第15話 ノウ・ユア・エネミー

「これより本艦は本格的な 『ライフ』回収へと向かうこととする。先ずは座標SE:U987にここより最も近接な集合『ライフ』反応があったため、こちらへ向かうものとする。」


 高エネルギー体である『ライフ』はオムニ・ジェネシスのソナーと相性がよく、遠くでも把握することができたおかげで、多くの『ライフ』集合地点をマッピングできていた。


 どうやら『ライフ』は集団でかたまっていることが多いようで、最初の『ライフ』はたまたま流れてきたものらしい。


「ラジャー!」


 全員が声を合わせる。ようやく準備が整った。有頂天の時こそ油断なく、というステラの提言で慎重に事を運ぶこととなったが、結局は『ライフ』の有用性が際立つばかりで、この時点で心配の種はすっかりとなくなっていた。


 オムニ・ジェネシスは『ライフ』回収へ向かい、徐々に加速していった。回収作業に入れるまであと数時間、といったところだったろうか。ビビ、ビビっと警告音が鳴る。


 大きな警告音ではないが、タイミングがタイミングなだけに、言い入れぬ緊張がリトルチーキー内に走る。


「一体どうしたというの・・・?」


 ステラがティアナの方を向くと、ティアナは目を細めてこの警戒音の原因を探ろうと、まじまじとAIの解析データを読み込んでいた。


「船長!ライフ周辺に未確認物質を確認しました。この反応は我々を攻撃してきた物体と類似しているものと予測されます!照合率は99%以上です。」


 緊迫感が空気を割く。コズモは射抜くような鋭い眼光でリトルチーキー中央のビックスクリーンを凝視する。


(どうする!?無理な接敵は避けるべきか!?このポイントは無視して次へ行くという選択肢もある。)


 コズモはクルーの不安そうな表情を読み取り、とりあえずの安全策を取ることにした。不必要な危険は避けることを繰り返して生き残った船ではないか。


「この地点は一旦諦めて、別地点へと移動する。」


 オムニ・ジェネシスは、未確認物体に探知されないように距離を取り、遠回りをして最初のポイントから離れ、別の『ライフ』の反応があったポイントへと向かった。


 それから1週間ほど経って、もうそろそろ到着する、という時になって、またもや警戒音が鳴り響く。言うまでもなく、未確認物体の反応であった。


 みながため息をつく。コズモは少し考えて、また別の地点へと向かうように指示した。


 そして、またしても数週間が経ち、近づいたところで警告音が鳴り響く。もはやこれ以上移動するのは無意味、燃料の無駄使いとコズモは判断した。『ライフ』ある場所に、敵がいる。


 幸運なことに、奴らはオムニ・ジェネシスほどの探索能力を持ちえていないようで、常にこちらの方が先に連中を発見できているようである。


 しかも、カオスファイターの遠隔操作通信をほぼラグなしで戦える距離なので、現在コビー将軍が進めているカオスファイター戦闘強化プロジェクトの進行状況を探る絶好の機会でもある。


(先ずは、小手試しにどれだけ戦えるものなのか、やってみるか。敵の正体も以前掴めないしな。)


 コズモはそう考えると、画面に映らない敵は不気味であるが近くに行けば何かのカラクリがあるだろうと、オムニ・ジェネシス自体は停泊させ、カオスファイターを使い接触を試みることにした。


「探索機、及びカオスファイターを出せ。探索機はハリー、カオスファイターはバリーが操縦してみろ。オムニ・ジェネシスの操縦権は私に譲っておけ。そしてゆっくりと『ライフ』に近づくのだ。そして、状況に合わせて対応、何もなければ回収に移れ。こちらはいつでも電磁シールドを貼れるように準備をしておけ。」


「アイアイ!」

「了解!」

「ラジャー」


 バリーとロンとハリーが返事をする。


『ライフ』がそもそも再生可能なのかも分からないのだから、いつまでも戦闘を避けることができるというのは、あくまでも希望的観測だったのだ。


 今回はこっちも迎撃体制が整っているのだ。前のような状態にはならない。


 カオスファイターをリモートで操縦するバリーが「あっ!」と小さく声を上げた。


「船長、カオスファイター、ばれちゃったっぽいですよ。」


「正体不明の物体がカオスファイターに接近!数は一つ!」


 ティアナがソナーデータを瞬時に読み取る。


「臨戦態勢に入れ!ただし、相手側からのアクションがない限りは攻撃をするな!」


 こう言ったのもつかの間、コズモの思惑とは裏腹に、相手は早々に攻撃を仕掛けてきた。石礫がカオスファイターを襲う。


 AIの自動回避を使い的確に避けながら、敵の攻撃元の特定を急いだが、光を照らしてもなかなか敵の姿が見えない。


 石礫自体はカオスファイターの運動性能からすればそれほど脅威ではなかったが、なかなか敵が姿を現さないので、しばらくの間は攻撃を避けているだけになった。


「なんやら、ちょっと遠い空間から、いきなり石礫が飛んでくるような感じですよ、船長。」


 バリーは目を細めて、この不可解な現象に首を傾げた。


 リトル・チーキーのクルーは全員共有されたモニターを凝視していたが、確かにかなり近づいたはずなのに目視できない。強いて言うならば、目の錯覚か、空間から突然石が出て来ているような感じでもある。


 ソナーだけがその何かを捉えている。


「ステルスモード、でしょうか・・・??」


 ティアナはまじまじと宇宙空間から突然石が現れる様子を不思議そうに眺めていた。


「そ、そんなことできるなら、もっと近くから石を投げればいいじゃないですか・・・な、なんというか、そんなことができるのなら、もうとっくに攻撃が当たっててもおかしくないような・・・」


 ロンが横から口をはさむ。あいかわらず顔色が悪い。


「もっと近づいてみるか。リスクがあるが、敵の情報がもっと欲しい。」


 コズモの命令に、カオスファイターを操縦するバリーは「アイアイ」と返事をする。


 カオスファイターは慎重に少しずつソナーの示す方向へ向かう。完全に避けるのも難しくなったきたので、出力の小さい電磁バリアを貼り、攻撃を逸らしながら進む。


「船長、遠くからカオスファイターへ同様の敵が迫って来ています!今度の数は12です!」


 ティアナの声が響き渡る。


「かまわん、このまま進んで、敵の正体を見極める!」


 自動操縦でも石つぶてが避けづらいぐらいの距離に差し掛かった時、星の光を遮ってうごめくものの正体が見えて来た。


「あ、ああ、せ、船長!こら、遠目には見えないはずだぜ!」


 敵は髪の毛のような細長い黒い物体であった。黒い背景に落ちている髪の毛に気づくことができないのと同じ要領だ。


 その物体はクネクネとまるで泳いでいるかのように宇宙空間を移動しながら攻撃してきていたのだ。


「な、真空の中を!?どういう原理で動いているのかしら!?」


 ティアナは物理法則を無視した動きに驚いた。


「そんなことより、船長、こいつ、光に反射しませんぜ!光を当てても黒いまんまだ。」


「暗黒シートと同じ要領だ。光を反射しない構造になっているのだろう。ミズナ!ソナー情報をVR環境とリンクさせて、敵を可視化できるか!?」


「お呼びで〜!船長〜〜〜〜〜!まったくもう、ぜんぜん呼んでくれないから、忘れ去られたと思っちゃったわーん。」


「ミズナ!どうしてお前はいつもいつも・・・まあ、まあ、いい。とにかく、バリーの視界にソナー情報をリンクさせて、敵を可視化できるか?できるなら、余計なお喋りはいいからすぐにやってくれ。」


 AIに怒ってもしょうがない。我ながら何をやっているのだとコズモは考えた。それにしても、このAIを作ったやつは、頭のネジが吹っ飛んでいるんじゃないのか。


「もおおおおお〜。船長って、実は絶対モテませんよね!ハイハイ、もうやりましたよ!」


「助かった!これで敵が見える!」


 バリーが身体を弾ませ、応戦を始めた。


「チッ、思ったよりも素早い!生意気な!」


 見えていても、うねうねする物体に弾丸を当てるのは容易ではなかった。レーザー砲に切り替えてみたが、それでもなかなか当たらない。


(かくなる上は!)


 バリーはブレードを出し、高回転させながらの体当たりを決行する。こちらのほうは見事に命中し、髪の毛のような物体を真っ二つにした。バリーが「よし!」とガッツポーズをした。


 しかし、敵機を破壊した喜びも束の間である。


「船長、さらに12体、もうカオスファイターの目と鼻の先です!」


(もう来たのか!)


「こちらももっとカオスファイターを出せ!ビリー将軍に出動要請だ!」


 言われる前からビリー将軍はすでにカオスファイター操縦のスタンバイに入っていた。


「一体いつになったらお呼びが掛かるのか、待ちくたびれていましたよ!」


 そんなことを言い終わらないうちに、ビリー将軍は3機のカオスファイターを引き連れて勢いよくオムニ・ジェネシスから飛び出していった。操縦手は、それぞれヒュンサブ副将軍<SSランク>、軍曹スリ<S+ランク>、一般兵ダスワニ<S+ランク>、の精鋭たちであった。


「訓練の成果、見せてもらおうか!」


 コズモがビリー将軍を挑発する。まもなく、バリーの操縦するカオスファイターは敵に囲まれ、未曾有の石礫攻撃にさらされる。決死の体当たりダイブも交わされ、全ての敵が一定の距離から攻撃してくる。


「なんなんだこいつら、統制が取れているぞ!?」


 もはや打つてなしと判断したバリーは、電磁バリアを貼りながら、自動操縦に任せて石礫を避けさせていたが、増援のカオスファイターは間に合わず、このカオスファイターは破壊された。


 しかし、直後に到着したビリー将軍らが勢いよく戦場に躍り出ると、あっという間にエネルギー砲で二体を処理した。


 ビリー将軍のエネルギー砲の命中精度と索敵能力はバリーの比にならなかった。


「ヒュー!」


 バリーは口を鳴らし、その後で苦笑いをした。


 リトル・チーキー内で歓声が上がった。


 敵はまたしても広く展開を試み、カオスファイターたちを囲もうとするが、ビリー将軍は相手の陣形の穴を瞬時に見破り、すぐに部下に指示を送る。


 展開しようとした軍勢を逆手にとって、牽制しながらジリジリと敵を誘導し、結果、敵兵力の分断に成功する。そして分断された敵兵力を一体づつ確実に葬り去る。


 分断された敵兵の倒し方もスムースであった。スリとダスワニのコンビは陽動を担当し、ビリー将軍とヒュンサブ副将軍は正確無比なスナイパーの役割を担当した。


 これにより、あっさりと7体の破壊に成功し、敵の兵力は半分以下になり、残りの敵は逃げていった。


 カオスファイターを一機失ったが、結果的にはオムニ・ジェネシス軍の大勝利である。


 戦闘を終えたコビー将軍率いる軍には惜しみない賞賛が与えられた。


 そして、オムニ・ジェネシスからはすぐに探索機が複数送り出され、『ライフ』回収作業が始まった。


 次々と順調に運び込まれるが、その真っ最中で、ティアナは再び遠くから近づきつつある多くの反応に気づいた。


 そして、次の瞬間には、表情が固まっていた。


「先輩、なにかありましたか。」


 ティアナの異変に気付いた、シフト交代で待機していたミミがティアナの方へ近づくと、ティアナが凝視しているものを見て、彼女も息が止まった。そして、ティアナの返事を待つことなく、大きな声を上げた。


「船長!再び敵です!今度は大軍です!その数、現在把握できているだけでも、さ、3000はいると思われます!」


「!!!」


 3000だと!?数が圧倒的すぎる!?コズモはすぐにカオスファイターと探索機に帰還命令をくだした。カオスファイターと探索機が完全に戻ってくるのを待たずにオムニ・ジェネシスも、大軍に見つからないように宇宙空間へ消えてゆく。


 結果だけを見れば、オムニ・ジェネシスの『ライフ』を回収するという目的は達成されたわけだが、リトル・チーキーのクルーたちの気は優れなかった。今回は良かったかもしれない、しかし、次回はどうなる?


(急がねばならん。奴らはこれで俺たちのことを警戒したはず。戦争の脅威は軍事力とテクノロジーを加速させる!現時点でかなりの宇宙戦闘が可能なレベルに達している連中だ。そしてこの数・・モタモタしていると、半世紀と待たずに手に負えなくなる!)


 コズモは先を見据えていた。


 ここから先、オムニ・ジェネシスは軍事力強化への道を辿ることになる。




 第16話 『法廷のじゃじゃ馬 ①』へ続く

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