ライフ争奪 編

第8話 ライフ

 緊急会議が終了し3カ月の月日が経ち、住民たちはようやく落着きを取り戻しつつあった。その間、オムニ・ジェネシス内では相変わらず様々な論争が繰り広げられていた。


コズモは太陽から少し離れた小惑星へ船を停泊させていたが、その胸中は穏やかではなかった。


 この度の原因不明の攻撃により、船全体を覆う強力な電磁バリアを展開、そして、被弾箇所の修復、怪我人の医療とケア、さらには旋回と加速を無理に行ったせいで、通常ならば10年持つはずの分のエネルギーを一気に消費してしまった。


 デッキに出てきて一人宇宙の星々を眺めながら、コズモは腕を組んだまま目を瞑り、小さくため息をついた。


「船長、またため息かい。」


 見られていたことに気づいていなかったコズモは、いきなり話しかけられて少々ビクっと動いたが声の主がバリーと知ると、表情が緩んだ。


「いや、なに、たいしたことではない。」


 そういうと、しばしの沈黙が走り、バリーはよく伸びた髭を撫でながら、相変わらず船長の様子を観察していた。


「またまた、考えすぎじゃないですか。船長のことだ、『俺が人類を導かなくてはいけないのだ』とか思ってるんじゃないですか。」


 図星を突かれて、コズモはバツが悪そうに下を向く。


「・・・」


「心配しているのは、エネルギーのことでしょう。」


「・・・よく、分かったな。」


「船長、俺はこんな適当な感じのやつですけど、これでも一応宇宙学博士なんですよ。まあ、見た目は田舎のガサツな木こりみてえですけど。」


 バリーはニヤリと笑い、コズモはその様子を片目を釣り上げてフッと笑って返した。


「今のエネルギー使用状況だと200年と持たない、ましてや緊急事態における消費に対応できないかもしれない、ということぐらい、細かいデータが開示されていなくてもわかりますよ…まったく、俺にまで心の内を隠す必要ないじゃないですか。」


 バリーは元々学者志向であったが、パイロットとしての才能があり、A級パイロットでもあった。コズモとは地球にいた時の元空軍パイロット同士ということでウマが合った。


「・・・俺を気にかけて、ここに来てくれたのか。」


「まさか、たまたま通りかかっただけですよ!」


 コズモは、この行き止まりのデッキにたまたま通りかかるなんて随分と変わったことを考えるんだなっと言いかけたが、バリーの気持ちをからかうもの野暮かと思い、黙っていることにした。


 バリーはコズモの隣で立って、同じように星を眺めながら、ボロリとつぶやいた。


「ジリ貧ってことですよね。だったら、ゾアンと戦争、しなきゃいけないのですかね。」


「それはまだわからん・・・」


 奪うか、死ぬか、分けてもらうことを期待するか。確かに選択肢はあまりないように思われた。


「それにしても、せっかくここまで来たのに都合の悪いことばかり!しかもなんだってんだい、ちょこちょこあちこち隕石も飛びやがって!」


 バリーは憤りを露わにした。


「そうだな・・・このままでは、ブラック・イージス号の二の舞になる。」


 ブラック・イージス号とは、エネルギーが枯渇し、船員全員が飢え死にした悲惨な結末を迎えた船である。終焉の時、船内のモラルは崩壊し、カニバリズムで人は人でなくなった、という。


 200年分の蓄電はある。しかし、今この船に乗っている人間たちは、「どうせ200年後には生きてなどいない」とは考えない。このような終末を、納得できるだろうか。いや、そんなはずはないに決まっている。


そもそも、大地に根をはり「人らしく」生きていくために新たな惑星を目指したのじゃないか。ここで諦めるなんてあってはならない。


そしてもし戦争を始めるとすれば、まだエネルギーに余裕のある今しかない。ほんの僅か逃げただけで何年分も消費してしまうのだ。やるなら短期決戦で決着をつけるしかない。


人間というものは、時間的な余裕があればあるほど覚悟を決めるのに時間がかかるものらしい。このままだといずれ戦って奪うしかない、とわかっていても、なかなか行動を起こせなかった。


そもそも敵の正体がわかっていないのに、こちらもいきなり飛び込むわけにはいかない。なんとか通信できないものだろうか。


コミュニケーションさえ取れれば、交渉ができるかもしれない。少人数でゾアンに人を送り込もうか、という考えもあった。


 圧倒的な力と技術力があることを見せつければ、降参して話を聞いてくれるだろうか・・・


「なにを弱気な!俺は甘さを捨てた男だ!」


 コズモは消極的になっている自分を諫めた。希望的観測で物事を進めてはいけない。確実にオムニ・ジェネシスが生き残る方法を考えるのだ。それが自らの使命なのだ。


その使命をまっとうするために、何が何でも進む覚悟がなくてどうする。


 バリーが少しビックリしてコズモを見上げるのと同時に、ティアナの声が緊急ボイスレシーバーから聞こえてくる。


「船長!今どこにいますか!?すぐに戻ってきてください!」


「!?何があった!」


 バリーと目を合わせ、コズモは小走りにリトル・チーキーに戻る。


「距離2000、経75度、緯140度の方向に、未確認のエネルギー反応です。先にデータを送ります。すぐにスカウトグラスをつけてください!」


 コズモは目を見開いて、また『未確認』が出てきたか、と顔をしかめながら、ポケットからスカウトグラスを出してこれをかける。視界に拡張空間を作り、データや映像を受信することができるというものだ。


コズモはティアナにデータを送るように指示する。


 走りながら、渡された映像とデータを確認する。宇宙空間に正体不明の高エネルギー体が存在しているようだ。


 コズモは眉間に皺を寄せた。


「ミズナ、なにかわかることがあるか。」


「・・・はーい!船長。またまた難しい顔をして、どうしたんですかぁ?あ、原因は、あの遠くにあるエネルギー発してるやつですか。あれは〜、あちゃちゃ、あんなの初めて見ますね。そりゃあもう、3万年以上も宇宙であれこれ見てきましたけど~、あんなの見るのは初めてですね、はい。3万年以上ですよ、3万年!それで見たことないってことですから、そうとう珍しいですよ~。ということで、さっぱり分かりません!あはは、あは・・・ただ、エネルギー濃度、たぶんかなり高そうですよ!はい!」


 軽く頭を掻いて、コズモは小さくため息をつく。


「またもや正体不明、というわけか。随分とゆらゆらとこっちの方向に近づいているようだが、敵襲である可能性はゼロではないな。無人探索機と、それに一応、カオスファイターもつけて調査に向かわせろ。」


 それから間もなくしてリトル・チーキーに戻ったコズモとバリーは各々の席に戻った。


 カオスファイターとは、オムニ・ジェネシス唯一無二の無人戦闘機である。見た目は黒い球体だ。


空気抵抗のない宇宙空間においては、羽や流線型をデザインすることは無意味で、全ての方向に均等に動けるほうが機動力の面で弱点がなくなる、という概念の元に設計されている。


操縦は遠隔操作でオペレータールームから行い、リアルタイムで送られてくる映像とリンクしている。宇宙で戦うことは過去になかったため、実践で使われたことは一度もないが、効率を追求したオムニ・ジェネシスの主力戦力である。


 そのカオスファイターが探索機と共に宇宙へと飛び出る。2機が正体不明の高エネルギー体に近づくと、太陽かと思えるほどその物体は眩しく輝いていた。


近づいても攻撃してくる素振りはなかった。ある程度の熱を帯びてはいるようだが、周辺のものが溶けてしまうほど熱いわけでもない。触れても反応がない。


爆発する可能性を懸念して、摘んだり突いたり網を出して捕まえてみたりと色々と刺激を加えてみたが、そんな様子はなく、むしろ圧力を加えると強いエネルギーを放出するようだ。


毒素の検査や放射能の検知、はたまたカメラのような投影機器の存在、外部とのコミュケーションを取るための電波などが出ていないか、など、隅から隅まで徹底的に調べつくし・・・検証の結果、当面は危険物ではなさそうとの結論が出た。


「船長、どうします?」


 無人探索機を操縦しているのはバリーの息子のハリーだった。


 得体の知れない物だということは分かっていたが、エネルギーを生み出す性質に興味を持ったコズモはそれを持ち帰るように命令した。


ステラは、敵側が送りつけてきた時限爆弾のようなものじゃないのかと心配したが、とりあえず核シェルターのような丈夫な施設に入れて実験するから大丈夫と諭されて、この物質はオムニ・ジェネシスに持ち込まれることになった。


 発光体は持ち帰られた後、様々な試験にかけられた。この不思議な発光体は、圧力をかけ続けると超高性能のバッテリーかのごとく、枯渇するまでにかなり長い間、強力な電力を産み続ける。


一度に出せる出力はたいしたものではないが、細く長く電力を生み出せるようである。驚くべきは、これ一つでオムニ・ジェネシス内のすべてのエネルギー供給を1年は続けることができるほどであった。


エネルギーを抽出し終わると光も消えて萎んでしまうようだが、これほど効率の良い資源は滅多にみられたものではない。


 この物質のコアは複雑な構成で有機物と無機物の間のような存在であり、これと似たような物質の反応がいくつか宇宙空間でみられたのである。もしかしたらこの物質はこの宇宙区域に多く存在しているのかもしれない、という可能性が示唆された。


 これら一連の出来事に、コズモは口元が歪むのを抑えきれなかった。


 もしこの物質が大量に手に入る見込みがあるならば、それこそ幾千年も、ハルモニアなどに頼らずに平和に生きていけるのではないか。


余裕があれば、隕石などを利用して太陽光パネルを増築し、太陽光だけでも十分な電力を供給できる半永久的なシステムの開発もできるかもしれない。


(渡りに船、とはまさにこのことか!?)


 行き詰った時に、思わぬ幸運が舞い込んでくることがあるものだ。コズモはバリーやステラと向き合い喜び合った。


「このエネルギー体を『ライフ』と呼ぶことに決定した!この物質はこの近辺の宇宙に無数に存在する可能性が高い。みんな、これから本船はこの『ライフ』を収集していくものとする!」


 リトル・チーキーで正式にアナウンスされた。この名前は、命をもたらしてくれるもの、という意味合いでつけられたようだ。


「船長!やりましたね!」


 ステラが嬉しそうな様子のコズモをみて話しかける。


「やった、って。俺は何もしちゃあいないぞ。幸運が舞い込んできたってだけだ。」


「いいえ、あなたはいつも、そうやって幸運を引き寄せてきた人なのです。ありがとうございます。」


「おいおい、リアリストであるはずの君が、突然そんなことを言い始めたら心配するじゃないか。」


「だってあなたは、あの不可能と言われていた『ミッション・ブギーマン』を完遂させた人ですもの。あれ以来、あなたのことをずっと見てきましたが、あなたほどピンチの時に幸運を引き寄せる人はいませんわ。」


興奮した趣のステラをよそに、コズモの脳裏には遠い記憶がよみがえって来ていた。



第9話『ミッション:ブギーマン ①』に続く




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