第17話 法廷のじゃじゃ馬 ②

 グレース・ブラストライトは、ペンタクロン司祭が去ったところを見送ると、自身も記者に囲まれながら、足速に車へと乗り込んだ。


 サラサラした銀の髪と透き通るような素肌。目は大きく瞳は爛々とした光を帯びていた。


「まったく、最近の記者たちは見境がないのね。」


 グレースは髪をかき上げて腕を組んで車の後部座席でどっさりと座る。運転手のヴァレリーはミラー越しにその様子をチラリと見る。


 ヴァレリーは大柄で均整の取れた顔立ちをしている。鼻もほどよく高く、目をよく細める癖があり、これが多くの女性を魅了する決定打となっていた。


「ジャーナリズムも、もうネタ切れでしょう。スクープに飢えているんですよ。」


「私は検事。記者に囲まれるような職じゃないわ。」


 グレースは口を尖らせた。


「お言葉ですが、お嬢様はちょっとした有名人ですからね。」


 グレースはむっつりして黙り込んだ。


 彼女はブラストライト財団の令嬢であった。


 コールドスリープに入る18年前、グレースの両親は第7区で安楽死した人物の「人口枠」を破格の価格で買い取り、子どもをもうけた。


 通常、子どもを作る権利でもある人口枠は、人の死後、その親族に権利が渡るが、仮想世界のみで大抵の欲望が満たされるオムニ・ジェネシスであっても、需要と供給と金銭の価値は健在であった。


 ただでさえ子どもが少ないのに、グレースは18歳の若さで大学ランキング1位のオムニ大学を主席で卒業し、19歳で検察官になり、20歳で検事として裁判を任されている。


 目立たないわけがない。


 窓の外を見ると、人工夕陽が1番綺麗に映る時間だ。


「お父様もお母様も、地球に住んでいたことがあるのよね。二人とも言っていたわ。この船の人工夕陽はできすぎだって。本当の夕陽は毎日がこんなんじゃなくて、曇り日の夕陽もあれば雨の日の夕陽もある。薄いオレンジ色時もあれば、真っ赤な時もあって、住む場所によって見え方も違うんだって。」


「そうなのですか。ここの夕陽も毎日少し違うように感じますが、確かに地球にいた時と比べると、綺麗で見事な夕陽であることが多いですな。」


 ヴァレリーは返す。


「え!?あなた、船生まれじゃないの!?初耳よ!」


「は、はい。まだ幼子の時でしたが。お嬢様の父上と母上に一緒に連れて来られました。私の父は私がオムニ・ジェネシスに乗り込む前に事故により死んでしまいましたが、ずっとブラストライト家に仕えており、その息子である私も父の意志を継いでブラストライト家に仕える身でありましたから。」


 へえ〜っと驚いた調子で返事をすると、グレースはヴァレリーのことについて実はあまり知らないこと多いことに気がついた。


「ところでさ、お嬢様って言い方はもうやめてよ。私ももう20歳なのよ。」


 ヴァレリーは、クスっと笑った。


「お嬢様、もう大昔と違い、その年はまだ赤子同然ですので。。。」


 またそう思われるのか、とグレースは嫌気がさしたような顔をする。ヴァレリーは失言だったと反省し、黙ってしまう。


 法廷の工程のほとんどがAIで進んでしまう時代において、グレースは人が関わる意義を訴え続けてきた。


 大抵の人間たちは人工知能の導き出す答えを鵜呑みにしてしまうため、AI絶対主義に反旗を翻すグレースを「若さゆえの無知」と嘲笑った。


 グレースは勤勉で頭も切れるため、真っ向からディベートを繰り広げ、その性格が法廷でもよく現れているため「法廷のじゃじゃ馬」というニックネームが付けられた。


 人生経験こそは少ないが、ダラダラと生きてきた人間にはない勢いと凄みが彼女にはあった。


「赤子ねえ…確かに、私は人口の0.0001%にも満たない、20歳以下の赤ん坊ね。でも、赤ん坊から見れば、AIに染まりきった今の法務が滑稽に見えることだってあるのよ。」


 グレースは長い髪を手でクルクルと巻きながら独り言のように呟く。


「なにか、思うところでも…?」


 ヴァレリーはチラリと後部座席のグレースをミラー越しに見る。


「その昔…ハンムラビ王は、罪人に自分がしたことと同じ目に遭わせて罪を償わせたわ。『目には目を、歯には歯を』ってね。」


 グレースは窓の外を眺めたまま、独り言のように語り始めた。


「ハンムラビ法、ですか。確か、古代バビロニアの法律だったとか・・・」


 ヴァレリーはさほど興味はなかったがとりあえず相槌を打つように答えた。


 グレースはいつも突拍子もない法の話をし始めるが、使用人で運転手のヴァレリーからすると、深い教養など己の職務をまっとうするのにむしろ邪魔なものであったろう。


 ヴァレリーは、一切深くは干渉しない。彼の人生の一貫性だ。


「そうよ、栄華を極めたと言われる古代バビロニアの法典なの。公平正大な法だって、当時の人は信じたのかもしれないけど、それはまったくフェアなんかじゃなかったわ。それは、奪われるものが同じでも、失うものがまるで違うからなの。」


「ようするに、ブラストライト家にとって、1万オムニドルを盗まれることは痛くも痒くもないけど、運転手の私が1万オムニドルを盗まれたら、死活問題になってしまう、っていうことと同じですかな?」


 ヴァレリーは、いたずら心にジョークを飛ばし、ニヤリとしてグレースをミラー越しにみる。グレースもぷっと吹き出した。


「そうね、どうなるのか実験するために、さっそくお父様にヴァレリーの年収から1万オムニドル抜いておくように伝えておこうかしら。」


 ヴァレリーは、サッと表情が青くなる。今度はグレースがニヤリとする。


「お嬢様、勘弁してください。もう、口でも敵いません。」


「おほほほ、検事を甘くみちゃいけませんよ。」


 ヴァレリーがバツが悪そうに黙ったところで、グレースが続ける。


「 当然、1万オム二ドルを盗んだら、その人は窃盗罪で捕まるべきだわ。それはどんな理由があっても変わらない。でももし、AIが、バビロニア法典の時代に作られていたらどうなっていたと思う?」


「はあ・・・」


「バビロニアの法典なら、1万ドル盗まれたら、1万ドルを返せってなるわよね?でも、もしもうその1万ドルを使い切っていたら?今度は1万ドル相当の代償を払えってなるわよね。じゃあ、1万ドル相当の財産を持っていなかったら?1万ドル相当の労働?もし、盗んだ人間が満足に働けない身体だったら・・・こういう奇妙なことなんて、現代では起こらないでしょ。盗んだら捕まって刑務所送りなんだから。お金はあれば返す、なければ返せない。」


「はあ・・・」


「私が言いたいのは、AIはそれまでの法の枠組みでしか機能しないのよ。だから時代に変化に合わせて変わる人間模様なんて関係ない。今の私たちの準じている法のあり方は、完璧だとでも言うの?」


「はあ・・・」


「今や被害者がトラウマを抱えたら、記憶抹消装置で記憶を消す。罪人は病気だからと、脳の欲望を司る神経を焼く・・・こんな消しゴムで罪を消すみたいな行為・・・そんな機械に踊らされるように生きるなんて、生きている実感ないじゃない。」


「生きている実感・・・?」


「うん、なんていうか、その、昔の人とかはみんな苦しい思いを抱えながら生きてきたわけじゃない。それこそが、人間らしさだったんじゃないかって。」


「はあ・・・苦しまないと、人間らしくないんですか。」


「まああ〜、そうってわけじゃないんだけど、大事なのは、思い通りにいかない、後先がない生を生きるからこその必死さというか、その精神性にあると思うの。」


「いやはや、なんというか、お嬢様はお若い!社会への疑問、挑戦、そして青々とした感情。若者とは、まさにこういう感覚の持ち主なのですね。そんな青い感情など、私は遠い昔に忘れてしまいました!」


「あら!?また私が若いからって軽んじられてるのかしら。」


「あ、いや、そういうわけでは・・・出過ぎたことを言いました。お嬢様と話していると、不思議です。いつかは熱くなってしまう。」


 グレースは、ヴァレリーの様子を見て、キャハハっと笑うと。


「いいのよ、いいのよ、これからもこんな風に、直球で話してちょうだい!嫌なのよ、使用人たちが気を使うのって。それに、私はまだ若い。そうよ、だから知らないこと沢山あることは認めるわ。」


「勘弁してください。今日のお嬢様は、いつにも増して私のペースを乱してくる。」


「ふふふ、私の方はいつにも増して楽しいけどね。」


 ヴァレリーは、諦めたように顔をしかめて鼻で息を大きく吸い込んだ。


「あんなに法廷で激しく戦ってくるのに、まだこんなにエネルギーがあるんですか。」


 グレースはまたニヤリとして、「若いですからね!」と答えると、今日の裁判のことに話を戻していった。


「まあ、今日の裁判、有罪が決まれば、被害者は家族も含めて記憶の抹消かな。まあ、厳密には強烈に残っている記憶ニューロンを特定して、その周辺の神経細胞の処理なのだけれども。加害者も矯正プログラム行きね。」


「なにか不満でも?」


「なんか、一件落着のように見えるけど元来罪を償うって、そういうことだったわけじゃないはずでしょ。罪人は、己の咎に気づき、その十字架を背負い生きていくことを胸に刻んで贖罪の日々を送る。まあ被害者はしかたなないけど、なんか全体的に淡白で、記憶と一緒に人間臭い物も消していっているような。」


「・・・こんな事件は今の時代起こること自体が珍しいですよ。お嬢様も、かつてないほど張り切っていましたからね。」


「人聞きの悪いこと言わないでよ。私が事件が起こったことを喜んでいたみたいじゃない。私は、あの胡散臭い宗教団体を、徹底的に追い詰めることにしたってだけよ。」


「イビキ・・・とかでしたっけ。」


「イブキ教よ。とにかくあの宗教団体は怪しいわ。この間死んだ教祖は予知能力とかを持っていたとか噂もあって、もうデタラメもいいところだわ。」


「お気をつけください、お嬢様。組織を相手にするというのは、危険が伴うのですよ。いくら徹底的に管理されているここ、オムニ・ジェネシスの中であっても、人に害を加えることを至上の幸福とする人間はいるもので、決して軽んじて近づいていいものではないのです。」


 グレースは、ヴァレリーの忠告など聞くつもりは一切なかったが、適当にハイハイ、と返事をしておいた。親に進言されると色々と面倒だからである。


「まあ、でもね唯一あの宗教で純粋なものがあったとしたら、あの教祖かしら。未来を予知するとかいうのはハッタリだったのかも分からないけど、最後まで不老施術を行わず、人間らしく死んでいったわ。まあ、死んだとはいえ、追及しますけどね。」


「お嬢様、私の話を・・・」


 ヴァレリーが何かを言いかけたところで、興奮したグレースは止まらずに喋り続ける。


「あの宗教団体の悪事は、このグレース・ブラストライトが必ず暴いて見せるわ!」


 ヴァレリーは大袈裟に頭を抱えた。






 第18話『ゲーム・オブ・ライフ①』に続く

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