第16話 法廷のじゃじゃ馬 ①
「・・・イブキ教のドグマに関係し、懺悔室は完全なプライバシーを守るために音漏れもしなければ外からは見えない構造になっており、カメラや電子機器といった類のものも持ち込みは許されない。なので、位置情報も確認できず、懺悔室に入ったかどうかは不確かである、と先ほど被告人の側で主張されていましたが、状況証拠により、それを追うことが可能です。」
グレース・ブラストライトはここで一息つく。
ここまでは、なりたての検事にしては堂々と渡り合えている。
「懺悔室に入る前に、電子機器などは教会の入り口で預けることになっております。これは、間違いありませんね。」
「はい。」
参考人に確認を取る。
「ただ教会へ出入りしてお祈りするだけならば、預ける必要はありません。それも間違いありませんね。」
「間違いありません。」
グレースは陪審員たちに向き直る。
「もし懺悔室に入るのでなければ、携帯を持って中に入ることになります。ところが、Bさんの携帯電話の位置データは、教会の入り口付近で止まり、その後、数十分の間、全く動いていません。」
「異議あり。」
弁護士が手を挙げる。
「弁護士の発言を認めます。」
裁判長が仕切る。
「そもそも、第7区というのは、独自の電波塔を持たないため、正確な位置情報を掴むことは不可能です。」
グレースは、待ってましたと言わんばかりに裁判長に「異議あり」と申し立てる。
「我々検察側も同様のことを考え、Bさんの持っていた携帯と全く同じ機種を用いて、同時刻に同じように教会の入り口にこの携帯を数十分放置し、そして、同時に別の人物がこれまた同じ機種の携帯を持ち教会内を歩いてまわりました。結果、位置情報は完璧に機能し入口付近で放置された携帯はそのままに、歩いて回った携帯は歩いて回った痕跡が残りました。携帯会社の協力でデータを受け取っています。開示してもよろしいでしょうか。」
「開示を認めます。」
裁判室内に立体スクリーンが映し出され、Bさんの携帯、実験で使われた携帯などの位置情報の画像が出てくる。
確かに、入り口で放って置かれた携帯と歩いて回った携帯には明らかにその差が明確に出ていた。
(ふふん、AIの提示する“確率“しか見ていなくて、自分から動かないからこんなシンプルなことにも気づけないのよ。)
「・・・異議あり。」
「弁護側の発言を認めます。」
「お祈りするだけでも、余計な雑念を払うために、携帯を預けてから入る信者もおります。その実験とやらだけで、安直にBさんが懺悔室に入ったという結論に到達することはできません。」
グレースは、「続けてもよろしいでしょうか。」と裁判長に断り、話を続けた。
「Bさんは、被害に遭った日の前日に、お祈りをしに教会を訪れています。その際に、デニシュ神父に家族問題について相談したところ、『明日また同じ時間に来なさい。』と言われたと主張しています。携帯会社の協力により、この日の位置情報も明らかになっています。Bさんは教会内に携帯電話を持ち込んでいました。そして、被害に遭った日から遡り、数カ月にわたり、Bさんが入口で携帯を預けることはありませんでした。ある日突然、たまたま被害にあった日だけ、たまたま都合よく携帯を預けていました、ということがあり得ますでしょうか。」
弁護士は不敵な笑みを浮かべてはいるものの、グレース・ブラストライトにはそれがまったくの虚勢であり、内心焦っていることがすぐに分かった。
グレースは並外れて勘がよく、嘘を見抜く精度が常人離れしていた。
そのあと続いた第一審は、もう第二審は必要ではないのではと思われるほど検察側の主張の有利で終わり、被告人は終始うなだれていた。
ペンタクロン司祭は裁判の様子を無表情で眺めていた。
そして、険しい表情を見せながら裁判所を出たところ、新聞記者に囲まれた。
「司祭!教会側が今回の事件を長いあいだ隠蔽していたという噂が流れています!一言いただけますか!?」
「司祭!被害者側の家族は熱心な信者だったと聞きます。その家族を地獄に陥れた教会はどのように責任を取るつもりですか!?」
「司祭!今回の件への教会の姿勢はいかに!?」
「本日来ていた司祭は6人ほどでしたよね。他の司祭はどうしたのですか!?まさか、それが教会の誠実さとでも言うのですか!?」
教皇が死んでからは、教会のトップは教皇代理であるナジーム司祭であるが、実質は12人の司祭が団体の最高権力であった。
被告人であるデニシュ神父の第七区にある教会は、ペンタクロン司祭の管轄の教会であったから、とりわけ風当りが強かった。
それだけではない、オムニ・ジェネシスでは高度な疑似恋愛などは簡単にできてしまうので、性犯罪など滅多に起こらないのだ。
しかも皮肉なことに、人々に対し、善人たれ、絶望するな、と訴えてきたイブキ教の神父が起こした事件である。
ハルモニア関係のニュース一辺倒で飽きが来ていたメディア業界にとっては、こんなに美味しいスクープはない。
「ペンタクロン司祭!あなたが裏で隠蔽の糸を引いていた張本人だ、という人もいますよ!」
この声が聞こえた瞬間、なるべく目を合わせないように足速に通り過ぎようとしていたペンタクロン司祭も、堪忍袋の尾がキレそうになったと言わんばかりに立ち止まってギラリとその言葉を言った記者を睨みつけた。
もちろん、これは記者にとってはチャンスで、パシャ、パシャ、っとレトロな写真音が周辺で鳴り響いた。
ペンタクロンは数秒そのような状態で止まった後、さらに険しい顔をして足速に去っていった。
車に乗る瞬間、検事のグレース・ブラストライトの小さい体と長い銀の髪が遠目に映った。こちらを見ているようにも見えた。
彼女にはなんの恨みもないが、裁判中では少なくとも教会の体制に大して批判的な発言も多くあったため、仲良くできるような人ではないと思っていた。
(デニシュよ、お前を信じていいのか。私は、私は…正しいことをしているのだろうか。)
ペンタクロン司祭は、証人の一人として一貫してデニシュ神父を庇い続けた。当然のごとく、代償として自分にも嫌疑がかけられている。
共に神への献身のために身を捧げると誓ったのではないか…しかし、目の前に突き付けられる現実から目を背け妄信的に仲間を信じることが正しい道とは思えない。。。
(罪があるのなら、悔い改めればいい。デニシュよ、もし罪があるのなら、これ以上に被害者を苦しませてはいけない…)
教皇の写真を入れたペンダントを握りしめ、ペンタクロンは祈った。
___新たな教皇探しも難航している…父よ、我々を見守っていてください。
第17話 『法廷のじゃじゃ馬②』に続く
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