ、100年以上も生きているのに、未だにそんなにフレッシュな性欲があるのかと驚かされた。


「ま、マリー!!フーコさん、う、嘘ですよ!こいつの嘘です。そんなことしていないですよ!フーコさん、信じないでください。」


 必死な様子のマルクスをフーコは悪いなとは思いながらも無視した。


「あらら〜〜、そんなこと言っていいのかしら〜。」とマリーはマルクスをさらに挑発する。


「なんだよ。」マルクスの口調は威嚇するようであった。


「ん、ん〜。その態度。私を威圧してるの?」


 マルクスはマリーに弱みを握られている・・・「グッ」っと小さく漏らし、少し沈黙した後、「いや、そんなつもりはないよ、すまないな、マリー。」と急にしおらしくなる。


 急に雰囲気が微妙になったのと、マルクスが気の毒になったので、フーコが一言加えた。


「えっと、マルクス。私のファンであることは嬉しいんだけど、あなたはこのチームのエースなんだから、今はもっとゲームに集中してね。」


 フーコが話しかけると、マルクスは途端に元気になる。


「え、あ、はい!お任せください!フーコさんも、無茶はしないでくださいね!」


「甘いわね〜」とマリーは首をのけ反らせる。


 ボリュームのある茶色い髪をひと撫でしてハンドルを握り直す。側から見ると厳しそうな人物だと思われがちだが、瞳はどこか象を思わせる優しさが宿っていた。


 マルクスは、エースと言えば聞こえはよいが、ようはフーコをいかがわしい目で見る格闘ファンで、普段はろくに仕事もしない単なるゲームオタクである。


 整形手術に脂肪吸引により、スリムでそこそこハンサムなので、周囲からは変態オタクだとは思われてはいないようだが、彼の中身を知る幼馴染のマリーは、いつも彼に呆れていた。


 マルクスが今度の大会で得られるであろう賞金で、特注でフーコそっくりの自律可動式ロボットを注文する算段があったのをバラしてやりたいな〜、とマリーは考えていた。


 マルクスの小さな野望は、マリーの友人が働いているロボット製作会社にマルクスからの見積もり依頼が届いたことで発覚した。


 マルクスからすれば、絶対に本人であるフーコには知られたくない。


 マリーにこの野望がバレた時のマルクスの慌てようは半端なかった。ただの好奇心で、いやらしい気持ちはない、とマルクスは言い張っていたが、弁明するマルクスは真っ青であった。


 マリーはついゲラゲラと思い出し笑いをしてしまう。


「あの〜。」


 一連の話を聞いていたアベベがのそっと入り込んでくる。


「いい加減、そろそろブラックワームとの接敵もあるし、くだらない会話をしていないで、とっととゲームに集中しろってみんな思ってると思うんですよねー・・・チーム内での最強3人組だから、みんな言いづらいと思っているだけだと思うんですよねー。だから、もういい加減集中して欲しいですよね〜。」


 アベベはゆっくりとした喋り方をするが、大抵この男がこういう喋り方をする時はかなり怒っている時なのでフーコもマルクスもマリーも「ラジャー!」と気持ちの良い返事をして返した。


 いよいよ、ブラックワームとの戦闘が始まる。


「ラクサ、シリウス、私と一緒にSEU側の3体をやるよ。フーコとアベベは展開してSWD側とED側の敵を撹乱して!マルクスとシドは後方から援護、それと危なそうな人がいたら助けてあげて!」


 マリーがテキパキと指示を送る。マルクスはエースだが、マリーはリーダーだ。「了解した!」「オッケー」「はいよ〜」とみんなが返事を送る。この手のゲームはコミュニケーションが命だ。


「撃ってもいいか!?」


 ラクサが確認する。


「いいよ!」


 そう返事をするか否かのタイミングでマリー、シリウス、ラクサがほぼ同時に撃ち始める。連射で一気に畳みかけてまずは一体を潰す。


 残存エネルギーをケチって攻撃を出し惜しみするとけっきょくは防戦に余計なエネルギーを割くことになる。


 攻める時は一気に攻めて、引く時は思いっきり引くのが定石である。


 フーコとアベベはマリーらに近づかせないように、別方向からの敵たちに対してつかず離れずの戦闘を始める。マリーらはすぐに2体目の撃破に成功、そしてもう一体も、遠くからマルクスがスナイプで仕留めた。会場は歓声に包まれた。


「SEU側3体撃破!フーコ、アベベ、状況は?」


「ED側で接敵中。敵は2体。特に問題はないけど、余裕があるなら助けて。」


 フーコが喋り終わった直後ぐらいのタイミングで、またしてもマルクスがED側の敵の一体を長距離で撃ち抜いて撃破。


「マルクス、ナイスショット!」


 フーコの賞賛にマルクスはすっかり調子を取り戻す。フーコが近距離から素早く残りの一体を処理すると、アベベのいるSWD側の敵をみんなで一斉に破壊して、周辺のブラックワームをひとまず一掃すると、『ライフ』回収へと急いだ。


『ライフ』が目視できるようになると、どうやらすでに別チームがチーム・マルクスよりも早くライフに近づいていて、多くのブラックワームに囲まれているようだった。


 そんな中、凄まじい勢いで次々とブラックワームを落としていくカオスファイターがあった。


「うおおぉ、すごいパイロットがいるな。」


 シリウスが驚嘆した。


「あいつ、ヤバッ!」


 シドは顔を引き攣らせている。


「・・・」


 アベベは無言でそのプレーヤーの一挙一動を追っている。


「コビー将軍より強くね?」


 ラクサは目を見開いた。


「さすがにそれはないでしょ。でも、確かに凄腕のパイロットね。だけど・・・他のチームメンバーはほとんど全てあのパイロットを生かすために動いているって感じだわね。あ、いまメンバーの一人がエネルギーを譲渡したわよ。」


 マリーはブラックワーム反応をソナーで確認しながら横目で別チームのプレーを分析する。


「見惚れているわけにはいかないわね。敵があちらに惹きつけられている間に、私たちは早く回収に向かいましょう。」


 フーコはこれをチャンスだと皆に呼びかける。


(BrAInHack・・・ブレインハックか?聞かないプレーヤーだな。一体何者だ?初か?しかもこのチーム・エリア40ってなんだ?最後尾のエリアの連中のチームか?なんにせよ、調子に乗ってやがるな。)


 マルクスはキルログを読んだ後、眼光の奥に怪しい光を放ち始めていた。




 第21話『ゲーム・オブ・ライフ ④』に続く

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