第78話 この子たちをイジメたら、私が許さないわよ!
-スペッツ
・三体の中で最も背の高い個体
・頭に白い線が入っている
・リーダー格と推定、いつも最初に行動する個体
・銃で撃たれた際に、銃をへし折った
-マンゴー
・三体の中で二番目に背の高い個体
・三体の中で一番細い身体をしている
・背中に三本黄色い爪の跡のような模様
・現在(オムニ歴105年5月3日時点)右腕を骨折中
・21Gまで耐えた
-ミドリコニト
・三体の中でもっとも背の低い個体
・三体の中で、もっとも身体の幅がある(特に肩幅)
・最も攻撃的で、頻繁に壁を攻撃する
・現在(オムニ歴105年5月3日)左腕の皮膚が火傷の状態
・160mAまでの電撃に耐えた
ドクター・ムニエルは、顎を摩りながらゾアンのデータシートに目を光らせていた。
結局、その日はグレースとゾアンの意思疎通は専らゾアンに言葉を教える時間に費やされた。名前が分かっただけだった。
しかし、その甲斐あって、ゾアンに単語を100語ほど、そして簡単な表現を教え込むことに成功したらしい。名詞は教えやすかったので多めに。
そして、動詞も身振りと動きで教えれば覚えは早そうだった。一方で、形容詞や副詞は少し時間がかかるかもしれない。
グレース・ブラストライトは散々周囲との関係を洗われた後で、ゾアンとの意思疎通のために、次の日には第一入船ホールのすぐ隣にあるアパートへと引っ越すことになった。
彼女もはや重要人物として、第一入船ホール周辺では最も高級な部屋を割り当てられている。
サンティティやダニーは軍人などと一緒の一般寮だが、十分に快適な暮らしを与えられていた。
政府はブラストライト家に打診し、グレースが政府でとても重要な仕事を請け負うことになったことを伝え、表向きはオムニ・ジェネシス、ハルモニア侵略計画遂行後の、ハルモニア統治の法的アドバイザーとなった。
天才検事の突然の離職に世間はほんの少し揺れたが、間に合っていなさそうな法整備を加速させるために立法機関の研究員としてリクルートされただけで、ただの転職かとすぐに飽きられた。
一連の流れには、政府の巧みな情報操作があったことは言うまでもない。
父親のノア・ブラストライトには、「お嬢さんには最大限のサポートと、『ハルモニア管理法』の第一人者という名誉がついてくる。」と伝えた。
グレースも父親を説得し、職場の人間にも事情を話し、これらを承諾してもらい、何ら心配なくゾアンとの交流を心置きなく出来るようになった。
サンティティはというと、表向きは、政府が彼を迎え入れるために即席で作り出した架空組織、『ハルモニア脳機能研究所』の所長として迎えられることになった。
主にハルモニアという新しい環境で人間の脳がどのような影響を受けるのかを研究する組織、ということになっている。
本当の仕事は、ゾアンと交流するグレースの脳波を解析することだ。
ダニーはハルモニア侵略計画に密着取材を許された唯一のジャーナリストとして迎えられた。
『軍プログラムに関する素晴らしいドキュメンタリーを作成した人物』として、政府の信用を得ている、ということにした。
これで、三人とも突然引っ越してきても、何ら違和感のないようにさせられた。
___________
最初にグレースたちがゾアンと交流をして二日後の朝のこと、凄まじい怒りを滲ませてドカドカと歩いていくグレースの姿が目撃された。
その行く先は、カフェで他の研究者たちとモーニングコーヒーを飲んでくつろいでいたドクター・ムニエルの元である。
「おや、グレースお嬢さん、朝から随分とシャキシャキとしていますな。」
そんなグレースの様子はお構いなしに、ドクター・ムニエルはニコやかに語り掛けた。
グレースは無言でドクターの目の前のテーブルにドサっと資料を置く。
彼女の物々しい雰囲気を感じ取った研究員たちは不思議そうに彼女を見る。
ドクターもきょとんとしている。
「…昨晩、ゾアンに関するこの研究所の資料を読ませていただきました。」
「…ん?ああ、彼らの身体能力、凄いだろう。」
ドクター・ムニエルは、てっきりグレースがゾアンたちの身体能力にビックリして、何かそれについて言いに来たのかと勘違いした。
グレースは目を見開き、カフェ中が震えあがるような怒声をあげた。
「なんでこんな酷いことをするんですか!!」
場は一瞬で凍り付いた。
グレースの目は、局長であるドクター・ムニエルを見据えていた。
「…な、なぜって、グレースお嬢さん。ハルモニア上では、彼らとの戦闘も見据えて行動しなくてはいけないのだよ。彼らの身体能力を知っておくことは、至極大事なことではないのかね。」
ドクター・ムニエルは、怒鳴られた理由が心底分からないといった様子だった。
グレースも馬鹿ではないからドクター・ムニエルの主張も分からなくもない。
「だからと言って…電撃、銃弾、大型ハンマーなどによる攻撃…こんな非人道的な行為が許されると思っているのですか。」
「ヒ、ジンドウテキ…彼らは我々に害をなす獣たちですよ。」
「たとえ獣であったとしても、やるべきではありません。もし身体能力のデータを取りたいならば、こんな命を脅かすようなやり方を取るべきではありません。現に大怪我しているではないですか!」
グレースがこういうと、ドクター・ムニエルは顎に手を当て少し考えたような素振りを見せる。
グレースの言いたいことを何とかして理解しようとはしているようだった。
「彼らと地上では殺し合いになるかもしれないのに、彼らがどのぐらいで死ぬのかを確認しないで戦え、ということですかな。いかんせん、理解できませんなあ。科学者として、憶測だけで物事を進めるのは感心しないやり方でしてなあ。」
グレースはグッと声を張り上げそうになるのを抑える。ムニエルのいう事も、確かに一理はあるのだ。
しかし、頭では分かっていても、グレースは彼らの苦しみを分かってしまう。到底納得できる話ではない。
「いえ、戦いのことを想定してとか、そういう事ではありません。そのことは分かっています。ある程度は仕方がないのでしょうね。でも彼らには、感情も知能もあるのですよ。言葉だって喋れるんです。確かに、これらの実験が行われた時には、そのことは知らなかったのかもしれませんが…」
「…んんん、分かりました!お嬢さんはヒューマニストでいらっしゃる。要は、あの獣が人間の真似事をするので、可哀そうになってしまったということですな!いやはや…」
「獣、と言わないでください!」
グレースは、これ以上何をいっても無駄であると感じ始めていた。
「もう、いいです…ただ、覚えておいてください。もう一度言います。ゾアンたちは、見た目とは違い、情緒を持っていて、人間に近い存在である、と。それに、もうデータなら十分に取れたでしょう?もしこれ以上このような残虐行為を続けるのならば、私は協力できないと思ってください。」
グレースは精一杯冷静を装い、ドクター・ムニエルに進言した。
これを聞いてムニエルは焦り始めたようだ。ある意味、ゾアンとの意思疎通をこれほど楽しみにしていた人物もいない。
グレースはそれを感じ取り、その感情を逆手に取ることにした。
「それに、私が来たのにまだあんなことをされたら、ゾアンたちも口を閉ざしてしまうでしょうね。」
「そ、そ、そ、それは困るぅぅぅ~。」
ドクター・ムニエルの発作が始まる。
グレースは、とりあえずもうあのような残酷な実験は行われないであろうとの事で満足することにして、その場を後にした。
その後、研究員たちの間では「グレースさんは、ゾアンにゾッコン。彼女の前で彼らのことはタブーだ。」と噂されるようになった。
そんな研究員たちの間での自分の評判はどうでも良いと考えているグレースは、その日も言葉を教えるためにゾアンたちの前にやってくる。
(この子たちをイジメたら、私が許さないんだから!)
グレースは鼻息を荒くした。
第79話『キチガイが現れた ①』へと続く。
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