第30話 抗いがたい招待状 ①

 グレース・ブラストライトはその日は休日にも関わらずオムニ図書館19館に引きこもり、イブキ教に関する資料に目を通していた。


 オールブラックのコーデにタイト感のあるワンピース。その腹回りをサッシュベルトで止めて、このまま仕事に事務所へ向かっても違和感のなさそうな服装であった。


 デニシュ・ハンブラビ神父の自殺…


 被疑者死亡により、不起訴処分となった。引き続き全貌解明に努めるのが慣わしだが、すでに事が終わってしまった場合、誰も真剣に捜査を進めるものなどいない。


 グレースは検察官として、捜査AIが作成したデータを受け取るのみで終わった。


 納得はいかないが、仕方がない。もし良心の呵責があったのであれば、死ぬなんてことで逃げずに罪を認めて償って欲しかった。


 もう大分時間が経ってしまったが、グレースはイブキ教への追求をやめるつもりはなかったため、自分で動いた。


 必要とあればいつでも警察にイブキ教に関する捜査を依頼するつもりだった。


 ふと自分が座っていたテーブルの端に封筒があることに気づく。資料を夢中になって読んでいたため、テーブルを通りすがる人々に気づいてはいなかった。


《拝啓 グレース・ブラストライト様》


 いつの間に?


 グレースはあたりをキョロキョロと見渡すが、黙々と勉強に励む学者肌の人間か、純粋に読書を楽しんでいる読書愛好家しか見当たらなかった。


 とりあえず、自分向けの手紙のようなので、開いてみることにした。


 新手のラブレターだろうか。グレースは少しドキドキしながら手紙を開いたが、すぐにその内容を読んで顔をしかめる。


《グレース様


 私は、あなたの情熱的な正義感と賢明さに深く敬意を抱く者です。


 そして私は、貴方の出生に秘密があることを知る者でもあります。


 このことは、いずれは貴方も知るところとなるでしょう。


 個室を用意しておりますので、お越しいただけますでしょうか。


 お忙しい中、失礼致します。》


 手紙の実質的な内容はこれだけである。


 そして、手紙の下部には、図書館の預かり番号と一言が添えてある。


《読んだ後、この手紙は誰にも分からないように破棄してください。》


 なにやら猟奇的な匂いのする手紙である。


 誰かの悪ふざけであろうか。最近は配信を生業とするエンターテイナー達の間で「ドッキリネタ」というのが再流行しているらしい。


 著名人をターゲットにすると必ず一定数の視聴者を確保できるからだ。


 ましてやグレースはまだ20代の、箸が転んでも笑い転げそうな歳だ。リアクションが大きく取れそうだ、と思われて格好のターゲットになりうる。


 いつの時代もスキャンダルな物事に興味津々な人間は一定数いるものだ。


(休日にいつもこの図書館にいることがバレているのかしら。『冗談の通じなさそうな若手検事にドッキリを仕掛けてみた』という類の悪戯かしらね。勘弁してほしいわ。)


 グレースはため息をついて、さっさと茶番を終わらせようと荷物をまとめて立ち上がる。


 近くにカメラでも仕込まれていないのかを確認する。しかし、「撮れ高」が良さそうな場所にそれらしいものは見当たらない。


 自分としてはできればあまり目立ちたくはないが、こういった連中は裁判沙汰でさえネタにする。オロオロすればつけ上がるし、視聴者数も伸びてしまう。


 何も面白いことを喋らずに常識的な対処をしてニコニコと終わらせるのが最も関わりを短く済ませ、尚且つ角の立たない方法であると考えた。


(嫌だわね、こういう人を脅かすような内容のドッキリ。)


 とりあえず、意図は分からなかったが、従うことにした。


 図書館の預かり番号をロボット図書員に伝えると、どうやら防音ブースの予約番号だったようで、グレース本人が自分で予約したことになっていた。


 グレースは、はて、そんなことできたかな、と不思議に思いながらも、ロボット図書員の案内についていく。


 グレースは防音ブースに案内された。グレースもたまに利用しているブースである。誰にも邪魔されず、静かな環境で勉強や瞑想などに集中したい時に入る。


 ブースのテーブルの上にイヤホンと見たことのない機材と紙が一枚ある。随分と旧式のタイプではあるが、それがイヤホンであることはギリギリ分かった。


 蓄音もできなければナビもついていないし自動会話機能もついていない。歩くだけで充電できるワイヤレス装置などもってのほかだ。本当に音を聞くだけのイヤホンである。


 見慣れない機材は、ボタンが一つしかない。


《イヤホンをつけてボタンを押してください。》


 という紙が置かれていた。


 グレースは言われた通りにイヤホンをつけ、ボタンを押す。


 完全な機械音の、低いしゃがれた声が聞こえてくる。


『これを聞いているということは、防音ブースに入り、プレーヤーを見つけたということですね。先ずは、ちゃんとブースに鍵がかかっているのかご確認ください。これから話す内容を誰かに聞かれては、私やあなたの立場が非常に危うくなる可能性があります。』


 少しポーズがかかる。鍵が閉まっているのかを確認しろということか。ブース内に隠しカメラがついていないか、またキョロキョロとする。何も見つからない。


『…確認できましたか。あらかじめ言っておきますが、このプレーヤーは、一度再生が終わったら2度と再生し直すことができません。聞くのは一度です。メモを取ることもお勧めしません。誰かに見つかるリスクがあります。ですが、あなたほどの記憶力を持ってすれば、ここで話される会話など全て頭に入るでしょう。なんせあなたは特別な人だ。』


 グレースは聞き耳を立てている。


『なにを隠そう、貴方の存在は、脳改造者の稀にみる成功例だからですよ。』


「!!」


 グレースは目を見開き、頭の中は一瞬真っ白になった。





 第31話『抗いがたい招待状 ②』 に続く

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