第9話 ミッション:ブギーマン ①

 フォォォォ、フー、フー、フッ、フッ・・・フーーーー。


 深呼吸を終えたあと、徐々に呼吸を短くし、一呼吸をおいて息を吐きながらバーベルをゆっくり持ち上げ、ゆっくりと上げ下げする。


「おい、あれ。」


 ジムに来ていたコズモの部下の空軍訓練兵が別の訓練生を肘でつつく。


「ヤバいな、コズモ少佐。」


 その様子を見ながら訓練生はぼやいた。


「さっき、デッドリフトもスクワットもすごい重量あげてたぞ。」


 ベンチプレスのバーベルの脇には何枚も最も重たいプレートが連なっていた。筋トレのルーティンが終わると、今度は走りに外へ出てしまった。


その訓練生らがあれこれとお喋りをしながら一時間はゆうに過ぎてジムを後にすると、基地回りの道をかなりのスピードで走って通過するコズモが見えた。


「ん?少佐、中距離走かな。」


 コズモがずっとそのまま走っていく後ろ姿を見つめながら、訓練生がまたもぼやく。


「な、なあ、あれ、もしかしてずっとああやって走っていたのかな。」


「え!?まさか、あんなペースじゃあ・・・」


 引き続きコズモの後ろ姿を眺め、基地の角まで来て同じペースで曲がる様子を見送った。


「・・・」


 2人は言葉を失っていた。


 エクササイズを終えて少し経つと、コズモの姿は今度はドッグファイト・シミュレーターで見られた。


「あああ~~、少佐、どうやったらそんな動きが出来るのですか!?」


 訓練兵たちは、1vs3の戦闘でコズモに全滅させられていた。


「お前たちは、もっと戦闘機と一体にならなきゃいけない。戦闘機を自らの身体の一部と化して、初めて自由に動けるようになる。」


「で、でも、少佐、あんな動き実際にやったら、Gで気絶しちゃいますよ!」


「そうか?よくやっているのだが。」


 すると、別の訓練生が「バカ、コズモ少佐はこれでも手を抜いていたぐらいなんだよ。俺も実際に戦闘で編隊を組んだ時に目撃したが、こんなもんじゃなかったんだ。」とたしなめた。


「なんにせよ、精神と技を磨き、そして肉体を鍛え上げることだ。大技ばかり狙ってそれだけしかやらないようでは、いつまで経っても上手くはならないぞ。」


「イエス、サー!」


 訓練兵たちが勢いよく返事をする。


 コズモはその後、シミュレーションルームを後にした。日のルーティンは終わった。ディナー前に仮眠をとろうと部屋に戻っていたが、一時間もしないうちに起こされた。どうやら大将がお呼びらしい。


 何事かとコズモはすぐに身支度をして大将の元へと向かう。


 部屋をノックし、「第6空挺部隊少佐コズモ・シェファー、入ります!」と言いながら、さっそうと入っていく。背筋は真っすぐに伸びていて、表情は険しかった。


 上官である大将は、座りながらコズモを見まわす。


「コズモ少佐、あなたの身長と体重はいくつかな。」


「・・・は?あ、182cm、体重は80.45kgであります。」


 大将は頷く。


「うむ、少し筋肉質なのが違うかもしれないが、基本的なスペックは同じということか。」


「あ、あの、お言葉ですが、なぜそのようなことを・・・?」


 大将は鋭い眼光をコズモに向けた。


「現在『神の鉄槌』がこのサンバダリ地区へと向かってきているそうだ。」


「あの空母がですか!?すると、前線はもう・・・!?」


 大将は目を細めた。


「壊滅状態だと聞く。戦局は一気に変わってしまった。あの空母の戦闘力を甘く見ていた。」


「しかし、サンバダリ基地では前線のような戦力は・・・」


「君に言われなくても分かっている。しかし、今やここが前線となった。その意味が分かるな。」


「こ、ここが、最後の砦・・・」


「そういうことだ。最終防衛ラインだ。ここを突破されたら、あの空母どころか、空母なしの戦力でもザビッツ帝国を止めることはもうできん。それはロイドア連邦の完全敗北を意味する。」


 コズモは唇を噛んだ。つい先週まで戦局は明らかにロイドア連邦へと傾いていたというのに、空母の完成とともにすべてがひっくり返ってしまった。


「もはや一刻の猶予もない。空母はこのままいけば、3日後にはこの地区に到着するとの情報だ。」


「・・・」


 一体どうするつもりなのか。コズモは大将の言葉を待った。


「空母には、何度もスパイを送り込もうと試みたが、ことごとく失敗に終わったようだ。目紋、指紋、声紋、で空母への出入りが管理されている。その上、最初のスパイが見つかってしまってから、ご丁寧に空母では入りの際に知り合いが必ず一人迎えに来るというシステムになっているらしい。」


 なかなか周到なやり方である。これでは確かにスパイは入り込めない。


「しかし、だ。つい一時間ほど前、ある捕虜がここ、サンバダリ基地に輸送されてきた。そしてその捕虜は、ザビッツ帝国ではかなりのお偉いさんのようなのだ。」


「その捕虜を交渉材料として、攻撃を止めさせるのですか。」


 大将は軽く首を振る。


「無理だろうな。一人の捕虜と戦争そのものだ。皇族でもない男に、そんな価値はないさ。」


「では何を・・・」


「まあ、話は最後まで聞け。君らしくないじゃないか。」


「ハッ!失礼致しました。」


「この捕虜の男だが、変わった人物でな。マスクにマント、と風変りな格好をしておる。来ている服も軍服ではない。マスクを外すのには随分と手間取ったものだ。『素顔を見られてはいかん』と言って暴れようとしてな。」


「はあ・・・」


「どうやら、空母でもずっとマスクをつけていたらしいのだ。それにな、第一皇子ラサールのご友人ということらしい。彼が捕まったのはつい一昨日の話だ。やけに色の目立つ戦闘機に乗っていたらしいが、仲間がやられるとすぐ逃げ出してな。威嚇するとすぐに降参してきた。機体をみると、高性能で、本来ならば逃げ切れただろうに、だ。」


「・・・」


 コズモは黙って聞いていたが、薄々何をやらされるのか勘づき始めていた。


「それでな、その男の体格が、コズモ少佐、君にそっくりなわけだよ。後ろ姿をみたら、それこそ間違えるほどだ。いや、私もびっくりしたものだ表からみれば、全然違う顔をしているのにな。ただな、マスクをしているのだよ、その男は。分かるかね。ああ、そうそう、そして、機体も一緒に届いているんだ。ザピッツ帝国制で少し操縦の勝手が違うが、君ならば問題なく操縦できるであろう。」


 コズモは確信した。


「その男に成りすまし、空母に乗り込め、と言いたいのですね?」


 大将は上目でコズモを見ると「流石に、察しがいいな。」と言って口元を二ヤリとさせた。


「このミッションはロイドア連邦の命運がかかったものとなるだろう。我々は、このミッションを『ブギーマン』と名付けることにした。コズモ少佐!あなたを『ミッション:ブギーマン』、エージェントに任命する!!」


「サー、イエス、サー!!」


 コズモは勢いよく返事をした。ブギーマンとは、いたずらっ子を誘拐する悪霊のことを差すようだが、このミッションでは敵国空母の司令官である第一皇子ラサールを誘拐することと、空母の内部からの破壊が任務となったのである。


 時間的な猶予はない。コズモは大将の部屋から出たその脚で、捕虜の元へと向かった。捕虜が監禁されている部屋へと行くと、なにやらずっと喚いているようだった。


「おい、ここから出せ。お前たちは一体誰の身柄を拘束しているのか、わかっているのか。」


 随分と偉そうな捕虜がいたものだ、とコズモは逆に関心してしまった。


「出してやってもいいが、その前に、質問にいくつか答えてもらうぞ。」


 出してやるというのはもちろん嘘だが、できるだけ空母に潜入した時にボロがでないように情報を集めておく必要がある。


 指紋だの目紋だのはなんとかなる。指紋は手の皮の質感を完璧にかたどった手袋を装着すればいい。目紋は目紋を模ったコンタクトをつければなんとかなる。声紋はヴォイス・チェンジャーを喉へ取りつければクリアできる。


しかし、人間性というものはテクノロジーでどうにかなるものではない。


「無礼な質問ならば打ち首にしてくれようぞ。」


(こいつ、自分の立場を分かっているのか。それとも、わざと虚勢を張っているのか。)


コズモには理解できなかったが、とりあえず質問をすることはできそうなので、質問を始めた。


「お前はザビッツ帝国第一皇子ラサールと友達だと言っているようだが、それは本当か。」


「ふふん、ビビり始めたようだな。ハッタリなどではない。このハイサルとラサールは竹馬の友と言える仲である。」


(おお、これはベラベラと喋りそうだ。)


コズモはしめたと思った。


「胡散臭いやつだ。本当に仲良しなのか。」


「無礼者!我をなんと心得るか!ハイサルとラサールと言えば、帝国ザビッグ一の士官学校『ドンドムル校』出身で、女子たちが放っておかない男子ランキング1、2を常に争った仲であるぞ。あの空母でラサールを呼び捨てにすることができるのも我だけである。もっとも、他人の前では司令官と呼べと言ってうるさいがな。がははは。」


 随分と下品な笑い方をする。この男の真似をしなくてはいけないのかと、コズモは気が滅入った。しかし、これは良いことを聞いた。彼だけが呼び捨てにできるのか。


「そうか、しかし、本当に親密なのかどうかを知るためには、普段一体どんな話をしているのかを知る必要がある。普段の様子を聞かせてみろ、お前が本当にラサールの友達なのならな。」


「ふん、疑り深いやつよ。そうだな、我らはよく釣りにでかけるが、あいつめ、自分の釣った魚を大げさに言いよる。我が3m級のオニカマスを釣り上げた時、あいつは30cmぐらいのロウニンアジしか釣れなくてな。魚を調理した後で、あのロウニンアジは実は50cmはあったとかぼやくのだ。まったく、プライドの高い男よ。」


 大体2メートルを超えないサイズのはずのオニカマスを3m級というのも非常に怪しい話だが、どうやらかなりくだらないことばかりを競っているコンビであることが想像できた。


「・・・お前がラサールと友人だという話、信じることにしよう。ところで、マスクをつけていると聞いたが、なんでそんなものをつけているのだ。」


「お前たち、早く私にマスクを返した方がいいぞ。そうでないと、およそ想像もつかないような報復が待ち受けているであろう。あれは我が魂である。」


 おおよそ理解に及ばなかったが、どうやら何かのSF作品に感化されて、ずっとつけているらしい。


「ではお前は、あのマスクを外したことはないのか。」


「我が友人ラサール以外に、我の素顔を知る者、空母にはおらんであろう。ま、まあ、ハンナちゃんには見られちゃったけど・・・いや、なんでもない。」


「ラサールの前では外すのか。」


「まさか!いくら我が心の友とは言え、それ迂闊に魂を取られてはたまらぬ。」


「そうか、そうか、マスクはずっと外さないのか、くくく・・・」


「何がおかしいのだ。」


「い、いや、なんでもない。あ、あともう一つ聞かせてくれ。空母に帰ったら、どういうことをするのだ。」


 このような調子で、コズモはこのハイサルという男の経歴と習慣を洗いざらい曝け出した。


ザビッツ帝国を裏から支える貴族で、皇族と深いつながりを持っている家系らしい。


「質問は以上だ。」


「ふん、それならば、約束通り、我を出してもらおうって、おい、こら、どこへ行く。」


 コズモは部下にハイサルに上等な部屋をあてがってやれと指示すると、さっそく彼の話し方を練習し始めた。その間に、ハイサルの目紋、指紋、声紋対策が用意される。


その日明け方にはコズモは空母に向けて飛び立っていた。




 第9話 『ミッション:ブギーマン ②』に続く

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