第29話 ミス・ユー
「逃げろ!ここにももう奴らが来る!見つかったら終わりだ!まさか、あれほどの戦闘力だったとは!?」
オムニ・ジェネシス最大勢力マフィア『サーペント』の頭領、サイードが頭から血を流しながらドアを勢いよく蹴り破って入ってきた。
「その怪我!重症じゃないか!今すぐ病院に!」
サイードは忠告もお構いなしにすぐに駆け寄ってくる。
「いいか!時間がない!よく聞け!お前はこれから全力で地下室へ走っていけ!ここは俺が時間を稼ぐ。分かったな!時間がない、お前は今すぐに窓から出るんだ!」
「ダメだ!君を置いていけるわけがない!一緒に逃げるんだ!」
「ッチ!」と小さく舌打ちが聞こえたかと思うと、唐突に身体に痺れが走った。サイードの手には注射器が握られていた。
「そ、それは・・・」
「わりいな、これは質の悪いやつでよ、ちょっとばかり意識が残っちまうかもしれねえ。お前はもう、隠れとけ。」
というと、サイードは口づけをして、タンスを押しのけて、その背後に開いていた穴にちょうど一人入れるぐらいのスペースがあったので、そのスペースに動かなくなった身体を詰め込む。そしてタンスを元通りにする。
タンスの裏側の壁には元々穴が開いていて、修理するのが面倒だったからタンスで隠していただけだったのだが、これがまさかの隠れみのとなるとは今の今まで気づかなかった。
(身体の自由が効かない・・・喋れない)
意識も朦朧としてきていたが、確かに麻酔としては粗悪品だ。音はハッキリと聞こえていた。バタン、ドン、ドン、などといった音がそこいら中でしている。穴に入って間もなく、人が部屋の中に入ってくる足音が聞こえてきた。
「あなた、サイードね?」
「お嬢、影武者かもしれませんよ。」
「そうね・・・殺してから確かめればいいことだわ。」
と言うのも束の間、ポス、ポス、キン、キン、という音が聞こえる。
「あら、硬い装甲なのね。まあいいわ、そもそも飛び道具、好きじゃないのよね。」
今度はブーン、という音が聞こえてくる。
「・・・高周波刀か。景気がいいもん持ってるじゃねえか。」
今度はサイードの声が聞こえてくる。またしてもブーンという音が聞こえてくる。
「お嬢・・・僕がやりましょうか」
男の声が聞こえる。
「あんたは下がってなさい。っふふ、高周波刀同士の戦いってわけね」
キン、ブーン、という音が聞こえたと思うと、ドサっと何かが落ちる音がした。
「おみごと」
男の声が聞こえる。
「ふん、先ずは確認ね・・・ああ、本人だったみたい。これでミッション完了よ。ええっと、別に首は持っていかなくても良かったのかしら。」
「お嬢、もう昔の殺し屋のようなことはやらなくていいんですよ。ターゲットのDNAをこうして読み込ませて、それでこいつの脳スキャンをして、こうしてデータを送れば・・・はい、これで全てが完了しましたよ。」
ピ、ッピ、ッピ、と何度か音がする。身体は未だに動かない。
また誰かが入ってきた音がする。
「おや、ウールの旦那。隣の建物へ潜入しにいったんじゃなかったですかね。」
「・・・任務は完了した。」
「おお、それはお早いお仕事ぶりで。」
「こっちも完了したわよ。残念ね、敵のボスはこっちにいたわ。」
「・・・チームで仕事をした以上、ミッションが最優先。誰がボスをやったかなど、どうでもいいことだ。」
「あら~、あいかわらず、愛想ないわねえ。」
「・・・マニーシャ、弾は拾っておけ。品番から銃の出元がバレる恐れがある。バシリスク、お前は俺と一緒に逃げた連中を仕留めるぞ。」
ウールと呼ばれた男の声だ。
「はいはい、あいかわらず、抜け目なくてよろしゅう・・・」
(ウール、マニーシャ、バシリスク・・・)
ここで、バッと目が覚める。またしてもあの夢だ。意識が朦朧としていたから余計に刷り込まれたのか、この悪夢は何度でも繰り返される。見えてなかったはずなのに、サイードの首が飛んでいるところまで見えてしまう時がある。
ベットから起き上がると、涙が頬を伝わっているのを感じた。
(また泣いていたのか。まったく、いつまで経っても寂しがり屋は直らないや)
男はベットから降りると、タンスを開けて、写真を取りだした。昔の交友関係がバレると立場が危ういこともあるため、秘密で保存している写真だ。写真には、肩を組んで笑顔でカメラに向かってピースサインをする自分と二頭筋をこれみよがしにみせつけているサイードの姿があった。
その写真を眺める顔は、昔を懐かしむノスタルジーのそれではなく、萎んだ瞳と歪んだ口元に物憂げな様子が映る、打ちのめされたそれであった。
(わかっているよ、サイード。ちゃんと仇は討ってあげるからね。そろそろピースが揃い始めるんだ。ようやく届きそうだよ。)
白衣を鞄に詰めて、男はアパートを後にした。
第30話『抗いがたい招待状 ①』に続く
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