第79話 キチガイが現れた! ①
グレース、サンティティ、ダニーの三人は、朝早くから並んでゾアンたちの前に姿を現す。
ゾアンたちは予めグレースから来ることを知らされていたので、観る準備は出来ていた。
グレースはサンティティの方を向くと、徐に抱きついた。
〔好き!〕
【スキ】
ゾアンたちが答える。
グレースは、抱きつきながらゾアンの方を向いて、うんうんと頷く。
そして、今度は反対方向のダニーの方へ行く。
そして、徐に、バチン、と良い音をたてるビンタを喰らわす。
「痛え!おい、演技でこんなに強くする必要ある!?」
焦るダニーに、グレースは指を立てて怒った顔をする。
〔嫌い!〕
【キライ】
ゾアンたちはグレースの言ったことをなぞる。
その後、少しシチュエーションを変えて別の状況で「好き」や「嫌い」を教え込む。
そして最後にグレースは何も言わず、アクションだけを行う。
【スキ】
【キライ】
ゾアンたちの的確な答えに、グレースはうん、うん、と頷く。
分かってくれたようである。ほぼ徹夜して台本を作ってきた甲斐があった。
ダニーはギャーギャーと文句を垂れていた。
「ごめんねダニー、本当はこの役はドクター・ムニエルでやりたかったんだけど、彼は演技下手そうだから…」
グレースが小声で謝る。
「いや、いや、いや、少なくとも最初にあった殴られる役なら誰だっていいでしょ!ていうか、こんなんばっかりされたら、演技でも凹むんですけど!」
ダニーはムスッとした調子で抗議した。
グレースは、ごめんね、という感じで手を前に出して舌を出す。
それらのやり取りを遠目で見ていたドクター・ムニエルが大きなクシャミをした際に、助手が話しかけてくる。
「所長、風邪ですか?」
「いや、体調はすごぶる良いですね。恐らく一時的に鼻に異物でも入ったのでしょう。」
ムニエルの真面目な解答に助手は苦笑いをする。
「…あれって、何してるんですか?」
助手が視界に映り込んだグレースたちを見て問う。
「ああ、聞いたところによると、どうやら三人で演劇をやって、より複雑な言葉を教え込んでいこうという試みらしいですね。」
「ああ〜、なるほど!」
助手は納得しましたという感じで席に戻って作業を再開した。
その直後、研究員たちがゾロゾロと入ってくる。
ドクター・ムニエルが時計を確認する。
「揃って遅刻とは、感心しませんなあ。」
「す、すみません、所長。先ほどこの建物前で凄いことがあって、それでみんなそれを見ていたら遅れてしまいまして…」
「…?ほう、一体どんなことですか。」
———————————————
グレースたちが演劇を使ってゾアンたちに言葉を教えることに没頭するなか、一人の男がふらふらと、リトル・チーキーに出勤する途中のコズモの前へと現れた。
ちょうどそれは第一入船ホールの建物の門前あたりの出来事であった。
近づいてくる男の怪しい足取りに、SPたちが警戒心を強め、コズモの脚を止める。
男は不眠後にできる特有の血走った目と乾いて萎んだような口元をパクパクさせ、「コ、コズモ船長!」と人目を憚からず大声で叫ぶ。
みんなの視線が一斉に男に集まる。
「ふ、ふ、船が!船が!落ちちゃうよ〜!こ、コズモ船長~。ハルモニアを攻撃しちゃあダメだぁ~。」
男は唾を撒き散らしながら、大声で叫ぶ。
「わああああぁぁぁぁ!」
叫びながら、男はコズモの方へと一直線に走り始める。
ギョッとしたコズモは本能的に構える。
SPは即座に対応し、男にタックルをかます。
男は即座に取り押さえられ、アルコールの臭いが周囲に広がる。
オムニ・ジェネシスでは、酔っ払いを公の場で見るのは珍しい。べろんべろんに酔っぱらっても、良い醒ましを飲めばすぐにアルコールが抜けるからだ。
酔っ払いが酔っ払いの状態のまま公の場へと出てくるのは、そうしたいからという場合のみである。
男はジタバタと暴れ、押さえ込みから抜け出すと立ち上がり、数人のSPに囲まれながら、手をぶん回してとにかく暴れた。
SPがもう一度タックルをかまして、今度は数人で手足を押さえつける。
それでもジタバタするのをやめなかった。
「このキチガイめ、黙れ!」SPに罵られながらも、男はずっと「攻撃しちゃダメだ〜。船は終わりだ〜。俺たちは終わりだ〜。」といったことを口走っている。
コズモはボディガードたちに囲まれながら足早にビルの中へと連れていかれた。そして男は、駆け付けた警備員たちによって拘束具を付けられ、逆方向へと連行されていった。
この『謎の酔っ払い』は多くの人物に目撃され、その一部始終は防犯カメラにしっかりと納められていたので、ネットで一瞬で拡散され、たちまちその日のビックニュースとなった。
第80話『キチガイが現れた ②』に続く。
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