第11話 アベンジ

『神の鉄槌』の破壊は一気に戦局を覆した。戦争は時に一つの戦闘が大きく流れを変えることがあるというが、これがまさにそれであった。


空母を失ったザビッツ帝国は一気に防戦を強いられ、その勢いのままロイドア連邦は戦争に勝利した。


 コズモは英雄と讃えられた。空軍での華々しい実績に加えて、今回の空母破壊を1人で成し遂げた男である。しかし、賞賛の栄光は彼の心に一層深い影を落としていた。


どうしても、あの案内役の女性のことが頭から離れなかった。


そして、考えてしまうのだ。一体あの空母には、どれだけの一般人が乗っていたというのだろう。いや、違うだろう、軍人だからいいとでもいう道理もない。


 ラサールは捕虜として捕まったが、彼は大した交渉材料にはならなかった。むしろ、空母の破壊を許した責任を押し付けられ、母国に戻れるような状態ではなかったように見えた。


 ある日、コズモがラサールとハイサルの監禁されている部屋を通った時に、2人の様子を確認すると、2人とも顔が痣だらけで血を流していた。


「なんだ?喧嘩でもしたのか。」


 ラサールとハイサルはコズモを睨みつける。無理もない、この2人をこんな状況に追いやった張本人だ。


「ふん!我々が喧嘩などするか。品格のない獣たちめ。お前を見ていると腑が煮え繰り返って気分が悪くなる。どこかへ行け!」ハイサルは手を大きく振った。


 コズモは不思議に思い周辺を探ると、どうやら一部の訓練生たちがあの2人を格闘技の技の練習台に使っていたらしい。


コズモは将校にこのことを知らせたが、全く持って意に介してもらえなかったので、直接本人たちを脅してやめさせた。


 それ以来、コズモは定期的に2人の様子を見に来るようにしていた。しかし、この二人は日に日に痩せていくのがみてとれた。


 あくる日などは、こんな会話が聞こえてきた。


「なあ、友よ。思い直せば、あの日の貴公のロウニンアジは、確かに50cmはあったなあ。」


「それを言うなら友よ、確かに貴公のオニカマスは、3mはあったではないか。」


「すまなかったな、友よ。貴公へのライバル心とジェラシーから、とんだ思い違いをしていたようだ・・・」


 コズモは居ても立ってもいられずすぐにその場を離れた。


あの二人だって、ただのバカと思っていたが、こんな立場に立っていなかったら、ただのちょっと頑固な釣り好きの仲良し二人組だったんじゃないのか。大漁の時は友達に大いに自慢をして魚を配って歩くような、そんな人生が・・・


 しかし、辿ってしまった運命を振り返って後悔しても仕方がない。


 ザビッツ帝国は急速に解体された。サバンダリにて、ザビッツ帝国の最高司令官であるレオリー・ザビッツ皇帝は処刑され、第一皇子であるラサール・ザビッツが皇帝となり国へ戻るが、もはやロイドア連邦の傀儡と化していた。


 そして、旧ザビッツ帝国は実質のところ皇女であるステラ・ザビッツがカリスマ的な存在となっていた。これを懸念したロイドア連邦は、ステラが政治的活動をやりにくいようにサバンダリに連れて行き、仮染めの贅沢を与えていた。


コズモは将校に昇格したので、自ずとステラとの謁見をしなくてはならなかった。


 とてもバツが悪い・・・太陽のように目を輝かせ、未来への希望いっぱいにラサールに直談判していたあの時の少女をコズモは騙したことになったのだから。


 コズモはステラにあてがわれた部屋へ挨拶に向かった。


「コズモ・シェファーです。以後、お見知り置きを。」


 それを聞いた瞬間、まるで獲物を狙う蛇のような目でステラはコズモを凝視した。少し経つと、フッ、とバカにしたような冷笑を浴びせる。


「一体どういう神経をしていれば、私の前に顔を出せるのですかね。私をお笑いに来たのですか。さぞかし私を騙して楽しかったことでしょう。」


「い、いえ、決してそのようなことは・・・」


 コズモは下を向いていた。


 ステラが近づいてくると、いきなりビンタを食わされた。コズモはまだ下を向いたままだったが、「すまない・・・」と一言だけ言う。


 これがステラに火をつけてしまう。ステラは今度はコズモに殴りかかった。そして、顔や胸をバンバンと叩くのだった。


「お前のように覚悟のない者に敗北したなど、私は認めません!!」


 コズモは無抵抗に殴られるままだった。異常を察した兵士が入ってきて間に入って止めた。ステラはそれでも暴れた。


「おい、この、ビッチめ!」


 兵士が手を出しかけたところを、コズモがその手を掴んで止めた。


「ちゅ、中将・・・しかし、こいつ。」


「このお方に一切の手を出すことは、俺が許さん。」


 コズモの握った手に力が入り、「す、すみません」と兵士が苦痛に顔を歪めながら許しを請う。コズモはすぐに手放し、「それでは失礼致します。」と言ってその場を離れた。ステラは皮肉に満ちた荒れた瞳でコズモを見送った。


 その後、コズモは戦後の安定のために奔走する。ある時は敵地への交渉へ向かい、またある時は味方の兵士を諌め、ある時は戦後のモラルについてのレクチャーをして回った。


コズモはそれから二度とステラの部屋へ自分から行くことはなかった。しかし、駐屯しているところが同じだと、たまに遭遇してしまうことがある。


 空母破壊からすでに2年ほど経ったある日のこと、コズモは曲がり角でステラと鉢合わせた。


 コズモは「失礼」と言ってその場を離れそうとする。


「随分とコソコソしますのね。」


 ステラが皮肉混じりに言う。コズモが一瞬脚を止める。


「あなた、随分と評判が悪いわよ。部下をいきなり殴りつけたらしいじゃない。」


「・・・一般の方から強奪をしておりましたので。」


 ステラは眉を寄せる。


「なに、英雄様は、いつだってヒーロー気取りだとでも言いたいのかしら。気色の悪い・・・そう遠くないうちに、あなた、失脚することになるわよ。」


「・・・ご忠告、感謝致します。」


「忠告しているんじゃないわよ!あなたが失脚していく様を眺めながら食べる食事はさぞかし美味しかろう、て言っているだけよ!」


 コズモは頭を下げた。ステラは顔を引き攣らせる。「一体何のつもりよ!」


「あなたをこのようにしてしまったことに、深くお詫びを申し上げます。そして、私はあなたに誓います。私がいずれこの国で最高権力を持ち、国直しをしていくということを。私が志半ばで敗れ、死ぬようなことがあれば、その時は大いに私をいい気味だとお笑いください。」


「な、あなた、自分で何を言っているのかわかっているの!?」


 これには流石にステラも仰天した。しかし、コズモが顔をあげると、それが嘘では無いということがステラにはわかった。ステラは何も言わずに呆然とした。


コズモは「失礼」と言い直し、数歩歩くと、「あなたには、私の覚悟を聞いておいて欲しかった。」と言ってその場を離れた。


 その日から数週間の間に、ロイドア連邦の幹部が数名行方不明となる。いずれも武闘派や強硬派の連中であった・・・


 ・・・コズモは我にかえると、ライフの話に夢中になっているステラがコズモに呼びかけていた。その顔には、太陽のような笑顔が戻っていた。




 第12話 『教皇チェン』へと続く


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