第10話 ミッション:ブギーマン ②
初めて乗る機体であったが、ハイサルの持つ戦闘機は非常にスペックが高かった。この戦闘機は『ザ・ハイサル』というらしい。「いいか、我の飛行機の名を呼ぶ時、『ザ』、を入れ忘れてはならん。」という妙なこだわりがあるらしい。
こんな戦闘機ならば、すぐに逃げ切れたろうに・・・
空母には、「無事だ、帰還する」といった旨のメッセージを送った。するとすぐに通信が入った。
「は、ハイサル様、ご無事でしたか!空母兵一同、心よりご心配しておりました。」
どうやら、ハイサルが著名人というのは本当らしい。それにしても、これほどの大物が他国には名前が知られていないとは、とコズモは思ったが、あの男を外国に連れて回ることの恥ずかしさを考えて、なんとなく納得した。
空母に到着すると、司令官及び軍部の幹部らしい人物らが待っていた。
(これは慎重にならなきゃいけないな。)
しかし、軍部の連中の表情をみると、明らかに媚びへつらっているだけで、ハイサルを心から歓迎しているのは皇子だけと見受けられた。
「我が友よ!よくぞ無事に帰還してくれた!」
ラサールが叫ぶ。
「が、が、がははははは。我が友、ラサールよ。お出迎え感謝する。」
慣れない笑い方で顎が外れそうになったが、ラサールが歩いてきて、顔を近づけてくる。コズモは一瞬ひやりとする。
「おいおい、ここは総司令官殿、と呼ぶところだろう。」
ラサールが囁くように喋る。
「あ?え?あ!が、がはははは、そ、そうであったな、総司令官どの。」
コズモが皮肉まじりな調子で返すと、ラサールは声高らかに笑い、「それでこそ、わが友よ!」と訳の分からないツボにはまったようで、とりあえず何の疑いも持たれずに空母への潜入が成功した。
ハイサル曰く、空母内で彼はよく迷子になっていて、そこら辺の者に部屋を案内させていたようなので、コズモも「うむ、我が住処、どこであったかな。」とわざとらしく言って、ラサールに案内させた。
「さぞかし疲れたであろう。今は休むがよい。後でたっぷり、何があったか教えてくれよ。」
ラサールがそう言って去ると、コズモは贅沢そうな部屋で一人きりになった。
新鮮な果物やスナック、そして冷蔵庫には水とフルーツジュースと高級そうなウイスキーとソーダウォーターが入っていた。
(まるで高級ホテルだな。)
コズモはとりあえず果物を頬張ると、さっそく作戦を練り始めた。さて、『神の鉄槌』がサンバダリに着くまでには、あと丸々二日といったところだ。
この間に、船の主要箇所に爆弾を設置して爆破しなければならない。さらに、ラサール皇子を拉致してサンバダリに連れ帰り、捕虜とする。
そうなれば、先ずは空母の設計図が欲しいと考えた。
コズモは部屋を出た。そして、近くを歩いていた小柄な女性に話しかける。
「ちょっと君。」
コズモはしまった、と思った。ついついハイサルの喋り方を忘れて、素で話しかけてしまった。しかし、話しかけられたほうはビクっとビクついて、そんな不自然さを気にもかけていない様子だった。
「な、なんでしょうか。ハイサル様。」
「あ、ええ、うむ。我もそろそろこの周辺の道のりを覚えた方が良いかと思ってな。地図やら、いや、できればこの空母の設計図が欲しいと思っておるのだが・・・」
設計図は言い過ぎたか、とコズモは少し心配になったが、この女性はそんなことは関係なしに呆気にとられた様子であった。
「え、ち、地図?せ、設計図、ですか?」
「う、うむ、いや、なに、道をな、覚えようとしてな。いや、我、方向音痴でな、が、がははは。」
まずい、なにか疑われたか。コズモはまたも心配になった。この空母には100万人は乗っているという。指名手配されれば、一巻の終わりだ。
「は、はい。ええっと、地図も設計図も、資料室においてありますので、ご、ご案内いたします。」
これは幸運、とコズモは考えたが、この女性のナーバスさがいまいち解せない。
案内をしながら、女性はチラチラとこちらの方をみている。やはり、疑われているのであろうか。
「なにをチラチラ私の方をみているのかね。無礼者。」
ハイサルが言いそうなことを言ってみた。
「あ、い、いや、申し訳ございません!あ、あの・・・きょ、今日は、お尻とか、触らないんですよ・・・ね?」
コズモは状況がつかめた。
(あのヘンタイオヤジめ!この女性にセクハラしていたのか!?)
「も、もう、そういうことはしないのだ。安心してよいぞ。」
「え!?そ、そうでしたか!だからなんですね。地図が欲しいって。いつも道案内を言い訳に、私や同僚たちを連れまわして、もたもたした罰だとか言って色々触ってきたのに・・・あ、すみません!無礼を!」
「い、いや、すまなかった。我も配慮がたらんかった。」
(あいつめ・・・なんで俺が謝らなきゃいけないんだ。)
資料室に入ると、コズモはもう大丈夫と言い、その女性を返した。
「あ、あの、ハイサル様。わ、私、ハイサル様がお帰りになり、そして何かが変わられて、と、とても嬉しく思っています。」と言い残してその女性は去っていった。小動物のような、とても可愛らしい女性だった。若くも見えた。
考えてみれば、今日のこの優しさに、意味はあったのだろうか。これから空母を爆破して、この女性もその時に死ぬのであろう。この作戦は、中の人間を非難させてから、というわけにはいかない。
(なんだよ。みんな、普通の人間たちじゃないか。)
コズモの顔が歪んだ。馬鹿げている、戦争なんて、馬鹿げている。コズモは叫びたい気持ちを必死でおさえた。
その後すぐに資料を確保し部屋に戻ることに成功した。設計図を見ながら、爆破候補箇所に印をつける。だが、あの女性のことが頭から離れない。
彼女は職員であり、明らかに軍人ではなかった。要は一般人なのだろう。
(こんな場所に配属されてからに、可哀そうに・・・)
コズモは印をつけるたびに身体が重くなる感じがした。突如、ドアがノックされる。資料を大急ぎで片づけて開けると、先ほどの女性が立っていた。
「ラサール様の伝言です。もしハイサル様が起きていた場合、鉄槌カフェにいるからお茶をしないか、と伝えろと。」
鉄槌カフェ・・・なんともひどいネーミングセンスだ。
コズモは、またも女性に「案内してくれ」と告げて、女性は無言で案内していたが、まだ緊張している様子が伝わった。
鉄槌カフェは全面ガラス張りの壮大なカフェで、まるで空中に浮いているかのように錯覚させる。コズモは面を食らったが、いつも来ているカフェという体で行動しなければならない。
テーブルや椅子まで透明のアクリルなどでできているようで、なんとも奇抜なアイデアが面白いと思った。
「おお~、友よ。もういいのかい。」
「ああ、おかげですっかり休むことができた、である。」
「ははは、さすが我が友だ。鍛え方が違うというやつだな。飲み物は、いつものオレンジカクテルでいいのかい。」
「あ、ああ、それでいい。」
ラサールが注文する。助かった、とコズモは思った。こんなカフェの存在はしらないし、いつも飲んでいるものなんて知らない。
「それで、友よ、一体丸々3日も、何をしていたのだ。貴公の隊は全滅したと聞いて、随分と落胆したぞ。」
「うむ、それなのだがな。実はな、隊員が早々に全滅し、我一人で敵の隊と交戦していたわけだが、どんどん援軍が現れてな。流石にこれは無理だと悟り、逃げて隠れていたわけだ。我一人を撃ち落とさんとするために、随分と粘られたぞ。そこでだ!『神の鉄槌』が相手陣地を一掃してくれたおかげでな、包囲網が弱まり、逃げてこれたというわけだ。随分と回り道をしてしまったがな。がはははは。」
コズモは、あらかじめ用意しておいたストーリーを語った。
ハイサルのことだから、どうせ色々とでっち上げるのが得意なのであろう。少し大げさぐらいに話すのでちょうどよい。
ラサールはコズモの話に酔っているようだった。
「ああ、流石に我が友だ。一線で戦うと言った時には耳を疑ったぞ。まさか貴公にこんな才能があるとは・・・いやはや、こんなに心強い友はいない。」
よし、ここで一つ、次にいつ釣りにいくといった類の話をして、完全に疑われないようにしてやろうと思っていた矢先、鉄槌カフェに、まだ10代後半であろうか、若い金髪の美少女が現れ、ラサールの席の隣に立った。
「お兄様、約束の時間、もうとっくに過ぎていますよ!」
「ステラ・・・あ、ああ、すまないな。取り込み中だったのだ。」
「お兄様!私はあれほどお兄様に大事な話があると言いましたよね。それがなぜ、こんなところで遊んでおられるのですか。」
ステラにそういわれると、ラサールは急にムッとして目を見開いた。
「兄に向ってその態度はなんだ!大体お前の話はこうであろう?戦争を終わらせるために、連邦と交渉しろだとか、猶予を与えよとか!もう十分やったではないか。お前のお花畑に付き合っているほど俺は暇じゃない!」
「お兄様が連邦に突き付けた降伏条件は、どんな国でもとても呑めるものではありません。もう少しお考えくださいませ。」
「うるさい!お前が口出すことではない!」
ラサールの暴言に、コズモはマスクの中で眉を吊り上げた。
ステラ皇女の噂はかねがね聞いていた。理想主義のヒューマニストだと聞いている。
(なるほど、噂通りのお方だ。この方が国のトップだったら、今頃こんなところに来て爆破工作をしていることもなかったろうにな。)
「我が友よ、よき兄であろうとするならば、妹君の言うことに、もう少し耳を傾けてみてもよいのではないのか。」
「え!!?」
ラサール以上にステラがとても驚いた表情を見せた。
「ハイサル様、今、なんておっしゃいましたか。」
ん?なにか間違えたのか。まずい、これは慎重に言葉を選ばなくては。
「ん、ああ・・・」
コズモが言葉を選びかねていると、ステラが勝手にしゃべり始めた。
「たった今、ハイサル様は私の言うことをお兄様が聞くべきだ、とおっしゃりましたよね。」
コズモはバツが悪そうに「ま、まあ、な。」と答えた。
ステラは突然スー、と鼻で息を大きくすった。
「し、信じられませんわ!ハイサル様はいつだって、私がなにかの話をした時には、ステラは口を出すなとか、我の尊厳を傷つけるな、とか、私に突っかかるのは私が好きなんだろう、とか、我のサインが欲しいか、とか、そんなことしか言わないのに。」
(あのバカ!想像以上だったか!?)
コズモは心底呆れたが、これならステラの驚きも納得のことであった。
「と、友よ、本当にそう思うのか。」
ラサールは心配そうにコズモを見つめる。
「いや、わ、我もな、この3日間、逃げまどいながら、色々と考えたのだ。戦争は早く終わらせるに限る。それだけである。」
それを聞いてステラは明らかに顔がパッと明るくなった。その顔はまるでスポットライトを浴びて生気の全てを映し出されたかのごとく生き生きしていた。
「聞きましたか!お兄様!人は誰でも変われるものなのよ!」
ラサールはバツが悪そうにさっさとドリンクを飲み始めた。ステラはもっとなにやらラサールに吹き込もうとしている様子だった。
「と、時にステラよ。おぬし、ずっとこの船にいるのか。」
「・・・あら、ハイサル様、本当に私に興味がなかったのね。我々視察団は、今夜空母を出て帝国に帰還する予定ではないですか。」
それを聞いてコズモは安心した。なぜ安心したのかは分からない。敵対国同士なのだから、いつでも殺し合う可能性があるというのに。
もし私が空母を破壊し、ラサールを誘拐したら、彼女は私を許すだろうか。そんな考えがコズモの頭をよぎっていた。
(2日というタイムリミットは、ある意味ぴったりだったな。あまり長くいると、余計につらくなりそうだ。)
カフェを後にしたコズモは、案内役をしてくれていた女性に、視察団と一緒に帝国に帰るように命令した。
「そんな、私、この仕事がなくなったら・・・」
「いや、仕事の心配は、しないでよろしい。ステラには私から言っておこう。」
「で、では、なぜ私は追い出されるのですか。」
「いや、追い出すわけじゃ・・・え、えっとな、お前たちのような、セクシーな女性に囲まれると、我も我慢できん。そのうち襲ってしまうかもしれん。だからな、頼む、ここから出て行ってくれぬか。」
「そ、そんな・・・わ、分かりました。でも、友達みんなで帰るというわけにはいかないと思います・・・ど、どうか、自制ください・・・」
なんとも変な終わり方になってしまったが、とりあえずはこの女性は大丈夫であろう。もう他の人間とは関わらないようにしよう。
みえないならば、迷いなくミッションを成功させられるはずだ。
ステラの視察団が出ていくタイミングで、コズモは持ち込んだミニ爆弾を爆破箇所にセッティングしていった。すべてがセッティングし終わった後、いよいよラサールを誘拐し、『ザ・ハイサル』に乗り、爆破、という手筈が整った。
さて、どうやってラサールを『ザ・ハイサル』に乗せようか、とコズモは考え、ある案が思いついた。ラサールに『ザ・ハイサル』を見せつける、という名目でおびき出し、気絶させて乗せてしまえばいい、と。
コズモは手筈通りにラサールを呼び出し、『ザ・ハイサル』視察へと誘った。
「まったく、一体こんなものを見せて、どうしようというのだい。」
「まあまあ、とにかくコクピットを見てくれよ。」
ラサールがコクピットに顔を入れた瞬間、コズモはラサール首筋に麻酔を注射し、ラサールはそのまま崩れ去った。
(よし、これで準備万端だ。後はテイクオフ直後に爆破だ。)
コズモは空母の発射台の扉を開けるために管制室へ行き操作しようとする。すると、また例の女性が入ってきた。
「あ、ハイサル様!こんなところで何を?」
「なに!?きみは、ステラと一緒に出たんじゃないのか。」
「あ、いや、それが、ちょっとこっちで仕事残っていまして、一週間後に来る視察団にいれてもらうことになりまして・・・て、何をしているのですか?」
女性が喋っている最中、滑走路への扉が開く。
「あ、いや、これは。」
「ハイサル様!出撃許可は出ていませんよね?これをラサール様はご存じなんですか。」
(クッ、もう時間がない!こうなれば!)
コズモは女性を殴って気絶させて、一緒に連れていこうと考えたが、コズモの様子がおかしいことに気付いた女性は、コズモをかわし、「きゃあああ!」と言いながら逃げていってしまった。
「クソッ!クソッ!」
時間がないコズモは、急いで『ザ・ハイサル』に乗りこむ。
滑走路の扉が十分に開いたところで、全力で戦闘機を飛ばした。
コズモは爆破装置のスイッチに手をかけていたがその手は震えていた。それは永遠の時間にも感じた。あまり遠く離れると爆破できない。
コズモは意を決してスイッチを押した。
「すまない!すまない!」
爆音を背にコズモの声は掻き消されてしまっていたが、何度も何度も謝るたびにコクピットが呼応するように振動していた気がした。
第11話 『アベンジ』に続く
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