第36話 ゾアンとは!? ①

 解剖医は、全てのブラックワームの検体に同じようにゾアンが入っていることを確認した。


 恐る恐るゾアンに付着している粘着物を丁寧にカットしていく。


 全く動かない。


 死んでいるのだろうか?


 二体のゾアンの死体と思われる個体が回収され、三体目の粘着物を切っている最中、ゾアンがピクリと動いた。


 解剖医の手が止まり、すぐに呼吸も止まる。心臓の音がやけに響いた。


 ゾアンは徐々に身体を起こし、自ら粘着物を剥ぎ取っていく。


 キョロキョロと辺りを見渡す。


 ブラックワームの中にいる同胞たちを発見すると、途端に立ち上がり、一気にそこまでジャンプした。


 解剖医、いや、それを見ていた全員が固まってしまっていた。

 ゾアンの一挙一動から目が離せない。


 ゾアンが同胞を抱き抱え、ゆらゆらと揺らすと、その個体も目覚めたようだ。


 同じように他のブラックワームたちのところまで飛んで、同じように蘇生を試みたように見えたが、結局のところ生きていたのは三体のみだったようだ。


「せ、せ、船長、どうしますか?」


 ステラの声は震えていた。無意識にコズモの後ろ袖を掴んでいた。


「…意思疎通だ。」


 コズモは棒読的に言葉を発すると、マイクを取り、ゾアンたちのいる部屋へ音声を繋ぐ。


「あー!あー!あー!」


 大きな声で呼びかけたが、全く反応がない。


「耳はついていない、のか?」


 コズモはそういうと、光をつけたり消したり、眩しくしたりするように指示する。


 強い光を当てるとゾアンは眩しそうに目のような器官を伏せた。


「目は、見えるようだな。」


 それから、様々なコミュニケーションを図ろうとするが、目が見えていること意外は至って謎であった。


 ゾアンたちのいる広間はミラーなので、向こうにもこちらの姿は見えている。


 そして、何かに気付いたのか、突然ミラーへ特攻をかけて来た。


「!!」


 ゾアンはミラーに激しく身体をぶつけて跳ね返った。


 同時にミラー越しの人間たちは驚いて尻餅をついた。


「グワアアアアアアァァァ!!」


 稲妻の何倍もあるのではないかというほどの音が鳴り響いた。


 猛獣の抱擁。


 戦慄の雄叫びである。


(な、なんと野蛮な!防音仕様でないとはいえ、強化ミラー越しにここまで響いてくるとは!)


 学者の一部は縮み上がって失禁した。


「ドアの閉鎖を今一度確認!第一入船ホールは、これより一切の出入りを禁止とする!」


 コズモが大きな声で指示を出す。


 そして、ゾアンはそのまま第一入船ホールで監禁されることになった。




 ____________丸一日が経つ。


「こいつら、どうするんですか?」


 ゾアンに関する報告を受けたバリーは、コズモの隣で一緒にゾアンの様子をボーッと眺めていた。


 起き出したゾアンたちは元気いっぱいなようで、ギャー、ギャーと雄叫びを上げ、執拗にミラーや壁を蹴ったりしている。


 一度、個体が大きくジャンプし、頭から特攻をかけて壁を壊そうとしていたが、こいつは痛かったようでその試みは断念したようだった。


「この連中が、本当にあの文明を築いた生物なのか。まるで獣ではないか。」


 少しは言葉らしいものを発するのか期待もしたが、これではコミュニケーションの取りようがない。こちらの語りかけには一切反応しない。


 何度も光や色で通信を試みたが、何も理解してくれなかったようだ。


「一応、地球にいる生物が取るような意思疎通の方法は一通り試しましたが、なにも反応はありませんでした。超音波を感じ取る能力はあるようでしたが、嫌がるだけで、何も進展していません。」


 駆けつけた学者のドクター・ムニエルが報告する。


「獣の類か…ブラックワームは奴らにとっては馬みたいなものか。ハルモニアの暮らしを見た限りでは、もう少し文明力の高い連中を期待していたのだが・・・信じられんが、我々はこの動物をそれほど警戒していたというのか。」


 コズモは手を顎に当てて、物思いに耽ると、しばらく監禁して、観察しようと提案した。


「監禁するにも、大体奴らは、なにを食べるのだ。俺たちが食べるものを食べられるのか。」


 コズモは眉をしかめる。


「それに関しては報告があります。最初に回収できたゾアンの死体を解剖した結果、消化器官の存在が見受けられました。そして、多くの種類のアミノ酸を吸収できるということが分かっています。胃と見られる臓器の中身も確認できています。未知の成分はありましたが、分子構造解析もほぼ終了しており、ゾアンの食事に類似したサプリメントの生産が可能です。」


 ムニエルはそう言いながらも、目はずっとゾアンの方を長め、その目はただただ己の知的探究心を満たすために動いていたように思えた。


「サプリメント、ね。それと・・・このことは一般人には内密にした方が良いと思うが。」


「はい、賢明なご判断だと思います。」


 近くにいたステラが賛成する。


「ああ、今でも生物愛護団体の連中はブラックワームの権利がどうとか戦争反対だとか言いながら、とにかく俺たちの邪魔ばかりしやがる。ブラックワームの中にゾアンが中に入っていたと知った日には・・・」


「わかっております。すでにこのことを知るものたちには重々に説明をして、守秘義務を課します。」


「くれぐれも、エイリアン対策部の連中にもバレないようにな。あいつらの口に蓋はない。」


「はい、今このことを知るメンバーのみと、研究に必要な学者チーム、そしてリトルチーキーのクルーのみでの秘密事項としましょう。」


 リトル・チーキーのクルーはブラックワームを回収して来たことを既に全員が知っていたため、そのことを含めて守秘義務を課すこととなった。


 ブラックワームとゾアンの研究の総責任は、ドクター・ムニエル・ハンサーに任された。ドクター・ムニエルは元々は獣医であるが、レア生物の研究で名を馳せた生物学の研究者でもあった。


 この研究の所長として任命された日には、それまでの自分の研究を100%放り投げてこれを引き受けた。


 ムリエルは初めて恋に落ちた乙女のごとくときめいているを感じずにはいられなかった。


 今後、ドクター・ムニエルの純度の高い好奇心と精力的な情熱の元、ブラックワームとゾアンの研究は目覚ましい発展を遂げることとなる。






 第37話『ゾアンとは!? ②』へ続く

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