Vol 1最終章 業の代償 編

第77話 ファースト・コンタクト

「おう、そうだ。でな、俺からの連絡が1週間以上途切れたら、動き出してくれ。そう、そう。いや、今はくれぐれも何もしないでくれよ…そう、そうだ。また連絡する。局長には適当に辻褄合わせしておいてくれ。」


 ダニーはそう言って電話を切った。


『ジャーナリスト仲間たちがこぞって突撃してくるぞ』というのは、使わずに済んだハッタリであったが、一応保険としてダニーを兄のように慕っている後輩に連絡は入れておいてあった。


「ホラ、これで満足だろ。シッシッシ!」


 ダニーは周囲を囲んで電話を監視していたSPたちをウザそうに追い払った。


 その後、配られた機密保持契約にサインした後、グレースたちは、準備が出来たらD5に案内すると言われ、待合室で待たされている。


(ああ、いよいよなのね…)


 グレースは胸の高鳴りを両手で押さえ込む。


 ステラたちは、ゾアンは「猛獣のようだ」という。


 しかし彼女は知っている。


 この生き物たちは、とても微細な情緒を持ち合わせているのだ、と。


 これだけ近いと『声』がうるさいので、今はグレースは意図的にこの声をシャットアウトしていた。


 グレースはすでに、自らの意思で『声』を聞いたり聞けないようにすることができていたのだ。


(う〜ん、我ながら、なかなか人間離れしてるわ・・・)


 グレースは反射的におでこをペシリと叩いた。周囲の人間はそれを不思議そうに眺めている。


 間もなく三人は呼ばれ、ダニーを先頭に、グレースとサンティティは手をつないでD5へと向かった。


 ____________


 行きついた先は大きなガラスが貼ってある部屋だった。恐らく強化ガラスなどであろう。


 ガラスに近づくと、少し見下すような形でゾアンが見えた。


 身体は大きくはないが、どっしりとした感じだ。


 突如、一体のゾアンが飛び跳ねて壁にキックをかます。


 同時に、凄まじい轟音が響き渡る。


 グレースはもちろん、ダニーやサンティティも目の前の生物の持つ迫力に戦慄を覚えた。


「ぐがぁぁぁぁあ!!」


 壁に傷一つつかない様を見て、すさまじい鳴き声が響いた。


 ダニーもサンティティもグレースもその迫力に気押されてつい後ずさりしてしまう。本能的な反応である。


(か、顔はペンギンみたいなのに、め、めちゃめちゃ強そうじゃん!?)


 グレースは開いた口が塞がらなかった。


「ああやって、定期的に壁を攻撃しています。無駄な行為だというのに…御しがたいですな。」


 ドクター・ムニエルが後ろから話しかけて来る。


 なるほど、これを見れば、この生物をただの獣と結論づけてしまうのも納得がいく。


 グレースは、恐る恐るガラスに近づく。


(ダメよ、怖がっちゃ…)


「この感じ…向こうからは、私たちの姿は見えていないの?」


「その通り。見えていませんよ。」


「見えるようにすることはできる?」


「…それは出来ますが、一体どうして?」


「私が目の前に来た、ということを知らせるためです。」


「ふむ…」


 ドクター・ムニエルは顎を摩りながら、グレースが立っている場所のパネルだけ向こうからも見えるようにした。


 急に姿が見え始めたグレースに、ゾアンたちが反応する。


 そしてグレースは、『声』を聞くモードをオンにし、自らも声を発する。


〔こんにちは〕


 突如、それに反応して、訳のわからない言葉がグレースに一気に流れ込んでくる。


【ア⁴♯ヒア-‣ウマÿ!オþ❢ユヲ⁰≫-マラオ!!】


 急に一気に、しかも近距離で話しかけられて、グレースは脳をガツンと殴られたような衝撃を受けた。


 すぐに持ち直して、自分のことを両手で指さして話しかける。


〔グレース〕


 ゾアンの動きがピタリと止まる。『声』も止まった。グレースはもう一度、自分を指さして、自分の名前を言う。


〔グレース〕


 ゾアンたちがぞろぞろとグレースに近づいてくる。グレースは何度も自分を指差して自分の名前を言う。


【グレース】


 ゾアンから声が聞こえてきた。


 グレースはパッと表情が明るくなり、首を何度も縦に振る。このジェスチャーが分かってもらえているかは分からないが、とにかく全身でそれが合っていることを表現しようとした。


(私の感情を少しでも分かってくれるなら、合ってるって分かるよね!?)


 グレースは嬉しくなって飛び跳ねそうだった。


 今度は、サンティティを隣につれてくる。そして、今度は両手で彼のことを指す。


〔サンティティ……サンティティ…サンティティ…〕


 また何度か繰り返す。


【サンティティ】


 グレースはまたも首を縦に振り、うん、うん、と大袈裟にジェスチャーする。


 またしても自分を指差して、〔グレース〕と言い、今度はサンティティを指差して、〔サンティティ〕と伝える。そして、これを何度か繰り返す。


 ゾアンたちも、『グレース』と『サンティティ』、が分かったようだ。


 そしてグレースは今度は、真向かいにいるゾアンを指差す。


 しばしの沈黙が走る。


【スペ.ツ】


〔スペツ?〕


【スペッツ】


〔スペッツ!〕


 ゾアンのクチバシのようなものがブルルル、と震えるのが分かった。当たっている、ということだろうか?


 恐らく、人間が首を縦に振る動作が、ゾアンにとってはこの動作なのであろうか。


 グレースは嬉しくなって飛び跳ねながら、自分を指さして〔グレース〕、サンティティを指さして〔サンティティ〕、スペッツを指さして〔スペッツ〕と言う。


 するとゾアンもビョンビョン飛んで、【グレース】、【サンティティ】、【スペッツ】と、グレースとサンティティと自分へ順番に手を向けて、さっきよりもハッキリと『声』を届ける。


 周囲には何も聞こえていないので、グレースがおかしくなってしまったと思われそうなものだが、ゾアンたちの様子を見て、皆が心底驚いていた。


 確かに、グレースのやっていることに反応している。初めてゾアンと意思疎通ができているのである。


 グレースは続いて隣のゾアンを指さす。


【マンゴー】


〔マンゴー!?フルーツ!?〕


 ゾアンから少し混乱した感情が飛んでくる。


(ああ、私の馬鹿!)


 グレースは取り直して、〔マンゴー〕と言って指を差す。マンゴーはクチバシをブルルル、と震わせる。


 もう一匹を指差す。


【ミドリコニト】


〔ミ、ミドリコニト〕


 覚えづらそうな名前だったが、グレースは持ち前の記憶力で全ての名前を暗記した。


 続いて、ダニーを呼んで、彼を紹介すると、今度はグレースは3人で並んで、腕を大きく横に行ったり来たりで動かして、全員のことを差しているというジェスチャーをする。


〔ニンゲン〕


【ニンゲン】


 グレースは頷きながら、ぴょんぴょんと跳ねる。自然と笑顔になる。


「グレースくん、独り占めは良くない!何が起こっているのか、説明してくれないか!」


 ドクター・ムニエルは興奮した様子で、みなぎる嫉妬心を隠そうともしていない。


 グレースは、手を前に出す。


〔待ってて!〕


【マッテテ…?】


〔待ってて!〕


 そう言って、頭の中で『音声』をオフにした。


 グレースが振り向くと、その光景に心底驚かされてしまった。


 ゾアンとの会話に夢中になっている間に、ステラやコズモまで見学に来ていた。


 グレースは、勢いよく喋る。


「ゾアンたちの名前が分かりました!そして、かなり学習能力は高いと思われます!」


 特別席で座ってみていたコズモとステラは、お互いの顔を見合わせた。






 第78話『この子たちをイジメたら、私が許さないわよ!』へと続く。









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